56 / 69
14
しおりを挟む「いいよ、タクシーなんて。ちゃんと帰れるし」
「一人で帰せるような顔ではないよ」
「帰れるよ。それよりも話そう?」
「車の中で話せば良いだろう?」
「二人で話がしたいんだ。――なあ、史仁さん。浮気、した?」
香倉は目を瞠った。言われたことを反芻して、そして腑に落ちる。
圭人がこんなひどい顔をしている理由。突然自分を呼び出したわけも。
深く息を吐く。
苦々しいものを飲み込んで、圭人へと身体を向けた。繋がれたままの手に僅かに力を込める。
「……その顔色の悪さはおれのせいなんだ。はぁ、ごめん。浮気なんかしないよ。あの日、やっぱり近くにいたんだね。圭人の匂いがするから、もしかしたらとは思ったんだ」
思い当たる出来事はあった。数日前にあの令嬢を連れて入った映画館。
恋愛映画を見終えてそこを出るときに、どこかから圭人のフェロモンが香っているような気がしたのだ。
ただ、あまりに薄い匂いだったので、香倉は気のせいかと思っていたのだが…………圭人に目撃されたとするなら、十中八九その時に違いない。
圭人は香倉を疑っているらしい。
不安そうに瞳を揺らし、懸命に真偽を見極めようとしている。
自分を疑う恋人の視線を香倉は正面から受け止めた。いくら疑われようと、焦る気持ちはない。
「おれは誓って浮気なんかしてないよ。きみを裏切るようなことはしていない。あの夜一緒にいたのは取引先の娘さんで……ちょっと最近、厄介なことになっていたんだ」
身の潔白には自信がある。
それなのに自分を疑って、傷付いて眠れなくなるくらいなら、この胸の内側を圭人に覗かせてあげたいと香倉は思う。
ドン引かせてしまうくらいに重たい愛で圭人を愛しているのだと、嫌われないように必死なのだと、いっそ知って欲しい。
運命のオメガに振り回されている今の香倉を知ったなら、自分の友人や過去の交際相手たちは皆驚くに違いないのだ。
「そっか。……疑ってごめん。史仁さんを信じるよ」
考え込むようにしていた圭人だけれど、納得するものがあったらしい。
顔を上げた圭人からは疑いの色がさっぱり消え去っていて、香倉はほっと胸を撫でおろした。
「信じてくれてありがとう。他にも何か気になる事があるなら、何でも聞いて。後ろめたいことは……まあ、その件では少しあったかもしれないけれど。全部ちゃんと正直に答えるから」
「聞きたいこと、か。……じゃあさ」
「うん」
「――俺の発情期がきたら、本当に傍にいてくれる?」
一瞬、耳を疑った。あまりに予想外の方向から質問がきて、頭がフリーズする。
喜びはやや遅れてじわじわと湧いてきた。
(……本当に?)
夢でも見ているようなふわふわとした現実感。圭人の手を握り、力強く答えた。
「必ず傍にいる。何をおいてでも」
「……仕事が忙しくても? 来てくれる?」
見上げてくる彼に、力強く頷く。
「何があっても休みをもぎ取るよ。そのために最近、仕事を変えようと思っていて――」
その時、構内に轟音が響き渡った。すぐ下の線路を通過する列車の音。
掻き消された自分の言葉を聞き返されて、なんとなく香倉は誤魔化してしまった。
まだ来ないヒートのために転職すると伝えるのは、やはり重すぎる気がして。
「……休みでも、まだこれからも会えない日が続きそうなのかな」
圭人にそう問われて、香倉は再び迷った。
自分も会いたいし、本当は時間もつくれる。
でも以前のように、圭人に頻繁に会いながら耐え続けることは不可能だとわかっていた。
(怯えさせるわけにはいかない……ヒートまでは、せめて)
今夜だって医師の忠告を無視して抑制剤を飲んできている。余裕のなさは自分が一番わかっている。
「そうだな、まだしばらくは……。……休日の接待がね、詰まってるんだ。今まではこんなことはなかったんだが」
誠実に答えようと思っていたのに、嘘が混ざっていく。
「……そっか。忙しいんだ」
「ああ……ごめん」
「じゃあさ。最後に一つ、お願いしたいことがあるんだけどさ」
「うん、何かな」
「この首輪、一度外してもらえないかな?」
言われたことの意味が、最初、頭に入ってこなかった。
91
お気に入りに追加
3,405
あなたにおすすめの小説
王と正妃~アルファの夫に恋がしてみたいと言われたので、初恋をやり直してみることにした~
仁茂田もに
BL
「恋がしてみたいんだが」
アルファの夫から突然そう告げられたオメガのアレクシスはただひたすら困惑していた。
政略結婚して三十年近く――夫夫として関係を持って二十年以上が経つ。
その間、自分たちは国王と正妃として正しく義務を果たしてきた。
しかし、そこに必要以上の感情は含まれなかったはずだ。
何も期待せず、ただ妃としての役割を全うしようと思っていたアレクシスだったが、国王エドワードはその発言以来急激に距離を詰めてきて――。
一度、決定的にすれ違ってしまったふたりが二十年以上経って初恋をやり直そうとする話です。
昔若気の至りでやらかした王様×王様の昔のやらかしを別に怒ってない正妃(男)
祝福という名の厄介なモノがあるんですけど
野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。
愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。
それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。
ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。
イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?!
