悠久の機甲歩兵

竹氏

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激動の今を生きる

第279話 古巣の主、なんかより

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 こちらの姿を目の当たりにした瞬間、前衛としてファティマに突進しようとしていた連中は、一様に顔色を失った。

「り、リビング、メイル……!?」

 最後の最後まで動向を見守っていたが、結局ただの隊商というわけではなかったらしい。
 奴隷商。
 初めてファティマから聞かされた時、度肝を抜かれたその職業を前に、僕は翡翠の中から冷たい怒気を孕んだ声を漏らした。

『辞世の句は詠めたか、ネズミ共……!』

 飛んでくるボルトの1本を空中で掴み、マニピュレータに力を込めて握りつぶす。
 そこに塗られた毒液など、マキナにとってなんの問題があろう。
 しかし、それをファティマに向けたという事実だけで、眼前で顔を青ざめさせる連中を叩き潰すのには十分すぎた。
 たかが生身の人間に、弾丸を使うなどもったいない。だから僕は、強く地面を蹴って飛ぶと、握りこんだ拳をそのまま護衛の体へ叩き込んだ。

「――うべっ!?」

 全身の重量を乗せた一撃は、軽量鎧を着ただけの人間を吹き飛ばすには余りあるもので、勢いよく吹き飛んだかと思えば、そのまま崖にぶち当たって肉塊に変わる。

「う、うわあああああ!?」

 逃げ出す者、隠れようとする者、腰を抜かして動けなくなる者、破れかぶれに襲い掛かってくる者。傭兵か何かであろう護衛たちの行動はまちまちで、そこに統率などあったものではない。
 わざわざ逃げる奴の背中を撃とうとは思わなかったが、それでも居残った連中に対しては同情を捨てて殴りつけ、蹴とばし、踏みつぶす。
 そんな中でも、ギリギリ契約を守ろうとしていた律儀な護衛も幾ばくかは居たが、冷静にものを見られる者が含まれていたことがあだとなった。

「あ、青いリビングメイル……まさか、あのミクスチャ殺しじゃないのか!?」

「そ、そうだ、絶対そうだ間違いねぇ! 混合人キメラリア・間偏愛者コンプレックスの変態だって噂もあったし――ぼへっ!?」

 あまりにも事実とかけ離れた言葉に対し、僕はツッコミついでに鋼の拳を鼻っ面に叩きこんだ。
 確かにこれまで見てきたキメラリアたちの境遇に対し、同情する点が全くなかったと言えば嘘になる。しかし、好きとか嫌いとか、そういう次元で見ると全く別の話なのだ。

『誰が変態だ、誰が。名誉のために言わせてもらうが、僕はこの子が好きなだけで、種族でどうこうなんていうのは――』

「お、お前の趣味なんて知るか! 大体、リビングメイルが何普通に喋って――んげばらっ!?」

 ベッチン、と妙な音が響いたかと思えば、比較的冷静だった護衛は何事か言い切らないうちに、地面をバウンドしながら飛んでいった。衝撃で頭から外れたのだろう。地面に転がった他と比べて立派な兜を見るに、もしかすると隊長格だったのかもしれない。
 ただ、何故彼だけが、ミカヅキの側面でぶったたかれたのかはわからないが。

「ちょっと黙っててください。あの、おにーさん、今の、もう1回言ってくれませんか? その、よく聞こえなくて」

『大したことじゃない。それより、まだ戦闘中――ってこともない、のか』

 咄嗟にファティマの背をかばう格好をとったものの、いつの間にか周囲に動く人影はなく、獣車の列だけが街道に残るばかりとなっていた。
 スイビョウカが抜けたからか、彼女の瞳は爛々と輝いており、肩に担いだミカヅキは返り血を滴らせる。あちこちに散乱する細切れの亡骸は、その斬撃を受けたものだろう。
 ただ、どうしてかラルマンジャ・シロフスキだけは、アラネア繊維のロープで簀巻きにされて、引きずられていたが。

