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第36話*
しおりを挟む「………………圭人。少し待ってて」
香倉は圭人の中から指を引き抜くと、抑揚のない声でそれだけ言い、ベッドを下りていった。
ぼんやりと男の動きを視線で追っていた圭人は、ふと首を傾げる。
「史仁さん。……そういえば、服」
……何故、服を一枚も脱いでいないのか?
圭人の服を次々に脱がせてこんな恥ずかしい姿にしておいて、香倉は未だスーツの上着ボタンと眼鏡を外しただけの完璧な姿だった。
声にならず消えた語尾はしっかりと男にも伝わっていたらしい。
「あのね、圭人…………おれも結構きてるんだよ。きみが散々煽ってくれたおかげでね」
男は苦々しくそう言うと、スーツの上着をベッド脇の椅子に乱雑に放った。
緩められていたネクタイを手早く解き、ベッドの上に落ちていたリムレスの眼鏡もサイドテーブルに放っている。
香倉の後ろ姿を眺めているうちに、熱に浮かされていた思考にじわじわと冷静さが戻ってきて、現状を理解するにつれて圭人は羞恥で死にそうになった。
……発情のせいだとしても、自分だけ周りが見えなくなるほど盛ってしまって恥ずかしい。
完全に思考回路がオメガの本能に染まっていた気がする。
(ていうか、さっき俺は何を口走った……?)
(ヒートやばくない……?)
真っ赤になっている圭人の様子に気付いた香倉は、「あれ、正気に戻ってる」と吹き出している。
圭人は恥ずかしさのあまりベッドの上で膝を抱えて丸くなった。
「――ね、圭人。顔をみせてよ。可愛らしいきみにキスがしたいな」
とびきりに甘い恋人の声が、誘うように言うので。
圭人はそっと顔を上げた。
こちらを見つめ、あざとくも魅惑的な笑みを浮かべる香倉にぐらりときた。
「……え、と。……俺も、したいです?」
ワイシャツを脱ぎ去った香倉の身体はうっすらと腹筋が割れていて、アルファらしく広い肩幅と適度な身体の厚みがあった。
均整のとれた身体は美しく引き締まっており、無駄がない。
ついうっかりその下にある下着の膨らみを直視してしまって、圭人はまた羞恥に染まった。
男同士なのに、どうしてこんなにも恥ずかしいのか。心臓がばくばくして身が持たない。
混乱が極まって泣きそうになっていると、背中を丸めた香倉がそっと唇を寄せてくる。
互いの唇をあわせたまま押し倒されて、ベッドに沈み込んだ。
覆い被さってくる男の肌と直接触れあう感触にドキドキした。
濡れた唇が離れると同時に、熱を帯びた視線が絡んで。
上半身を起こした香倉は身に着けていたものをすべて脱ぎ捨てると、圭人の太腿を抱え上げて隙間を詰めた。
「悪いけど、もう待てないよ。……もし怖いならフェロモンで惑わせてあげようか?」
圭人の内腿をぺろりと舐めて、アルファの男は本能のままに野性的な笑みを浮かべていた。
足と足の狭間から垣間見えたものに圭人はヒュ、と息を呑んだ。
彼の屹立した性器は予想していたよりもはるかに大きかった。圭人自身のモノが可愛らしく思えてしまう程度には。
(こんなのが本当に入るのか……?)
かなり不安を感じたが、こうなってはもう腹をくくるしかないとも思ったので。
ゆっくりと圭人は首を横に振った。――今夜のことはしっかりと記憶に刻んでおきたかった。
「大丈夫……史仁さん、……その、ゆっくりお願い……」
情けなくも声が震えてしまったが、きっと大丈夫だ。そう、きっと大丈夫。ただ未知の世界が怖いだけ。
彼の匂いに頼らずとも、オメガの本能は頭の中で再びぐわんぐわんと叫びだしている。
期待と不安で溢れそうな胸をおさえ、圭人はアルファの男を見上げた。彼の瞳にちらつく熱にとらわれる。
「わかった」と返してくれた香倉は、圭人の右手をとると身を屈めてキスを落とし、指を絡ませてからベッドに縫いつけた。
「……力を抜いて」
硬くて熱いものが後孔に押し当てられる。
ずぷり、と先端が中に入ってきた。
「――――ッ」
今まで経験したことのない圧迫感に、圭人は声にならない悲鳴を上げた。
ゆっくりと男が腰を進めてくる。狭い隘路を押し広げ、アルファの熱い楔がゆっくりと埋められていく。
あんな大きなものを咥えこんでしまう自分の身体に頭の片隅で驚いていた。
「……あっ、……ああ、あああ……っ」
「……っ、これが……」
苦しいけれど、次第に中の疼きが快感に変わっていく。
待ち焦がれたものに出逢えたオメガの細胞が全身で歓喜しているのがわかる。……嬉しくて、幸せで、苦しいけれども、気持ちがいい。
これが運命の番。
受け入れる身体は辛いはずなのに、爪先までふわふわと多幸感に包まれていった。
……やっと彼と繋がれたと、ずっとこの瞬間を待っていたと、オメガの本能が諸手を挙げて喜んでいる。
アルファの男は眉を寄せて何かに耐えるようにしていた。
時折辛そうに息を漏らして動きを止めながら、香倉は約束通りに、時間をかけて圭人の中に入ってくる。
「……圭人、動いていい?」
すべてを受け入れきった頃には、互いに汗が滲んでいて。
下から見上げた香倉は壮絶な色香を放っていた。
愛おしい男に切なげな表情で言われたら、断りようがなかった。
ゆるゆると律動が開始される。
「んっ、……あっ、ん、ん……っ」
揺さぶられるたびに快感が深まっていく。
……でも足りない。ゆるゆるとした緩慢な動きに、圭人は次第にもの足りなくなっていった。
