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5 みんなで楽しく過ごしたいだけなんです①
しおりを挟む暖炉の火がパチパチと小気味よい音を立てて燃えている。はめ込みの窓は室内との寒暖差でうっすらと白くくもっていた。季節はそろそろ本格的に冬を迎えようとしている。
──あーぬくぬく気持ちいい……。このまま、このふかふかのソファで寝落ちしてしまったら数時間は起きられない自信がある。
「おい。サボるな、ど阿呆」
「……るせー、少しくらいきゅーけいさせろ……」
「だめだ。起きろ」
もう、なんなの。この婚約者様。スパルタがすぎるのですが。
ちなみに俺は今、何をしているのかといいますと。
グラシエット家はヘイデン様のお部屋にて、記憶を戻すための苦行及び人体実験をさせられているところです。
ヘイデン様のお部屋に入ったのはこれが初めてだ。
広いお部屋には、あまり華美ではない装飾が施された家具と、シックで機能的なテーブルセット、ソファ、ベッドで統一されていた。
誘われた時は若干、身構えたが(この時の自分を恥じたい)、なんてことはない。ただの修行だった。
お家デートなんて可愛らしいものではなく、まるで難関大学を目指すストイックな勉強会のようだった。
思い出の品々をテーブルの上に広げ列挙され、それだけじゃ飽き足らず床にまで並べて見せられた。そして最後には必ず「どうだ?」という目で迫られるのだった。
俺は首を横に振るしかない。その経験や思い出は、本物のジェイミー君とのものなんだよ……と聞いてる間ずっと頭の中で渦巻いていたが、そんなことを口にできるはずもない。
ただジェイミー君とヘイデン様の過去を聞いていて気付いたことがある。「普通に仲良ええやん……」ってことだ。ヘイデン様だって口ではあーだこーだ言ってたって、手紙やおもちゃ、お菓子の缶などの品々をこうして律儀に保存しているわけだし。
二人の強火オタクとしては微笑ましく喜ばしいことなのだが、腑に落ちない部分もある。なので率直に聞いてみた。
「なあ、ヘイデン様。俺のこと嫌いなんだよね?」
「ああ、嫌いだ。自分の思い通りにならないと駄々をこね、人を貶めてでも手に入れようとする傲慢で浅ましいところなんかは特にな」
ああ、聞いた俺が悪かった。
相変わらず評価がブレないヘイデン様の、動かざること山の如し。
「でもさ、こうして色々面倒見てくれて、思い出のアイテムもちゃんと残してて、婚約までしてくれるんだからさ。どこか好きな気持ちあるでしょ? 俺のこと」
「……自分で言うか? それを。馬鹿者が」
「あっ! 照れてる! 今、間があったもん!」
「お前の単純な思考に呆れていたんだ」
そう言ってヘイデン様は、やれやれといった感じで床を片付けはじめた。
ここ最近、ヘイデン様の出す圧が少し和らいできているように思う。雰囲気が優しくなったというか。巻き毛の少年と融和的な関係が築けていることで、その良い影響がヘイデン様にも出ているのだろうか。
「……あいつ……くりくり頭のことだけど。俺の記憶関係なく、その……大事に、幸せにしてやってくれな」
「お前は自分のことだけに集中しろ」
「ヘイデン様。……あと一個だけ約束して」
テキパキと収納箱に物を詰め込んでいたヘイデン様が、ふとこちらを向いた。
「記憶が戻ったら、ちゃんとジェイミーく……いや、俺に気持ちを伝えてほしい。嫌いなら嫌いでいいけど、もし好きなところが一つでもあるんだったら、それをちゃんと伝えてあげてほしいんだ」
俺の顔から目線を逸らさず、何かを汲み取るようにまっすぐ見てくるヘイデン様。俺も身動きひとつせず、見つめ返す。
これは譲れない。ジェイミー君の幸せは、ヘイデン様に愛されることなんだ。
愛した分、愛を返してもらいたいと思うのは、人ならきっと誰でもそうだろう。
さすがに与えた分すべては無理だろうけど、一個だけでも確かなものがあれば、ジェイミー君は今後、周りを傷つけることもなく、窓から飛び降りるような変な気も起こすこともなく、生きていけるかもしれないのだ。
「……………分かった」
それからたっぷりの間があった後、ヘイデン様は静かに了承してくれた。
諦めたように長いまつげの奥に透き通った青の瞳を隠し、彼は作業を再開した。
「あ、今言ってくれてもいいですけど?」
「誰が言うか」
「はは。ですよねー」
いいんだ、いいんだ。今言われても俺には、どうすることもできないから。
ヘイデン様が求めるジェイミー君は俺じゃないんだから。
「おはようございますっ、ジェイミー様~~!」
「ああ、おはよう」
校門をくぐると、俺を見つけるなりお友達ーズの面々が白い息を吐きながら、走ってこちらにやってきた。
