悠久の機甲歩兵

竹氏

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戦火

第231話 大国の沈む日

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 黄色い砂塵が舞い上がる荒涼とした大地。
 オアシス以外に水の姿はなく、昼間は灼熱の太陽に焼かれ、夜には急激に冷え込む環境において、植物は僅かばかりしか生えず、動物の姿もほとんど見られない。
 オン・ダ・ノーラ神国の国土は、大半がこの砂や岩石に覆われた不毛の土地で占められているため、人はオアシスの周辺に定住し、他の地域では見られない特殊な灌漑設備によって農業が営まれている。
 そして神国の歴史において、激しい寒暖差と水が貴重な地理的条件は、侵略者を退ける強靭な盾であり、帝国もこれにはとても手を焼いた。砂漠の環境に慣れた神国軍は、補給線を寸断する戦法に長けており、水や食料を欠乏させられる帝国軍は、いくら戦っても前に進めなかったのである。
 これを神国はカラーフラ教唯一神であるエカルラトの威光と叫び、侵略者は未来永劫に乾いた砂に骸を晒すのだと信じていた。
 だが、帝国軍が南へ軍を進ませてちょうど1週間たった日。神国軍は、その威光から見放されたと言うべき事態と遭遇する。

「な、なんだこいつは!」

「怯むな! 投石器マンゴネル、放てぇ!」

 大量の矢が空を駆ける中、それに混ざるように丸く成形された岩が飛んでいく。
 現代におけるカタパルトの威力は大きく、密集陣形にぶつければ人もキメラリアも関係なく吹き飛ばし、防壁や門にぶつけて破壊する攻城兵器としても用いられている。ただ、その命中性は悪いため何かを狙って撃つというのは、相手が余程巨大でもない限り難しい。
 だからこそ、直撃すれば獣だろうがなんだろうが、早々耐えられる相手など居ないはずだった。
 だが、勢いよく飛んだ岩石はガァンと音を立てて砕け、は僅かに揺らぐのみ。

「馬鹿な、岩を跳ね返し――うわぁっ!?」

 大きく振るわれた大樹のような腕に、砂岩を積み上げて作られた防壁は轟音を立てて崩壊する。多くの神国兵がそれに巻き込まれて土煙の中へ消えた。
 そして一度口を開けてしまえば、その隙間から数に勝る帝国兵は津波の如く押し寄せる。しかもその中には、同じように鎧を纏うより小型の獣を連れて。

「な、なんたる威力だ……くそっ! 軽歩兵、正面に構え! 奴らを入れるな!」

 信じられない光景に戦慄する神国兵たちだったが、部隊長が叫べば彼らは勇気を奮い起こして大軍へ立ち向かう。相手が神でない限り、肉を切り刻み血を滴らせれば、殺せぬ生物などいない。彼らは心中の信仰を叫びながら、槍を剣を侵略者に突き立てた。
 この時、帝国兵へと躍りかかった者は幸せだったかもしれない。人間ならば、槍を突き刺し、剣を振るい、時には取っ組み合いになっても殺せたのだから。
 だが、熊のような体躯を誇る獣に躍りかかった兵士たちは悲惨だった。壁を打ち崩した巨獣と同じように全身に鎧を纏ったそれらは、矢も槍も通さない一方、重装歩兵さえも紙切れのように引き裂く程の力を持っていた。あちこちから不規則に生える、手とも脚ともつかないそれに掴まれば、あっという間に肉団子が出来上がる。
 その現実味が感じられない凄惨な光景を、神国の将は防壁上から呆然と眺めていた。

「あれは……あの化物はまさか――」

 髭面の彼の目に映ったのは、崩れた鎧の隙間から覗く獣の赤黒く蠢く肉である。そこには固い甲殻も分厚い皮もないというのに、クロスボウのボルトさえ通らない。
 それほどまで堅固な肉を持つ獣となれば、将が思い浮かべられたのはたった1つだけである。
 混合物ミクスチャ。あり得ないと思いながらも、戦場の様子は安易な否定を許さず、危うく口から零れ落ちかけた全生命の天敵と言われる異形の名前に、彼は大きく息を吐いた。