(足りない。……優しくて、足りない)
――自分はこんなにも淫乱だったのかと、ぼんやりとした意識の中で知る羽目になった。
目の前の男にもっと掻き乱されたい。このアルファのもっと剥き出しの本能をぶつけて欲しい。もっと深くまできて欲しい。
「あ……史仁さ、もっとっ、足りないからもっと、激しくし……! んあっ、あああぁ…っ、ああ……!」
言い終える前に、――ズン、と奥深くまで貫かれた。
そのまま一気に抽送が激しくなって、もうわけがわからなくなった。
激しく穿たれて、翻弄されるがまま強引に高みへと押し上げられる。すでに限界が近かった。
「あああっ、史仁さんっ、俺もう……っ、――――!」
「……っ、……!」
一足先に果ててしまった圭人を追いかけるように、腹の中に男の熱いものが迸るのを感じた。
……言いようのない満足感が溢れてくる。
「圭人」
感情の滲む声で呼ばれて、こちらまで感極まった。
髪に、額に、鼻先に柔らかな口づけが降ってくる。それから唇にたどり着いて、深い交わりになった。
彼自身が中に放った精液を奥まで塗り込めるように、緩やかにまた腰が揺れはじめる。
圭人の中にある香倉のペニスはまだ硬度を保っているようだった。
滑りの良くなった中を掻き回されながら、徐々に荒々しくなる舌の動きに酔いしれる。
……足りない、自分だって、まだ足りてない。
続きを求めるようなキスに応え、圭人はぼんやりと男を見つめた。
香倉は上体を起こすと前髪をかき上げた。
凄みのある鮮やかな笑み。自信に満ちたアルファらしい表情だった。
「愛してるよ、圭人。……やっとおれのものになってくれた」
香倉は満足げな眼差しでこちらを見下ろし、圭人の頬のラインを指先でゆっくりと撫でて辿っていく。
彼を咥えたままの中が疼いた。……どんどんと物足りなくなっていく。強欲なオメガの本能に抗えない。衝動が強くなっていく。
――この魅力的なアルファが欲しい。もっと精液を注いで欲しい。
――運命のアルファを離したくない。この奇跡を手放したくない。離れたくない。……もう離れられないように、この首を噛んで欲しい。
胸の内側にふつふつと湧き上がる衝動を抑え込めず、理性なんてものは意味をなさなくて。
貪欲に獲物を欲しがる身体は、香倉を絡めとろうと躍起になってそれを振り撒いた。
「ああ、フェロモンがすごいな……こんなに誘惑されたら加減できなくなるよ?」
「史仁さん……もっと……」
「焦らなくても、いくらでもあげる。おれだってまだ足りてないよ」
そう言って柔らかく微笑むと、香倉は一度ペニスを引き抜いた。
圭人の身体をうつ伏せにさせて、今度は後ろから覆い被さってくる。
ヒクヒクと震えていた窄まりに熱く猛ったものが「ただいま」とキスをする。背後から押し入ってきた圧倒的質量の男根に、圭人は甘く吐息を漏らした。
「ん……っ、ああ……」
ぴたりと隙間なく重なる身体が心地良かった。
四つん這いになった体勢のまま後ろから力強く抱きしめられて、温かくて、たまらない気持ちになる。
腹の上にまわされた男の腕に、圭人も自分のものを重ねた。
この瞬間を永遠にしたいと、女々しいことを願ってしまった。
(やっぱり俺は、オメガだったんだな……)
ゆるゆると始まった律動に身を任せた。
「……あっ、……あっ、ん……んんっ」
優しく突き上げられる。
耳元に香倉の息遣いがあって。こんなに近くにいられて、彼と一つになれて幸福で蕩けそうだ。
男が首筋に唇を押し付けてくる。
その先を願った瞬間、圭人の中が香倉のものを締め付けたようで、背後から悩ましげな吐息が落ちてきた。
「ああ、圭人……きみからのプロポーズはとても魅力的だけれど……やっぱり今すぐに番にしたい。本当にここを噛んでもいい? おれだけの番になってくれる?」
ふわふわとした多幸感の中で、圭人は頷いた。覚悟ならもうできていた。
「あなただけの、オメガにして。史仁さんだけが、俺の特別なアルファだから……っ」
そう答えた途端、濃厚な誘惑香が鼻腔を擽った。
撤回は応じないとばかりに、圧倒的なアルファのフェロモンが圭人に襲い掛かってくる。
フェロモンと発情によって退路を塞がれたのだと理解する。
(――そんなことをしなくても、もう迷わないのに)
目の前のオメガを逃がしたくないと、そう思ってもらえているのだと思うと、圭人は泣きたいほど幸せだった。
香倉が激しく腰を打ち付けてくる。
呼吸もままならない。激しすぎる律動に翻弄され、底なしの快楽に溺れていく。
互いの本能のままに深く深く絡み合う。
「ああっ、ンっ、あ、……んっ」
「圭人……圭人……愛してる。おれの番……っ、一生、きみを大切にする……っ」
「んっ、あ、あ、ふみひ……さんっ、ああ…っ、あああぁ……っ!」
再び香倉に強く抱きしめられたのを感じた瞬間、首の後ろを鋭い痛みが襲った。
噛まれた項の部分から経験したことのない、身体が内側から煮えたぎっていくような感覚が広がっていく。――苦しくて。痛くて。身体中が沸騰するようだった。
薄れる意識の中で、圭人の最奥に広がる熱いものを感じた。
「あぁ……うぅ……っ」
――彼のための身体に塗り替えられていく。
そう思えば、身体ごと焼き尽くされてしまいそうなこの痛みも、苦しみも、不思議とすべて愛おしかった。
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