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激動の今を生きる
第272話 反帝国同盟軍
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密集して立ち並ぶ、特徴的な天幕の群れ。
それが懐かしく思えるのは、現代に目覚めてから初めて接した集落だからだろうか。
ロックピラーから移動したバックサイドサークルは、王国西部に横たわる大渓谷、大地の裂け目を囲む山々の裾野へ、一時的に根を下ろしていた。
その中央付近に建つ大天幕には、以前と変わらずコレクタユニオンの旗が掲げられている。ただ、その中身は受付兼集会場から様変わりしており、大きな円卓をあからさまに庶民とはかけ離れた存在が囲んでいた。
「――以上が、先の戦闘に関する報告となります」
眩い鎧とシクラスを纏ったエデュアルトが恭しく頭を下げて腰を下ろせば、作戦室と化している大天幕はざわめきに包まれた。
彼の隣には王国軍総指揮官兼侵攻派の代表ガーラットが座り、その奥にはエルフリィナ・レルナント・アルヴェーグ4世女王陛下、その横に和平派貴族数人を従えるメキドロ・ジェソップと、ユライア王国の首脳陣が並ぶ。
とはいえ、この面々に対する報告だけならば、わざわざ国法の通らないバックサイドサークルに出向く必要はなく、つまり机を挟んで向かい合う集団こそ、このサミットとでも言うべき場を生み出した主体者だった。
「もう二度と関わりたくなかったんだけどなぁ……」
自分から向かって左手。数人のキメラリアを伴い、悠然とパイプを吹かす小柄な老婆の姿は、そこに居るだけで自分のメンタルを削ってくる。
だが、内心を小声で吐露したところで、隣に座っているシューニャから返ってきたのは、身も蓋もない答えだけだったが。
「ヘンメがグランマと繋がっている以上、この展開は予想できていた」
場所が場所なだけに僕はなんとか平静を貫いたが、彼女の平坦な声と揺らがぬ表情に、逃げたい思いが加速する。
シューニャに言われるまでもなく、バックサイドサークルで会合が開かれると聞かされた時点で、グランマが現れることは自分も確信していた。
ただ、いかにこちらが妖怪老婆を現代で最も苦手としていようとも、グランマが出遅れた詫びにと持ち込んだ手土産を思えば、誰も邪険にすることなどできはしない。
それも、今回の戦果に大きく寄与したのだから、なおのことであろう。
「まさか要塞ごと帝国軍を吹き飛ばしちまうとはね。ちょっと見ないうちに、随分と大胆な戦い方をするようになったもんだ」
「目立ちたくないことは変わりませんが、こちらにも色々と事情がありましてね。それに今回の作戦が順調に進んだのは、貴女の手土産――ウェッブ・ジョイの捕縛によるものです」
悪寒の走る誉め言葉を、顔に営業スマイルを貼り付けて受け流す。
実際、自分達の砲撃能力に関しては、小隊規模未満の砲門数と運用要員の未熟さから、士気を大きく削ぐことはできても、密集した敵以外への効果は限定的になる予定だった。
それを、王都防衛戦で使用されたサーモバリック爆弾の威力を聞いたグランマは、たった1通の書簡によってこちらの攻撃能力を最大限引き出したのである。
ウェッブ・ジョイの蝋印が押された書簡は、帝都で大敗を喫して撤退したという事実通りの内容と共に、王国側が強力なテイムドメイルを保有していることにわざと触れ、フォート・ペナダレンへと大規模な増援をおびき寄せる餌となった。それに加え、彼自身が追撃部隊に阻まれ、フォート・ペナダレンへ撤退できないまま敵中で孤立しているという偽情報も含まれており、あからさまに増援を急かしている。筆跡鑑定を逃れるため、捕虜となった本人に書かせる徹底ぶりでだ。
しかも、これが最大の功績ではないのだから恐れ入る。
「特に今まで謎だった、古代兵器を用いて帝国軍を支援する組織について、ルイス・ウィドマーク・ロヒャーという男が中心人物であり、ミクスチャの製造に関しても深くかかわっている、という情報が手に入った事は非常に大きい」
「なぁに、あたしらはできることをしただけさ。こっちの戦力じゃ、正面切ってテイムドやミクスチャと殴り合うなんてできないしねぇ?」
自分の賞賛に対し、グランマはクックと肩を揺すって笑う。