「急ぎ聖都に伝令を走らせ、不信心者共が魔物を使役していることを教皇様にお伝えせよ。護国衆ラージャ・サンガでなければ、あれは倒せん……!」

「ハッ!」

 将から直々の命令を受け、全身を鎖帷子で覆った兵士はすぐに駆けていく。
 それから間もなく、神国の前線砦は帝国軍によって打ち破られた。ただ、この緊急事態を聖都ソランに伝えられたことを思えば、髭面の将は最良の判断をしたと言うべきだろう。
 一方の帝国は大した被害も被らないまま前線を打ち破った事で、更に進軍の勢いを加速させる。たった数日のうちに神国北部のオアシス都市は次々と占領され、それを守る要塞群は蹂躙されていった。
 それら都市から略奪された食料や水は帝国軍を潤し、ミクスチャを有する大軍は万全の補給体制で悠然と進軍する。逆に防衛戦術が無意味なものとなった神国軍は、難民を連れての撤退を図るほかなく、それもほとんどが帝国軍に追いつかれる形で大被害を出していった。
 そして12日目の朝。帝国軍の主力はついにオン・ダ・ノーラ神国首都、聖都ソランへと肉薄する。
 対する神国軍も農民から女子供までかき集め、結集できるだけの戦力を持って迎撃する姿勢を取ったため、文字通りの総力戦となった。

「全軍突撃! 邪教を妄信する凡愚共を蹴散らせぇ!」

「大いなるエカルラトよ! 我らに祝福を、不信心者共に死を!」

 両軍は雄たけびと共に激しく衝突する。
 帝国は攻城塔と移動式投石器、そしてミクスチャの力を前面に押し出し、聖都を守護する分厚い日干し煉瓦の壁に迫っていく。逆に神国側は油や熱湯をぶちまけ、弓やクロスボウを浴びせかけて歩兵の侵入を防ぎつつ、固定式の大型投石器とバリスタで帝国側の兵器を潰しにかかった。

「くそっ、攻城塔が焼かれたぞ!」

「構うな! 獣を前に突進しろ、どうせ奴らの攻撃は効かんのだ!」

 強硬な反撃により、盾と鎧を着ただけの帝国兵は次々と屍を晒していくが、ミクスチャにはその程度の攻撃が効くはずもない。小型のものでさえ神国側の反撃をものともせずに払いのけ、歩兵に先んじて市門へと迫った。
 しかし、神国もただやられっぱなしで居るはずもなく、堅牢な門を前にして小型のミクスチャは逆に蹴散らされる。

「で、出てきたぞ……! 本物の護国衆ラージャ・サンガだぁ!」

 帝国兵が怯えるのもむべなるかな。小型のミクスチャを薄緑色の光で叩ききったのは、人の倍近い身体を持つ鋼の巨人である。
 それも数にして5体。居並ぶ姿はまさに圧巻だった。

「ここはカラーフラの聖域――我ら護国衆ある限り、穢れし神敵は通しません。フォック、不信心者に鉄槌を!」

 体の前で指を組むカラーフラ教独特の合掌をするのは、俗にテイマーと呼ばれる高僧たち。キメラリアを含む混ざり合った生物を穢れと豪語する彼らにとって、醜悪極まるミクスチャは最大の敵であろう。
 フォックと呼ばれたテイムドメイルは、両腕からまた光を出しながら迫るミクスチャへ躍りかかり、同じ武装を持つ他の4機もそれに続いた。
 無人機である以上、護国衆の動きはぎこちない。だが、腕に供えられた接近戦用のプラズマ・トーチは、太古の昔にマキナとの接近戦で用いられたものであるため、ミクスチャの大小にかかわらず、十分に撃破できる力を持っている。
 その上、護国衆は動きの鈍さを連携でカバーする戦い方を得意としており、集団で襲い来るミクスチャの群れを確実に削っていった。
 これに今まで劣勢続きだった神国軍の士気は大きく跳ね上がる。

「我らも護国衆に続け! 神敵たる侵略者を、我らの威光によって滅ぼすのだ!」

 勢いに乗った神国兵たちは、防壁から敵を蹴り落とし、攻城塔にアクアアーデンを投げつけて燃やすなどしながら、その気迫で帝国兵を押し返していく。
 そして、護国衆は巧みな連携をもって多数の小型ミクスチャを撃破すると、いよいよ家のような大型ミクスチャへ挑みかかった。
 砦をも容易く打ち崩す巨獣だが、神の威光を持つ光の剣には敵わない。神国兵は誰もがその巨体が砂に骸を晒すと確信していたことだろう。
 だが、プラズマ・トーチが肉を断ち切るより先に、躍りかかったはずのフォックからは派手な火花が飛び散った。