『意外だな。真っ先に狙うかと思ったが』

「昔はいっぱい怒鳴られて叩かれましたからね。捕まえた時は、後でゆっくりお腹をゴリゴリするか、手足をブッチンしてから適当にポイするつもりでしたし――」

「ちょ、ま、待て待て待て待て待ってくれ! 金ならいくらでも払う! 欲しいものがあればなんでもやる! だからどうか、どうか命だけは! 私には西の故郷に妻と子供たちがぁ!」

 脂ぎった男は芋虫のようにバタバタ暴れつつ、嘘か真か典型的な命乞いを叫ぶ。
 ただ、意外なことにファティマは、んー、と言ったきり目を閉じると、少し悩んでからゆっくり首を横に振った。

「まぁこう言ってますし、こんなのでも商人ギルドじゃそこそこ顔が利くって話、よく聞きましたからね。使い道がありそうなので、とりあえず連れて帰っとこうと思います」

 商人ギルド、というのはほとんど聞き覚えのない言葉だったが、その口調から察するに、何かしらの特権的なものを持ち合わせているのだろう。
 それに、奴隷商云々についての主体者は、あくまでファティマなのだ。理由の如何にかかわらず、彼女が殺さずに捕えておこうと考えるのならば、如何に腹立たしくとも自分がとやかく言うべきではない。
 そのため、僕は小さく肩を竦めて戦闘態勢を解除した。

『ファティがそれでいいなら、そうしようか』

「お、おうおう、娘の言う通りじゃ! ワシはギルドに顔も利くし、必要なら奴隷じゃなくても大概は揃えられるぞ! 何が欲しい!? なんでも言うて――ぶべらっ!?」

「ちょっと静かにしててください。そういうのは後でいいですから」

 脂汗でテカテカ輝く顔面に突き刺さる高速猫パンチ。
 彼女を商品と呼んで酷い扱いをしていた輩であるため、いい気味だと思う反面、なんでもすると命乞いをしたにもかかわらず、いきなり顔を陥没させられて失神する様子は、どうしても少々哀れな気がしてならない。
 それでも、ファティマにとっては話題の巻き戻しの方が余程重要だったのだろう。血に汚れた手をモジモジとさせながら、どこか期待が籠った視線をこちらへ向けてくる。

「それで、あの、おにーさん? さっきの話、なんですけど……」

 ただ、残念なことに、自分とは見ている景色が大きく異なるらしい。
 おかげで僕はまた癖のように、翡翠を着たままで後ろ頭を掻いた。

『あぁ、ファティ、何度も話題を逸らしてしまってすまないとは思うんだが――』

「はい?」

『この車列、どうしようか』

「……あ゛っ」

 ぐるりと視線を回してみれば、護衛もなく放置されたままとなっている獣車の群れ。
 荷台にかけられた幌の中身は、推して知るべしというところである。


 ■


 結局その日、僕がフォート・サザーランドへ戻ったのは、陽光が赤く染まるような時間になってからだった。
 何せ、膨大な数の獣車を残し、全ての御者が逃げ去っていたのだ。とても自分とファティマだけでどうこうできるはずもなく、ダマルへ無線で状況を伝え、応援のヴィンディケイタ達が到着するのを待つ他なかったのである。
 だが、ようやくの帰還に自分とファティマがホッとしたのも束の間。僕は要塞門を潜って早々、骸骨に捕まって玉匣の中へ叩き込まれた。
 至る現在。
 外では大量の奴隷を保護収容する作業が進む中、僕はどうしてかウエス片手に装甲を磨いている。

「汚すなっつった傍からこれかよ……おい、聞いてんのか面長野郎」

 ダマルは怒りを通り越してあきれ返ったらしく、やれやれ、脱力した声を漏らす。
 それでもなお手伝ってくれるのだから、本当にありがたい存在である。
 ただ、自分としても汚したくて汚した訳ではないため、愚痴にも似た言い訳が口をついて出た。

「半ば遭遇戦だったんだ。不可抗力だよ不可抗力」

「それにしたって、もうちょっとスマートにできねぇもんかね? この汚れ方だと、大方武器なしで殴り合いでもしたんだろ?」

「……整備兵って怖いなぁ」

「いや図星かよ。完全に蛮族じゃねぇか」

「じー……」

 800年前からそうだが、どうにも熟練した整備兵というのは、戦場など見えていないはずであるにも関わらず、機体の損傷状況や癖を軽く見ただけで、どうしてこうも的確に言い当てることができるのか不思議でしょうがない。
 ただまさか、恩師である笹倉大尉譲りの徒手格闘戦を蛮族呼ばわりされるとは思わなかったが。

