悠久の機甲歩兵

竹氏

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激動の今を生きる

第303話 バトルオブアルキエルモ③

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「ダメね……やっぱり映らないわ」

 揺れるキャビンの中、マオリィネがコツコツと携帯端末を叩いて、うーんと渋い声を出す。
 ハンドルを握ったままチラリと視線を向ければ、黒く染まった画面に浮かぶ、再接続中というソフトウェアからのメッセージのみ。人から受けた命令を愚直にこなすのが機械の本質だとはいえ、その涙ぐましい健気さには髑髏《頭》が下がる思いである。

「どうやらスケコマシの見立ては正しかったらしいな。ったく、物の価値が分からねえ奴らだぜ。後いくつこの世に残ってるかもわからねぇ貴重品だってのによ」

「それ逆じゃない? アレの価値に気付いていたから落としたんでしょう。それより、まさかこれだけでコウテツが戦力外、なんてことはないわよね?」

「ぁあ? そうしねぇために、わっざわざクソ重てぇトレーラーごと、岩山の急斜面を苦行のハイキングと洒落込んでんだろうが」

 もう少し緩やかな盆地地形ならば可愛げもあっただろう。だが、アルキエルモの周囲は、アルキエルモ・オルクレンだとか呼ばれる石灰岩が大量に露天採掘されるような岩山ばかりで、どれもこれも切り立っている。
 それもトレーラーが走れる道など整備されているはずもなく、突き進むのは完璧なオフロード。何ならそれも大小の石が転がるガレ場が大半なのだ。遥か昔のドライブウェイが恋しくなってくる。
 ただ、時にタイヤがスタックしそうな空転をかまし、時にサスペンションの跳ね返りで存在しない舌を噛みそうな衝撃を与えてくる場所ばかりであろうとも、自分たちは進むしかないのだ。

「観測射撃が使えなくなっちまった以上、榴弾砲は直接照準で叩き込むしかねぇ。玉匣からレーザー誘導でも貰えるってんなら話は別だが、連中にもそんな余裕はねぇだろうしよ」

「私にもわかるように話しなさい、って言っても無理なんでしょうね。とにかく高台に行けばなんとかなる、という理解でいいかしら?」

「あぁ――っつっても、俺ぁ砲兵じゃねぇから保証はできねぇがな。とりあえず敵陣がハッキリ見えてさえいりゃ、甲鉄の自動計算でも敵陣のどっかに砲弾を降らすことくらいはできるだろ」

 マオリィネなりに噛み砕いた結果なのだろう。それに俺は少し感心しながら、ギィと鋼の兜を揺らした。
 いくら素の砲撃精度が高いと言っても、あくまで甲鉄は有人機。システムの本質は制御の難しい榴弾砲の運用全てを、パイロット1人の操作で行えるよう補助するための物に過ぎないのである。
 自動制御の甲鉄による砲撃など、レーザー誘導があったところで。知り合いの砲兵連中はよくそう言って笑っていた。俺としては、そこまで射撃精度が悪いとは思わなかったのだが、本職からすれば役立たずもいいところなのだろう。
 では、そのおままごとすらできなくなった甲鉄は、果たして本当に使えるのか。
 扱うのは弾道計算など完全に門外漢の整備兵と、歴史博物館から飛び出してきた騎士様の2人だけ。
 そのどちらかが照準計算に頭を捻るくらいなら、まだ自動操縦の甲鉄に撃ってもらう方がマシなはず、なのだ。
 ただ、兜で顔が見えなくとも、否、見えたところで表情の読めない白骨であったとしても、マオリィネは言葉の雰囲気から、俺の不安を読み取ったらしい。

「……一応、聞いておきたいのだけれど、うまくいかなかった時の策は考えてあるの?」

「あん? そんなもん、このアイアンゴーレムを敵陣に解き放つに決まってんだろうが」

 また大きな石でも踏んづけたのだろう。ガコンと車体が大きく揺れる。
 それでも、車内からは暫く声が消えたままとなり、ようやくのことで音が発されたかと思えば、それはマオリィネの盛大なため息だった。

