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Act 1 大事な恋の壊し方(本編)

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 毎日のように自分の幸運に感謝してる。
 だって世界中に自慢したいほど、どんな女優やアイドルも霞んでしまうほど、愛しの彼女は可憐で美人で性格だって素晴らしい。
 オレには勿体ないくらいに完璧才女な彼女だけれど、まあ少しだけ、もあるわけで。

「……ダブルデート?」
「ダメかな? ほら、千華ちかに彼氏ができたって話したでしょ? だから千華たちと、私たちで、遊園地でもどうかなぁって」

 艶やかな黒髪をそよ風に躍らせながら、最愛の彼女――米田智実《よねだともみ》は、上目遣いで見上げてきた。
 破壊力は抜群だ。
 彼女のその表情は、オレに対する視覚的魅力攻撃力に絶対の自信があるからこそに違いない。
 ああほら、大きな瞳に映り込んだ茶髪の見慣れた男が明らかに照れている。

「だめ? りっちゃん」
「駄目ってわけじゃないけど。なんでまた? オレ、千華ちゃんの彼氏なんて会ったことないよ」

 本当のところを言うとものすごく嫌なのだけれど、それは飲み込んで訊ねてみた。
 最寄り駅まで続く歩道は大学の講堂から吐き出されてきた学生たちで混みあって、軽く渋滞が起きていた。
 さらさらと木々を揺らす風が肌寒い。歩道の脇に植えられた街路樹は頭のてっぺんのほうから色が変わりだし、街全体が少しずつ冬に近づいている。
 
 周囲の流れに合わせてのんびりと歩きながら、手持ち無沙汰な片手を彼女の指に絡めようとすれば、それはさらりとかわされてしまう。
 落胆を隠し切れないオレの視線を涼やかに受け止めて、智実はにっこりと小悪魔みたいに微笑んだ。

「千華とずっと約束してたの。お互いに彼氏ができたら一緒にデートしようねって」
「デートは二人でしたほうが楽しくないかな?」
「二人でのデートはいつだってできるでしょ?」
「うーん、知ってる人ならともかく、初対面で遊園地はだいぶ不安があるというか……」
「いざとなったら別々に行動すればいいじゃない! それに、千華の彼氏さんってすごく社交的な人みたいだから、きっと大丈夫!」

 ね? ……って、大好きな女の子に可愛らしく小首をかしげられたら、嫌なものも嫌と言えなくなる。
 あー、もう。こんなに可愛いなんて卑怯でしょ。
 ただでさえ智実はめちゃくちゃオレ好みの美人なのだ。敵いっこない。

 胸元まであるサラサラつやつやの清楚な黒髪に、透き通るような白い肌。パッチリとした二重の大きな瞳は少し吊り目っぽくも見えるけれど、そこがまた堪らなくて。
 小振りで柔らかなぷっくりとした唇には、今はスモーキーローズのリップクリームが塗られている。控えめなバストもオレからしたら好印象で。
 つまるところ、完璧すぎるオレの女神。理想の具現化だ。

 そんな最愛の彼女を、誰が好き好んで他の男に紹介したいと思うだろう。
 奪って下さいと、自分から敵地に行くほど馬鹿じゃない。リスクを冒すくらいなら智実と二人きりでしっぽりと過ごしたい。自慢の彼女と二人きりであれやこれや致したい。
 結局、女の子を挟んだら、男同士なんて敵でしかないわけで……見ず知らずの男と一緒に遊園地だなんて、オレには少しも魅力がわからなかった。

「ふふっ、じゃあ約束ね! また連絡するから予定確認しといて」
「ちょっと!? まだオレ行くっていってな」
「行ってくれるでしょう? りっちゃんは私の自慢の彼氏だもの」
 
 なんだよ、そのキラーワード。
 どうやら電車の時間が迫っていたらしい智実は、振り向きざまの笑顔でオレの小さな抵抗を吹き飛ばすと、黒髪を靡かせながら先に目の前の駅舎を目指して駆け出した。
 ブルーグレーの大判ストールを羽織った愛おしい小悪魔の背中が、人込みを掻きわけて消えていく。
 あとにはまんまと心臓を射抜かれたオレだけが一人残された。

 ……やられたな。これはもう、腹をくくるしかないじゃないか。
 
 きっと智実は人前でベタベタするのを嫌がるだろうから、ダブルデートなんて、一日近くにいるのに手も繋げないパターン確定だろう。それでも幸せで満たされてしまう馬鹿なオレなのだ。
 仕方がないので、彼女に色目を使う男がいたら容赦なく追い払ってやろうじゃないか。

 ピロリン、と着信音が鳴って。
 手元を見れば、予定の電車に間に合ったらしい智実からメッセージが届いていた。
 強気な我儘を頂戴したばかりだというのに、頬が勝手に緩んでしまう。惚れた弱みにはやっぱり敵わない。
 

 ――彼女の小さな我儘が、やがてオレたちの未来を大きく捻じ曲げていくことになるなんて。
 この時はまだ、想像だにしていなかった。
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