曰く、ウェッブはルイス率いる組織とそれなりに繋がっていたらしく、皇帝ウォデアス・カサドールにミクスチャを飼いならす技術を売り込んでお抱えとなった集団であり、かなり自由な行動を許されている、と語ったそうだ。
それに加え、子飼いとして5、6機のマキナを保有していることや、クロウドン城の地下を根城にミクスチャを生み出していること等も判明している。
おかげで自分たちは、わざわざ情報を持っているかどうかもわからない機甲歩兵を捕縛する必要がなくなり、速やかに脅威を排除するという方向にシフトすることができていた。
ただこの老婆、ウェッブ・ジョイに対する尋問内容や、現在の処遇と安否についてなどは、今に至るまで一切語っていない。おかげで僕は友人家族を危険に晒した怨敵にも関わらず、どうしても同情の念を禁じえなかった。
「謙遜することはありませんよアマミ様。此度の結果は貴方がたの活躍あってこそ。リロイストン支配人は森の中で偶然お零れを捕まえただけでしょうし、ねぇ?」
一方、そんな妖怪に薄く牙を立てる妖精も、自分たちの真正面に同席していたりするから、なお質が悪い。
王都の防衛に尽力したスノウライト・テクニカが、反帝国同盟ともいえるこの会合に出席するのは当然のことと言えるだろうが、面子の相性としてはどう見ても最悪だった。
いったい何の因縁なのか。自分が席についてこの方、フェアリーとグランマの間には明らかに不穏な空気が漂い続けているのだから。
「言うじゃないかスノウライトの怪物女。何十年も引き篭ってた穴蔵から出てきたと思えば、今更行き遅れを気にして英雄に媚びてんのかい」
「まぁお下品だこと。悲願を果たして下さった御方を贔屓したいと思うことくらい、人として当然のことではなくて?」
「貴女がそれを言うのですか。余が幼いころから、僅かたりとも見た目が変わらぬというのに」
ギロリと眼球だけを動かして睨む老婆に対し、ホムンクルスの女が袖で口元を隠してくすくすと笑えば、王冠の下よりひどく胡乱げな視線が投げかけられる。
正直言って帰りたい。
眼前で繰り広げられる、国家為政者及び国家に比肩する組織の要人たちの三つ巴など、一介の士官に過ぎなかった自分にどうしろというのか。
ただ、流石に報告が終わって早々これでは話が進まないと踏んだガーラットが、あからさまな咳ばらいを拳にぶつければ、エルフリィナ女王は一瞬ハッとして居住まいを正した。
「失礼、話が逸れましたね。ガーラット、続きを」
「は。此度の作戦により、フォート・ペナダレンへ集結していた帝国軍はほぼ壊滅。これにより兵力差による帝国の優位は失われ、形勢は逆転したものと考えてよいでしょう」
「その考えは甘くないかガーラット。帝国軍は多方面に分散していたことで、正確な総兵力がわかっていないはず。それにミクスチャや失敗作に関しては完全な未知数だ。侵攻するとなると、防壁が破られている王都はがら空きとなる以上、ミクスチャを連れた小部隊に奇襲されるだけで陥落させられかねん。王都の復興を考えるならば、大打撃を与えたこの機会を逃さず、帝国へ賠償を求める形で戦争を終わらせるべきではないか?」
地図上に置かれた駒の群れを取り払ったガーラットに対し、メキドロは落ち着いた声で待ったをかける。
だが、彼は以前のように冷たく言い放つでもなく、あくまで自らの思う最善案を提案しているかのようであり、血の気の多い印象が強いカイゼル髭もまた、声を荒げたりすることもなく緩く首を振った。
「それこそ楽観論であるな。お主の言うとおりにすれば、確かに今ひと時はやり過ごせるやもしれん。だが、グラスヒルを取り返し、王都を完全に復興しようとも、帝国の脅威は消えぬどころか時間を置くほどに増大するであろう。それに対抗できる力は今の王国になく、今後手に入れられる目途すら経っておらんのだ。ここで息の根を止めねば、王国の未来に大きな問題を残すことになるぞ」
今回の戦闘で帝国も大きく疲弊したはず、という条件は互いに変わらない。ただ、その行く先が現在を見ているか、未来を見ているかの違いだったのだろう。はた目からはとても馬が合うようには思えない2人ではあるが、祖国繁栄のためという部分は揺らがないことが見て取れる。
とはいえ、侵攻派にせよ和平派にせよ、全員が同じ考えを共有できているはずもなく、メキドロが顎を撫でて黙り込んだことで、助け舟を出そうと思ったのか、彼の背後からこけた頬の貴族が前に出た。
