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戦火
第228話 歩くアイロン
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司書の谷において、封印に挑戦する者は過去にも多くあった。
我こそは天才と豪語して挑む学者、力づくで突破を試みる戦士に魔術師、時には国に属さないテイマーがテイムドメイルを従えてやってきたこともある。
無論、そんな連中に遺跡は無言を貫き、あるいは雷を迸らせて戦意を砕き、口を開こうとしたことはない。それもあまりに誰も解けない物だから、司書たちは挑戦者が来たとなれば、どれくらいの期間で諦めてくるか、どんなに情けなく逃げ出してくるかが、博打や娯楽として密かに楽しまれているような有様となっていた。
封印など永遠に解けはしない。ほとんどの人間が大なり小なりそう思っていたことだろう。
だからこそ、挑戦者が逃げ出さない内に管理官から発された議会の緊急招集には、誰もが動揺を隠せなかった。
当代管理官、アルト・リギ・ニクラウスを除いて、だが。
「ついに待ち人は現れた。神代の父母より与えられし守護の役目は、ようやく果たされたのだ」
言い伝えを守り続けてきたことを誇りとする管理官の言葉に、集められた代表者たちが慄いたのは無理もない。どよめきはあっという間に講堂一杯に広がり、またそれはニクラウスがそっと手を挙げたことにより静まる。
「遺跡が挑戦者を受け入れた以上、我ら司書はこれより約束の人々に従うこととなる。よいな?」
それは会議とは名ばかりの宣言だった。
とはいえ、司書の谷において掟と言い伝えが重要であることは知られている。今までにも権力を求めて遺跡へ侵入し、実際に首を括られた人間は多くあり、中には悪質であるとして一族全員が死罪となったこともあったほどだ。
おかげで人々は困惑の中でゆっくりと、特に掟や言い伝えを厳格に守り続けていた者たちからニクラウスの言葉を飲み込んでいき、神代の約束が果たされたことに喜ぶものも現れ始める。それは司書としての誇りによるものだろう。
人々の様子を見たニクラウスは満足げに頷く。
「未だに挑戦者アマミ・コレクタ一行は遺跡から戻らん。故にこれからの話はまだできぬが、今後ここを率いていくのは彼らであると心得よ。谷中に話を広げ、祭りの準備を整えるように。以上だ」
誰からも異論は出なかった。
否、異論を唱えられる者が居なかった、と言うべきだろう。それは管理官である一方、言い伝えの語り部でもあるニクラウスが認めたということに加え、テイムドメイルを駆る英雄という存在が大きかった。無論、血気盛んな若年層の中には、あからさまに納得のいかないといった表情をする者も見られたが。
そんなわだかまりを残したままで会議は終了し、約束の人物が現れたという話は瞬く間に谷中へ広がった。それは驚愕と歓喜、疑念と不安を持って人々に迎えられ、司書の谷は祭りの準備を進めることとなったのである。
■
隔壁の外とは異なり、広い廊下は照明も全て点灯したままの状態だった。
そこをあらゆるセンサーに加え、キメラリアの耳と鼻をも駆使しつつ、敵影が無いことを確認しながら進んでいく。
だというのに、廊下にも部屋にも敵の姿はなく、そして何より人が居た形跡が非常に薄い。特に部屋の大半はがらんどうの空室で、荷物が入っている部屋は組み立て前の家具がまとめられているだけという、生活感が欠片も無い場所だった。
「何もない、っていうのも不気味な感じがするわ」
「部屋ばっかり沢山ある感じですよね。なんなんでしょう?」
