カウルさん異世界に呼ばれる

つくもイサム

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第三章

十六話 神域指定地

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 キラキラと差し込む光にさすられ、僕は穏やかに目を覚ました。

「うぅ~ん……気持ち良い朝」

キックペダルやセルスターターの始動と異なる、意識の覚醒によって体に火が入る感覚。
始めての朝は快調そのものだ。

「これが起きるって事なんだ。ふふ、なんだかわくわくしてきた」
「そう、『おはよう』だ!」

いち早くそれを届けたくて僕は、ぱぱっと着替えを済ませ、たったったと心弾む足取りで階段を降りた。
そしてまだ薄暗い居間に、二人の姿を見つけた。

 「セイラさん、ラミさんおはようございます!」

僕は有り余る元気を声に乗せて二人に挨拶した。

「……おはようカウルさん」
「ん、おはようカウル君」

だが返ってきた挨拶に覇気は無かった。
それだけてはない。部屋中にべっとりと湿気を含んだ空気がどんよと漂ってた。

「あ、あれ……二人共どうしたんすか?」
「いやね、今セイラ君に君の分の対価を請求をしてる所なんだけどさ」
「セイラ君は無理だってつっぱねるから困ってる所なんだよ」

僕の問にラミさんが気だるげに答えました。

 「え!それって……」

頭の奥からラミさんの家へ向かう途中で、濁した嫌な予感がモクモクと立ち上がった。
僕の……対価に関する詳細だ。

「対価は支払います。お金は持ってないけど……僕なんでもやります」

それを聞いたラミさんは、はぁ……と溜息をつき、手の平でぱっぱっと払いのけた。

「駄目だよカウル君。そんな安請け合いを言っちゃ」
「今の君はセイラ君の所有物」
「だから。君の事は持ち主であるセイラ君が責任を取らなきゃ駄目なんだ」
「私は払わないとは言ってない!」

どん!と勢い良く立ち、至誠の人のセイラさんが青筋を浮かせ抗議した。

その余りに鬼気迫る怒号に、体が思わずビクンと震えた。

「落ち着きなセイラ君。カウル君がビビってるよ」
「まぁね、そりゃ私だって王女に降りかかった不幸や、彼女を救いたい君の気持ちは理解できるよ」
「しかしあの時の君は藁をもつかむ思いで、魔女と呼ばれる私と契約した」
「それがどのような内容であれ違反の重さは十分承知してるはずだよ」

ラミさんは諭すように口調は穏やかであった。
しかし彼女の視線。それがまるで四肢を枷鎖に繋がれたように錯覚させ、窮屈な居心地の悪さを感じた。

 「もし契約を破ったらどうなるのですか?」

僕は恐る恐る聞くと、ラミさんはにやりと聞いた。

「まずは聖剣の献上……だけど今は対価として得たカウル君を貰うよ」
「それじゃ僕は!――」
「察しの通り君は二度と前の持ち主に会えない」
「セイラ君は王女から与えられた拠り所を失ったまま命令を遂行しなければならない」
「そ、そんな!?……ラミさんはセイラさんに何を要求したの?」
「う~んそうだね……カウル君でも分かる様に言うなら」
「セイラ君に国際犯罪をやって来いって言ったの」
「えぇ!!」

ラミさんは両手を組み、ぞわっとする笑みを浮かべながら答えた。
セイラさんは名目上は今でも王女様直属の護衛騎士です。
その人が国家犯罪を行う事がどれ程罪深いのか原付の僕でも分かります。

 「そのような無茶苦茶な要求をされたら怒るに決まってます!」
「でもなぁ~どうしてもそれが必要なんだよ」
「そんな……いくらなんでも一宿一飯の恩がそれ程のものだなんて」
「……何言ってるのカウルくん?」

僕の発言にラミさんの会話のトーンが下った。

「もし私が家に招かねなかったら君達は今頃どうなってると思う?」
「右も左も分からない未知の世界、頼れる者は国を追放された根無し草」
「そんな君がお腹いっぱいご飯を食べれて、清潔なお風呂に入れて、命の心配なくぐっすり眠れた」
「そしてセイラ君は君を悲しませずに済んだ」
「それを踏まえて、君は私が提供した価値をしっかり把握してる?」
「えっと、そ、それは……」

冬の冷気を感じさせる静かな気迫に僕の気は、しゅんと委縮してしまった。
ですがラミさんは追撃の手を緩めない。

「それでも君は契約を蔑ろにする気?身勝手だね」
「それとも君の思考は元主人譲りなのかい?子は親に似るって言うからね」
「ご、ご主人はそんな人じゃありません!変な事言わないで下さい」
「なら君は主人の威信を保つ為にも彼女にちゃんと言うべきだと思うよ」

僕の感情的な反論をラミさんは容赦なく切り捨て、とどめばかりに放った。

「『約束は守れ』って」
 「でも……だからって犯罪なんて……セイラさんに一体何をさせる気なんですか?」

ラミさんはふふんっと口角を上げ言った。

「私の要求は君達に『神域指定地』を探索し、有益なものを持ち帰る事」
「それが私の求める対価さ」
「神域指定地?それに君達って――」
「ふざけた事を言うなラミ!」

セイラさんが話を遮る様に再び否定の怒号を上げた。

「何度も言うがその要求は飲めない!」
「はぁ……セイラ君まだそんな駄々をこねて」
「違う!私は……お前の理不尽も承知の上で契約をした」
「だが何故カウルさんまで巻き込む!」
「だって君が所有者だろ?ならちゃんと管理しないと」
「此処に居てもらうとか対処はあるだろ!」
「それは出来ない。何故なら私は既に多くの物を君に与えてきたからだ」
「にも関わらず更に要求するなら、まずは先に対価を払うべきだろ?」
「……だがあの場所に行くなんて……ダンジョンの比較にならない程に……危険だ」
「嫌なら断っても良いよ」
「でも契約を違えれば君は王女を救えないし、カウル君は二度と大切な主人と会えないよ」
「くう……」

