上 下
22 / 88
春待つ花の章

茉莉花堂のドールドレス職人(その二)

しおりを挟む



「おう、あいつらは帰ったみたいだな」
 
 ユイハとユウハが寮に戻り、ジルセウスも帰ってしまった静かな店内に、ひょっこりとベオルークが現れた。大きな箱を小脇にかかえている。

「ベオルークおっさん、そっちはもう作業終わり?」
「あぁ、今日の作業は終わったところだ、そらよっと」
 言いながら、ベオルークは抱えていた箱を飴色のカウンターの上に丁寧に置く。
「こいつの胴体ができたんでな、組み立ててたんだ」
 箱の蓋をあけると、まだ何も纏っていないエヴェリアが、傷ひとつない姿で寝かせられていた。
「俺の今回の仕事はこれで終わりだ。あとはメルがドレス着せてやりな」
「うん。それと……ベオルークおっさん、今回は」
「おう」
「今回は、ありがとうね」
「……メルちゃん、二度とこんな仕事は俺にさせてくれるなよ? 他の、あのレナーテイアというお嬢さんの胴体の代わりに、俺の大事な愛娘の一人――エヴェリアの胴体を魔法窯で肌色をいじって、付け替える、なんて所業は、な」
 ベオルークの声は厳しい。
「……だけど」
「あぁ、メルちゃんはきっとまた同じようなことがあったら、何度でも同じようにするんだろうな――すまない、意地の悪いことを言ったかもしれん、だが、ドールを愛する一人の人間として、言わせて欲しかったんだ」



 ベオルークの姿が奥に消えて、それからメルは箱から慎重にエヴェリアを抱き上げて、そして。
「エヴェリア、ありがとうね」
 と優しく彼女をなでた。
 エヴェリアは――どこか微笑んでいるようにメルには見えた。



 久しぶりのエヴェリアのきせかえをあれこれと楽しんだメルは、茉莉花堂をしっかりと戸締まりして二階の自室に戻った。

 ベッドの上には当たり前のような顔をして白が座っている。
「おかえりメル」
「ただいま白」
「エヴェリア、戻ってきたんだね」
「うん、以前と同じ……ううん、以前よりきれいになったような気がしたよ」
「メルと同じようにお胸が育ったのかね」
 真剣な顔でそんなことを言う白に、思わずメルは吹き出してしまった。
「ふふふっ、もう、白ってば」
 ふと、メルは気になった。
 そういえば白の性別はどっちなのだろうか? 今まで聞いたこともないし、もちろん見たこともなかった。
「ねぇ、そういう白には胸はないの?」
「……」
 どうやら……色んな意味で、聞いてはいけないことを聞いてしまったようだ。
 白は、沈黙したまま難しい顔をしている。
 そしてその沈黙の果てに、一言だけ返してきた。

「内緒」



「そういえば、今日はユイハとユウハと、ジルも来てくれたんだ。最近は皆よく茉莉花堂に来てくれて嬉しいよ」
 メルは夜着に着替えながら、白とお話をする。
「メルは皆と居るの、大好きだもんね」
「うん、好き。だけど、時々だけど、思うの……『白もここにいて皆とお話ができたらどんなに楽しいだろう』……って」

「メル、僕にはメルがいる。メルとお話できる。メルに触れることができる。それだけで――満足なんだよ」
 白の表情は、まるで神殿にある神像の微笑みにそっくりだった。
 優しいのに、冷たい。近くにあるのに、遠い。そんな微笑み。

「さぁ、メル。もう今日は寝よう、明日も朝早いんだろ? 明日はミウシア・ファイデア子爵令嬢とメアリーベル・ベルグラード男爵令嬢がお店に来るらしいじゃないか」
「そうなの、あの二人は件のお披露目パーティで仲良くなったらしくて。ミウシアさまのほうが年下なのだけど、大人びておしゃまさんだからメアリーベルさまをリードしてる様子だったわ。二人のドール遊びにファイデア子爵夫人も交ざりたそうにしているみたいなの、それにね、それにね……」
「はいはい、話を長くして寝るのを先延ばしにしない、今日は僕は添い寝できないけど、ちゃんとそばにいるから早く寝るの」
「はぁい」
 言われてしまったので、メルは素直に返事をしてベッドに潜り込み毛布をかぶる。そろそろこの毛布では熱い季節だ。プリムローズおかみさんに言って夏用のものに変えてもらうべきだろうか。
「おやすみ、メル」
「おやすみなさい、白」






 明かりひとつない暗い部屋の中、ベッドのそばに立つ白の姿だけが、名前通り白くぼんやりと浮かび上がっている。
 白は男にしては繊細で女にしては長いその指先で、眠る乙女――メルの柔らかな頬をなでていた。
 その表情は、慈愛に満ちている。

「ねぇ、メル。運命の糸が動いているよ。運命の糸と糸とが交わって、さらに別の運命を紡ぎ出すよ」

 呼びかけられたメルがかすかに身じろぎする、が起きることはない。

「メル……紡ぎあげられた運命に、君はどう抵抗するんだろう。それとも抵抗せずに受け入れてしまうのかな……なんでもいいや、君が後悔しないのだったら、そして君が幸福だと思ってくれるのなら、もう……なんでもいい」

 白は――世界に受け入れられることなく、ただ一人の乙女にしか受け入れられない存在は、微笑んでいる、それでも涙を流しながら。

「一人の人間として、幸せになって欲しい。それだけで僕は幸せだ。それだけで僕は救われる。それだけで僕は――」


 ……その言葉の続きは、夜の闇に飲み込まれていった。










 花の国ルルドの王都、花咲く都とも呼ばれるルルデア。
 そこに走る無数の道の一つに、収集家小路と呼ばれる小さな通りがある。
 収集家小路には、変わった店がたくさんあるが、その中のひとつ、一見平凡な店構えにも見える、その建物。
 掲げられた看板には ドールブティック茉莉花堂 と言う文字と、白い花を模した飾り。
 窓を覗き込めば、ドールのためのドレスや帽子や靴やアクセサリー……そういった品ばかりと、そこで忙しく働く一人の少女の姿が見えることだろう。
 すこしばかり勇気をだしてドアを開けたならば、少女は蕩けそうなほどの極上の笑顔でそんなあなたを出迎える。

「いらっしゃいませ、茉莉花堂へようこそ」


 そう、茉莉花堂のドールドレス職人でもある彼女が、きっとあなたを歓迎してくれることだろう。

 そして、誰の眼にも見えない白い人物も、きっと――



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

もう、いいのです。

千 遊雲
恋愛
婚約者の王子殿下に、好かれていないと分かっていました。 けれど、嫌われていても構わない。そう思い、放置していた私が悪かったのでしょうか?

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

逃した番は他国に嫁ぐ

基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」 婚約者との茶会。 和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。 獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。 だから、グリシアも頷いた。 「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」 グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。 こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。

婚約者は、今月もお茶会に来ないらしい。

白雪なこ
恋愛
婚約時に両家で決めた、毎月1回の婚約者同士の交流を深める為のお茶会。だけど、私の婚約者は「彼が認めるお茶会日和」にしかやってこない。そして、数ヶ月に一度、参加したかと思えば、無言。短時間で帰り、手紙を置いていく。そんな彼を……許せる?  *6/21続編公開。「幼馴染の王女殿下は私の元婚約者に激おこだったらしい。次期女王を舐めんなよ!ですって。」 *外部サイトにも掲載しています。(1日だけですが総合日間1位)

処理中です...