根が社畜の俺、取り急ぎ悪役令息やってみます

木野真夏

文字の大きさ
上 下
6 / 10

6 みんなで楽しく過ごしたいだけなんです②

しおりを挟む


 見渡す限りの人、人、人。
 王都に来るのは初めてだが、さすがは王家のお膝元。建物はどれも立派で美しく、街並みも綺麗に整えられている。道行く人々も心なしかオシャレな感じがする。俺の領地で一番栄えている街よりも、当たり前だが都会的である。
 加えて一年で一番賑わうというお祭りが催されているとあって、王都は各地から集まった人たちでとにかくごった返していた。

「はぁ~これぞ年末って感じですね、ジェイミー様! どこから見ます? やっぱり食べ物ですかね。えーっと屋台街はどっちだったかな」

「みんなー。はぐれないようにちゃんと……って、うわ、あっちでヴィンテージもののアウトレット市やってる! ……行きたいなぁ」

「うへぇ……すげえ人……。は、吐きそう……」

「おい、ちゃんと前を見ながら歩かんか、お前ら!」

 ヘイデン様が先導する形で、俺たち一行は人波にもまれながら王都の街を練り歩いていた。

 まず最初に訪れたのは屋台街だ。ずらっと並ぶ広場には、定番の串や一口サイズにカットして揚げた芋、砂糖をこれでもかってくらいまぶしたパンに、ココアやクラムチャウダー、ホットワインなんかもあった。俺とお友達ーズたちはとりあえず串を、巻き毛の少年はココア、ヘイデン様はホットワインを頼んでいた。

 他にも雑貨を扱う露店ブースもあり、王都の街並みを描いた絵はがきや、陶器でできた置き物やマグカップといったお土産品もたくさんあって、見ているだけでも楽しかった。

 とある雑貨屋では、見たことのあるおもちゃも見つけた。この前、ヘイデン様のお部屋で見たものにすごく似ていた。
 ヘイデン様の思い出コレクション。ここで買ったやつなのかな? 手に取ってまじまじと眺めてみる。
 ヘイデン様にもこういうヒーローに憧れるような、いたいけな子供時代があったんだな……と、その騎士を模した人形に想いを馳せていると、いつの間にか俺のすぐ横に立っていたヘイデン様がぼそりとつぶやいた。

「……まだ売っていたんだな、それ」

「ヘイデン様も同じの持ってたよな。……こういうのに憧れてた時代もあったんだね~。今はこんな堅物男に育っちゃったけど」

「お前にせがまれて買ったものだ。断じて僕がほしがったわけじゃない」

「へいへい。あ、じゃあ俺と来たことあったんだ、この祭り」

「……昔にな。ここに来るのは僕も数年ぶりだ」

 あ、そうなの? まあでも、ある程度の年齢を越えたら行事イベントって行かなくなったりするし、そんなもんだよな。

 それよりも、だ。仲が良かった頃の二人が連れ立ってお祭りに来ている姿を想像すると思わず頬が緩んでしまうのはどうしたらいい。俺の萌え心を刺激しないでくれ、ニヤニヤしてしまうから! 人形を眺めながら、ふふっ、と息がもれてしまったではないか。
 横からはヘイデン様の視線を感じるが、無視無視! 気持ち悪いことは自覚してますから!

 結局、俺はその人形を買った。もしかしたら家に同じものがあるかもしれないが、これは今日の思い出の品だ。俺にとって、の。
 会計を済ませ出入口へ向かうと、ヘイデン様が腕を組んで待っていた。軽く壁にもたれかかるようにして、気持ち遠くを見つめている。俺に気付くと、腕を下ろしコートのポケットに手を入れた。
 悔しいくらいに、所作が様になっている。若い女性やマダムたちもチラチラ見ているぞ。はいはい、格好いいですね。仕方ないから認めてやる、こんちくしょー。

 他の面々はどうしたのかと聞くと、各々見たい物があるからと自由行動になったらしい。数時間後に待ち合わせ場所に合流する予定だそうだ。なんだよ、みんなとわいわいしながら歩きたかったのにな。
 俺はヘイデン様とペアを組まされ、特に会話が弾むでもなく辺りを見て回った。
 ……しかしヘイデン様よ。さっきから物言いたげにこっちを見てるけど、なんか言いたいことでもあるのか? さすがに気になるから聞いてみた。

「なに?」

「いや……」

「あいつと一緒がよかった~とか思ってるんだったら、そっちに行けばよかっただろ。俺と一緒が嫌なのは重々承知ですけど、あからさまにそうやってソワソワされると傷つくんですが」

「誰もそんなこと言ってないだろう。くだらん妄想で突っ走るな」

「……じ、じゃあ何なんだよ。言いたいことあるなら……」

「今のお前に言ったところで記憶が戻れば忘れてしまうかもしれないから、言うべきかどうかと逡巡していたんだ」

 ──何それ。俺は訝しげにヘイデン様に目をやった。

「……僕は別に家同士の縁談話が持ち上がったからお前と仲良くしたわけでも、両親に言われたから結婚を承諾したわけでもない」

「ああ。分かってるよ。一番落ち着く形で折れてくれたんだろ。そんな改めて言わなくてもちゃんと感謝してるよ」

「だから、ちゃんと聞け!」

「うっ……」

 大きい声でたしなめられた。いつからだろう。ヘイデン様の真面目なトーンが怖いと感じ出したのは。ヘイデン様の気持ちを聞くことに拒否反応が出るようになったのは。

「お前がどんなに救いようのない馬鹿な奴だったとしても、間抜けな奴だったとしても、お前を拒むことは僕にはできないだろう。だからもし記憶が……」

「頑張って思い出すよ。努力する。あ、それよりあのくりくり頭が一人で寂しがってるんじゃない? 辛気くさい話はやめてさ、あいつ探しにでも行こうぜ」

「彼とは……」

 俺はヘイデン様の言葉を遮って、明るく取り繕った。
 これ以上、気持ちをかき乱さないでくれ。俺は推しを応援するだけの、どこにでもいる一人のモブでいい。






「はぁ~楽しかったあ! この日のために貯めてたお小遣いで奮発しちゃったよ!」

 待ち合わせ場所には両手に荷物を持った巻き毛の少年が待っていた。中身は本や洋服、お土産のお菓子や雑貨でパンパンだった。聞けば王都まで来られない遠方の親戚や、妹や弟へのプレゼントらしい。

