悠久の機甲歩兵

竹氏

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戦火

第229話 人工知能と過去(前編)

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 オートメックに導かれ、廊下を歩くこと暫く。
 エリアの継ぎ目になっていると思われる厳重なセキュリティゲートを抜ければ、そこから先は建設が先行したのか、部屋ごとに室名札がかかっていた。
 ただ、その名前を見る限り、ここがただのオフィスではないこともわかる。

「情報通信隊に会計隊、第一消防班詰所。なんだこりゃ、ただの基地施設にしちゃ大層な作りだな」

 カタカタと顎を鳴らすダマルは、不思議そうに部屋の名前を読み上げる。そのどれもが、聞きなれた駐屯部隊の名称だった。
 オートメックから受信したログの通り、このガーデンと呼ばれる地下施設は試験設備よりも、軍事基地としての性格が強いのだろう。ドアが開いたままになっている一室を覗けば、事務室としての整備が完了しており、あとは部隊が入営すれば業務を開始できるように見えた。
 そんな中をオートメックは迷うことなく歩き続け、やがて総合指揮所という札のかけられた部屋へと入っていく。ただ、目的がわからない自動アイロンの後に続いた僕は、今までとは違う部屋の景色に、小さく息を呑んだ。

 ――なんだこの設備。最高司令部でも移すつもりだったのか?

 正面に掲げられた巨大なモニターと階段状に作られたオペレーター席。最上段には最高指揮官が座るであろう大きなデスクも据えられている。
 映画でしか見たことのないような指揮所の形に、僕とダマルは訳が分からないと呆け、女性陣はそもそも何をする部屋なのかが想像できなかったらしく首を傾げるしかなかった。

『ようやく来たか。

 その瞬間まで、音も気配も、なんならセンサーも何1つ捉えてはいなかったというのに、声はどこからともなく聞こえてきた。
 咄嗟に突撃銃を構えて周囲を見回しても人の姿はなく、ただオートメックが最上段のデスクを前に鎮座しているだけである。ただ、それが最大のヒントだったことは言うまでもない。
 全員を後ろに下がっていろと手で制し、僕は1人武器を構えたままデスクにゆっくりと近づいた。そこにあるのはカメラをクルクルと回すオートメックと、机の上にモニターが1つ置かれているだけ。
 だからこそ、そのモニターに映っているものが全てだった。

『――リッゲンバッハ、教授?』

 そこには自分のよく知る、サンタクロースのような顔が浮かんでいた。あえて言葉にするならば、まるで証明写真のように。
 だが、そのモニターに映る老人はゆっくりと首を横に振った。

『違う。今のワシはカール・ローマン・リッゲンバッハその人ではない』

 スピーカーから流れる声も、自分の言葉に応答する姿も、まるで本物と大差がないが、違うのだと映像は語りはじめた。

『リッゲンバッハ本人はおよそ800年前、重度のエーテル汚染によってこの世を去っている。ワシは彼の疑似人格を、記憶データと施設のサーバーに埋め込んだだけの人工知能に過ぎん。わかるかね?』

『い、え、その……なんとなくしか理解できませんが、とりあえず教授が亡くなられたということだけは理解しました』

 直接、リッゲンバッハは死んだ、と伝えられたことに心が揺れる。
 人間の寿命は長く見積もっても120年に届かない。それこそ、よくわからない装置を使って保存でもしない限り、800年の長きに渡って生き続ける者など居はしないのだから。

『それだけわかれば十分であろう。まぁ紛らわしいとは思うが、ワシのことも今まで通りに呼んでくれて構わん。ようやくここまで来てくれたのだからな』

『はぁ。状況の大半は呑み込めていませんが……』

『とりあえず少しずつ話すとしよう。後ろの者達も呼びなさい。ここへ来たからには、彼らにも知る権利はある』

 画面の中でリッゲンバッハ教授が横へと視線を流せば、それに合わせてオートメックがカメラを動かす。どうやら、端末に搭載されたカメラのほか、あの機体からも情報は送られているらしい。
 とりあえず周囲や机に脅威が無いことを確認し、僕は皆をデスクの周りに集めた。すると、画面に映るその姿に女性陣は揃って不思議そうに首を傾げる。

「喋りましたよね、今」

「タマクシゲのモニタァみたいに、外を映している、というわけじゃないわよね?」

「……違う、と思う。こんな景色の場所は見たことが無い」

「っていうか、世界中探してもなさそうッスよね。なんかツヤツヤしてるッスもん」

 画面の人物が人工知能だと言っても、前提となる知識がない彼女らに、理解してもらうことは難しいだろう。
 一方、画面の中にあるリッゲンバッハ教授は、皆の様子から何かを悟ったらしく、癖もそのままに白く立派な口ひげを撫でながら、何かを考えこんでいた。

