きみとふたり

くさの

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drop11:髪を拭く_side:彼

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 水も滴る何とやら、とはよくいったもので。
 少し赤らんだ頬とか、初めて見るパジャマ姿だとか。髪の先からぽたぽたと垂れる雫とか。とんだ、エロスだ。
 もはや世界中の皆さん、俺こんなお願いするのも初めてなんですが、って敬語の自分きもい。
 ではなく、世界中の皆さん、良ければ理性を分けてください。俺だってヘタレじゃないとは思ってるけど(この時点でヘタレです)、初めてウチに呼んで、速攻で頂くなんてはしたない真似はしたくありません。俺だってまだ別れたくない。

「お風呂、先にいただきました」

 どこか急いで出てきた様子の彼女。
 もっと長風呂だと思ってたけど、きっと先に入ったから気まずいんだろう。狭いリビングの入り口でぼーっと突っ立っている彼女が何かを言いたげに俺を見る。
 あ。なんか、髪とか拭いてみたいかもしれない。

「……ほら、髪」
「ん?」

 彼女が立っている足元に目をやると、少しだけれど水滴が落ちていた。そんな物は後で拭けばどうにでもなるけど。

「ちゃんと乾かさないと、風邪引くだろ」

 手近にあったタオルを手に取って、もう片方の手で手招きする。
 ふいに、いつもは彼女の髪から甘い香りがしていたことを思い出す。今日って、置いてたやつ使ったのかな。女子ってシャンプーもこだわってそうだけど。変な事考えすぎて鼻もおかしくなってる。
 彼女は何か考えている様子。せっかく手招きをしたのに来やしない。あ、これって警戒されてる?

「ずっと立ってられると、フローリングに水溜りが出来るんだけどなぁ」
「え、あ、はいっ」
「大丈夫、なんにもしない。……今は」
「うん……って、今はって何?」

 さらりといつもの如く意地悪な言葉が出たことに驚いた。この状況、本気だと取られても仕方がないのに。ため息をつく。我侭なのは、俺のほうだ。
 今だって気まぐれで、髪に触れたいと思ってる。
 単に意識を逸らしたいだけかもしれない。せめて髪にでも触れられたら、何か我慢できるかもしれないから。ただそれだけ。

「はあ、ホント。ウチの姫様は我侭だね」
「ちょ、話を逸ら」

 ああもう本当に。勝手に想像して、ちょっとむくれちゃって、ほんと、可愛い限りだよ、俺の彼女は。
 ちょっとおかしくて、笑ったけれど彼女には気付かれていない様子。何せ、彼女は一人百面相。
 けれど大人しく髪を拭かれてくれる。そんな彼女の髪からは、いつもの甘いにおいがしない。俺のと同じだ。いつもの匂いなら、くわえたくなるわ、食べてしまいたくなるわ、なんだかんだで大変だけれど。今日はそっけない感じ。けど、同じなんだと思うと、優越感。ガキかよって感じだけれど、それでも。
 きっと目を合わせない対策で、たまに軽く開きはするけれど、殆ど閉じたままの目。死角が出来て、少しだけ大胆になりそうな自分が居る。
 この距離。キ……、いや、うん、ヨコシマですよ、まったく。邪念を払うべく、そろそろ手だけで拭くのも限界だろうと声を出す。

「あ、ドライヤーどこだっけ」

 ドライヤーを取りに行ったことにもきっと気付いていないのだろう、彼女はまだ百面相を続けてる。
 そんなこんなでようやく乾いた髪を、梳いてみる。さらりとして柔らかで。
 口に含みたいと思うのはヘンタイですか?
 ため息をついてから、終わったことを伝えるために声にする。

「髪長いとは思ってたけど、乾かすの結構大変なのな」
「え、あ。うん……」
「お? その顔は今まで別世界に居ましたって感じだね。何考えてたの?」

 彼女の言葉の歯切れが悪い。けれどまあ、大人しく拭かれてくれたのだからそれくらいは許してやろう。

「さて、俺も風呂いきますか」
「……うん! さあいっておいでさ!」

 慌てた彼女の様子に疑いの眼。あれ、何だこの早く行ってくださいオーラ。少しだけムッとしたから意地悪。

「……覗くなよ?」
「ああ、うん! 大丈夫……だい、じょう……覗かないよっ!」
「あはは。分かった、分かった」

 風呂から上がったら、彼女が地べたに座ったままソファにもたれる様にして寝ている物だから笑ってしまった。
 声をかけてベッドにあがらせたら暫くは眼が冴えたようで起きている気もしたけれど、今夜は何にもしないことにした。


 結局のところ、俺はすぐに寝てしまったし彼女もあとはどうだったか分からない。
 次の日、ドライブに行っても彼女は殆ど助手席で居眠りしてた。俺ん家は寝心地悪いって事?


 end.
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