「そ、それはそうかもしれませぬが……しかし、前々から申しております通り、仮に帝国を打ち滅ぼしたとて、あのような枯れた土地では見返りも小さく、戦をすればするほどに、我らは損をするのですぞ? それも同盟を組む以上、取り分は分配せねばならず、これでは臣民をいたずらに飢えさせてしまう恐れも――」
「ふん、ここで問題を先送りにすれば、ユライアは常に帝国の、ミクスチャの脅威に怯え続けねばならなくなるのだ。戦の最中王宮で震えていただけの貴様には、到底わかるまいがな」
そんな貴族の言葉を、ガーラットの後ろに控えていた小さな口ひげを生やす小太りの男性、マーシャル・ホンフレイ子爵は鼻で笑う。
化け物を引き連れた帝国軍に対し、将として最前線で戦い続けてきた彼にとって、現状での和平などとても考えられなかったに違いない。
そもそも、和平を結ぶだけで問題のない相手ならば、自分のことなど気にせず国同士で勝手にやってくれればいい話である。結果、どちらかの国が滅びようが、和平を結んで近所づきあいをしていこうが、こちらの生活に影響を及ぼさない限り問題とはなりえないのだから。
「震えていたとは聞き捨てならんぞホンフレイ! 貴様こそ、国境の防衛に失敗した上にオブシディアン・ナイトまで失い、挙句は大吊り橋を落とさねば帝国の侵攻を防げなかった無能の分際で、国家と民の行く末すら憂うことができぬのか!?」
「綺麗ごとなど誰にでも言える。何より、国の疲弊と民の生活を問題に上げるのならば、まずは戦の先頭に立つ我ら貴族が、自らが貯めこんでいる私財を放出し、己が領地の税を減免することで生活を安んずるべきであろう!」
貴族が面子の生物だというのは、マオリィネなどから何度も聞かされた話であり、ホンフレイからの鋭い指摘に和平派貴族が反論するのは当然のことと言える。
しかし、感情論が真っ先に飛び出してきた辺り、賠償云々で経済を立て直す以外には、ろくな考えもなかったのだろう。もともと細い目を更に絞ったホンフレイの、一層切れ味を増した言葉には、ダマルが、カッ、と小さく笑い声をあげた。
「その辺にしとけよ、アンタの負けだぜ。そもそも、この結果はそっちが求めたもんのはずだが、今更覚えてねぇなんて言わねぇよな?」
兜の隙間から漏れる声は低く、暗いスリットを向けられた貴族は、うっ、と言葉を詰まらせる。
数日前、彼らは王宮で行われた御前会議の際、ユライアシティの戦いにおいて到着が遅れた自分たちに対し、同盟協定の内容を持ち出して、では王国軍に被害を出さないように帝国の大軍を撃退してくださいますか、などと現代常識では考えられない無理難題を宣っていた。
自分たちはただそれを忠実に遂行したに過ぎないが、まさか本当に実現するとは思わなかったのだろう。サーモバリック爆弾の威力を見ていれば想像できそうなものだが、ホンフレイが言うとおり、王宮に籠っていたとすればこの内容も頷ける。
女王陛下の手前、吐いた唾を飲むことすらできず、和平派は視線を逸らして黙り込むか、どこか憎々しげにこちらを睨むことしかできていない。そのうえ、代表者であるメキドロが深く頷いていることから、この時点でほぼ趨勢はほぼ決していたのだろう。
それに僕は追い打ちをかける形で現実を突きつけることにした。
「チェサピーク卿やホンフレイ卿の仰る通り、ここで和平を結んだところで帝国の脅威は消えないということをご理解いただきたい。それに、自分たちは貴方がたの言われたとおりに結果を出しました。これでもなお、協定に従わず侵攻は行わないと仰られるのなら、この同盟には何の意味もありませんので、どうぞ席をお立ちください。我々は別の方向で、現帝国領を占領統治できる組織と手を結びにまいります」
自分が同盟関係者に望むもの。それはあくまで、戦後の統治と地域の安定化が中心である。
ミクスチャとその製造技術を闇に葬るというのが最大目標ではあるが、この戦争がどうなろうとも未来は続いていくのだから、戦後の不安定を放置するというのはできるだけ避けたかった。
だが、王国に同盟を持ち掛けた理由はあくまで、帝国という敵に対して利害関係が一致したことと、エリネラたち一行を安全な場所へ保護することが中心であり、ここで帝国との和平を結ぶというなら、こちらが同盟関係にこだわる必要は特にない。
