初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋

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第6話

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 日曜日。
 待ち合わせ場所であるコーヒーチェーン店に到着すると、すでに店内で待っていた香倉は片手を上げて柔らかな笑みをみせた。

 注文もそこそこに、圭人は鞄から小さなケースを取り出すと、香倉へと差し出した。
 男はにこにこと嬉しそうに名刺入れを受け取って、「困っていたんだ」と口にしてはいたけれど、本当のところはわからないままだった。

 今日の香倉は普段とは雰囲気が異なっていて、色素の薄い栗色の髪もラフな感じでセットされている。
 淡いグレーのシャツの上に、黒い七分丈のテーラードジャケットを羽織っていて、濃紺のパンツに、きれいめのドレススニーカーを合わせていた。
 特に何も考えずにジーンズを選び、目についたパーカーを頭から被ってきてしまった圭人は、垢抜けない自分が少し恥ずかしかった。

 喉が渇いたということにして、アイスコーヒーを腹に流し込む。
 長居はせずにさっさと退席しようと考えていたのだが、席を立とうとした途端に伸びてきた男の指が、圭人の貧相な手首に絡んで離れなかった。

「待って。これから時間はある?」

 香倉は圭人の分の伝票をさっと取り上げると、そのまま強引に腕を引いて圭人を隣に座らせた。
 やけに近くなった距離で、人形めいた涼やかな美貌が圭人の瞳の奥を覗き込んだ。

「えと。……なくもないですが」

「きみのことをもっと知りたいんだ。番候補として、互いのことを知り合うチャンスをくれないかな?」
 
 物腰は柔らかではあるものの、香倉はなんだかんだアルファらしく強引だった。
 会計を済ませ、店の扉にぶら下がる鈴の音に見送られて外へ出ると、圭人は香倉に背を押されて街へと繰り出すことになったのである。

 そこからはあちこち連れ回された。
 ふらりと建物に入ってウインドウショッピングをしてみたり、高層階の展望デッキへと足を運んで都会の景観を眺めたり、ちょっと値が張る高級バーガーをご馳走になってしまったり。
 遊歩道を散策しながら、キッチンカーに並んで甘味の食べ歩きもして、偶然見かけた大道芸に足を止めて感想を言い合ったりもした。

 気ままに場所を巡っているようにみえて、定番のデートスポットばかりだということには途中で気が付いて。
 ああ、この人は自分と文字通りデートがしたいのかと、圭人は慣れないむず痒さを持て余してそわそわと落ち着かない気持ちになったりもした。

 とはいえ、見た目よりもずっと気さくで話し上手な香倉の隣は、なんだかんだ居心地が良く、僅かに残っていた戸惑いや緊張感はいつの間にか溶けて消えていて。
 当初こそ気が進まなかった圭人ではあったものの、いつの間にか彼との時間を心から楽しんでしまっている自分に気付いてしまった。

 人気サッカーチームの観戦チケットを手に入れたという香倉の誘いに乗せられて、うっかり次の約束までさせられてしまった圭人は、踏み出したい気持ちと、逃げ出したい気持ちの狭間で揺れていた。

「香倉さん」

 駅へと向かう道中で広い背中に呼び掛ける。
 足を止めて振り向いた男は、夕方の風に吹かれて色気があった。

「ん?」

「……俺は不出来なオメガです。見た目もこんなだし。その……貴方に見合うものを、何も持っていないというか」

「他の相手を探せと言われても、おれは頷けないよ?」

 香倉はあっさりと言い切って、圭人の右手をそっと掬い取る。
 スーツ姿のときよりも年若く見える彼は、甘く蕩けた怜悧さで圭人を見つめ、目を細めた。

「きみに出逢う前なら、いくらでも他を選べただろう。でも残念だけど、圭人くんのかわりにはもう誰も成り得ない」

 淡い色の双眸に、迷子のような顔をした圭人が映っていた。
 ごくごく平凡な容姿の冴えない自分。ベータとしての未来を失い、オメガにもまだ成りきれず。
 ――運命、なんて言葉を素直に歓迎できる無垢な心さえ、とっくの昔に失っている。

「本当に俺なんかでいいんですか……?」

 眉を寄せる圭人に、可笑しそうにアルファの男は微笑んだ。

「きみしか選びたくないんだよ。おれときみにとっては互いだけが特別で、それはもう揺るがない」

「それは、あなたがアルファだから?」

「きみがオメガで、おれの運命だから」

 香倉の言葉に宿る情熱的なものに嘘はないのだろう。しかし圭人はどこか釈然としなかった。
 ……少なくとも、ベータの価値観で生きてきた圭人にとって、アルファやオメガの行動論というのはたまに難解で。
 たった一目見ただけで相手を選ぶという彼らの軽率な行動を、運命という一言で受容するには、夢を忘れ過ぎていた。
 
 触れ合っていた指先を宙に浮かせ、握りしめる。
 傍らで自分を見つめてくるその人に視線を返し、圭人は告げた。


「……時間をくれませんか。その運命とやらを俺が信じることができるまで」

 
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