悠久の機甲歩兵

竹氏

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戦火

第262話 天翔ける鎧

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 眼下に広がる黒い森の向こう、映し出される王都の防壁。
 空戦ユニットの可変翼を広げて飛行する僕は、携帯式電磁加速砲パーソナルレールガンに新たな蓄電池を叩き込み、同じく空を舞っている異形に狙いを定める。

『重クラッカー機体反応無し、されどは生存反応を確認した――これより、敵飛行戦力を殲滅する』

 トリガを引けば、解放された電力が再び銃身を迸り、装填された耐熱徹甲弾が音速を越えて撃ち出される。
 凄まじい衝撃に跳ね上がる銃身。だが、天才2人の手でオーバーホールを施された翡翠は、空中という不安定な状況にあってもそれを完全に制御してみせ、はるか遠くに浮かんでいたミクスチャは、1匹目同様肉片となって消えた。

 ――現代人にとって脅威なのは間違いないが、運用方法が間抜けすぎるな。

 帝国が生み出している異形共は、ただでさえ容姿も能力も安定しない。
 それは敵対者にとって、実際に戦ってみるまでどんな存在かサッパリわからない、という非常に厄介な存在であろう。何せ事前に絶対的な対策を取れないのだから、兵器とするならこれほど恐ろしいことはない。
 ただ、帝国軍という組織は情報戦能力が低いのか、それとも直接の運用者が想像力不足なのか。最も警戒すべき対象であるはずのマキナが出現するより先に、大概のミクスチャはその能力を露見してしまっており、特に飛行する異形は奇襲攻撃という絶対的なアドバンテージを完全に失っている。
 その一方、相変わらずミクスチャという奴は個体としての危機感覚には優れているらしく、味方が連続で撃破されると、異形は明らかにこちらへ向かって動き出した。

『まるで街灯に集まる羽虫だな。だが――』

 防壁の北側を越えた辺りで僕は機体を翻して上昇し、まずは眼下に迫ってくる数匹のコウモリモドキに狙いを定める。
 この飛行型は速度こそ遅いが、身体を柔軟に捻ることができるからか旋回性が非常に高く、球体状の双頭から伸びる触腕は長い間合いを持つなど、他と比べて脅威度が高い。
 とはいえ、それはあくまで乱戦になれば、という前提の話である。

『完全武装の機甲歩兵を舐めてくれるなよ、異形共』

 ロックオンを示す枠が敵を囲むと同時に、脚に供えられたコンテナの蓋が開き、その中から連続して鉄管が飛び出した。
 短距離対空対装甲誘導弾。企業連合がロシェンナ対策として空戦ユニットに搭載した、対空兵器の1つである。
 1つのコンテナに6発が込められた誘導弾は、システムの指示に従って意志を持っているかように鈍足なミクスチャに食らいつき、爆風のあぎとで硬質な肉を抉り取った。
 ミクスチャとて空を飛ぶとなれば、体構造を軽量化させる必要はあるのだろう。装甲目標用としては火力の低い対空ミサイルを浴びただけで、何処から出ているのかわからない叫び声を響かせながら落ちていく。
 空中に残されたのはロックオンされていなかった半数のみ。
 それら生き残りは仲間の仇とでも言わんばかりに、2つの球体から触腕を凄まじい勢いで伸ばしてくるが、携帯式電磁加速砲と収束波レーザーフラ光長剣ンベルジュを持ち替えた僕は、赤く発光する刃の一振りで肉の槍を打ち払った。

『手品はそれだけか。なら、もう用はない』

 いくら元がキメラリアでも、ミクスチャに声が届くとは思わない。だから冷たく、感情の欠片すら乗せずに言い放つ。
 目の前に居るのは単純な敵だ。自身と仲間の生命を脅かす、明確な敵。攻撃を躊躇う必要などどこにもない。
 恐れも知らず迫ってくる1匹に収束波光長剣を突き刺し、剣ごと蹴り落として空いた手にマキナ用機関銃を握り替え、背後を取ろうと回り込んでいた2匹の風通しを改善してやった。
 残りも大して変わらない。勢いを増して近づいてきた奴の、首らしき位置に貫手を突っ込んでやり、ついでにハーモニックブレードを展開して斜めに叩き斬り、横から飛び掛かってくる奴は身を躱して正面に捉え、ゼロ距離で徹甲弾を叩き込む。最後に下でもたついていた奴が伸ばしてきた触腕を、ハーモニックブレードで縦に切り裂きながら急降下して胴体を踏みつけ、重力に逆らうことなく地上の広場まで一緒に落下し、クレーターを作りながら地面にめり込ませた。
 そこは自分にも馴染みがある、いつも朝市でにぎわっていたあの広場である。いくつかの天幕と古い石畳を、ミクスチャと合挽にしてしまったのは心苦しいが致し方あるまい。
 だが、おかげで僕は目標地点の傍に着陸することができていた。