「さてなぁ……聞けるような奴が居りゃわかるかもしれねぇが」
あまりに小綺麗なまま放置された空間に、マオリィネは不安を感じたらしく少し身体を緊張させ、ファティマはどこか勿体ないと言いたげに部屋を覗きこむ。
そうして何もない部屋を確認しながら進むこと暫く。結局、敵対者の姿も有益な道具も見つけられないまま、廊下が十字に交差する広場に行き当たる。それどころか、広場に来てようやく、アポロニアが動いている存在を確認したくらいだ。
「ご主人、あれ敵ッスか? なんか鉢みたいなのがカシャカシャ鳴ってるッスけど」
『あれは施設の掃除とか補修作業をする管理ロボットだよ。別に害はない』
決められた周回コースをぐるぐると回り、人が居なくなって久しいであろう施設から律義に埃を取り去っていく自動機械。施設全体に余程強力な抗劣化装置が働いているのか、与えられた役目をしっかりと果たしていた。
ただ、それが現代人たちにどう映ったかは想像に難くない。質問をしたアポロニアを筆頭に、シューニャもマオリィネもポカンと口を開け、ファティマに至っては無害と聞いた瞬間、そいつを掴まえて戻ってくる始末。
「おぉ、なんかワサワサしてますよ」
「興味深い。今までの遺跡では見たことが無かった」
「こいつがどーやって掃除するんスかねぇ?」
「……なんかちょっと気持ち悪いんだけど」
突如持ち上げられたことで、管理ロボットは接地面を探して短い吸着脚をばたつかせる。その姿をシューニャとアポロニアが観察する一方、マオリィネには虫のようにでも見えたのだろう。表情を引き攣らせて大きく距離を取っていた。
現代人たちがそれぞれの反応、僕と骸骨はロボットが居るという現状に疑問を覚える。
「おい、どういうことだよ? 警報発令状態だってんなら、非戦闘機械はステーションに戻るはずだろ?」
『さっきの隔壁開放といい、セキュリティが僕らを外敵と見なしていない――なんてのは楽観が過ぎるかな』
「気味の悪ぃ話じゃねぇか。誰が、何のために、その翡翠を呼び込もうってんだ?」
『さてね……とりあえず謎解きは後にして、セキュリティセンターか管理室を押さえよう。施設の構造さえ把握できれば今日は十分だろう』
全体の構造がわかれば、背後から奇襲されるようなこともない。それこそ、司書の谷が自分たちを罠に嵌めようとでもしない限りは。
ただ、分岐をどちらに進むべきかと、僕が施設案内を求めて天井や壁に視線を回していると、今まで管理機械で遊んでいたファティマが、パッとそれを放して板剣を構えた。
「おにーさん、そっちの廊下から足音が聞えました」
「自分も聞こえたッス。全身鎧の兵士が歩くような、ガシャガシャした音ッスね……」
自動小銃を構えるアポロニアは、警戒感からかグルルと小さく喉を鳴らす。
まさかこんな場所に、現代の騎士が住んでいるはずもない。それもレーダーに反応せず、金属音を立てて歩く者となれば、戦闘機械の類であるのはまず間違いないだろう。
『――全員警戒。マオはシューニャとポラリスを連れて後ろへ。ファティとアポロも、相手がマキナだとわかったらすぐ退避するように』
「またテクニカの地下みたいなのは許してほしいものね……シューニャ!」
「ん」
2人はポラリスの手を引いて、広場から入口に続く廊下へと身を隠す。
僕もまた、敵によってはすぐ退避できるよう、他の3人を背後に隠しながらジリジリとそちらへ後退し、突撃銃をマキナ用機関銃と持ち替える。
すると間もなく、キメラリアに比べて相当に能力の低い人間の耳でも、金属の足音が聞こえ始めた。
――なんだ。やけに軽いな?