それを改めて告げれば、周囲からは更なる追撃の声が次々に上がった。
「ハッハッハァ! そいつぁいい話を聞かせてもらった! アマミ、この場にいるコレクタユニオンが全面的に支援することは約束しよう。占領統治を任せてもらえるってんなら、腰の重い本部にも伝える価値はありそうだ」
「当然のことながら、スノウライト・テクニカも最後までお手伝いさせていただきますわ。返しきれぬご恩も、身内のこともございますから」
「ん。キョウイチが呼びかければ、司書の谷も力を貸してくれるはず。広い帝国領でも、分担すれば統治することは可能だと思う」
コレクタユニオンは各地に根を下ろす組織であり、本部とやらが動けばその規模は計り知れないが、グランマの裁量権で動かせる部隊には限度があるのだろう。
そしてスノウライト・テクニカと司書の谷は、国家に比肩する力を持つとはいえ、王国と比べてその規模は小さいため、とてもではないが単体で帝国領全体を掌握することなど不可能だ。
だが、シューニャの言う通り、占領地域を分割することは可能であり、この時点で王国が持つ国家特有の大兵力による優位性は失われていたといっていい。
そのことに理解が及んだのだろう。報告以来沈黙を貫いていたエデュアルトは、やれやれと言わんばかりの苦笑を浮かべながら小さく肩をすくめていた。
「陛下、ご判断を」
ユライア王国の未来を決められるのは女王陛下ただ1人。それを促すメキドロの声に、首脳陣と言うべき面々は表情を固める。
「……私はこのユライアを、忘恩食言の国と呼ばせるわけにはゆきません。これより我らはカサドール帝国を平定します」
凛と響く美しい声で勅命は確かに告げられ、王国臣下の面々は恭しく腰を折る。
その様子に、フェアリーは何を考えているのかわからない笑みを浮かべ、グランマはどこか馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「それで女王陛下? あたしらは正式な同盟関係となった訳だが、今後の展望って奴を教えてもらえるかい」
それが懐かしく思えるのは、現代に目覚めてから初めて接した集落だからだろうか。
ロックピラーから移動したバックサイドサークルは、王国西部に横たわる大渓谷、大地の裂け目を囲む山々の裾野へ、一時的に根を下ろしていた。
その中央付近に建つ大天幕には、以前と変わらずコレクタユニオンの旗が掲げられている。ただ、その中身は受付兼集会場から様変わりしており、大きな円卓をあからさまに庶民とはかけ離れた存在が囲んでいた。
「――以上が、先の戦闘に関する報告となります」
眩い鎧とシクラスを纏ったエデュアルトが恭しく頭を下げて腰を下ろせば、作戦室と化している大天幕はざわめきに包まれた。
彼の隣には王国軍総指揮官兼侵攻派の代表ガーラットが座り、その奥にはエルフリィナ・レルナント・アルヴェーグ4世女王陛下、その横に和平派貴族数人を従えるメキドロ・ジェソップと、ユライア王国の首脳陣が並ぶ。
とはいえ、この面々に対する報告だけならば、わざわざ国法の通らないバックサイドサークルに出向く必要はなく、つまり机を挟んで向かい合う集団こそ、このサミットとでも言うべき場を生み出した主体者だった。
「もう二度と関わりたくなかったんだけどなぁ……」
自分から向かって左手。数人のキメラリアを伴い、悠然とパイプを吹かす小柄な老婆の姿は、そこに居るだけで自分のメンタルを削ってくる。
だが、内心を小声で吐露したところで、隣に座っているシューニャから返ってきたのは、身も蓋もない答えだけだったが。
「ヘンメがグランマと繋がっている以上、この展開は予想できていた」
場所が場所なだけに僕はなんとか平静を貫いたが、彼女の平坦な声と揺らがぬ表情に、逃げたい思いが加速する。
シューニャに言われるまでもなく、バックサイドサークルで会合が開かれると聞かされた時点で、グランマが現れることは自分も確信していた。
ただ、いかにこちらが妖怪老婆を現代で最も苦手としていようとも、グランマが出遅れた詫びにと持ち込んだ手土産を思えば、誰も邪険にすることなどできはしない。
それも、今回の戦果に大きく寄与したのだから、なおのことであろう。
「まさか要塞ごと帝国軍を吹き飛ばしちまうとはね。ちょっと見ないうちに、随分と大胆な戦い方をするようになったもんだ」
