きみとふたり

くさの

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drop4:呼ぶ声

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「よぉっ、おーぎの」

 語尾に音符マークが付くほど楽しそうに、声変する前の少し高めの声が上からふってくる。
 くるりと私は振り返り叫び返す。

「はぎのだからっ。はーぎーのー、いい加減覚えろぼけぇい!」

 三階の窓辺から覗くアイツに向かって、女子とは思えない暴言を吐くがそんなの二年目に入った今はもう全く気にならない。
 そんな私を眺めながら、余裕の表情でアイツは笑う。

「あははー、怒った怒った」
「笑うなあっ! そこで待っとけバーロー」
「待ってる待ってる」

 後ろで、またやってる、と私と彼のやり取りを見ていた友達がいう。
 さっさと奴に文句のひとつふたつ投げてやろうと思うのに、先にこいつらの処理をせねばと彼女らに向き直り、否定する。

「またとか違うしっ! 奴が覚え無いのに呼ぶんだもん!」

 すぐにでも奴のところに行って、グーパンチをお見舞いしてやらねばならんというのに。
 完全にいつものヒューヒューパターンではないか。ヒューヒュー違うからっ!

「照れんでもよい。慎太もわざとやってんでしょ?」
「わざとかあ。あたしもああやって呼ばれたいなー」
「三階に居るのにわざわざだよ? 慎ちゃんもよくやるよねー」
「てか、裸眼で見えてんのかね?」

「慎太郎は両目0.7だよ……」

 ムスッと拗ねつつも答えるとそろって歓声が上がる。

「「さすが嫁!!」」
「まあ眼鏡かけてるのみたことあったんだけどね」
「嫁じゃないし! てかわざと話ふるなし」

 苛々が絶好調だ。絶好調のワケが解らないけど。
 からかわれててもホント、よくわからない。
 わざとって言われても、そんなの毎回言われる度に言い直すそのためだけにダラダラ説教してる位なんだもん。
 わざとに決まってるとしかいいようがないし。
 だからみんなが言うような青春に繋がるわざとじゃないんだって。
 嫁って言われるの、なんか奴に悪い気がする。
 だって奴は前に好きな子いるって言ってた。
 私にだけ教えてくれたみたいだから黙ってるけど、本当はみんなに言ってやりたい。
 アイツは好きな子居るから、疑われる様なこと言うな、って。
 それなのに私の名前を間違ってるけど大声で呼ぶアイツのああいう態度も好きじゃないんだけど。
 だって本当に、大切に想ってそうだった。
 表情が柔らかくて、優しくて。
 私を呼ぶときみたいに悪戯っ子の顔なんてしてなかった。
 本気だってわかった。
 その顔が、私には向かないんだな、なんて訳わかんないこと思ったっけ。
 とりあえず彼女らを適当にあしらい上履きに履きかえて三階を目指す。
 そういえば私、アイツに呼ばれるのはそんなに嫌じゃない。
 ただ、間違ってるけど。
 階段を一段飛ばしに歩く間に考えた。
 なんか、友情じゃん。
 男女の友情。
 私は有りだと思う。

「何ニヤニヤしてんの?」
「ん?」

 二階と三階の間の踊り場に、三階からふってくるのはさっきよりも少しだけ優しい声。

 何覗いてんですか。
 てかこれでもアンタのにやけた顔よりはマシだと思うんですけど。
 思いはしても言葉にはせず、何か言い出しそうなアイツをじっとみつめて言葉を待った。

「やっと来た」
「殴られるために待ってるなんて、とんだおバカさんだよね」
「バカなんですー」

 軽く階段を駆け上がり、勢いそのままにグーパンチ。
 まあ、受けられちゃったけど。

「女子がそんなことするもんじゃありません」
「うっさい。人の名前もろくに覚えられない奴に言われとうないわ」

 わざとなのになあ、と笑うアイツに半分くらい怒ってたんだと思う。
 けど自分でもただ、どうやって、誰に何を表現すればいいのか解らなくて、八つ当たりしてるだけだった。
 なんか、泣きそうだ。