「貴方はいつも空から降ってくるのね、英雄様?」

『マオの時に限って、だろうね。それより――』

 いつの間にか聞きなれた声に振り向けば、大きく損傷したコレクタユニオン支部を背に、黒髪の乙女は白い少女を抱えて立っていた。
 余程の激戦を潜り抜けたのだろう。着ている真銀鎧やパイロットスーツはおろか、彼女自身の肌や髪にさえ泥や埃の汚れが目立ったが、流血を伴うほどの外傷は見られず、歩み寄ってくる姿からは骨折や捻挫の心配もなさそうだ。
 ただ、マオリィネの腕に抱かれるポラリスは、完全に意識を失っているらしく全身から力が抜けており、色白の肌はなお白く、いつもは赤いりんごほっぺからも血の気が失せている。
 僕がポラリスに視線を向けたことに、マオリィネも気づいたのだろう。静かに琥珀色の視線を腕の中へ落とした。

「倒れるまで魔術を使って、ミクスチャと戦ってくれたのよ。私の無理を叶えようとしてね」

『そうかい。また長く目覚めないかも知れないが、目を覚ましたらうんと褒めてやらないとな』

 両手どころか全身武装だらけの翡翠を着装しているのに、つい僕は長い青銀の髪に手を伸ばしかけ、銃のグリップを握りこんでゆるりと下ろす。
 それをマオリィネがどう感じたのかは分からない。ただ、ポラリスに視線を向けたまま零れた呟きには、どこか自責を孕んでいるようにも感じられた。

「……ごめんなさい。私のせいでクラッカァは全部失ってしまったし、ポラリスにも辛いを思いをさせて――」

『いいや、むしろこんな状況をよく切り抜けてくれた。マオが頑張ってくれたから、ポラリスも君も王国も生きているし、僕もなんとか間に合ったんだ。ありがとう』

「そんな、こと……」

 まるで親に叱られる子どものように、彼女は長い黒髪の間から伏せがちな上目遣いを覗かせる。
 ポラリスが倒れるまで力を使い尽くしたことと、マオリィネが持てる全ての力を賭して戦ったことに違いはない。実際、どういう想いで彼女が王国を守ったのかは本人にしかわからないことだが、結果として自分たちの生活を脅かす帝国に打撃を与え、侵攻を遅らせることはできたのだ。
 自分はそれに報いねばならない。この身で渡せるものなどたかが知れているが、それでも。
 だから僕はゆっくりと踵を返してマオリィネに背を向け、肩越しに小さく呟いた。

『もう少しの間、ポラリスを頼む。安全な場所に身を隠していてくれ。王都から帝国軍を全部叩きだしたら、

「え……? そ、それってまさか――待って、待ちなさいってば! ねぇ――きぁゃっ!?」

 空戦ユニットに青白い炎をともした翡翠は、素早く通りへ向けて構えた携帯式電磁加速砲から凄まじい音と紫電を迸らせ、背中に向けて投げられたマオリィネの声をかき消した。
 自分を狙ってか、のっそりと建物の影から現れた異形は、音より早い一撃に何もできないまま身体を四散させる。
 王国軍と王国臣民、コレクタユニオンとヴィンディケイタ、そして2人の命を懸けた献身によって生み出された時間。その価値を黄金以上とするか、あるいはただの塵芥とするかは自分にかかっている。
 だからこそ、如何に名残惜しく思えども、まだ語らうには早すぎるのだ。
 2人を残したまま、僕はレーダー上で集まってくる光点を目指し、広場から延びる通りを低空で駆け抜けた。

『悪いが人生の重大事が控えてるもんでね。野次馬にはご退場願おうか!』


 ■


 四方を固める帝国軍は、兵士たちを一旦防壁の外で再集結させていた。
 王国軍の苛烈な反撃で予想以上の被害が出たため、一時的に後退して部隊を立て直せ。
 この命令は緊急扱いであり、ホウヅクを用いて素早く全軍へ伝達され、ロンゲンの負傷によって大きく後退していた第三軍団を除く全ての部隊は、再び王都の周りを囲むように展開していたのである。
 無論、ウェッブにとってこれは建前に過ぎず、ミクスチャを前面に押し出して王国を壊滅させ、それを自らの戦果として誇ることしか考えていなかった。
 だが、事態が予期せぬ方向へ動いたことで、彼の中にあった野心は恐怖に揺れた。

「獣が連続でやられている、だと?」

「は、はい……この痛みは間違いありません。ご指示通り、ほとんどの獣を英雄に差し向けましたが、この様子だと私の手持ちは……」

 苦悶の表情を浮かべながら手を押さえる獣使いの姿に、今まで飄々としていたウェッブは明らかに表情を引き攣らせる。
 イソ・マンとミクスチャを使役する獣使いは各軍団に1人ずつ配置されており、皇帝ウォデアスから下賜された指輪を用いて、敵の識別と戦闘の指示を行っていた。
 この特殊な指輪は理由こそ不明だが、ミクスチャが撃破されると着用者に痛みを走らせる。しかもイソ・マンでは反応しないため、獣使いが痛みを訴えることは異常事態に他ならない。

「何が起こっているんだ……? 最強の獣は神国が抱えていた5体のテイムドメイル、護国衆ラージャ・サンガを打ち倒しているはず。噂の英雄はテイマーらしいが、連れているテイムドはたかが1体に過ぎないと言うのに」

「英雄の噂が真実なら、少人数でを倒したと聞きますが」

「廃棄された試作品と最強の獣を比べるな! アレは人の命令を聞こうとしなかったから、フラットアンドアーチに棄てられたのだ! 我々が手綱を握る獣とは格が違う!」

 頭を掻きむしって叫ぶ将軍の様子に、副官は静かに表情を強張らせる。
 英雄1人を倒すためにミクスチャを全て失ったとしても、帝国軍にはまだ圧倒的な数の優位があり、ユライアシティに残された防御は市中の古い防壁のみ。
 人ならざる力に支配された戦場は元の姿を取り戻し、自らの武を誇るにはこれほど素晴らしい状況もないと、武将である副官は考える。にもかかわらず、将軍は何をそこまで怯えているのかとも。
 ただ、彼は自らの想定もまた甘いものだったと、直後に思い知らされることになった。

「む……あれはまさか、例の英雄、か?」

「何? どこだね? 私には何も見えんのだが……」

 甲高い音に副官は空を見上げたものの、青色が空と同化してわかりにくいためか、ウェッブは訝し気な表情をして目を細める。
 ただ、彼がその姿を見つけるより早く、青いリビングメイルは筒状の物を地面に向かって捨てたのが、副官の目にはハッキリと映っていた。

「――ぬぉぁっ!?」

 その直後、朝の冷たい空気を激しく揺さぶって閃光と爆音が訪れ、加熱された風が冷えた体を撫でた。
 たとえミクスチャであろうと、帝国軍にそんなことを起こせるものはない。おかげでウェッブと副官は揃って間抜け面を晒すことしかできず、最初の声は風に乗って聞こえてきた。

「……な、なぁあれ……第一軍団が布陣しているあたりじゃないのか?」

 どの兵士が発したのかさえわからない。ただ、2人の耳は確実にそれを捉え、ハッと顔を見合わせるや否や、すぐに命令を飛ばした。

「伝令、急ぎ第一軍団の状況を確認せよ! 全軍、敵の攻撃を警戒しつつ、防御を固めろ!」

「は、ハッ!」

 副官の命令に従って兵士たちは、陣形の正面に槍と大盾を構える。
 だが、再び南側で同じ爆発が起こったことで兵士たちの間には動揺が広がり、その上誰もが爆炎へと視線を奪われたことで、警戒はほとんど名ばかりのものとなってしまった。

「全員かかるぞ! 敵を掻き乱せぇ!」

 突然の声にウェッブが慌てて振り向けば、陣形側面を目掛けて突進してくるキメラリア達の姿が目に入った。
 その先頭は巨大な兜狼に跨るウルヴルと騎兵集団が駆け、後方には散開した歩兵の姿も見られる。
 とはいえ、帝国側と比べればあまりにも数が少なく、ウェッブはそれどころではないとでも言いたげに鼻を鳴らして腕を掲げた。

「反撃と言ってもたかが知れているな。あの程度の数、一息に押しつぶして――」

 と、そこまで口にして、彼は敵部隊の背後に見えた小さな姿に息を呑んだ。
 小柄でありながら大の男1人を軽々担ぎ上げ、血濡れのような赤い瞳をした女が、ニィと口の端を上げて釣り上げて笑う。
 その隣で白い息を吐く真銀の鎧を纏ったキメラリア・シシ。更にユライアの猛将として知られる、大剣使いの大男が拳を鳴らす。
 ヴィンディケイタが西門を守っているという報告は届いていた。それに加え、エデュアルト・チェサピークが南側防壁の指揮をとり、エリネラ・タラカ・ハレディが東の戦闘に乱入したとも。
 それが西に集結してきたということはつまり、少なくとも2方面の帝国軍が敗走したということになる。挙句、英雄に差し向けたことでミクスチャも残っていない。
 頼みにできるとすれば北側だが、鉄蟹の攻撃で応援を要請していたことを思えば、想定より大きく戦力は削られている可能性が高い。

「は、はは……ありえん。ありえんぞ、そんなことは」

 ここではじめて自軍の劣勢を悟った、ウェッブは乾いた笑いを浮かべる。
 脳裏に走る敗北という言葉を、必死でかき消そうとするかのように。
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