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Act 1 大事な恋の壊し方(本編)
愚かな血は争えない②[side瀬川]
しおりを挟むその後の瀬川は迷わなかった。
理由を探しては逃げ回ろうとする律をなんとか捕まえ、ひとまず組み敷いて彼を存分に味わって。
身体の奥深くまで何度も瀬川を植え付け、男の味をまず覚えさせた。
処女だというが、刺激すれば女以上に甘く震える律の身体は、ぐずぐずに蕩かしてやればやるほど、どこまでも瀬川を魅了した。
律は意外なほど快楽に弱かった。それこそ精を吐き出させてやるたびに、彼の理性は毎回面白いほど擦り減っていく。
理性を丹念に砕いてやれば、いつもは怯えばかり宿す眸を甘くぼんやりと揺らし、律はあろうことか瀬川を誘うように肌を寄せてくる。艶めかしい四肢を絡ませ、信念ではなく欲の虜となり、あれだけ嫌がっていた男根を喜色を浮かべて咥えたがった。
秘されていた蕾を開花させつつある彼がメスとして堕ちていく様は堪らなく淫らだった。
嫌がりながらも熟れていく身体に翻弄されて、恥じらう姿もまた股間を煽った。悩ましげな嬌声を溢し、身悶える彼の姿に何度欲情したことだろう。
恋人の女を大事そうにぶら下げていたはずの腕で瀬川を抱き締め、愛と肉欲を乞われるのだ。束の間の幻想に箍が外れてしまうのも致し方ない話だろう。
劣情にまかせて彼を貫くたびに、染めるどころが染められていって。
――触れれば触れるほど、満足するどころか飢えていった。
なかなか心までを寄越さない律に痺れを切らし、薬を盛ったのも一度や二度じゃない。
気弱そうな律を脅して絡め取り、行動を抑制したつもりではあるが、万が一の場合には異母兄のいる海外へ飛んでしまえばいいと考えていた。
もとより、善悪や常識というものには囚われない性格だ。瀬川には恐るるに足るものなどないに等しい。
獲物を定めた獣の如く、瀬川は本能が赴くままに律を追い回した。歯噛みをしながら罠を張り、追い詰めて――そして、やっと。彼を仕留めた。
思えば瀬川の母もそうだったのだ。
辣腕家ではあるが好色家でもある父にいたく惚れ込んだ馬鹿な女。惚れたはいいが、世界各地に愛人を持つ彼の価値観を受け入れられず、長年心を病み死んでいった哀れな女。
簡単には心を明け渡してはくれない相手にばかり執着してしまうこの血は、あの女譲りなのだろう。いずれ待つのは破滅だろうか。
――そうと知ってもなお、手を伸ばしてしまう。
◆
「あの、お一人ですか? 少しお話してもいいでしょうか?」
物思いに耽っていた意識を浮上させると、瀬川の横には茶髪をくるくると巻いた女がいた。
喫茶店のカウンター席に座る瀬川の右側に佇み、こちらを控えめに覗き込んでいる。
瀬川はほんのりと笑みを繕って先を促した。それだけで頬を淡く染めた相手の次の言葉なんて、考えるまでもなく予想がつく。
多分、同年代。そこそこ美人だが、どこかプライドが高そうな女だった。――これは、パスかな。
気のない返事を繰り返すと、プライドが傷付いたらしい女は顔を真っ赤にして踵を返して行ってしまった。
いつの間にか、店内にはそこそこの客が入っていた。
この店はコーヒーも軽食をも美味いが、単価はやや高い。そのぶん客の入りが落ち着いていて、静かな雰囲気が気に入っていたのだが……どうやら最近は事情が変わってしまったようだった。
「よう、モテ男」
嘆息をついた瀬川の横のスツールが引かれ、タイミングを図ったように見知った男が声をかけてきた。
「……なんだ、来てたのか。なら早く声をかけろよ」
「うっわ横暴。お前、おれのことは都合の良い女除け程度にしか思ってないもんな」
「そんなことはないよ」
気の置けない会話に、瀬川は冗談めかして肩を竦めた。
派手な金髪に青いメッシュを入れたやや厳つい男は、明らかに店内の小洒落た雰囲気から浮いている。男は名を城田という。
城田と瀬川は大学で知り合った。同学年の同学部。友人、と呼ばれるのを許せるくらいには互いのことを知っているし、彼と行動を共にするのも苦ではなかった。
口元を緩めたまま華奢なカップに手を伸ばした瀬川の横で、城田もオーダーを済ませ、小声でこちらに上体を寄せてくる。
「お前さ、年末は暇だろう? 今年も何人か女集めてうちで騒ぐ予定なんだけどさ、お前も来いよ」
「あー、パスかな。俺は今年はいいよ」
この男と酒と女が揃えばお行儀のよい飲み会で終わるわけもない。
城田は瀬川に近い部類の人間だった。
実家は裕福で、見目も悪くない。同性であるのに、女をかっさらっていく瀬川に対して一切の敵意を向けてこないところも付き合いやすかった。
「なあ~! 最近瀬川付き合い悪くない? いまセフレ何人いんのよ」
まあ、この馴れ馴れしい態度はたまにうっとおしいのだが。
「さあ……女は三人くらい」
