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戦火
第225話 ヒゲの警備隊長
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シューニャ曰く、交易国の地形は湿地に覆われており、気候は高温多湿、そして多雨。
おかげでスィノニームを出発してからの道のりは、そのほとんどが本降りの雨に見舞われていた。
それでも幌に覆われた獣車には日常茶飯事なのだろう。足場の悪い街道でも苦戦することなく、ダチョウに似た大型の鳥4羽に牽引されて進んでいく。
御者に問うたところ、水走鳥という交易国では一般的な駄載獣らしい。青い頭と水を弾く茶色い羽根、そして太い脚には水かきを持ち、ぬかるみや浅い水場を駆け抜けることに特化しているのだとか。ただし、アンヴやボスルスと比べると牽引力に劣るらしく、獣車や戦車の牽引には多頭引きが基本となっているという。
そんな鳥の足について歩き、疲れたら軽くジャンプブースターで跳びながら過ごすこと3日目。急峻な岩山が林立する山岳地帯に入ったらしく、湿地であれほど降り続いた雨はぴたりと止み、代わりとばかりに濃霧が周辺を包むようになっていた。
『凄い霧だな。前がほとんど見えない』
「ねー、みえないねー。これってけむり? くも?」
『雲の方が近いかな』
ポラリスは霧を見るのが初めてなのだろう。幌からパタパタと手を伸ばして、眼前を染める白いモヤを掴み取ろうとしていたものの、手が湿るばかりで触れられないため、不思議そうに目を輝かせていた。
「司書の谷を囲む岩山は、常にこの霧で覆われている。谷へ入る道はここしかないから大軍を通すのは難しく、霧で視界が効かないから奇襲も容易」
『天然の要害という訳だ。それで国家からの独立を保っているのか』
「この辺りには警戒所も多いから、キョウイチの姿だと――」
シューニャが何かを言おうとしたのに合わせ、甲高い音が周囲に木霊する。耳のいいファティマとアポロニアはその笛のような音が何処から出たのか辿ろうと、幌から頭を出して獣耳をクルクル回したが、やがて2人して顔を見合わせて首を傾げた。
「犬はどっちから聞こえましたか?」
「あっち、だと思うんスけどね」
「えぇ、ボクはこっちの音の方が強かったような気がしますよ?」
「そう言っても……霧の所為ッスかねぇ? 臭いも全然辿れないッスから、これじゃわからないッス」
互いに違う方を指さし、その上どちらも自信無さげにうーんと唸る。
その様子に僕がサーモセンサーに切り替えてみれば、街道のすぐ脇に足跡が残っており、それを辿れば何もない場所で不自然に途切れていた。
『周りが岩山、足元も硬い岩盤。音の測位ができないほど反響する地形となれば――』
「キョウイチ」
周りを見ながら推測を口にすれば、シューニャはそれを遮ってゆるゆると首を振った。
キメラリアたちの鋭敏な耳鼻ですら探知できず、年中霧に包まれている唯一の交易路。そこに防御線を置かないはずもない。
――組織防衛の秘密か。
ちらと岩山へ視線を流せば、サーモセンサーが動き回る人間の体温を捉える。どうやらそこには穿たれた穴があるようで、遠巻きでもバリスタか何か、防御兵器が油断なくこちらを指向しているのが見て取れた。
その入口が見当たらない辺り、周到に隠蔽されているのだろう。先ほど足跡が途切れていたことも考えれば、あちこちにトンネルを掘って要塞化していると考えるのが妥当なように思う。しかも防御兵器まで備えていることを考えれば、下手に入口を捜索しようものなら、それだけで針山にされかねない。
そんなあまりにも厳重な警備体制に、同じくサーモセンサーを用いて眺めていたらしいダマルは呆れたような声を出した。
「こりゃまた随分完成されたゲリラ共だぜ。空襲にでも耐えるつもりかよ?」
『さぁ、詮索はしない方がよさそうだけど』
「だろうな。いきなり体に穴開けられんのは勘弁だぜ」