「目立ちたくないことは変わりませんが、こちらにも色々と事情がありましてね。それに今回の作戦が順調に進んだのは、貴女の手土産――ウェッブ・ジョイの捕縛によるものです」
悪寒の走る誉め言葉を、顔に営業スマイルを貼り付けて受け流す。
実際、自分達の砲撃能力に関しては、小隊規模未満の砲門数と運用要員の未熟さから、士気を大きく削ぐことはできても、密集した敵以外への効果は限定的になる予定だった。
それを、王都防衛戦で使用されたサーモバリック爆弾の威力を聞いたグランマは、たった1通の書簡によってこちらの攻撃能力を最大限引き出したのである。
ウェッブ・ジョイの蝋印が押された書簡は、帝都で大敗を喫して撤退したという事実通りの内容と共に、王国側が強力なテイムドメイルを保有していることにわざと触れ、フォート・ペナダレンへと大規模な増援をおびき寄せる餌となった。それに加え、彼自身が追撃部隊に阻まれ、フォート・ペナダレンへ撤退できないまま敵中で孤立しているという偽情報も含まれており、あからさまに増援を急かしている。筆跡鑑定を逃れるため、捕虜となった本人に書かせる徹底ぶりでだ。
しかも、これが最大の功績ではないのだから恐れ入る。
「特に今まで謎だった、古代兵器を用いて帝国軍を支援する組織について、ルイス・ウィドマーク・ロヒャーという男が中心人物であり、ミクスチャの製造に関しても深くかかわっている、という情報が手に入った事は非常に大きい」
「なぁに、あたしらはできることをしただけさ。こっちの戦力じゃ、正面切ってテイムドやミクスチャと殴り合うなんてできないしねぇ?」
自分の賞賛に対し、グランマはクックと肩を揺すって笑う。
曰く、ウェッブはルイス率いる組織とそれなりに繋がっていたらしく、皇帝ウォデアス・カサドールにミクスチャを飼いならす技術を売り込んでお抱えとなった集団であり、かなり自由な行動を許されている、と語ったそうだ。
それに加え、子飼いとして5、6機のマキナを保有していることや、クロウドン城の地下を根城にミクスチャを生み出していること等も判明している。
おかげで自分たちは、わざわざ情報を持っているかどうかもわからない機甲歩兵を捕縛する必要がなくなり、速やかに脅威を排除するという方向にシフトすることができていた。
ただこの老婆、ウェッブ・ジョイに対する尋問内容や、現在の処遇と安否についてなどは、今に至るまで一切語っていない。おかげで僕は友人家族を危険に晒した怨敵にも関わらず、どうしても同情の念を禁じえなかった。
「謙遜することはありませんよアマミ様。此度の結果は貴方がたの活躍あってこそ。リロイストン支配人は森の中で偶然お零れを捕まえただけでしょうし、ねぇ?」
一方、そんな妖怪に薄く牙を立てる妖精も、自分たちの真正面に同席していたりするから、なお質が悪い。
王都の防衛に尽力したスノウライト・テクニカが、反帝国同盟ともいえるこの会合に出席するのは当然のことと言えるだろうが、面子の相性としてはどう見ても最悪だった。
いったい何の因縁なのか。自分が席についてこの方、フェアリーとグランマの間には明らかに不穏な空気が漂い続けているのだから。
「言うじゃないかスノウライトの怪物女。何十年も引き篭ってた穴蔵から出てきたと思えば、今更行き遅れを気にして英雄に媚びてんのかい」
「まぁお下品だこと。悲願を果たして下さった御方を贔屓したいと思うことくらい、人として当然のことではなくて?」
「貴女がそれを言うのですか。余が幼いころから、僅かたりとも見た目が変わらぬというのに」
ギロリと眼球だけを動かして睨む老婆に対し、ホムンクルスの女が袖で口元を隠してくすくすと笑えば、王冠の下よりひどく胡乱げな視線が投げかけられる。
正直言って帰りたい。
眼前で繰り広げられる、国家為政者及び国家に比肩する組織の要人たちの三つ巴など、一介の士官に過ぎなかった自分にどうしろというのか。
ただ、流石に報告が終わって早々これでは話が進まないと踏んだガーラットが、あからさまな咳ばらいを拳にぶつければ、エルフリィナ女王は一瞬ハッとして居住まいを正した。
「失礼、話が逸れましたね。ガーラット、続きを」
「は。此度の作戦により、フォート・ペナダレンへ集結していた帝国軍はほぼ壊滅。これにより兵力差による帝国の優位は失われ、形勢は逆転したものと考えてよいでしょう」