レティクルの中央に広場を挟んで反対側の廊下入口を捉えつつ、しかし、その想像と違う音に僕は首を傾げる。
少なくとも、武装した重いマキナが出せる音ではないし、細い4本脚を動かして進むクラッカーほど騒がしくもなく、それどころか、のんびり歩いているような雰囲気まで感じられた。
だからこそ、僅かにトリガを引くことを躊躇ったのが、功を奏したと言うべきだろう。のたのたと身体を揺すりながら広場に姿を現したのは、戦闘機械とは程遠い存在だった。
『こいつは……整備補助機?』
アイロンのような見た目で、大型犬程の大きさをしたロボットである。
それもステルス塗装が施されているのか、全身を真っ黒に染められており、これではレーダーに映らないのも当然だろう。
何のためにそんな高級装備が与えられているのかはイマイチよくわからないが、とにかく武装している様子もないため、僕は銃を下ろした。
「ご主人、コイツは……?」
「敵じゃないんですか?」
『少なくとも脅威になるような機械じゃない』
不安げなキメラリアたちと、廊下の向こうから顔を覗かせる3人に大丈夫大丈夫と手を振れば、彼女らはゆっくりと武器を下ろし、その様子をダマルはカッと鼻で笑う。
「戦闘できるオートメックなんて聞いたことねぇな。中身が別物って訳でも無けりゃ武装なんて施せねぇし、ガワを覆ってんのも装甲っていうより化粧板だぜ」
人員不足が深刻な整備兵を補助する役割の自動機械、と教本に謳われていたのは、なんとなく覚えている。とはいえ、ダマルの言う通り、戦闘に巻き込まれるとあっという間にスクラップにされるため、前線で目にする機会はあまりなく、整備兵が連れ歩いていると珍しいな、という程度イメージでしかなかったが。
その一方、整備中隊所属だった骸骨には、なじみ深い装備なのだろう。機関拳銃を無警戒に降ろすと、広場に入って立ち止まったソイツに歩み寄っていく。そんな全身鎧の姿を、オートメックは特徴的な大型の単眼カメラはジッと凝視しているように見えた。
「よくわからないんですけど、じゃあこれって何なんですか?」
「簡単に言えば、俺のやってる仕事を手伝ってくれる機械なんだが、こいつは随分カスタムされてやがるな。ステルス塗装なんてどういう趣味――あん?」
ダマルは馬鹿げた装備だと言いたげに、黒い外殻をコンコンと叩いたのだが、それが何かのトリガになったのか、翡翠のモニターに情報受信のアイコンが表示される。それはどうやら、ダマルのハイテク兜も同じらしく、骸骨は僕の肩に手を置いた。
「悪い、そっちで開いてくれ。翡翠ならともかく、俺の兜はセキュリティが甘ぇんだ」
『了解。ウイルスチェック――中身は文書だけっぽいね。企業連合ガーデン計画試験施設概要?』
ここの隔壁には外部からの干渉を許した物の、翡翠のセキュリティは強固であるため、骸骨なりの安全策だったのだろう。その心配が杞憂であるとわかるや、ダマルは中身の文書を読み上げた。
「ログと地図か……地下に安全な長期間居住空間を作り、重度のエーテル汚染災害に備える国家プロジェクト。その実験用として建造されたが、戦争により計画が変更?」
『一部施設を強固な軍事基地として再設計され、それはほぼ出来上がってるみたいだけど、全体の進捗としては60%辺りでログが途絶えてるね。文明崩壊前に、完成しなかったらしい』
自分達の目には同じ資料が流れているものの、いきなりブツブツ喋り出したことに、集まった来た全員が揃って首を傾げていた。特に思ったことをそのまま口にするファティマは、なんだか気持ち悪いです、と小さく心を引っ掻いてくるため、何も聞かなかったことにして、ダマルと意見を交わした。
「動力が入ってる以上、施設の試験運用くらいは行われてたようだな。物資があるかはわからねぇが」
『ちょっと望み薄だけど、とりあえず基地施設部分は調べてみた方が良いね』