翡翠の短距離レーダーに映る範囲だけで、生体反応は相当数に上る。ただでさえこちらは狭隘で長い渓谷に阻まれて前後にしか逃げ場がなく、そこを左右から狙われるとなれば防ぎようがない。
ふむ、と僕がなんとなく対策を考えて黙り込むと、今度はマオリィネが首を傾げた。
「それで、さっきの音って何なのかしら?」
「アレは警戒を促す連絡。キョウイチの姿はリビングメイルにしか見えないし、増援を呼んでいる」
「まぁ、そりゃそうッスよね……」
このところ、人前でマキナを着装したまま過ごすことが増えた所為で忘れつつあったが、現代においてリビングメイルは化物である。いくらフェアリーから自分の話が伝わっていると言っても、警戒はされて当然と考えねばならない。
そんなことを思い出して、面倒くさいと考えていた矢先、霧の向こうから武装した兵士の一団が現れた。
「そこの獣車、止まれぇ!」
声を上げたのはこちらと同じで、マイリッチに跨った騎兵の男。周囲の騎兵が鎖帷子に部分鎧という恰好なのに対し、全身を覆う板金鎧を身に着けているあたり、位の高い人間なのだろう。長柄のグレイブを片手にゆっくりと近づいてくる。
これに驚いたのは御者の男だ。慌てて御者台から降りると、深々頭を下げた。
「こ、これは警備隊長さん、いつもお世話になっております」
「お前、チッキ商会の……何故リビングメイルを連れている? それに今日は定期便の日でもないし」
「ええその――なんでも、スノウライトとかいうテクニカからのお客だそうで……」
どうやら御者はこの全身鎧と知り合いらしい。警備隊長と言われた男も警戒はし続けていたものの、御者の言葉をふんふんと頷きながら聞き、こちらへ向き直った。
「スノウライトということは……あそこの封印を解いたという連中だな」
「そう」
荷台からファティマを連れてシューニャが下りてくる。その姿を見た途端、警備隊長は身体をわなわなと震わせると、顔を覆っていた兜の面を勢いよく持ち上げ、驚愕に染まった表情を露わにした。初めて見えたシューニャ以外の司書と呼ばれるであろう男は、彼女と同じ特徴的な緑色の瞳を揺らしている。
「う、嘘だろう? お前、シューニャ、シューニャ・フォン・ロールなのか!?」
「スクールズも元気そうで何より」
対するシューニャは、まるで1ヶ月くらい会っていなかった友人と接するように、キャスケット帽を脱ぎながら軽く目礼する。これが何らかの演技だとすれば、彼女は役者として大成したかもしれない。
しかし、スクールズと呼ばれた警備隊長はシューニャをよく知っているのか、それが素の彼女であることを理解したのだろう。兜を掻きむしりながら、おぉん、とどこか情けない叫びをあげると、鳥の背中から勢いよく飛び降りてシューニャに駆け寄った。
「だったらなぁんで戻ってきたんだぁ!? お前がここに居ることが管理官にバレたら、掟に従って殺されちまうんだぞ!」
「勿論知ってる。けど今回はアマミ・コレクタの一員として、管理官からの呼び出しに応じただけ」
「ま、待て待て待て、いきなり訳がわからなくなったぞ……お前が噂に聞くアマミ・コレクタの一員で、スノウライト・テクニカに管理官が招待状を送りつけたのも聞いてるし、でも追放者って谷に戻ってきたら死罪だし……えーっと、こりゃどうすりゃいいんだ?」
命の危険がある状況だというのに、シューニャはあまりにもサラリと言うものだから、いよいよスクールズは混乱したらしい。顔芸でもしているのかと言う程表情をコロコロ変えながら、うんうん唸りだしてしまった。警備隊長がこんな様子なので、後方で待機したまま放置されている兵士たちにもざわめきが広がっている。
おかげで置いてけぼりにされている僕は、少しでも状況を飲み込もうとシューニャに話しかけた。
『えーと、この方は知り合いかい?』
「ん。父の友人で、子どもの頃から知っている」
「おおそうだ! 喋るリビングメイル! ということは、そちらがアマミ・キョウイチ殿ですな?」