「その考えは甘くないかガーラット。帝国軍は多方面に分散していたことで、正確な総兵力がわかっていないはず。それにミクスチャや失敗作に関しては完全な未知数だ。侵攻するとなると、防壁が破られている王都はがら空きとなる以上、ミクスチャを連れた小部隊に奇襲されるだけで陥落させられかねん。王都の復興を考えるならば、大打撃を与えたこの機会を逃さず、帝国へ賠償を求める形で戦争を終わらせるべきではないか?」
地図上に置かれた駒の群れを取り払ったガーラットに対し、メキドロは落ち着いた声で待ったをかける。
だが、彼は以前のように冷たく言い放つでもなく、あくまで自らの思う最善案を提案しているかのようであり、血の気の多い印象が強いカイゼル髭もまた、声を荒げたりすることもなく緩く首を振った。
「それこそ楽観論であるな。お主の言うとおりにすれば、確かに今ひと時はやり過ごせるやもしれん。だが、グラスヒルを取り返し、王都を完全に復興しようとも、帝国の脅威は消えぬどころか時間を置くほどに増大するであろう。それに対抗できる力は今の王国になく、今後手に入れられる目途すら経っておらんのだ。ここで息の根を止めねば、王国の未来に大きな問題を残すことになるぞ」
今回の戦闘で帝国も大きく疲弊したはず、という条件は互いに変わらない。ただ、その行く先が現在を見ているか、未来を見ているかの違いだったのだろう。はた目からはとても馬が合うようには思えない2人ではあるが、祖国繁栄のためという部分は揺らがないことが見て取れる。
とはいえ、侵攻派にせよ和平派にせよ、全員が同じ考えを共有できているはずもなく、メキドロが顎を撫でて黙り込んだことで、助け舟を出そうと思ったのか、彼の背後からこけた頬の貴族が前に出た。
「そ、それはそうかもしれませぬが……しかし、前々から申しております通り、仮に帝国を打ち滅ぼしたとて、あのような枯れた土地では見返りも小さく、戦をすればするほどに、我らは損をするのですぞ? それも同盟を組む以上、取り分は分配せねばならず、これでは臣民をいたずらに飢えさせてしまう恐れも――」
「ふん、ここで問題を先送りにすれば、ユライアは常に帝国の、ミクスチャの脅威に怯え続けねばならなくなるのだ。戦の最中王宮で震えていただけの貴様には、到底わかるまいがな」
そんな貴族の言葉を、ガーラットの後ろに控えていた小さな口ひげを生やす小太りの男性、マーシャル・ホンフレイ子爵は鼻で笑う。
化け物を引き連れた帝国軍に対し、将として最前線で戦い続けてきた彼にとって、現状での和平などとても考えられなかったに違いない。
そもそも、和平を結ぶだけで問題のない相手ならば、自分のことなど気にせず国同士で勝手にやってくれればいい話である。結果、どちらかの国が滅びようが、和平を結んで近所づきあいをしていこうが、こちらの生活に影響を及ぼさない限り問題とはなりえないのだから。
「震えていたとは聞き捨てならんぞホンフレイ! 貴様こそ、国境の防衛に失敗した上にオブシディアン・ナイトまで失い、挙句は大吊り橋を落とさねば帝国の侵攻を防げなかった無能の分際で、国家と民の行く末すら憂うことができぬのか!?」
「綺麗ごとなど誰にでも言える。何より、国の疲弊と民の生活を問題に上げるのならば、まずは戦の先頭に立つ我ら貴族が、自らが貯めこんでいる私財を放出し、己が領地の税を減免することで生活を安んずるべきであろう!」
貴族が面子の生物だというのは、マオリィネなどから何度も聞かされた話であり、ホンフレイからの鋭い指摘に和平派貴族が反論するのは当然のことと言える。
しかし、感情論が真っ先に飛び出してきた辺り、賠償云々で経済を立て直す以外には、ろくな考えもなかったのだろう。もともと細い目を更に絞ったホンフレイの、一層切れ味を増した言葉には、ダマルが、カッ、と小さく笑い声をあげた。
「その辺にしとけよ、アンタの負けだぜ。そもそも、この結果はそっちが求めたもんのはずだが、今更覚えてねぇなんて言わねぇよな?」
兜の隙間から漏れる声は低く、暗いスリットを向けられた貴族は、うっ、と言葉を詰まらせる。
数日前、彼らは王宮で行われた御前会議の際、ユライアシティの戦いにおいて到着が遅れた自分たちに対し、同盟協定の内容を持ち出して、では王国軍に被害を出さないように帝国の大軍を撃退してくださいますか、などと現代常識では考えられない無理難題を宣っていた。