「はぁ……そんなことだろうとは思っていたけれど。いくら武装したマキナと言っても、ミクスチャだらけの戦場だと先行きが不安ね」

 呆れかえった彼女の言葉に、何おう、と反論してやろうかとも思った。
 俺は手札の中で最も現実的かつ、敵に打撃を与える上で有効な方法を提示したのだ。無論、最善からは程遠いため、噛みついたところで後が続かないことは重々承知の上である。
 だが残念なことに、俺が言葉を止めた理由はこれまでの会話と一切関係がなかった。
 できることなら、マオリィネの方が原因であってほしかったが、スリットから覗く世界は斯くも残酷であるらしい。

「――あぁ。どうにも、お前の先行き不安ってのは大当たりみたいだっ、ぜぇッ!」

 何の前触れもなく、俺が勢いよくハンドルを切れば、重たいトレーラーはガレ場を荒らしながら横滑りし、隣からはきゃあと甲高い悲鳴が上がった。
 次の瞬間、キャブの真横へ降ってきた巨岩が砕け散り、飛び散った破片が車体に当たって音を立てる。
 それに混じって撃ち込まれたボルトが、雹のように防弾ガラスを叩いたことで、シートに伏せたマオリィネも荒い運転の理由を察したらしい。

「まさか、こんな場所にミクスチャを連れた部隊を伏せていたと言うの!? どれだけ戦場から離れてると思ってるのよ!?」

「あぁ、もしこれが偶然の出会いだってんなら、運命だの神だのって奴を信じたっていいかも知れねぇと思えるぜ。作戦通りのポイントから砲撃できてりゃ、万一マキナに奇襲されても逃げられる算段つけてたってのによぉ」

「ッぅ――あ、貴方たち古代人に信仰心があったなんて驚きだわ。これもシトリオドラ運の神のお導きだって諦める?」

 敵に腹を向けて止まった車内で、琥珀色の瞳がこちらを睨んでくる。
 神と呼ばれる上位存在が実際に居るのか、時間を支配しているのが運命なのかなど、多少機械を弄る手が器用なだけの骸骨にわかるはずもない。
 ただ、この暗い眼孔から見えているのは、高所に陣取った敵兵と異形の姿だけ。どうやらクロスボウの威力では、マキナ輸送用トレーラーの装甲を撃ち抜けないと悟ったらしく、妙に関節数の多い腕脚を歪に生やした甲虫のようなミクスチャが、再び岩石を持ち上げようとしていた。
 そのどこか滑稽にも思える景色に、カッと小さな笑いが零れた。

「そいつぁ悪くねぇ提案だ。俺が大の虫嫌いじゃなきゃ最高だったぜ。だが……神が何を導こうが、輪ぁかけて気持ち悪くなってるフンコロガシモドキに、くれてやる命なんざ持ち合わせちゃいねぇんだよ!」

 マオリィネの手から勢いよくタブレット端末をひったくり、緊急起動と書かれた項目をタップする。遠くで岩が大きく持ち上げられているような気がしたが無視。
 シート越しに伝わってくる、耳孔にこびり付いた重々しい駆動音。翡翠のそれと比べれば、旧型であることを喧伝するかのような鈍い音。
 マオリィネの固定したワイヤーが弾け、マキナ輸送用トレーラーの車体が大きく揺れたかと思うと、重い幌を押しのけて2体の巨人が姿を現した。

「御貴族様にゃ悪ぃが、しばらく俺の喧嘩神輿に付き合ってもらうぜぇ? 何せ、ミクスチャ連れの団体様が、あの世行きの特急券をご所望なんでなァ!」

「フフッ、上等よ――私だって、虫は大っ嫌いなんだからッ!」

 ■

 リタイからゴツゴツとした伝わってくる。それは硬い地面の凹凸によるものだけはないだろう。
 マキナの戦いからできるだけ遠く離れ、一方でミクスチャを徹底的に撃破する。
 本音を言えば、とても怖い。
 無敵とも思える殻に籠っていながら、あちこちで咲き散る血の花弁が、空へ木霊する悲鳴の和音が、生死の狭間が曖昧になっているこの場所が恐ろしくて堪らない。
 けれど、私は唇に力を込めて戦いのためにタマクシゲを走らせ続ける。たとえ、ムセンで予期せぬ状況報告が飛び交おうとも。