自分が声を発したことで、スクールズは纏まらない思考を一旦投げ捨てることにしたらしい。勢いよくこちらへ向き直ると、拳を胸にぶつける敬礼をしてみせた。そんな1つ1つの行動に迫力がありすぎるオッサンに、僕はマキナを着装していながら後ずさりかけてしまう。
『え、ええ。シューニャには、色々と世話になっています』
「そうですかぁ、シューニャがお役に――ってことは、ホントにこの娘は貴殿と行動を共に? 追放されたのに帰ってきちゃったのも、それが理由だと?」
途中から思考が元の話に戻ったのだろう。表情筋が相当鍛えられているのか、コロコロと表情を変えるスクールズは、立派な馬蹄型の髭も相まってコメディアンのような間抜け顔を作ってみせる。自分の後ろでファティマが必死で笑いを堪えていたのは、とりあえず見なかったことにしておこう。
『ええ。彼女もテクニカの地下で、自分と一緒に封印を解く作業を行いましたから』
「な、成程……うむむむむむむむ……ちょっと、ちょっとだけお待ち下され! もうね、自分じゃ判断できん感じなので、直接管理官に聞いてきますわ!」
ガッシャコンと派手に全身鎧を鳴らすと、何度も振り返っては、そのままそのままとジェスチャーを繰り返しながら立ち去ろうとし、マイリッチに乗ってきたことを思い出してまた慌てて駆け戻ってくる。まるでコントでも見ているかのようだ。
挙句、そんな隊長は兵たちに、待機以外の指示を出さなかったのだろう。街道を塞ぐように横陣を敷いた部隊の面々は、猛然と駆け抜けていったスクールズの背を眺めて呆然としていた。これには荷台で万一に備えて機関拳銃を抜いていたダマルも、拍子抜けしたようにため息をつく。
「もうちょいピリつくと思ったんだが……あのオッサン本当に警備隊長なんだよな? 見ろよ、あんまりにも軽い雰囲気出すせいで、残された兵士共ポカンとしてるじゃねぇか」
「スクールズは昔からあんな感じ。あれでも谷の闘技会では上位に食い込むくらい強い」
「そ、それ本気で言ってる? 普段のキョウイチ並みに武威を感じなかったのだけれど……」
「兵士っていうより、そのへんで酒場とか営んでそうな雰囲気ッスもんねぇ」
御者台から顔を覗かせたマオリィネは、信じられないという風に琥珀色の目を見開き、その後ろで自動小銃を抱えるアポロニアもしっかり苦笑を浮かべていた。
自分には武威と言われてもイマイチわからないが、現代のように一騎打ちをしたり、名乗りを上げたりするような戦場では重要なのだろう。
だが、仮にスクールズがあのどこか間抜けなキャラクターを演じることで、自らの能力を隠しているのだとすれば、厄介極まりない相手にも思えてくる。何せ彼をよく知っているであろう部隊の兵士たちさえ、呆れかえってざわつかせるくらいなのだから。
今までにないタイプの出現により、アポロニアとマオリィネが評価に困る一方、ファティマとポラリスは好感触だったらしい。
「はーはー……危うく噴き出すとこでした。面白いおじさんでしたね、こーんな顔の」
「アハハハハ! もっとだよもっとぉ! こう、目をおっきく開いて――アハッ、アハハハハ、ヒーヒー……お、おなかいたいぃ……」
『こら、人の顔を笑うもんじゃないよ』
素なのか演技なのか、スクールズの顔芸を彼女らは大層気に入ったらしい。特にポラリスは真似するファティマの変顔で、獣車の後方を転げまわりながら大爆笑していた。
しかし、彼女らの様子を見ていると、あれほど立派な武具を身につけておきながら、子どもを笑わせられるほど威圧感がない兵士というのは、ある意味で非常に貴重なようにも思えてくる。
――侮れない男だな。強いかどうかはともかくとして。
そんな自分の考えは、意外なことに的中することになった。
待つこと暫く。再び土煙を上げながら猛然と戻ってきたスクールズは、なんとも明るい表情をしていたである。
「よろこべシューニャ! とにかく一度話を聞いてくださるとのことだ!」
「あ、うん……え? あの管理官が、そんなあっさりと?」