自分たちはただそれを忠実に遂行したに過ぎないが、まさか本当に実現するとは思わなかったのだろう。サーモバリック爆弾の威力を見ていれば想像できそうなものだが、ホンフレイが言うとおり、王宮に籠っていたとすればこの内容も頷ける。
女王陛下の手前、吐いた唾を飲むことすらできず、和平派は視線を逸らして黙り込むか、どこか憎々しげにこちらを睨むことしかできていない。そのうえ、代表者であるメキドロが深く頷いていることから、この時点でほぼ趨勢はほぼ決していたのだろう。
それに僕は追い打ちをかける形で現実を突きつけることにした。
「チェサピーク卿やホンフレイ卿の仰る通り、ここで和平を結んだところで帝国の脅威は消えないということをご理解いただきたい。それに、自分たちは貴方がたの言われたとおりに結果を出しました。これでもなお、協定に従わず侵攻は行わないと仰られるのなら、この同盟には何の意味もありませんので、どうぞ席をお立ちください。我々は別の方向で、現帝国領を占領統治できる組織と手を結びにまいります」
自分が同盟関係者に望むもの。それはあくまで、戦後の統治と地域の安定化が中心である。
ミクスチャとその製造技術を闇に葬るというのが最大目標ではあるが、この戦争がどうなろうとも未来は続いていくのだから、戦後の不安定を放置するというのはできるだけ避けたかった。
だが、王国に同盟を持ち掛けた理由はあくまで、帝国という敵に対して利害関係が一致したことと、エリネラたち一行を安全な場所へ保護することが中心であり、ここで帝国との和平を結ぶというなら、こちらが同盟関係にこだわる必要は特にない。
それを改めて告げれば、周囲からは更なる追撃の声が次々に上がった。
「ハッハッハァ! そいつぁいい話を聞かせてもらった! アマミ、この場にいるコレクタユニオンが全面的に支援することは約束しよう。占領統治を任せてもらえるってんなら、腰の重い本部にも伝える価値はありそうだ」
「当然のことながら、スノウライト・テクニカも最後までお手伝いさせていただきますわ。返しきれぬご恩も、身内のこともございますから」
「ん。キョウイチが呼びかければ、司書の谷も力を貸してくれるはず。広い帝国領でも、分担すれば統治することは可能だと思う」
コレクタユニオンは各地に根を下ろす組織であり、本部とやらが動けばその規模は計り知れないが、グランマの裁量権で動かせる部隊には限度があるのだろう。
そしてスノウライト・テクニカと司書の谷は、国家に比肩する力を持つとはいえ、王国と比べてその規模は小さいため、とてもではないが単体で帝国領全体を掌握することなど不可能だ。
だが、シューニャの言う通り、占領地域を分割することは可能であり、この時点で王国が持つ国家特有の大兵力による優位性は失われていたといっていい。
そのことに理解が及んだのだろう。報告以来沈黙を貫いていたエデュアルトは、やれやれと言わんばかりの苦笑を浮かべながら小さく肩をすくめていた。
「陛下、ご判断を」
ユライア王国の未来を決められるのは女王陛下ただ1人。それを促すメキドロの声に、首脳陣と言うべき面々は表情を固める。
「……私はこのユライアを、忘恩食言の国と呼ばせるわけにはゆきません。これより我らはカサドール帝国を平定します」
凛と響く美しい声で勅命は確かに告げられ、王国臣下の面々は恭しく腰を折る。
その様子に、フェアリーは何を考えているのかわからない笑みを浮かべ、グランマはどこか馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「それで女王陛下? あたしらは正式な同盟関係となった訳だが、今後の展望って奴を教えてもらえるかい」
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日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
蒼海の碧血録
三笠 陣
歴史・時代
一九四二年六月、ミッドウェー海戦において日本海軍は赤城、加賀、蒼龍を失うという大敗を喫した。
そして、その二ヶ月後の八月、アメリカ軍海兵隊が南太平洋ガダルカナル島へと上陸し、日米の新たな死闘の幕が切って落とされた。