歯を噛みしめるセイラさんは、苦い表情のまま頭を抱えてしまった。

 「……あのラミさん」
「何だいカウル君?」
「先ほどから話の中に出てる神域指定地って?」
「あぁ、そうだね。カウル君に其処がどんな所か理解してもらったほうが良いね」

ラミさんは此方側に体を向け、僕の疑問に答えた。

「神域指定地をざっくり話すと其処は昔から人間達の争いの種になってたから、『神様が住んでる不可侵の土地』って互いに決めた場所なんだ」
「そう言われるだけあって、其処ではどうしようも出来ないモンスターが出現したり、通常起り得ない奇怪現象が発生する」
「例えば不死の化け物が現れ襲ってきたり、辺りが突然別世界になったりとか」
「普通の魔物も本能で何か感じとってるのか其処には全く近寄らない危険地帯」
「学者の間でも色々と議論されて、『怪奇現象は土地を荒らした天罰だ』とか『未だ発見されてないアーティファクトが原因』っていう者もいる」
「天罰って……それとアーティファクトって何ですか?」
「アーティファクトは現代の技術で製作出来ない強力な魔道具の総称で、神域指定地で数多く発掘されたんだ」
「その中には歴史に名を残した勇者や英雄と呼ばれる者達が使ってた物もある」
「そんな危険で魅力が詰まった神秘の土地」
「無論近隣諸国がそれをほっとく訳もなく、領有権を巡って国家間で争いが度々行われてきた」
「その結果多くの国が滅び、現国も疲弊してしまった」
「これは良くないと国同士の対話の結果。その地を人間よりも上位の存在が住む不可侵の土地。神域指定地と国際条約で定め、相互監視の元立ち入りや発掘品の持ち出しを禁止したんだ」
「以上、君達に行ってもらいたい神域指定地はそういう所。分かったかい?」

 説明を聞いた僕はただただ茫然としてしまった。

「……それほどの場所からから有益な物を手に入れるてくるなんて――」
「あまりに……無茶苦茶だ」

僕の言葉に続くようにセイラさんは俯いたまま、ずっしりと思いを吐き出した。

「そもそも神域指定地近辺に着くまで此処から数か月はかかる……」
「更に各国の高位魔法使い達が監視も含め相互に結界を張ってる……アイテムを持ち帰る事なんて不可能だ」
 「それはどうかな」

ラミさんは人をおちょくる様な意味深な笑みを浮かた。

「私の『転送魔法』なら君達を直ぐに結界内に送る事が出来るよ」
「なぁ!?……」

それを聞いたセイラさんは顔を上げ、まさに絶句と言わんばかりの表情になりました。

「何故そんな事が出来る!?……いや、もしそれが出来るのは結界魔法の事を知り尽くしてる……魔法の開発者くらいだ」

その言葉にラミさんはニヤケ顔を崩しません。

「……本当なのか?」
「信じるかは君次第」
「……ラミ。お前は一体何者なんだ?」
「ふふ、私は森の奥に引きこもってる変わり者で良いじゃないか」
「それよりもどうするセイラ君」
「くぅ……しかし……」

セイラさんは頭を抱えながら悩み続けてました。

「あの、もし監視してる人に見つかって……捕まったりしたら僕達はどうなるのですか?」
「ばれなきゃ平気さ」
「それって……」
「万が一見つかったらその先を考える必要なんて無いよ」
「…………」
「安心しなって。行くと決めたなら私も手助けをするからさ」
「さぁ、どうするセイラ君?」

ラミさんは笑みを絶やさず重要な決定をセイラさんに投げました。

「…………」
「そんなに悩んでも正直な所、結論出てるでしょ?」
「…………」
「『大切な人を救いたい』『彼女を元の世界に帰したい』でしょ?」
「なら腹を括って私の口車に乗りなよ」
「…………」

セイラさんはなおも俯き悩み続けます。

 「う~んもう、堅物だねセイラ君は」
「そう思わないかね、カウル君」

トコトコとラミさんは僕の隣に来ると、そう言ってポンと背中を押した。

「君はどうするこの状況、諦める?」
「僕は……」
(ラミさんの話なら神域指定地は相当危険な場所だ)
(もし何かが起こったら……ご主人とはもう……会えない……)
(でも今諦めたらそれも同じ……)

脳裏にご主人の後ろ姿がちらつき、彼は僕の前から消える様に遠ざかって行きます。
それだけで僕の心はぎゅっと締め付けられた。

(ご主人と会えない未来なんて考えられない)
「……そんなの嫌だ」
「そう、嫌だよね。ならどうするカウル君?」
「……行くしかない……です」
「カウルさん……」

顔を上げたセイラさんと僕の視線がはっきりと交差した。

「ふふん、だ、そうだけどセイラ君は結論出たかい?」
 「……補助はしてくれるのだな」
「勿論。アドバイスも沢山してあげる」
「……分かった」

セイラさんは決意を固めた様にゆっくと頷きました。
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