カウルさん異世界に呼ばれる

つくもイサム

文字の大きさ
上 下
4 / 34
第一章

四話 人の体

しおりを挟む
「…………」
「…………」

沈黙が続く部屋の空気は相変わらず重く、息苦しさがずっと続いてました。

(はぁ……辛い)

僕の心はそれにぎゅっと押し潰され、まるで不安という成分が体の中で広がっていく様でした。

そっとセイラさんの様子を覗くと、彼女は体育座りのまますっと俯いてました。
そして髪の隙間から見える彼女の横顔は本当に辛そうな表情をしてました。

(セイラさんはずっとふさぎ込んでるし……そんな顔してたら僕も辛いよ)
(はぁ……今日は楽しみだったのに……僕どうしてこんな思いをしなきゃいけないの?)
(元の世界に帰りたい)
(ご主人と一緒にツーリングしたい――)

「うぅ……」

いつの間にか僕の目が水分で滲みぽろりと頬を流れました。
その時でした。

ぐぅ~。

静まり返った部屋に気の抜けた空腹音が響きました。

「…………」
「…………」

僕はセイラさんの様子を伺いました。
彼女の顔は真赤に染まり、唇をつぼませ溢れそうな感情を必死に抑えようとプルプルしてました。

「あのセイラさん……何か食べませんか?僕お弁当持ってますよ」

(本当はご主人が食べる予定だったものだけど)

「………」
「……食べます」

僕の問にセイラさんは消えそうなほど小さな声で答えました。


「僕はお弁当の蓋をお皿の代わりにして……はいどうぞ」
「待って私の方多い」
「元々は貴方が持ってた物。こんなに貰っては申し訳ない」

お腹が空いてるはずなのに遠慮するセイラさん。

「気にしないで下さい。僕あまりお腹空いてないし」
「さぁ、一緒にご飯食べましょう」
「え、えぇ……それじゃあ遠慮なく……」
「はい。頂きます」

僕は弁当箱の中にある厚焼き卵を口に入れた。

「美味しい……」

僕の口からその言葉が自然と出てきました。

(これが人の食べ物なんだ)

それを口にするまで僕は分かりませんでした。
体の奥にある本能。エネルギーを求める欲求の強さを。

「本当に美味しい」

セイラさんの顔からふっと笑顔がこぼれてました。

「ふふっ」

食事を取る彼女が元気になっていくのが分かります。

「ご主人普段そればっかり作ってるか上手なんですよ」
「野菜も食べて下さい。ご主人の家で取れた新鮮な物ですよ」
「これもさっぱりとして美味しい」
「はい。僕もキャベツって初めて食べましたがこのシャキ、シャキって歯ごたえがとっても楽しいです」
「この肉の揚げ物もジューシーだ」
「唐揚げは冷凍食品です。出来物ですが最近のは美味しいらしいですよ」
「冷凍食品?これは凍ってないけど」
「確か出来立ての食べ物を直ぐに凍らせて長期保存出来る様にした物の事です」
「そうか……カウルさんの世界は魔法と言う概念は無いが、変わりに別の技術が発達してるのか」
「はい。ですが魔法の方がすごいかも」
「簡単なものであれば見せられるよ」
「本当ですか!是非見せて下さい」

この時は先ほどの空気が嘘の様に和やかな時間でした。


「ご馳走様。ありがとうとても美味しかった」
「はい。お粗末様でした」

(まさか原付の僕が人とおしゃべりしながら食事をする時が来るなんて……人の体も悪くないかも)
(それにセイラさん元気になってくれた)
(……今はこれで良いのかもしれない)
(まずは此処から脱出しなくちゃ)

「セイラさん。僕達は此処から出られるのですか?」
「出口はあるがしかし……」

セイラさんは言葉を詰まらせ再び深刻そうな顔を浮かべてしまいました。

「あのロボット……いえモンスターの事ですか?」
「えぇ、あのモンスターはこのダンジョンで対価を求める者に試練を与える存在」
「私は奴から逃走しながら祭壇で対価を捧げ、脱出しなけらばならない」

そこで僕はずっと疑問に思ってた事を言いました。

「どうしてモンスターはこの部屋に入って来ないのですか?」
「この部屋は避難所として用意され、モンスターは入ってこないとダンジョンの管理者が言ってた」
「管理者……そうなんですか」

(本当にゲームみたい)

「だけど……管理者は私の様な弱い人間の本質を見抜いていた……」

そう言ってセイラさんは頭を抱えてしまいました。

「何か問題があるのですか?」
「私のスキル『直感』が囁いてる」
「このスキルのお陰である程度奴の居場所を感知する事が出来る」
「すごいセイラさん!じゃモンスターが離れてる間にこの部屋から出ましょう」

セイラさんは再び深刻な表情を浮かべました。

「……だめなんだ」
「奴はずっと扉の前で私達を待ち構えている」
「そんな!――僕達は罠にはめられたのですか?!」

それを聞いた僕はあの時の恐怖が蘇り、血の気が引きました。


次回 『小さな小さな希望』
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

異世界でネットショッピングをして商いをしました。

ss
ファンタジー
異世界に飛ばされた主人公、アキラが使えたスキルは「ネットショッピング」だった。 それは、地球の物を買えるというスキルだった。アキラはこれを駆使して異世界で荒稼ぎする。 これはそんなアキラの爽快で時には苦難ありの異世界生活の一端である。(ハーレムはないよ) よければお気に入り、感想よろしくお願いしますm(_ _)m hotランキング23位(18日11時時点) 本当にありがとうございます 誤字指摘などありがとうございます!スキルの「作者の権限」で直していこうと思いますが、発動条件がたくさんあるので直すのに時間がかかりますので気長にお待ちください。

とあるおっさんのVRMMO活動記

椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。 念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。 戦闘は生々しい表現も含みます。 のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。 また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり 一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。 また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や 無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという 事もございません。 また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。

処理中です...