「もうやめようよ」
「何を?」
「慎太郎、前に好きな子いるっていってたじゃん」
「ああ、覚えてたんだ?」

 彼の声は淡々としてる。
 私なんてもうグダグダになりそうなのに。
 顔をあげられないままで頷く。
 受けられた私の手が、ずっと彼の手に捕まってる。

「こんなことしてたら、その娘に振り向いて貰えないよ?」
「なに? 心配してくれてんの?」

 ありがとー、と彼がふっと笑う。
 そういう顔、狡いなあと思う半面いいなあなんて思うんだよ。
 じゃなくてだ。
 心配? そんなんじゃない。
 モヤモヤするだけだ。

「だって、他の女子に声かけてばっかな奴なんて」
「他の女子にはして無い。萩野にだけじゃん、こんなことしてんの」

 あれ? 今、普通に私のこと呼んだ?

「確かに見たことない、けど。アンタが好きな子がそういうとこ、見たり、聞いたり…してたら私ただのイヤな奴じゃん。勘違いされるよ」

 私は、自分が嫌な子になりたくないだけ。
 恨まれるのだって嫌。
 嫌われるのはもっと嫌。
 でも。
 慎太郎が嫌な思いをするのも嫌。

「萩野は俺が他の奴にそういうことしてたらイヤなんだ?」

 私だったら、なんてどうして聞くのか解らなかったけれど。
 私だったら、好きな人に自分じゃない誰かが呼ばれてるところなんて、聞きたくない。
 見たくない。
 醜くなってく自分が見える。

「……うん。だから、もうわざとこんなことしないでよ」

 願い事見たいに、私は呟く。
 叶うわけない。
 叶って欲しくない。
 だって本当は。

「じゃあわざとじゃなきゃ、いい?」
「……は?」

 今の私の話、聞いてました?
 わざととかマジでとか、どれでも同じなんですが。
 顔を上げると、慎太郎が真っ直ぐに私を見ていた。
 目が合って、恥ずかしくなって先に逸らしたのは私。
 だ、だって。
 なんか、ドキドキする。
 いつもみたいな感じじゃない。
 握られたままの、手が熱い。
 振りほどこうにも、さっきから全然離してくれない。
 ホントに、どうしちゃったんだ。
 慎太郎がふっと笑う。
 それはいつも、好きな子を思ってるときにみる顔だ。
 どうして今、その表情をするのか。

「わざとじゃなきゃ、萩野は見てくれないっしょ?」
「なに、を?」
「俺ね、萩野に振り向いてほしくてずっと、わざと間違えてたんだよね」
「はぁ?」

 アイツは苦笑いしながら続けた。

「俺の好きな人はね、今俺の目の前にいる人だよ」

 へぇ、目の前…………。とりあえず振り返ってみる。
 別に誰がいる訳でもない。何せ放課後ですからね、人も減っている。

「誰も居ませんが?」
「萩野ってホント……」
「はい?」

 クックッと肩を震わせて笑う慎太郎。
 何か面白いこと、ありましたか?

「俺はずっと、萩野に振り向いてほしかったの」

 こんな時に私の名前をいうなんて狡い。
 そんな顔、狡い。
 いっつも自分ばっか楽しそうで。
 不意打ちのそんな顔に私がドキドキしてるなんて知らないくせに。
 ……てか、え?

「慎太郎さんや。ひとつ聞いてもいいかね?」
「ひとつと言わずいくつでも」
「まさかとは思いますが、慎太郎の好きな子って……私?」
「まさかだよまさか! 今のこの流れでも気づかれない俺、不憫! 泣いていいよね、今夜枕めちゃくちゃ濡らすわ!」

 両手で顔を覆って泣きまねをする慎太郎。
 けど涙なんて出てる訳なくて……おぃっ、笑ってんの見えてんですけど!

「え、ちょ、えぇぇ」
「萩野の身に染みるまでいくらでも語ってやるから、覚悟しとけ」

 そうやって笑う慎太郎の顔は、好きな子を語るときのそれで。


 end.
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