「失敬な。弾をばらまいていいんなら、こんなに非効率的な戦い方はしない」

「カッ、第三世代マキナにマニピュレータ強度を求めた奴がよく言うぜ」

「じー……」

 濡れたウエスで血痕を拭いながら、骸骨はカタカタと顎を鳴らす。
 夜鳴鳥亭の裏庭で赤裸々に語った過去を持ち出されては、反論などできるはずもなく、僕は白旗代わりにウエスを振った。このところ降参してばかりのような気がしてならない。

「悪かったよ。だからそんなに虐めないでくれ」

「俺にそういう趣味はねぇよ。相手が女でも逆の方が好きなくらいだ」

「君の性癖を聞いた覚えはないんだが、その白い口には、話題を飛躍させるための超電磁カタパルトでもついてんのかい?」

「おいおい勘弁してくれよ。そんなもんつけたら、腹ん中に空母並みのエーテル機関を搭載することになっちまうじゃねぇか。運用も整備も相当な手間だぜぇ?」

「じー……」

 ハッハッハ、カッカッカと2人そろって笑い合う。
 こういう馬鹿げた話ができる辺りが、同じ時代を生きた貴重な相棒たる根幹かもしれない。
 ただ、ひとしきり笑った後、僕は自然と暗い眼孔へ視線を合わせた。多分、ダマルも同じことを考えているだろうとは思っていたが、どうやら正解だったらしい。

「なぁ相棒……さっきから気にしないようにはしてたんだが、お前、猫になんかしたのか?」

「思い当たる節があるにはあるが、確証はないなぁ」

「当てがあるなら、直接行って聞いてくりゃいいだろうが」

 僅かに頭蓋骨を寄せてきた骸骨と共に、僅かに隙間のあいた後部ハッチへ視線を流せば、その瞬間フッと気配が消える。
 惜しいことに、一瞬だけ尻尾の先が見えたことから、そこに居たことは既に明らかだったのだが。

「逃げたな」

「逃げたね。本当に何なんだろう」

 はて、と揃って骸骨と共に首を傾げる。
 心の機微をよく観察しているダマルがわからないのでは、どうしようもない朴念仁である自分に理解が及ぶはずもない。

「まぁ結果はどうあれ、あのままずっと見つめられてるよりはマシだわ。俺の体が穴だらけになっちまうかと思ったぜ」

「君のほうは元々風通しのいい体だろうに」

 これ以上隙間が増えるとすれば、それは骨折か
 再びウエスで装甲を拭う作業に戻ったダマルは、言ってくれるぜ、と肩を竦める。
 しかし、それきりで会話は一旦途絶え、僕は翡翠が浴びた返り血を落とすことに集中していた。
 いたのだが。

「じー……」

 足回りが半分も終わらない内に、金色の視線は再び自分の身体へ突き刺さる。

「いつの間にか、また戻ってきてるね。どうしたもんだろうか」

「用件を聞こうにも、逃げられちまうんじゃ仕方ねぇ。ここはひとつ、作戦を捕縛に切り替えるぞ。凄く抵抗しづらい秘密兵器を使ってな」

「期待はしていないが……その秘密兵器とやら、無線に何か関係が?」

 長ったらしい名前もさることながら、突如レシーバーを手に取った骸骨に、僕は一層の疑問を深める。
 ただでさえ、相手はあのファティマなのだ。コンディションが悪い状態ならいざ知らず、元気な彼女の抵抗を阻害するなど、それこそマキナでも使わない限り不可能だろう。
 だが、骸骨は何やら自信があるらしい。何やらいつもと違う周波数へ合わせたかと思えば、まぁ見てろ、と言って通話ボタンを押したため、僕も設定を合わせながら、ファティマに聞こえないようイヤホンを耳に押し込んだ。