広いだけで何もないのでは、という少々絶望的な予感を覚えてしまうが、流石に手ぶらでは帰れないため、軍事関連施設だけでも確認しようと身体に力を入れなおし、僕は文書ファイルを閉じた。
するとそれを待っていたかのように、オートメックはアイロンの底から伸びる逆関節の2脚でボディを揺すり、ガシャコガシャコと音を鳴らしてその場で180度向きを変えて歩き出す。
しかし、僕らが動かないままでいると、そいつは立ち止まって振り返った。
「何かしら? ついて来いって言ってるようだけど?」
『オートメックが高度な人工知能を搭載してる、なんて話は聞いたことないんだが……』
「むしろ大概ポンコツだったはずだぜ? あれだけに整備を任せようもんなら、ギリギリ動かせる程度のガタガタな調整にされちまうくらいにな」
「でも呼んでるよ?」
ポラリスが言うように、オートメックはまるで手招きするかのようにその場で胴体を振ってみせる。その動きはまるで意志を持つ生物のようで、どこか愛嬌も感じられた。
『自動機械がジェスチャーって……どんなインターフェースだい』
「こんな動物っぽい動きする奴ぁ、俺も初めて見た。音声インタフェースを積んでねぇなら、カメラの色と点滅で、了解とか認識不能とかを表示するもんだけどなァ」
『やっぱりコレが特殊なのか』
こちらがどうするべきか悩んでいる間も、オートメックは奇妙な動きで、早くついてこい、とでも言いたげに踊るアイロンと化している。
ある意味で友好的な対応なのだろうが、そんなことをされれば、ポラリスが目を輝かせるのは当然であり、翡翠の腕をぺちぺちと叩いてきた。
「きっとわるい子じゃないよ! ほら、あんなに楽しそうだし!」
『むぅ……この際仕方ないか。とりあえずついて行ってみよう。危険がありそうだったら、潰して戻ってくればいいだけだ』
「そッスね」
アポロニアが苦笑するのもむべなるかな。ロジカルでないことは承知しているが、僕はどうにもポラリスの押しに弱い。
しかし、どうにもオートメックは本当に待っていたらしく、こちらが後ろについて歩き出したと見るや、先導するように再び歩き出す。その上、時々胴体上部の単眼カメラユニットを旋回させ、こちらがきちんとついてきているかを確認しているようだった。
本気で、よくわからないロボットである。
我こそは天才と豪語して挑む学者、力づくで突破を試みる戦士に魔術師、時には国に属さないテイマーがテイムドメイルを従えてやってきたこともある。
無論、そんな連中に遺跡は無言を貫き、あるいは雷を迸らせて戦意を砕き、口を開こうとしたことはない。それもあまりに誰も解けない物だから、司書たちは挑戦者が来たとなれば、どれくらいの期間で諦めてくるか、どんなに情けなく逃げ出してくるかが、博打や娯楽として密かに楽しまれているような有様となっていた。
封印など永遠に解けはしない。ほとんどの人間が大なり小なりそう思っていたことだろう。
だからこそ、挑戦者が逃げ出さない内に管理官から発された議会の緊急招集には、誰もが動揺を隠せなかった。
当代管理官、アルト・リギ・ニクラウスを除いて、だが。
「ついに待ち人は現れた。神代の父母より与えられし守護の役目は、ようやく果たされたのだ」
言い伝えを守り続けてきたことを誇りとする管理官の言葉に、集められた代表者たちが慄いたのは無理もない。どよめきはあっという間に講堂一杯に広がり、またそれはニクラウスがそっと手を挙げたことにより静まる。
「遺跡が挑戦者を受け入れた以上、我ら司書はこれより約束の人々に従うこととなる。よいな?」
それは会議とは名ばかりの宣言だった。
とはいえ、司書の谷において掟と言い伝えが重要であることは知られている。今までにも権力を求めて遺跡へ侵入し、実際に首を括られた人間は多くあり、中には悪質であるとして一族全員が死罪となったこともあったほどだ。