「くそぅ……なんでこいつの……くりくり頭なんかの荷物持ちを僕たちがしなきゃならないんだよっ……! ううっ……ジェイミーさまああ~」

「悪かったよ、もう泣くなってば! でもお前らがほしがってた物も、ちゃんと値切ってやっただろ」

「まあ、それは、そうですけど……」

 どうやら、あいつらはあいつらで楽しめたようだ。お友達ーズたちの腕には大きな紙袋が収まっていた。

「──で、そっちはどうだった?」

 俺とヘイデン様はあの後、色々と立ち寄ってはみたが、人の多さで結局、巻き毛の少年を見つけることはできなかった。
 俺は無理にでも明るく振る舞っていた。それでヘイデン様の表情が晴れることはなく、むしろどんどん不機嫌になっていったけど。

「まあ……その険悪なムードを見たら、なんとなく察したけどね……」

「てゆうかさ、ペア決めおかしいだろ。なんで俺がヘイデン様となの!?」

「なんでって……」

 くりくり頭は、ちらっとヘイデン様を盗み見た。
 ヘイデン様はムスッとした顔で足を組みながらベンチに座っていた。まさに不遜な態度極まれりだが、そんな姿も絵になっちゃう不思議なオーラを放っていた。

「……まだ言ってなかった……というか言おうとするタイミングで逃げられるから言えなかったんだけど、別れてるから、僕たち」

「……へ?」

 別れて、る……?

 えええええー!? そ、そうなの!?
 それってもしかして、もしかしなくても俺のせいだったりしない!?

「へ、ヘイデン様が、了承したの……?」

「了承もなにも、ヘイデン様から切り出されたんだから」

 ──ちょっと待ってくれ。
 容赦なく退路を断っていくヘイデン様の行動力に脱帽しちゃうよ。いや俺がヘタレなのは言うまでもないのだ。それは分かっている。

 でも、こうして逃げ道がなくなった先にあるのは、俺が見たくないもの……一番向き合いたくないもののような気がする。


『お前も、腹を決められるか』


 ヘイデン様の言葉がここぞとばかりに、心に重くのしかかってきた。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

弟勇者と保護した魔王に狙われているので家出します。

あじ/Jio
BL
父親に殴られた時、俺は前世を思い出した。 だが、前世を思い出したところで、俺が腹違いの弟を嫌うことに変わりはない。 よくある漫画や小説のように、断罪されるのを回避するために、弟と仲良くする気は毛頭なかった。 弟は600年の眠りから醒めた魔王を退治する英雄だ。 そして俺は、そんな弟に嫉妬して何かと邪魔をしようとするモブ悪役。 どうせ互いに相容れない存在だと、大嫌いな弟から離れて辺境の地で過ごしていた幼少期。 俺は眠りから醒めたばかりの魔王を見つけた。 そして時が過ぎた今、なぜか弟と魔王に執着されてケツ穴を狙われている。 ◎1話完結型になります

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

悪役令息に転生しましたが、なんだか弟の様子がおかしいです

ひよ
BL
「今日からお前の弟となるルークだ」 そうお父様から紹介された男の子を見て前世の記憶が蘇る。 そして、自分が乙女ゲーの悪役令息リオンでありその弟ルークがヤンデレキャラだということを悟る。 最悪なエンドを迎えないよう、ルークに優しく接するリオン。 ってあれ、なんだか弟の様子がおかしいのだが。。。 初投稿です。拙いところもあると思いますが、温かい目で見てくださると嬉しいです!

いじめっこ令息に転生したけど、いじめなかったのに義弟が酷い。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
オレはデニス=アッカー伯爵令息(18才)。成績が悪くて跡継ぎから外された一人息子だ。跡継ぎに養子に来た義弟アルフ(15才)を、グレていじめる令息…の予定だったが、ここが物語の中で、義弟いじめの途中に事故で亡くなる事を思いだした。死にたくないので、優しい兄を目指してるのに、義弟はなかなか義兄上大好き!と言ってくれません。反抗期?思春期かな? そして今日も何故かオレの服が脱げそうです? そんなある日、義弟の親友と出会って…。

余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない

上総啓
BL
ある日トラックに轢かれて死んだ成瀬は、前世のめり込んでいたBLゲームの悪役令息フェリアルに転生した。 フェリアルはゲーム内の悪役として15歳で断罪される運命。 前世で周囲からの愛情に恵まれなかった成瀬は、今世でも誰にも愛されない事実に絶望し、転生直後にゲーム通りの人生を受け入れようと諦観する。 声すら発さず、家族に対しても無反応を貫き人形のように接するフェリアル。そんなフェリアルに周囲の過保護と溺愛は予想外に増していき、いつの間にかゲームのシナリオとズレた展開が巻き起こっていく。 気付けば兄達は勿論、妖艶な魔塔主や最恐の暗殺者、次期大公に皇太子…ゲームの攻略対象者達がフェリアルに執着するようになり…――? 周囲の愛に疎い悪役令息の無自覚総愛されライフ。 ※最終的に固定カプ

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

処理中です...