「あー、あー、ダマルより通信。玉匣の前でかくれんぼしてる輩が居るんだが、誰か鬼になって捕まえてくれねぇかなぁー?」

『かくれんぼ!? だぁれ!?』

 キィンと響いた甲高い声に、ひっくり返りそうになった。
 どういう目的だったかはさておき、ダマルはポラリス直通の専用周波数を準備していたらしい。確かに彼女が持つ力は自分たちの中において、秘密兵器的なポジションを占めている気はしないでもないが。

「頭からでかい耳の生えてる奴だ。捕まえられたら、玉匣の中に連れてきてくれ」

『おっきい耳……あっ! わかった!』

 唖然としたままの自分を置き去りに、骸骨の秘密兵器は凄まじい速度で動き出す。
 正直なところ、僕はポラリスがどこに居たのかさえ知らなかったのだが、どうやら玉匣からそう離れていなかったらしく、間もなくハッチの向こうから悲鳴があがった。

「ふにゃあっ!?」

「ファティ姉ちゃんつっかまーえた! ねぇねぇ、キョーイチとかくれんぼして遊ぶなら、わたしのこともよんでよー!」

「え、えぇっと、ボクは別に遊んでるとかじゃなくてですね……その、おにーさんの手が空くのを待ってるっていうか……」

 どうやらポラリスはファティマの背後から、急に飛びついたらしい。こちらの様子に集中していた彼女は、完全に虚を突かれる形となったようだが、それでもなんとか状況を維持しようと必死に秘密兵器を言いくるめようとしていた。
 ただ、相当な混乱によるものだろう。ファティマは声を抑えようとしてはいたが、残念ながら車内まで丸聞こえであり、薄く開かれたハッチからチラチラ見える尻尾は、普段の倍近くまで膨らんでしまっている。
 そして悲しいかな、何かを誤魔化そうと歯切れの悪いファティマに対してさえ、ポラリスは非常に素直だった。

「そうなの? それならかくれてないで、中でいっしょにごろんしよ? キョーイチ、ダマル兄ちゃーん! ファティ姉ちゃんつかまえたよー!」

「あ、ちょ、ちょっとポーちゃん! ボクにも、考えてることがあるっていいますかぁ!?」

 白く小さな手に腕を引かれれば、いかにケットとはいえ、無理に力で抵抗することは難しかったらしい。
 あれよあれよと言ううちに、ハッチの隙間からこちらへ引き摺られてくるではないか。

「な? 秘密兵器だろ?」

「ポラリス強いなぁ」

「あのガキに勝てる奴ぁ早々居ねぇわ。それに、かくれんぼの理由はともかくとして、猫の目的はお前ってこたぁわかったんだ。行ってやれよ」

 ぐいぐいと引っ張られてくるファティマを前に、ダマルは立ち上がって凝りを解すようにぐるりと首を回す。
 ただ、あれだけ皮肉をぶつけられた直後である。流石に申し訳ない気がして、僕は後ろ頭を掻いた。

「いいのかい? まだ掃除はほとんど進んでいないが……」

「視線で体に穴開けられるよりはマシだっつの。それでも後ろめたいって言うなら、銀貨1枚で手ぇ打ってやってもいいぜ?」

「……了解だ中尉。領収書は結構」

 身内の労力を金で買うのはどうかと思ったが、骸骨としてはそちらの方がお望みらしく、メカニックグローブに包まれた人差し指と親指で、小さな円形を作って見せる。
 そこまでされてしまえば躊躇う訳にもいかず、僕は作業料迷惑料込みの銀貨1枚をダマルに握らせて、汚れた翡翠の装甲に背を向けた。

「あれ? キョーイチ、もうおしごとおわり?」

「早上がりって感じかな。それでファティ? 僕に用事があるみたいだったけど、なんだい?」

 今次作戦のMVPであるポラリスを撫でながら、僕はファティマの金目を覗き込んだ。
 すると彼女は、珍しくたじろいだように視線を彷徨わせて後ずさる。しかし、こちらが黙ったまま答えを待っていると、やがて何か決心したかのように深呼吸してから、再び金の瞳に僕を映した。

「その……ちょっと2人だけでお話させてもらっても、いい、ですか?」
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