おかげで人々は困惑の中でゆっくりと、特に掟や言い伝えを厳格に守り続けていた者たちからニクラウスの言葉を飲み込んでいき、神代の約束が果たされたことに喜ぶものも現れ始める。それは司書としての誇りによるものだろう。
人々の様子を見たニクラウスは満足げに頷く。
「未だに挑戦者アマミ・コレクタ一行は遺跡から戻らん。故にこれからの話はまだできぬが、今後ここを率いていくのは彼らであると心得よ。谷中に話を広げ、祭りの準備を整えるように。以上だ」
誰からも異論は出なかった。
否、異論を唱えられる者が居なかった、と言うべきだろう。それは管理官である一方、言い伝えの語り部でもあるニクラウスが認めたということに加え、テイムドメイルを駆る英雄という存在が大きかった。無論、血気盛んな若年層の中には、あからさまに納得のいかないといった表情をする者も見られたが。
そんなわだかまりを残したままで会議は終了し、約束の人物が現れたという話は瞬く間に谷中へ広がった。それは驚愕と歓喜、疑念と不安を持って人々に迎えられ、司書の谷は祭りの準備を進めることとなったのである。
■
隔壁の外とは異なり、広い廊下は照明も全て点灯したままの状態だった。
そこをあらゆるセンサーに加え、キメラリアの耳と鼻をも駆使しつつ、敵影が無いことを確認しながら進んでいく。
だというのに、廊下にも部屋にも敵の姿はなく、そして何より人が居た形跡が非常に薄い。特に部屋の大半はがらんどうの空室で、荷物が入っている部屋は組み立て前の家具がまとめられているだけという、生活感が欠片も無い場所だった。
「何もない、っていうのも不気味な感じがするわ」
「部屋ばっかり沢山ある感じですよね。なんなんでしょう?」
「さてなぁ……聞けるような奴が居りゃわかるかもしれねぇが」
あまりに小綺麗なまま放置された空間に、マオリィネは不安を感じたらしく少し身体を緊張させ、ファティマはどこか勿体ないと言いたげに部屋を覗きこむ。
そうして何もない部屋を確認しながら進むこと暫く。結局、敵対者の姿も有益な道具も見つけられないまま、廊下が十字に交差する広場に行き当たる。それどころか、広場に来てようやく、アポロニアが動いている存在を確認したくらいだ。
「ご主人、あれ敵ッスか? なんか鉢みたいなのがカシャカシャ鳴ってるッスけど」
『あれは施設の掃除とか補修作業をする管理ロボットだよ。別に害はない』
決められた周回コースをぐるぐると回り、人が居なくなって久しいであろう施設から律義に埃を取り去っていく自動機械。施設全体に余程強力な抗劣化装置が働いているのか、与えられた役目をしっかりと果たしていた。
ただ、それが現代人たちにどう映ったかは想像に難くない。質問をしたアポロニアを筆頭に、シューニャもマオリィネもポカンと口を開け、ファティマに至っては無害と聞いた瞬間、そいつを掴まえて戻ってくる始末。
「おぉ、なんかワサワサしてますよ」
「興味深い。今までの遺跡では見たことが無かった」
「こいつがどーやって掃除するんスかねぇ?」
「……なんかちょっと気持ち悪いんだけど」
突如持ち上げられたことで、管理ロボットは接地面を探して短い吸着脚をばたつかせる。その姿をシューニャとアポロニアが観察する一方、マオリィネには虫のようにでも見えたのだろう。表情を引き攣らせて大きく距離を取っていた。
現代人たちがそれぞれの反応、僕と骸骨はロボットが居るという現状に疑問を覚える。
「おい、どういうことだよ? 警報発令状態だってんなら、非戦闘機械はステーションに戻るはずだろ?」
『さっきの隔壁開放といい、セキュリティが僕らを外敵と見なしていない――なんてのは楽観が過ぎるかな』
「気味の悪ぃ話じゃねぇか。誰が、何のために、その翡翠を呼び込もうってんだ?」
『さてね……とりあえず謎解きは後にして、セキュリティセンターか管理室を押さえよう。施設の構造さえ把握できれば今日は十分だろう』