「な――?」

 ズゥン、と地響きを立てて、無敵を誇ったはずの巨人は膝をつく。そのあり得ない様子に、テイマーたる高僧は何が起こったのかが理解できず、ぽっかりと口を開けたまま呆然としていた。
 いや、理解などできるはずが無かったのだ。フォックを貫いた攻撃は遥か彼方、目視できない距離から飛んできたのだから。


 ■


『FIM-1010フクシヤ……第一世代マキナとはいえ脆いもんだね』

 ステルス幕を纏ったその機体は、自然形成された砂岩を背に大型狙撃銃を構えて呟く。
 何も知らなければ、マキナの性能差などわかるはずもないが、このヴァミリオン・ガンマのパイロットである女性、モーガル・シャップロンはあまりにも鈍い動きの護国衆にため息をついた。
 そんな彼女の言葉に答えたのは、現代では未開発のを覗いていたキメラリア・キムンの女、サンタフェである。

「うっひょー! クソ宗教の巨人が1発だよ1発! いやぁホント敵じゃなくてよかった。あんなの撃たれたらオレでも避けらんないし」

『……それでも避ける奴だって居るのさ』

 興奮した様子の大柄なサンタフェに、平坦な口調でそう告げたモーガルの脳裏に浮かんだのは、以前交戦した英雄と呼ばれる有人機である。
 わざわざ貴重なレーザースキャッタまで持ち出して長距離砲撃を行ったが、榴散弾でさえ青い機体を捉えることはできず、誘導弾さえ軽く迎撃してみせる様は、戦闘に慣れている彼女を震えさせた。
 一方、その相手と言葉を交わしたはずのサンタフェは、あぁ、とむしろ楽し気に笑ってみせる。

「英雄君はすごいよねぇ。ママが怖がるなんて相当じゃんか」

『私はお前の母親じゃないよ。それに強い奴と戦いたいと言うからには、挑んでみればいいじゃないか。耳塞ぎな』

 大型狙撃銃が再び放たれる。護国衆は先の攻撃から警戒を強めていたようだが、無人機で躱せるはずもない。2機目の頭部ユニットが砕け散り、その場で仰向けに倒れ込んでいた。
 ただ、もう双眼鏡を覗くことにも飽きたのか、丸い獣耳を押さえていたサンタフェはブーと頬を膨らませる。

「モーガルは意地が悪いなぁ。相手するならせめて生物にしておくれよぅ」

『マキナであれだけ動けるなら、パイロットは生身でも相当強いと思うけどね』

「お、それはいいかも。最近マキナのお守りばっかで、身体鈍ってるからさぁ」

『どの口が言うんだい。むしろお前のお守りを私がアランに押し付けられてるんだよ。耳』

 適当な警告でも、サンタフェはきっちり耳を塞ぐ。キムンの耳はキメラリアの中において優れているとは言えないものの、人間よりは鋭敏であるため、大型狙撃銃の発砲音は痛みを伴うのだろう。
 マズルブレーキから炎が迸れば、また1機フクシヤが崩れ落ちる。
 瞬くに間に3機を失った護国衆は、連携することが困難になっており、大型ミクスチャの攻撃を受けて1機がスクラップとなった。
 最早、帝国の勝利は揺るがないと確信したモーガルは、大型狙撃銃を担いで立ち上がる。

「ありゃ、もう帰んの?」

『やるべきことはやった。それに、できるだけ武器は温存しときたいからね』

 短く告げたモーガルは踵を返し、近くの洞に隠しておいた大型の獣車へ向かって歩き出す。
 その様子をサンタフェは暫くジッと見つめ、口の端を小さく釣り上げた。

「やっぱし本命は英雄ってことかな? オレも遊べるといいんだけど……くふふ」

 彼女の中で、英雄がどのように評価されていたのかは謎である。
 だが、その独特の笑い声を背中で聞いていたモーガルは、また無駄に期待だけ膨らませているな、と呆れを滲ませていた。
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