『ダマル、詳しく状況を報告してくれ。何が起こっている?』

『言ったろ! バケモン連れた伏兵共と殴り合いの真っ最中だ! 悪ぃが砲兵支援は暫くできそうもねぇ!』

『ふ、伏兵って、じゃあなんスか!? こっちの作戦がバレてたってことッスか!?』

『さぁな! だが、この程度なら心配いらねぇよ! 連中もそこまでガッツリ準備整えてたって感じはしねぇし、俺らだけで突破してみせらぁ!』

『――了解した。可能な限り急いで援護に向かえるようにするが、それまでくれぐれも無理をしないでくれよ』

『なぁに、ヤベェときゃサッサとトンズラするさ。そっちのお守りは任せたぜ!』

 爆音が耳鳴りのように響いたのを最後に、叫ぶような骸骨とご主人の声は揃って聞こえなくなった。
 それだけで戦闘の激しさを察するには十分であり、僅かに胃が絞られるような感覚に襲われる。
 アポロニアもきっと、私と同じ思いだったのだろう。うがぁ、と声にならない叫びをムセンキに発した。

『自分達だけでも、どうにか助けに行けないッスかぁ!?』

「無理。ヒスイのように飛べればいいけれど、タマクシゲであの山道を戻るのには時間がかかりすぎる。それに、私たちもミクスチャから味方部隊を守らないといけない」

『ぐぐぐぅ……! ご主人の手伝いはできない、ダマルさんたちは助けに行けない! 挙句の果てにぃ!』

 お腹に響く低い音と共に、モニタァの片隅で白煙と何か肉のようなものが舞い上がる。きっとその持ち主は生きていない。
 だが、持ち主以外は意にも介さず、煙を突き破って出てくるのだから、アポロニアが叫びたくなるのも理解できた。

『何なんッスかさっきから! 双頭大芋虫《バイピラー》並みにうぞうぞとぉ! ポーちゃん、ちょっとの間頼むッス!』

『さっきからずっとやってるってばぁ! もー、あっちこっちから出てくるなぁ!』

 ガンガンガンと鉄を叩くような音と共に小さな光が宙を駆け、その内いくらかは跳ね返され、しかしそれから数秒としない内に大きな口を開けた異形は、身体をバラバラにされて倒れ伏す。
 そしてやはり、味方が倒されたことになど一切興味を示さず、屍を踏み越えて次のミクスチャは迫ってくる。
 ただ、最初にヒスイと共同で撃破していた時と比べ、その数は急激に増えており、レェダァには遥か遠くから向かってくる個体まで映っている。
 これは流石に妙だった。反帝国連合軍の攻撃で大きな痛手を被った敵部隊は今、全力でアルキエルモ市街へ後退している。そんな状況でありながら、ミクスチャをタマクシゲへと集中させてしまえば、こちらの侵攻を阻む者はほとんどないと言ってよく、帝国は態勢を立て直す余裕を失ってしまいかねない。
 モニタァの中で、また1匹がムハンドウホウの直撃を受けて弾け飛ぶ。
 その煙の合間より後方。ふと、何やら慌てた様子の敵兵が視界に入った。

 ――ミクスチャに、何かを叫んでいる?

 次の瞬間、その敵兵は駆け抜けた騎士によって、土煙の向こうに見えなくなる。
 彼がどういう役割の兵士だったのかを知る術はない。ただ、ミクスチャに対するその様子から、なんとなく獣使いだったのではないかという単純な想像が浮かんだ。
 だとして、何を叫ぶ必要があるのだろう。
 ユライアシティの戦いにおいて、エリネラがボコボコにした獣使いから得られた情報曰く、獣使いがミクスチャを使役するのに言葉は使わないと言うし、ならば叫んだところでどうにもなりはしないはず。
 そんなことを考えていた矢先である。