こいつらには随分と世話になりっぱなしだった。俺の学園生活はこいつら、お友達ーズがいてくれたからこそ健全に生き延びられたと言っても過言じゃない。彼らには感謝しかない。
「寒いですね~今日は。明日なんか初雪が降るかも、なんておじい様から聞きましたよ」
「隠居して農業をやられてるんだっけ? キミのおじいさん。自然を相手にしてる人が言うんだから間違いないな、それ」
「はいっ!」
満面の笑顔で返され、つられてこっちもニコニコになる。最近はうまく笑えてる気がする。片方しか上がらなかった口角も、少しずつ柔らかくなってきたような。ある時、鏡を見ていて「あれ?」とそのことを発見した。
「おはよー。朝から何がそんなに楽しいの、あんたら」
「なんだよ、くりくり頭っ! 一日の始まりは楽しいに越したことはないだろ! 最近グラシエット様にあんまり構ってもらってないからって変な言いがかりつけないでほしいんですけど!?」
「言いがかりって……。い、いいなと思ったんだよ。楽しそうで。脳天気で悩みなさそ~って」
「おいっ! 一言多いぞ、くりくり頭! お前なんかこれからはぐるぐる襟巻きって呼んでやるからなっ!」
「勝手にすれば?」
巻き毛の少年はぐるぐるに巻いた温かそうなマフラーを顎まで下げ、お友達ーズとやんややんや言い合っていた。俺もその様子を、時にツッコミを入れつつ、笑いながら見守っていた。
しかし、確かにこのところ巻き毛の少年とヘイデン様が一緒にいるところを見ることが減った気がする。こうして俺やお友達ーズたちといたり、俺とヘイデン様と彼の三人でいたりすることが増えたというのもあるが、以前のように二人で四六時中ベタベタ……ってことは明らかに減ったと思う。
「おい。最推しではないが、ここの二人は大丈夫なのか……?」と、ふと若人の行く末を心配する老婆心か、もしくは厄介オタクのお節介心がふつふつと沸き起こり、巻き毛の少年にそれとなく尋ねてみた。
「なあ。ヘイデン様と、うまくいってないの?」
すると少年は眉間に皺を寄せた。
「……ああ、そうか。まだ知らないんだ」
「??」
意味深な言い方をしておいて、ひとりだけ合点がいったって感じで頷くなよ、おい。
俺が先を促そうとすると、少年は視線の先に想い人を見つけて、ぱあっと一際明るい笑みを浮かべた。
「あっ、ヘイデン様! おはようございます!」
少年が大きく手を振り呼びかけると、軽く笑いかけたヘイデン様は、このやかましい集団に渋々といった様子で合流した。
「はよーっす」
「……なんだその挨拶は。ちゃんとする気がないならお前とは今日一日喋らないからな」
「はいはい、ったく手厳しいっすね~朝から……」
「挨拶は礼儀なのだろう?」
心なしかドヤ顔のヘイデン様だ。俺は手を胸に当て「ははぁ~~」と深々とお辞儀をして返した。
すると横から「ねえねえ、それより!」と巻き毛の少年が割り込んできた。
「知ってる? 今年も王都でホワイトマーケットが開かれるらしいよ!」
「あーもうそんな季節かあ。一年って早いなー。ジェイミー様はもちろんグラシエット様と行くんですよねっ」
「ホワイト、マーケット?」
「ええ。そうです。知ってますよね? 毎年この時期に王都で開かれる、一年を締めくくるあのビッグイベントのことですよ!」
お友達ーズがさも当たり前のように言うが、すまん、初耳だ。
「そーそー。各地からあらゆる輸入品が集まってきて、見てるだけでも面白いよね。有名な歌手や楽団の演奏も生で、しかも無料で聴けるし、花火もバンバン上がるし最高だよ! 屋台では珍しい食べ物も出店されるから、あんたにはそっちが丁度いいかもね」
巻き毛の少年の話を聞くに、めちゃくちゃ面白そうじゃねーか、その祭り。人混みは苦手だが、祭りのそういう賑やかな雰囲気は大好きだ。
「えっ、めっちゃ行きたい! 行ってみたい!! みんなで行こうよ!」
「み、みんなで?」
「グラシエット様と、じゃなくていいんですか?」
……みんなで行ったほうが楽しくない? と思うのだが、そんな変な提案だっただろうか。あ、もしかして俺が思ってるよりもみんな、実はギスギスしてたりするの……? ああ、あれか。変に気を使われてしまってんのか。いいのにな、そんなことしなくても。
「俺はみんなとのほうが楽しいかな~なんて……な? ヘイデン様?」
「ああ、そうだな。別に二人だろうが三人だろうが何人だろうが一緒だ」
おおお、ナイスアシスト! ていうかヘイデン様もこういうお祭りには行くんだな。「お前らで勝手に行け。僕は行かない」とか何とか仏頂面で言いそうなもんなのに。
それに、ヘイデン様に言われれば従わざるを得ないのだろう。みんな顔を見合わせ、頷き合った。
かくして、このちぐはぐメンバーで、「ホワイトマーケット」なる大規模なお祭りへ行くことと相成った。
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