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第14話
しおりを挟む「その服、似合ってるね。いつもの圭人とちょっとテイストが違う感じ」
週明け、学部棟の談話室で空いた時間をつぶしていると、コーヒーチェーン店のロゴが入ったカップを片手に九藤がやってきて。
まじまじと圭人の装いを眺めてから、可愛らしく小首を傾げてそう言った。
「これか? この服はお詫びだって、史仁さんに」
「はーん、やっぱりね。ちょっと匂ってるもん。ちなみに 首輪の再設定はできたの?」
「……できなかった」
「だと思った!」
力なく項垂れた圭人の頭上で、どうやらそれを見越していたらしい九藤がからからと笑っている。
袖をくんくんと嗅いでみるも、九藤のいう匂いというのは自分ではわからなかった。
……とはいっても、今までの経験から妙な勘が働いたので。
香倉からプレゼントされたこの服は、受け取ったあとで一度洗濯をしてから袖を通してみたのだが、どうやらその判断は正解だったようだ。
――結局、やっと香倉に会えたというのに、一昨日は帰ってきたのも遅い時間で。
当然、首輪の再設定もできなかった。
家の前まで送ってもらった圭人が車を降りようとしたとき、どういうわけか香倉から大きな紙袋を渡されて。
そこに入っていたのが何枚かのブランドものの洋服と冬小物だったのだ。
圭人がいくら遠慮しても男も引かず、会えなかったお詫びにと半ば押し付けられるように渡されたのだが、よく考えてみるとその理由付けもどこか不自然だった。
……たぶん、香倉だってわかっていたのだ。
圭人はそっと、首元にある黒いそれに触れた。
きっと、絶対にそう。圭人の首輪の再設定ができないように、一昨日はわざと遠くへ連れ出されたような気がしてならない。
眉根を寄せて押し黙る圭人に、机を挟んだ向かい側でコーヒーカップに口をつけていた九藤が、優しい眼差しで訊ねてくる。
「あと一ヶ月でクリスマスだよ? どうするの?」
「……どうって?」
「圭人は香倉さんと過ごすんでしょ? 年末年始もあるし。……そろそろ圭人のオメガを捧げてもいい頃合いでしょ?」
「あー……まあ。うーん。でも、忙しいみたいだし……?」
もしも発情期が来たらすぐに連絡をするように、と香倉には言われていた。
有り難いが、その意味を理解できないほど圭人も鈍くはない。
彼に連絡を入れるかどうかは、本音ではまだ少し迷っていた。
歯切れ悪く、両手で顔を覆う。うーんと低く呻いて、そのまま九藤の姿を掌で覆い隠したまま、彼にちょっと聞いてみることにした。
「なあ、ノゾム」
「なあに」
「…………オメガのセックスってどんななの?」
「ぶふっ!」
……ちょっと嫌な音が聞こえた。
「ねえ、そういうのはさっ! 僕に聞かないでスマホで調べてくれる?!」
声だけしか聞こえないが、子犬がきゃんきゃんと吠えるような剣幕で叱られる。
意外と初な反応をされて、圭人も質問を間違えたな、と反省して。
そろそろと視界を覆っていた掌を外すと、飲み物を盛大に吹き出してしまったらしい九藤がひどい有様になっていた。
「そうだな……ってうわ汚なっ。ごめんって」
怒ったように頬を膨らませながら、九藤が汚れた顔や服を拭っているので、慌ててあるだけのティッシュペーパーを彼に差し出して、後始末を手伝わせてもらった。もう、ひたすら彼に頭を下げる。
九藤のふわふわとした白いニットや淡褐色のコートに染みになってしまったらと思うと、心底申し訳なく思った。
「……弁償しようか? それかクリーニング代出すわ」
「別にいいって。それよりさ、僕の記憶が欠けてるだけかもしれないんだけど。きみたち、いつからお試しじゃなくなったの?」
九藤はぷりぷりとした雰囲気をまだ漂わせてコートの汚れを拭っているが、そこまで怒っているわけでもないらしい。
コーヒーにまみれた子猫のような親友に訊ねられて記憶を遡ってはみたものの、いくら天井を眺めて考えても明確な答えは見つからない。
「いつからって……いつだろうな。俺もわからない」
「なんで!? 改めて気持ちを伝えあったりとかさ、しなかったの?」
「してないような……?」
強いて言えば、今回のデートがそれだったのかもしれない。
香倉は定期的にぐいぐいと気持ちを伝えてくれていたわけで、お試し交際だったのも圭人のためだ。
圭人の言葉に、九藤は信じられないという顔で呆れ返っている。
「もう! これだけ貢がれてマーキングまでされて、気持ちの心配はきっとないけどね? いつまでも余裕こいてると知らないよ? アルファを狙う奴らなんてごまんといるんだから、もっと危機感を持たないと!」
そう言って席を立つと、今日は帰ると言って九藤は行ってしまった。
……悪いことをしてしまった。
一人取り残されてしまい、手持ち無沙汰となってしまった。何となくスマートフォンを覗く。
今朝、香倉に改めて服のお礼をメッセージで送ったものの、返信はまだ来ていなかった。
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