熾烈なるガダルカナル攻防戦に、ついに日本海軍はある決断を下す。
戦艦大和。
日本海軍最強の戦艦が今、ガダルカナルへと向けて出撃する。
だが、対するアメリカ海軍もまたガダルカナルの日本軍飛行場を破壊すべく、最新鋭戦艦を出撃させていた。
ここに、ついに日米最強戦艦同士による砲撃戦の火蓋が切られることとなる。
(本作は「小説家になろう」様にて連載中の「蒼海決戦」シリーズを加筆修正したものです。予め、ご承知おき下さい。)
※表紙画像は、筆者が呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)にて撮影したものです。
寝て起きたら世界がおかしくなっていた
兎屋亀吉
ファンタジー
引きこもり気味で不健康な中年システムエンジニアの山田善次郎38歳独身はある日、寝て起きたら半年経っているという意味不明な状況に直面する。乙姫とヤった記憶も無ければ玉手箱も開けてもいないのに。すぐさまネットで情報収集を始める善次郎。するととんでもないことがわかった。なんと世界中にダンジョンが出現し、モンスターが溢れ出したというのだ。そして人類にはスキルという力が備わったと。変わってしまった世界で、強スキルを手に入れたおっさんが生きていく話。※この作品はカクヨムにも投稿しています。
日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊
北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。
幻想遊撃隊ブレイド・ダンサーズ
黒陽 光
SF
その日、1973年のある日。空から降りてきたのは神の祝福などではなく、終わりのない戦いをもたらす招かれざる来訪者だった。
現れた地球外の不明生命体、"幻魔"と名付けられた異形の怪異たちは地球上の六ヶ所へ巣を落着させ、幻基巣と呼ばれるそこから無尽蔵に湧き出て地球人類に対しての侵略行動を開始した。コミュニケーションを取ることすら叶わぬ異形を相手に、人類は嘗てない絶滅戦争へと否応なく突入していくこととなる。
そんな中、人類は全高8mの人型機動兵器、T.A.M.S(タムス)の開発に成功。遂に人類は幻魔と対等に渡り合えるようにはなったものの、しかし戦いは膠着状態に陥り。四十年あまりの長きに渡り続く戦いは、しかし未だにその終わりが見えないでいた。
――――これは、絶望に抗う少年少女たちの物語。多くの犠牲を払い、それでも生きて。いなくなってしまった愛しい者たちの遺した想いを道標とし、抗い続ける少年少女たちの物語だ。
表紙は頂き物です、ありがとうございます。
※カクヨムさんでも重複掲載始めました。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話
kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。
※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。
※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得
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異世界帰りのオッサン冒険者。
二見敬三。
彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。
彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。
彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。
そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。
S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。
オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?
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