『ファティマ、次の弾――ファティマ!? あれ、ちょっと、何処行ったッスか!?』

『えっ? あ! おそと!』

 甲高いポラリスの声に、モニタァを切り替えて車体の周囲を見渡せば、ちょうど真後ろで小さくなっていく彼女の後ろ姿が見つかった。
 私は慌ててタマクシゲを停車させる。そこに躊躇いはなかったが、だからといって動きを止めていられる余裕などほとんどない。

「ファティ! なにしてるの、戻ってきて!」

『いえ、そういう訳にもいかなさそうです』

「それは、どういう――?」

 その時、私はふと気が付いた。
 ファティマの姿を映すモニタァの中。どうしてか、今まで波のようにタマクシゲへ押し寄せていたはずのミクスチャが、一定の距離で動きを止めていることに。
 喧騒に包まれる戦場にありながら、とても奇妙な空白という他ない。
 だが、それが意味するところは、ファティマのムセンキが拾った声によって、私にも察することができた。

『くっふふ、思ったより早く気づいてくれて嬉しいよォ。やぁ、英雄様と一緒に居るだけあって、勘のいい猫ちゃんだ』

 ■

 ただでさえ珍しい、キムンの毛有。
 それも独特な口調から、前におにーさんと話していたやつで間違いないだろう。
 まぁ、こいつが誰かなんて、正直どうでもよかったのだが。

「キメラリアが獣使いの王様気取りですか。狂ってますね」

「おや、そんなとこまでバレちゃってるのか。見かけによらずホントに賢いねぇ」

「こんなに集めてきてバレないと思ってるあたり、そっちの頭が問題なのでは? 帝国の連中、わたわたしてますよ」

 自らと同じキメラリアが変貌させられた化け物が居並ぶ中、平然として笑っていられる時点でまともではない。
 ましてこの女は、自ら手綱を集めようなどとしたのだから。

「ま、そうなるよねー。でもは、今は共闘してるってわけじゃないから、貸してたものは返して貰わなきゃ損じゃない?」

「そっちの事情なんて、心の底からどうでもいいです。ごめんなさいしにきたんじゃないなら、やることなんて1つしかありません」

 キムンが軽い言葉と共に毛深い腕を軽く持ち上げれば、同時に大きな腕輪がきらりと輝く。
 獣の皮を胸と腰に巻いただけという、山賊のような格好に不似合いな装飾品。
 多分、それがこの女を獣使いたらしめている道具なのだろう。自然と湧き上がってくる不快感にミカヅキの柄を強く握れば、キムンはどこか居心地悪そうに苦笑しながら頭を掻いた。

「いやぁ、好きでこんな面倒くさいやり方してるんじゃないんだけどね? けど、こうでもしないと、平等な力比べにならないでしょ? キミたちみたいな、神代に触れた存在はさ」

 最後の一言に、背筋を悪寒が駆け上がり、それは自然と声となって口から出た。

「っ!! シューニャ動いて! ミクスチャが一斉に来ま――ッ!」

 足元が崩れたような衝撃。その瞬間が見えた訳ではない。
 ただ、気づいた時には体が勝手に地面を蹴って飛び、視界を埋め尽くす土煙から転がりでたのである。
 無線機がシューニャの悲鳴をキィンと響かせた気がしたが、正直よく聞き取れなかった上に、今大事なのはボクのことではない。
 ブルブルと大きく頭を降って、硬く乾いた土を払い落とし、胸のムセンキに軽く触れる。

「ボクなら平気です。コイツの相手はボクがやるので、タマクシゲはミクスチャを。きっとそっちに群がりますよ」

『っ……わかった』

 シューニャの声に少しガリガリという変な音が混じったが、とりあえず会話ができるあたり、土やら石やらが当たって壊れたりはしていないらしい。
 呼吸を1回。ミカヅキを軽く回して体を解し、正面へ構える。その扇形に膨らんだ切っ先を、肩に大きな錨を担ぎあげた、熊女の眉間へ向けて。

「さて、ボッコボコにされる覚悟はいいですか、キムン」

「くっふふ! 真正面から遊んでくれるなんて嬉しいなぁ。さっきの反応も悪くなかったし、これは久しぶりに目一杯楽しめそうだよ」
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