『思った通り、文明は失われて戻らなんだか。いや……むしろそれを望んだと言うべきなのだろうが――む?』

 何かブツブツと呟いたのち、画面の教授は驚愕の表情で硬直する。その様子に、人工知能とはここまで感情や感性があるものかと感心してしまった。
 というのも、カメラが指向していた先に居たのは、外でもないポラリスだったのだから。

『お主は――いや、そうか。星の子計画の……』

『ええ、ポラリスです。そっくりでしょう?』

 リッゲンバッハ教授の疑似人格が、本人の記憶を参照しているというのも、嘘ではないらしい。呆然とした様子の老人は、画面の中から届くはずもない手を伸ばそうとして、どこか悔し気に拳を握りこんだ。

『……雪石の地下研究所は、800年が経過してなお残っておったか』

 システムの表情に意味があるかはわからないが、リッゲンバッハ教授という人物がストリを可愛がっていたことをよく知っている僕は、その気持ちがよく理解できる。
 一方のポラリスは僕にくっついたままでじっと老人の顔を眺めると、やがて不思議そうに首を傾げた。

「わたし、じーちゃんとどこかであったことある?」

『さぁ、どうだろう?』

 ストリとポラリスは別人だが、不思議なことに朧気ながら記憶を引き継いでいる部分がある。
 そして彼女の純粋な言葉に自分が救われたように、リッゲンバッハ教授もまた暫く呆然としてから、フッと相好を崩した。

『爺ちゃん、爺ちゃんか……いや、健やかな様子で何よりじゃ』

 そこにあったのは、ストリを眺めて微笑むリッゲンバッハ教授と同じ顔である。ただの疑似人格だといいながらも、そこに居るのは自分のよく知る赤ら顔で愚痴の多い老人に他ならない。
 だから僕は人工知能であろうと、リッゲンバッハ教授であると考えて接することにし、今まで手に持ったままだった突撃銃を腰に戻した。

「いいんだな?」

『ああ。僕の知ってる教授で間違いないよ』

『ハッハッハァ! ワシはあくまで疑似人格だが、だからこそ、恭一君やその連れ合いに危害を加えることはせんよ。本物のワシの意志がそうだったようにな』

 最後までダマルは人間ではなく、プログラムを相手にする形で警戒していたようだが、僕が必要ないと首を振れば呆れたようにため息をついた。

「まぁ、相棒が認めるってんなら文句はねぇよ。マキナ開発の天才と会えて光栄だぜ、リッゲンバッハ教授」

『む? マキナやワシのこと知っているということは、文明の生き残り――いやまさかお主、生命の器か?』

「なんだそりゃ? この骸骨ボディと関係あんのか?」

 自分に関連のある謎の単語が出てきたことで、ダマルは兜を取り払って髑髏フェイスを外気に晒す。
 これには現代人であろうと古代人であろうと驚くものだが、リッゲンバッハ教授はカメラをダマルの顔に向けると、何かを思い出すように暫く黙ってから、ふむ、と小さく頷いただけだった。

『……やはりそのまま再生されたか。生命保管装置からは人間として扱われたということだな』

「おい1人で納得すんなよ。俺の身体について、知ってることがあるってんならなんでもいい。教えてくれや」

 ただでさえ骸骨は、先の鎖骨骨折が自然治癒するのかどうかさえわからない状況であるため、少しでも我が身の謎を解き明かしたかったのだろう。今まで完全な謎だった骨格標本ボディに関して情報が得られるかもしれないとわかるや、ダマルは食い気味にモニターへと半身を乗り出した。
 その迫力に、リッゲンバッハ教授はおぉと画面の中で仰け反ったものの、すまんすまんと苦笑を浮かべると、間もなく何かしらの記憶をロードしたらしい。その内容をスピーカー越しに語り始めた。

『ワシの知る限り、生命の器というのは、企業連合軍が行っていたアストラル体を別の身体へ移す計画のことじゃ。アストラル体さえ消滅しなければ、肉体が失われても死なないのではないか、という実験じゃよ』

「既にろくでもねぇ実験の臭いがプンプンするんだが……その結果はどうなったんだ?」

『まぁ、基本的には大失敗じゃよ。アストラル体やエーテルに関しては未解明の部分が多すぎて、何をどうすれば上手くいくのかさえわからない状況だったと聞いておる。だが――お主だけは成功してしまった。理由もわからないままでな』