「あれ意外と少ないじゃん。なら時間あるよな、今日お前んち行ってもいい?」
「駄目。しばらく来ないでくれ」
「なんでよ」
「猫を飼いはじめたんだ」
「え、めちゃ意外。見に行っていい?」
口にした単語がよほど相手の興味を引いたのか、身を乗り出した相手がキラキラと眸を輝かせている。
「だから駄目だよ。いま躾中なんだ」
「ふうーん。……て、いや待て。猫って動物のほうだよな?」
”猫”を脳裏に描いた瞬間、思わず口元が綻んでしまった。
微笑むだけに留めたが、友人は勝手にいろいろと察してくれたらしい。城田の好奇心は途端に引き攣ったような笑みに変化した。
ドン引き、とは言わないまでも態度で本音が漏れている城田だが、彼の趣味とて大概だ。
視線で抗議した瀬川に、城田は溜息混じりでがしがしと頭を掻いた。
「つーか、珍しいな。お前が家に女をあげるなんて」
「そうだっけ」
「そうだろ。面倒だから家に恋人は連れ込まないんじゃなかったん?」
「困ったことに、脱走癖があるんだよね」
「うわ。マジで珍しい。去るものは追わない主義のお前が? わざわざ首輪つけて囲ってんのかよ!」
「囲っているというか……まあ、そうなるのか。囲ってるのかも、俺」
瀬川は軽く首を傾げながらも、詳しい事情を知らないはずの城田が「首輪」と半ば実情を言い当てたことに内心では驚いていた。
……実際には、囲うなんて生易しいものではないが。正しくは軟禁、あるいは監禁だろう。
きっと律は今の現状を憎悪しているに違いなかった。
恋人を失い、住処を奪われ、自由さえも奪われて。男としての矜持を砕かれ毎夜甘い嬌声を上げる彼は、心の内で瀬川を恨んでいるのだろう。
――それでも良い。
今はまだ傍に置けるだけで十分だった。彼の身体を自由に貪れるというだけで、瀬川は十分に満たされている。
瀬川が誰かに執着をみせるのは初めてではなかったが、これまでは誰も彼の掌中に残らなかった。
初恋の女は手に入れたと思った直後に、この世界から命を散らしてしまったし。
次に恋した女は、狙いを定めてからすぐに、一家ごと姿を消したのだ。
――今度こそは、どうあっても失敗しないと決めている。
欲しくもない他人からの愛は嫌というほど向けられるのに、皮肉というべきか、唯一欲しいと願う相手の心はいつだって瀬川の手には落ちてこない。……それでも願わずにはいられない。
呆れた本音は胸の奥にしまい込んで、瀬川は悪友と一言二言交わし、席を立つ。
カウンター近くにあった屑入れへと、先ほどの女から押し付けられた連絡先を放り込んだ。
店を出て、寒空を見上げる。
――家で待つかの人はどうしているだろうか。
きっと、安堵の息をついて羽を伸ばしているのだろう。
またしても脱走しようなんて馬鹿なことを考えているのかもしれなかった。
スマートフォンを取り出し、マンションの自室の様子を確認する。
何をしていようとも、まるで瀬川の掌の中に閉じ込められているような愛おしい相手の姿に口元が歪んでしまう。
(帰ったら、またお仕置きかな)
空っぽだと思っていた瀬川の心に彼は再び嵐を呼び込んだのだ。――ああ、二度と手放してなどやるものか。
決意を新たに帰路につく。
この冬空の先にあるものが例え破滅であったとしても、この血に踊らされた歪な愛が冷めるなんてことは決して起こりえない。
end.
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みんなの感想(10件)
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ヤンデレ好きなのですが、本当に最高のヤンデレでした。攻めの追い詰め方が完璧すぎて、余韻がヤバいです…。語彙力なくなりました。
どうか、いつかまた続編が読めることを願っています!
コメントありがとうございますー!
ヤンデレ好きの方に気に入っていただけて嬉しいです…!
自分の技量不足を痛感しながら書いていた記憶があるので、攻め&追い詰め方を褒めてもらえるとホッとします(笑)
続編もいずれ書きたいなとは思っております。
二人の最終章がまだ見えないので、もうちょっといろいろ考えてみますね^^
感想ありがとうございます〜!
瀬川を最高と言っていただけて嬉しいです。
結構ぶっ飛んでいる男なのに、好きと言っていただけるなんて☺
ちょっと現在、別作品の更新を優先しておりますが、時間ができたらこちらも取り掛かりたいなと思っています。
気長にお待ちいただけると幸いです…!
やったぁ〜\(^o^)/
ヤンデレ瀬川サイドの続編、嬉しいです🎵
序盤から、瀬川は飛ばしてますなぁ。
更新、楽しみにしています❗
お待たせいたしました~!
ヤンデレ瀬川サイドで起こっていた出来事はこんな感じでございました。
幕間はさくっと終えて近く続編執筆に入れたらと思っております。
引き続きよろしくお願いしますー!