□■
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!
完結しました。
応援していただきありがとうございます!
□■
第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。
成り行き番の溺愛生活
アオ
BL
タイトルそのままです
成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です
始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください
オメガバースで独自の設定があるかもです
27歳×16歳のカップルです
この小説の世界では法律上大丈夫です オメガバの世界だからね
それでもよければ読んでくださるとうれしいです
初恋の公爵様は僕を愛していない
上総啓
BL
伯爵令息であるセドリックはある日、帝国の英雄と呼ばれるヘルツ公爵が自身の初恋の相手であることに気が付いた。
しかし公爵は皇女との恋仲が噂されており、セドリックは初恋相手が発覚して早々失恋したと思い込んでしまう。
幼い頃に辺境の地で公爵と共に過ごした思い出を胸に、叶わぬ恋をひっそりと終わらせようとするが…そんなセドリックの元にヘルツ公爵から求婚状が届く。
もしや辺境でのことを覚えているのかと高揚するセドリックだったが、公爵は酷く冷たい態度でセドリックを覚えている様子は微塵も無い。
単なる政略結婚であることを自覚したセドリックは、恋心を伝えることなく封じることを決意した。
一方ヘルツ公爵は、初恋のセドリックをようやく手に入れたことに並々ならぬ喜びを抱いていて――?
愛の重い口下手攻め×病弱美人受け
※二人がただただすれ違っているだけの話
前中後編+攻め視点の四話完結です
森の中の華 (オメガバース、α✕Ω、完結)
Oj
BL
オメガバースBLです。
受けが妊娠しますので、ご注意下さい。
コンセプトは『受けを妊娠させて吐くほど悩む攻め』です。
ちょっとヤンチャなアルファ攻め✕大人しく不憫なオメガ受けです。
アルファ兄弟のどちらが攻めになるかは作中お楽しみいただけたらと思いますが、第一話でわかってしまうと思います。
ハッピーエンドですが、そこまで受けが辛い目に合い続けます。
菊島 華 (きくしま はな) 受
両親がオメガのという珍しい出生。幼い頃から森之宮家で次期当主の妻となるべく育てられる。囲われています。
森之宮 健司 (もりのみや けんじ) 兄
森之宮家時期当主。品行方正、成績優秀。生徒会長をしていて学校内での信頼も厚いです。
森之宮 裕司 (もりのみや ゆうじ) 弟
森之宮家次期当主。兄ができすぎていたり、他にも色々あって腐っています。
健司と裕司は二卵性の双子です。
オメガバースという第二の性別がある世界でのお話です。
男女の他にアルファ、ベータ、オメガと性別があり、オメガは男性でも妊娠が可能です。
アルファとオメガは数が少なく、ほとんどの人がベータです。アルファは能力が高い人間が多く、オメガは妊娠に特化していて誘惑するためのフェロモンを出すため恐れられ卑下されています。
その地方で有名な企業の子息であるアルファの兄弟と、どちらかの妻となるため育てられたオメガの少年のお話です。
この作品では第二の性別は17歳頃を目安に判定されていきます。それまでは検査しても確定されないことが多い、という設定です。
また、第二の性別は親の性別が反映されます。アルファ同士の親からはアルファが、オメガ同士の親からはオメガが生まれます。
独自解釈している設定があります。
第二部にて息子達とその恋人達です。
長男 咲也 (さくや)
次男 伊吹 (いぶき)
三男 開斗 (かいと)
咲也の恋人 朝陽 (あさひ)
伊吹の恋人 幸四郎 (こうしろう)
開斗の恋人 アイ・ミイ
本編完結しています。
今後は短編を更新する予定です。
可愛くない僕は愛されない…はず
おがこは
BL
Ωらしくない見た目がコンプレックスな自己肯定感低めなΩ。痴漢から助けた女子高生をきっかけにその子の兄(α)に絆され愛されていく話。
押しが強いスパダリα ✕ 逃げるツンツンデレΩ
ハッピーエンドです!
病んでる受けが好みです。
闇描写大好きです(*´`)
※まだアルファポリスに慣れてないため、同じ話を何回か更新するかもしれません。頑張って慣れていきます!感想もお待ちしております!
また、当方最近忙しく、投稿頻度が不安定です。気長に待って頂けると嬉しいです(*^^*)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる