悠久の機甲歩兵

竹氏

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戦火

第244話 衛星通信ブリーフィング

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「想定より攻勢が早いな。それに上陸作戦と来たか……」

 長距離衛星通信は多少のノイズが混ざってはいたものの、玉匣とガーデンを繋いでいた。
 とはいえ、まさか開口一番に帝国軍の攻勢を聞かされるとは思わなかったが。

『ご主人たちはまだ来れそうにないッスか?』

『アポロニア、狭い……』

 画面の向こうは玉匣の運転席。本来は1人しか入れない空間に、シューニャとアポロニアが押し寿司のように詰まっていた。
 ただ、彼女らのどこか期待に満ちた視線に対し、僕は歯がゆいながら緩く首を振る事しかできない。

「増設した装備とシステムのリンクが上手くいかないらしくてね。ダマルは丸1日で仕上げて見せるとは言ってるから、到着は明日の午前中が最速だろう」

『それくらいなら自分達だけでも耐えてみせるッスよ。そのために訓練してたんスから』

 犬歯を見せて自信ありげにアポロニアは笑う。
 彼女は非力である代わりにとても器用だ。武器の扱いに関しても飲み込みが早い。だからといって、自分の手が届かない場所で戦争に巻き込むことは、我が身の無力を突きつけられるようで苦い物が込み上げた。

「すまん……だが絶対に無理をしないでくれ。僕らは王国と同盟を結んでいるとはいえ、君たちの命にかえられるものなんてないんだ。こんなしょうもないことで死んでたら、何も面白くないからね」

『わーかってるッスよぉ、心配性ッスねぇ。ヤバいと思ったらサクサク逃げ出して、それこそテクニカにでも引き籠るッスから』

 逃げ足だけなら負けないと、彼女は体格に比して不釣り合いなほど大きな胸を張る。それに押しつぶされる形となったシューニャの視線が、なんとなく厳しくなったような気がしたが、緊張でガチガチに固まっていない様子には安心する。
 最悪を回避するための努力はするが、いくら心配したところで未来がどうなるかはわからないのだ。ならば、いつまでも渋い表情をしていても仕方ないと、僕も肩の力を抜いて苦笑を漏らした。

「いい子だ。それからマオに、王都に向かう途中で家に寄って、直接ヘンメさんたちに情報を確認するよう伝えて――」

『ええ、そのつもりよ。鎧も着ないで戦場に突っ込むような真似はしないわ』

 画面に映ってはいなかったが、どうやら運転席横から話を聞いていたらしい。これよね? と言いながらモニターを覗き込む琥珀色の目がカメラに映り込み、背後から狭い狭いと苦情の声も同時に上がる。

「退避の決断は早めにね。危険を感じたらプライドなんて気にせず、すぐに逃げればいいから」

『貴族に面子を捨てろなんて無茶言うわね。安くないわよ?』

「マオが無事だったなら、後でいくらでも埋め合わせて見せるとも。ポラリスを頼む」

 小さく息を呑んだ音が聞こえたような気がしたのは、彼女がマイクに近づきすぎていたからだろうか。マオリィネは姿勢を正したらしく、画面を埋め尽くしていた顔が離れて見えなくなると、代わりに映り込んだアポロニアは何かニヤニヤしており、その隣でシューニャもわざとらしく目を閉じていた。

『――任せて。埋め合わせ、楽しみにしてるわ』

 画面外から聞こえた不敵な声。彼女はきっと笑っていただろう。
 ならば貴重な時間を浪費するわけにはいかないと、僕は無線のスイッチへ手をかける。

「よし、これで――ちょ、サーラさん! 今は緊急ですから、家族間のお話はまた後日お願いします!」

「ちょっとくらい私にもお話させてよぅ!」

 だが、それを横から止める手があり、ついでに全身を使って自分を押しのけようとしてくる。
 先日の泉でシューニャが着ていた服よりも、なおきわどい踊り子衣装で密着されるのは、流石に精神衛生上よろしくない。無論、そんなことを気にしてくれる義姉ではなく、通信が切れないままこちらがもめていると、シューニャは唖然としたままで声を漏らした。

『……何故姉がガァデンに』

「シューニャ! お姉ちゃんよお姉ちゃん! 見えてる!?」

「詳しくは色々落ち着いてから話す! 通信終わり!」

 バタバタと身体を振ってアピールするサンスカーラを力づくで押し返し、僕は荒く通信機の電源を落とす。何故、たったそれだけのことで疲れなければならないのだろう。
 ただ、画面が消えてしまえば流石に彼女も駄々を捏ねることはなく、ブゥと頬を膨らせてケチィと呟くだけだった。それでもダマルは兜の中からげんなりとした声を漏らしたが。

「よくこの緊迫した空気をぶち壊せるもんだなオイ……すげぇ姉ちゃんだな」

「ユライア王国が不味い状況なのはわかってるわよぅ。でも、離れたシューニャとお話できるんだもん。興奮しない方が無理ってもんでしょ?」

「彼女から話を聞かれましたか」

「まぁね。か弱いシューニャが戦争に行くなんて馬鹿げてると思ったけど、大切な役目だから、なんて目を輝かせて言うのよぅ? ちょっと妬けちゃうわ」

 いつもは感情的で勢いだけで生きているようなサンスカーラだが、胸の下で腕を組んで小さく息をつきながら笑う様子はどこか物憂げで、絵画の様な美しさを持つ姿にダマルさえも視線を送ったまま固まっていた。
 だが、僕はそれ以上に、姉たる彼女から告げられたシューニャの言葉が、驚くほど胸に突き刺さったのである。

「そんなことを……シューニャが?」

「昔は誰に対してもつっけんどんだったのよぅ、あの子。よーっぽど気に入っているんでしょうね。貴方たちとの暮らしが」

 優しく笑いながら告げられる、第三者から見た自分たちに接するシューニャの姿。
 現代で平穏な生活を送りたい。それは生命保管装置から出たあの日から、訳の分からない世界で根無し草となった自分とダマルが、漠然と定めた大きすぎる目標だったはず。
 だが、もうそれは時代に取り残された自分達だけのものではないのだろう。玉匣が、あの家が、既に皆の帰る場所となっているのだとすれば。
 僕はわななきそうになる唇に力を入れて堪え、小さく息を吐いてから通信室の出口へ向かって足を踏み出した。

「……急ぎます。ダマル、推進機関の伝達系テストを再開するよ。3番ブースターの出力配分がこれでダメなら、推力マップを組みなおそう」

「俺を誰だと思ってやがる。このダマル様が、再々調整までやって配分が安定しねぇわけねぇだろ?」

 よしと頷きながら、大股に歩いて部屋を出る。今は1秒でも早くガーデンを飛び出して、大切な家族と生活のために戦いたかった。
 それを斜め後ろに並んで歩く骸骨と義姉は、互いに顔を見合わせながら小さく笑っていた。

「カカッ、枷が無くなった途端、娘共に負けず劣らずゾッコンだなオイ」

「いい旦那様よね。本気で私も囲ってくれないかなぁ」

 唐突なサンスカーラの言葉にダマルは声を失っていたが、僕はそれを背中に聞いて内心では照れながらも、格納庫に急ぐ歩調を緩めることはなかった。
 どうか、無事でいてくれとだけ願いながら。


 ■


 小高い丘陵を背にするポロムルの町は、陸地を丸く抉りとったようなすり鉢状の湾を正面に持つ。
 そのため湾への入口は狭く船舶の往来は元々しにくい構造となっていたが、これは天然の防壁として優秀であり、この変わった地形を王国海軍は根拠地として有効活用していた。
 今はもう居並ぶ軍艦の威容は見る影もない。だが、死力を尽くした王国海軍は最後の悪あがきとして、湾の入口に唯一帰還した大型軍艦を沈めることで、滅びてなおポロムルを守ろうとしている。
 玉匣はその西側に位置する断崖の上に停車し、眼下に閉塞された湾と今はまだ静かな海を臨んでいた。

「これを考えた人は賢いですね。これなら大きな船が入ろうとしても、あれにぶつかって沈没するかもしれません」

「海の上に居る間にどれだけ敵を潰せるかが勝負ッスからね。上陸されて街中で乱戦になったら、正直守備隊だけで抑えきれるとは思えないッス」

「そういう意味で、私たちの飛び道具は有効。特にミクスチャや失敗作を積んでいる船を湾に入る前で沈められれば、帝国軍の士気を挫ける可能性がある」

 潤沢な食料に支えられ、訓練が行き届いた強兵と交易国からもたらされる質のいい武器防具。更によく練られた防御作戦に、絶対守護者だった2機のテイムドメイルを加えることで、圧倒的に領土も人口も少ないはずの王国は、これまで世界最大を標榜する帝国の度重なる侵攻を防ぎ続けてきた。
 だからこそ、先の海戦における一方的な勝利に帝国軍が士気を高めているのは間違いなく、そこにつけいる隙があるとシューニャは考える。

「ミクスチャって水に沈めれば死ぬんでしょうか?」

「古い文献には濁流をぶつけて殲滅した事例が書かれている。ただ、ミクスチャは個体ごとに能力が大きく異なるから、船ごと撃破できれば幸運だと考えておくべき」

「ってことは、結局ミクスチャ潰すのはこれら頼りってことッスか」

 玉匣の後部ハッチに武装を並べているアポロニアは、対戦車誘導弾発射器ミサイルランチャーにポンと手を置きながら、何処か困ったように苦笑する。その様子が頼りなかったのか、ファティマは訝し気な視線を送っていた。

「ホントに大丈夫なんですか? 今まで使ってた武器より、なんだかフクザツそうでしたけど」

「えぇと……正直あんまり自信はないッス。でもご主人が言うには、ろっくおん? したら、目を瞑ってても当たるとかなんとか」

「伝説の武器みたいなお話ですね」

 古代兵器のなんたるかなど、彼女らにはわからない。ことにファティマはパイロットスーツ以外、まともに武器を扱ったことがないことから実感が薄かったのだろう。
 ただ、自分たちを家族と呼ぶ男の言葉に苦笑はしながらも、誰一人として疑う者は居なかった。
 彼が当たると言えば当たる、それは妄信に近い感情だったかもしれない。アポロニアは自分がその射手として選ばれたことを誇りとして何度も使い方をおさらいし、ファティマは予備の弾薬を抱えて彼女を手伝う姿勢をとり、シューニャは運転席に戻って未だに仕組みが理解できないレーダーに齧りついていた。

「――光った。多分、来る」

 シューニャの声に西へ向かって開かれた後部ハッチから、2人が遥か遠くの海へ目を凝らす。
 障害物のない海上の敵をレーダーが捉えるのは早く、一方で現代の船は余りにも遅い。別段、キメラリア2人も視力がいいわけではないため、双眼鏡を片手に見えない見えないと言い続けていた。
 だが、それも束の間。何層もの甲板を持ち大量の櫂を海面に突き刺した軍艦は少しずつ、まるで滲むようにベル地中海へと染みを作っていく。
 その様子にアポロニアはヒクと小さく頬を引き攣らせた。

「自分の居た軍隊のことをあんまり悪くいうのもあれッスけど、連中阿呆なんじゃないッスか? バカでかい輸送船までぞろぞろ連れてくるなんて、テイムドメイルも持ってない国相手に全力出しすぎッスよ」

「輸送船……?」

 呆れかえったような彼女の言葉に、シューニャは連絡用の信号拳銃をポーチから取り出そうとしていた手を止めると、小走りに後部ハッチに駆け寄ってファティマから双眼鏡をひったくると、それを広がって進む帝国艦隊へ向けた。
 映り込んだのは快速を重視する細長い戦闘艦に囲まれながら進む、明らかに異様な大きさを誇る幅広で鈍重そうな船である。舷側も他の船に比べて高く、甲板上には武装した兵士たちがみっしり詰まっていた。
 従軍経験のないシューニャは、軍艦の中など見たことがない。ただ、戦闘艦が速度や小回りを重視して敵船に体当たりをしたり、乗り移るために船を寄せたりする戦法をとることは知識として知っている。

「――アポロニア、ミクスチャは漕ぎ手になると思う?」

「んぇ? そ、そりゃぁ……化物がリズムに合わせて櫂を漕ぐなんて想像できないッスけど……」

「だとすれば、狭い戦闘艦に漕ぎ手にもならないミクスチャは積みたがらないだろうし、あの輸送船はミクスチャ専用の檻である可能性が高い」

「おぉ、なるほど。なら真っ先に狙うのはあのでっかい奴ですね」

 シューニャの予想にファティマは納得したように手を打ち、アポロニアはそれならと玉匣の後部を寝台を持ち上げてなお埋め尽くしている武器の中から、長い筒を取り出した。

「んじゃ、こいつ使ってみるッスか。デカい船を潰して士気を削ぐなら、派手にやった方がいいッスからね」

 アポロニアの小柄な体格もあいまって余計に大きく見えるそれは、所謂無反動砲である。ガーデンに保管されていた武器の1つであり、色々な弾が使えて便利だからと恭一に言われ、アポロニアは仮想空間訓練で一通り操作手順を教え込まれた代物だった。

「ただの筒にしか見えませんけど、強いんですか?」

「タイセンシャナントカに似ている気がする」

「自分に聞かれても、実際に撃ったことはないからわかんないッス。でも、カソークウカンだとボンボン爆発してたッスから、的の大きな船沈めるのにはいいかなって。猫、その長いやつ取ってきてほしいッス」

 慣れない手つきのアポロニアは、恭一の動きを思い出しながら砲尾を横にスライドさせると、後ろで砲弾ケースをつつくファティマに、彼の言葉そのままに装填のやり方を教えた。

「ここのレバーで後ろを開いて……っと、そこに弾突っ込むッス」

「これボクがやるんですか?」

「接近戦になるまで暇なんだから、ソーテン作業くらい手伝うッスよ。あぁそれと、ソーテンできたら自分の横で耳塞ぐッス。後ろに立ってたらぶっ飛ばされるッスからね?」

 それは仮想空間訓練だからこそ見られた貴重な光景と言える。というのも、恭一は無反動砲の後ろに兵士のダミーを立たせると、一切の躊躇いなくトリガを引いてみせたのだ。
 たちまちダミー兵士は派手に吹き飛ばされて重症判定。それをシステムが感知し、後方確認不備の危険行為だから講習をやり直せ、との警告文をこれでもかと空中に映し出していた。
 おかげでアポロニアは短い訓練だけでも危険性を理解していたのだが、射撃を見たこともないファティマに想像がつくはずもない。とりあえず大きな音が鳴るのだろうと、嫌そうにしながら耳に布切れを突っ込んでいた。

「うるさいのは嫌いなんですけど……それに犬、その格好いつの間にボクの真似っこしてたんですか?」

 アポロニアの防寒着から覗くピッチリした服に、ファティマはどことなく白けたような半眼を向けていた。
 しかし、彼女は視線を一切気にすることなく、小柄な体躯に合わされたパイロットスーツを自慢げに見せつける。

「重たい武器扱うのにちょっとでも楽ができるだろう、ってダマルさんが調整してくれたんスよ。ホント、技術様様ッスねぇ」

「むー……最初はあんなに恥ずかしいとか言ってた癖に」

「上から重ね着すれば、体の線は見えないッスもん」

 太く短い尻尾を機嫌よく振りながら、下着と思えば恥ずかしくもない、とアポロニアがカラカラ笑う一方、体の線と言う話題を逸らしたかったのか、シューニャは小さくため息をつきながら車体の外へ出ると、信号拳銃を上空に向かって放った。
 ポロムル守備隊と少数のヴィンディケイタの動きなど、玉匣から見えるはずもない。しかし、オレンジ色に光る照明弾はポロムルの町からもはっきり見えたことだろう。事前に打ち合わせたタルゴが視認していれば、警戒を促す意味では十分だった。

「――そろそろ敵が近い。アポロニアは届くようになり次第攻撃を、ファティは弾の補給を手伝って」

「それが曖昧なんスよねぇ……とりあえず大体で試してみるッスけど」

 シューニャからの指示にアポロニアはポリポリと頬を掻きながら外へ出て、切り立った崖から眼下の船団をレティクルに捉える。
 隣に耳を塞ぐファティマ、玉匣の上から双眼鏡を覗いて状況を見守るシューニャ。そんな彼女らを舞い上がる砂埃が襲ったのは間もなくだった。
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