全体の構造がわかれば、背後から奇襲されるようなこともない。それこそ、司書の谷が自分たちを罠に嵌めようとでもしない限りは。
ただ、分岐をどちらに進むべきかと、僕が施設案内を求めて天井や壁に視線を回していると、今まで管理機械で遊んでいたファティマが、パッとそれを放して板剣を構えた。
「おにーさん、そっちの廊下から足音が聞えました」
「自分も聞こえたッス。全身鎧の兵士が歩くような、ガシャガシャした音ッスね……」
自動小銃を構えるアポロニアは、警戒感からかグルルと小さく喉を鳴らす。
まさかこんな場所に、現代の騎士が住んでいるはずもない。それもレーダーに反応せず、金属音を立てて歩く者となれば、戦闘機械の類であるのはまず間違いないだろう。
『――全員警戒。マオはシューニャとポラリスを連れて後ろへ。ファティとアポロも、相手がマキナだとわかったらすぐ退避するように』
「またテクニカの地下みたいなのは許してほしいものね……シューニャ!」
「ん」
2人はポラリスの手を引いて、広場から入口に続く廊下へと身を隠す。
僕もまた、敵によってはすぐ退避できるよう、他の3人を背後に隠しながらジリジリとそちらへ後退し、突撃銃をマキナ用機関銃と持ち替える。
すると間もなく、キメラリアに比べて相当に能力の低い人間の耳でも、金属の足音が聞こえ始めた。
――なんだ。やけに軽いな?
レティクルの中央に広場を挟んで反対側の廊下入口を捉えつつ、しかし、その想像と違う音に僕は首を傾げる。
少なくとも、武装した重いマキナが出せる音ではないし、細い4本脚を動かして進むクラッカーほど騒がしくもなく、それどころか、のんびり歩いているような雰囲気まで感じられた。
だからこそ、僅かにトリガを引くことを躊躇ったのが、功を奏したと言うべきだろう。のたのたと身体を揺すりながら広場に姿を現したのは、戦闘機械とは程遠い存在だった。
『こいつは……整備補助機?』
アイロンのような見た目で、大型犬程の大きさをしたロボットである。
それもステルス塗装が施されているのか、全身を真っ黒に染められており、これではレーダーに映らないのも当然だろう。
何のためにそんな高級装備が与えられているのかはイマイチよくわからないが、とにかく武装している様子もないため、僕は銃を下ろした。
「ご主人、コイツは……?」
「敵じゃないんですか?」
『少なくとも脅威になるような機械じゃない』
不安げなキメラリアたちと、廊下の向こうから顔を覗かせる3人に大丈夫大丈夫と手を振れば、彼女らはゆっくりと武器を下ろし、その様子をダマルはカッと鼻で笑う。
「戦闘できるオートメックなんて聞いたことねぇな。中身が別物って訳でも無けりゃ武装なんて施せねぇし、ガワを覆ってんのも装甲っていうより化粧板だぜ」
人員不足が深刻な整備兵を補助する役割の自動機械、と教本に謳われていたのは、なんとなく覚えている。とはいえ、ダマルの言う通り、戦闘に巻き込まれるとあっという間にスクラップにされるため、前線で目にする機会はあまりなく、整備兵が連れ歩いていると珍しいな、という程度イメージでしかなかったが。
その一方、整備中隊所属だった骸骨には、なじみ深い装備なのだろう。機関拳銃を無警戒に降ろすと、広場に入って立ち止まったソイツに歩み寄っていく。そんな全身鎧の姿を、オートメックは特徴的な大型の単眼カメラはジッと凝視しているように見えた。
「よくわからないんですけど、じゃあこれって何なんですか?」
「簡単に言えば、俺のやってる仕事を手伝ってくれる機械なんだが、こいつは随分カスタムされてやがるな。ステルス塗装なんてどういう趣味――あん?」
ダマルは馬鹿げた装備だと言いたげに、黒い外殻をコンコンと叩いたのだが、それが何かのトリガになったのか、翡翠のモニターに情報受信のアイコンが表示される。それはどうやら、ダマルのハイテク兜も同じらしく、骸骨は僕の肩に手を置いた。