 あまりにも無茶苦茶な話に、僕は一気に頭が痛くなった。一層、内容が全く理解できない女性陣を羨ましく思った程だ。
 人類が滅ぶくらいなら倫理観などクソクラエ、と研究者たちは思った事だろう。その結果、完成しながら謎だらけという存在が生み出されたのだから救いようがなく、当事者であるダマルはデスクをバンバンと叩いた。

「おいおいおいおいおい! せめて何かデータくらいあるだろ!? こう、なんかしらスペック表みたいな――」

『色々と調査はされとるが……身体を制御しているのは頭蓋骨に存在するアストラル体で、それが骨格に対してエーテルを通わせることで連結しとるんじゃないかとか、空気中からはエーテルを取り込む効率が悪すぎるから、有機物をエーテル化――所謂食事などを必要としているらしいとか、イマイチ要領を得ん話ばかりじゃ』

「やっべぇ、もうさっぱりわかんねぇわ……そもそもエーテルに骨を繋ぐ効果なんてあんのか……?」

『事実そうなっている、というだけじゃからじゃよ。確実と言えることとなれば、その骨格は自動修復性のある超硬セラミックで作られた実験用擬似人体であることと、再現性の無さから計画が放棄された後、生命保管装置の試験に再利用されて放り込まれたことくらいじゃの』

 リッゲンバッハ教授は可能な限り噛み砕いて説明をしてくれたようだが、正直謎、という一言が全てを物語っており、骸骨はなんてこったいと掌で額を押さえて天を仰いでいた。唯一得られた有益な情報といえば、骨格が自動修復される素材らしいということくらいである。

『軍も大概外道だなぁ』

「まぁそりゃ、動く骸骨作ってます、なんて表に出せねぇだろうし――ってちょっと待て。そもそもなんで俺が実験台にされてんだ?」

『はて? 唯一の成功例は、治験に自ら応募してきた男性整備兵、と記録されておったがの?』

 スピーカーから零れた情報に、全員の視線が骸骨へと集中する。
 生命保管システムのエラーによって失われた記憶であっても、強い衝撃やきっかけがあれば思い出せる、というのは自分によって実証済みであるため、ダマルはなんだったかと腕を組んで必死に記憶を探っていたようだった。
 それから暫くして、アッ、と嬉しそうに声を漏らす。

「思い出したぜ! あのやけに金払いのいい募集のことか!」

『金払いって……君、借金でもしてたのかい?』

 この時点で、なんとなく嫌な予感はしていたが、ダマルはアッサリとそのとんでもなくしょうもない理由を口にする。

「いやぁ、休暇中に車買い換えて懐が寒くなったもんだから、ちょっとカジノで増やそうとしたんだわ。そしたらバカラでその新車を賭けろって煽られてよ。その勝負に負けちまったもんだから、何としても取り返そうと躍起になるだろ? すっとまぁ物の見事にツキに見放されちまって、最終的には尻の毛まで抜かれちまったって訳だ」

 ダマルは整備中隊の士官であり、食うに困るような給料ではない。それどころか、普段は税金から食事が出され、前線に居れば金を使える場所など限られている以上、独り身であれば否応なしに貯金はできるはず。それが尻の毛まで抜かれるとなると、相当な1発大逆転でも狙ったのだろうか。
 いやぁ参った参った、などと他人事のように告げる骸骨に、僕は呆れてものも言えず、アポロニアは堪えようともせず噴き出すと、腹を抱えて笑い転げた。

「うっひゃひゃひゃひゃ! 博打で大負けして白骨化したのに、まーだ生きてるって往生際悪いッスねぇ! ブフォ!」

「ダマルらしいというかなんというか……割に合わない賭けをしたものね」

「まぁ、実際ダマルさんですし」

「救いようがない」

「ねぇキョーイチ、お尻に毛ってはえるの?」

『聞かなかったことにしときなさい』

 女性陣からの辛辣な言葉――ポラリスは純粋な疑問だったが――を受け流すように、ダマルはカッカッカと乾いた笑いを響かせる。
 その姿を、リッゲンバッハ教授は若いなと笑いながら眺めていたが、不意に何かを思い出したらしく、そうだそうだと僕の方へと向き直った。

『骸骨君はともかくとして、恭一君は過去のことを覚えているかね』

『忘れていることの方が多いですよ。特に、生命保管装置に入る直前に関しては、全く』

 ストリの一件から随分色々と思い出したように感じてはいるが、未だに記憶が歯抜けであることは否めない。それも新しい記憶に近づけば近づく程不明瞭だった。
 それを聞いたリッゲンバッハ教授は僅かに表情を曇らせる。

『まぁ、そうじゃろうな。何せ、あの装置に入った時の君は――じゃったからの』
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