「悪い、そっちで開いてくれ。翡翠ならともかく、俺の兜はセキュリティが甘ぇんだ」
『了解。ウイルスチェック――中身は文書だけっぽいね。企業連合ガーデン計画試験施設概要?』
ここの隔壁には外部からの干渉を許した物の、翡翠のセキュリティは強固であるため、骸骨なりの安全策だったのだろう。その心配が杞憂であるとわかるや、ダマルは中身の文書を読み上げた。
「ログと地図か……地下に安全な長期間居住空間を作り、重度のエーテル汚染災害に備える国家プロジェクト。その実験用として建造されたが、戦争により計画が変更?」
『一部施設を強固な軍事基地として再設計され、それはほぼ出来上がってるみたいだけど、全体の進捗としては60%辺りでログが途絶えてるね。文明崩壊前に、完成しなかったらしい』
自分達の目には同じ資料が流れているものの、いきなりブツブツ喋り出したことに、集まった来た全員が揃って首を傾げていた。特に思ったことをそのまま口にするファティマは、なんだか気持ち悪いです、と小さく心を引っ掻いてくるため、何も聞かなかったことにして、ダマルと意見を交わした。
「動力が入ってる以上、施設の試験運用くらいは行われてたようだな。物資があるかはわからねぇが」
『ちょっと望み薄だけど、とりあえず基地施設部分は調べてみた方が良いね』
広いだけで何もないのでは、という少々絶望的な予感を覚えてしまうが、流石に手ぶらでは帰れないため、軍事関連施設だけでも確認しようと身体に力を入れなおし、僕は文書ファイルを閉じた。
するとそれを待っていたかのように、オートメックはアイロンの底から伸びる逆関節の2脚でボディを揺すり、ガシャコガシャコと音を鳴らしてその場で180度向きを変えて歩き出す。
しかし、僕らが動かないままでいると、そいつは立ち止まって振り返った。
「何かしら? ついて来いって言ってるようだけど?」
『オートメックが高度な人工知能を搭載してる、なんて話は聞いたことないんだが……』
「むしろ大概ポンコツだったはずだぜ? あれだけに整備を任せようもんなら、ギリギリ動かせる程度のガタガタな調整にされちまうくらいにな」
「でも呼んでるよ?」
ポラリスが言うように、オートメックはまるで手招きするかのようにその場で胴体を振ってみせる。その動きはまるで意志を持つ生物のようで、どこか愛嬌も感じられた。
『自動機械がジェスチャーって……どんなインターフェースだい』
「こんな動物っぽい動きする奴ぁ、俺も初めて見た。音声インタフェースを積んでねぇなら、カメラの色と点滅で、了解とか認識不能とかを表示するもんだけどなァ」
『やっぱりコレが特殊なのか』
こちらがどうするべきか悩んでいる間も、オートメックは奇妙な動きで、早くついてこい、とでも言いたげに踊るアイロンと化している。
ある意味で友好的な対応なのだろうが、そんなことをされれば、ポラリスが目を輝かせるのは当然であり、翡翠の腕をぺちぺちと叩いてきた。
「きっとわるい子じゃないよ! ほら、あんなに楽しそうだし!」
『むぅ……この際仕方ないか。とりあえずついて行ってみよう。危険がありそうだったら、潰して戻ってくればいいだけだ』
「そッスね」
アポロニアが苦笑するのもむべなるかな。ロジカルでないことは承知しているが、僕はどうにもポラリスの押しに弱い。
しかし、どうにもオートメックは本当に待っていたらしく、こちらが後ろについて歩き出したと見るや、先導するように再び歩き出す。その上、時々胴体上部の単眼カメラユニットを旋回させ、こちらがきちんとついてきているかを確認しているようだった。
本気で、よくわからないロボットである。
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