「応とも! これなら家族とまた会えるぞ!」
一応にもまだ幼かったシューニャを、容赦なく死罪にしようとした人物であるはずが、一度英雄だけ連れて来いだの、追放者だけ追い返すなり死罪にしろだの、ややこしいことを言わないままで認めたのだ。
おかげで、いつもはあれほど無表情を貫くシューニャも、この報告には呆然とさせられていた。
「さぁ御一同、このスクールズに続かれよ! 部隊転進、谷へ戻るぞぉ!」
1人興奮している部隊長に、兵たちは更に困惑を深めたことだろう。ただし、リビングメイルを攻撃する必要がないとわかって、どこか安心した様子も見せていた。
そんなスクールズと兵士隊に挟まれて進んだ自分たちは、誰かに見咎められたり敵意を向けられたりもしないまま、のんびりと防御門を抜けたのである。
おかげでスィノニームを出発してからの道のりは、そのほとんどが本降りの雨に見舞われていた。
それでも幌に覆われた獣車には日常茶飯事なのだろう。足場の悪い街道でも苦戦することなく、ダチョウに似た大型の鳥4羽に牽引されて進んでいく。
御者に問うたところ、水走鳥という交易国では一般的な駄載獣らしい。青い頭と水を弾く茶色い羽根、そして太い脚には水かきを持ち、ぬかるみや浅い水場を駆け抜けることに特化しているのだとか。ただし、アンヴやボスルスと比べると牽引力に劣るらしく、獣車や戦車の牽引には多頭引きが基本となっているという。
そんな鳥の足について歩き、疲れたら軽くジャンプブースターで跳びながら過ごすこと3日目。急峻な岩山が林立する山岳地帯に入ったらしく、湿地であれほど降り続いた雨はぴたりと止み、代わりとばかりに濃霧が周辺を包むようになっていた。
『凄い霧だな。前がほとんど見えない』
「ねー、みえないねー。これってけむり? くも?」
『雲の方が近いかな』
ポラリスは霧を見るのが初めてなのだろう。幌からパタパタと手を伸ばして、眼前を染める白いモヤを掴み取ろうとしていたものの、手が湿るばかりで触れられないため、不思議そうに目を輝かせていた。
「司書の谷を囲む岩山は、常にこの霧で覆われている。谷へ入る道はここしかないから大軍を通すのは難しく、霧で視界が効かないから奇襲も容易」
『天然の要害という訳だ。それで国家からの独立を保っているのか』
「この辺りには警戒所も多いから、キョウイチの姿だと――」
シューニャが何かを言おうとしたのに合わせ、甲高い音が周囲に木霊する。耳のいいファティマとアポロニアはその笛のような音が何処から出たのか辿ろうと、幌から頭を出して獣耳をクルクル回したが、やがて2人して顔を見合わせて首を傾げた。
「犬はどっちから聞こえましたか?」
「あっち、だと思うんスけどね」
「えぇ、ボクはこっちの音の方が強かったような気がしますよ?」
「そう言っても……霧の所為ッスかねぇ? 臭いも全然辿れないッスから、これじゃわからないッス」
互いに違う方を指さし、その上どちらも自信無さげにうーんと唸る。
その様子に僕がサーモセンサーに切り替えてみれば、街道のすぐ脇に足跡が残っており、それを辿れば何もない場所で不自然に途切れていた。
『周りが岩山、足元も硬い岩盤。音の測位ができないほど反響する地形となれば――』
「キョウイチ」
周りを見ながら推測を口にすれば、シューニャはそれを遮ってゆるゆると首を振った。
キメラリアたちの鋭敏な耳鼻ですら探知できず、年中霧に包まれている唯一の交易路。そこに防御線を置かないはずもない。
――組織防衛の秘密か。
ちらと岩山へ視線を流せば、サーモセンサーが動き回る人間の体温を捉える。どうやらそこには穿たれた穴があるようで、遠巻きでもバリスタか何か、防御兵器が油断なくこちらを指向しているのが見て取れた。
その入口が見当たらない辺り、周到に隠蔽されているのだろう。先ほど足跡が途切れていたことも考えれば、あちこちにトンネルを掘って要塞化していると考えるのが妥当なように思う。しかも防御兵器まで備えていることを考えれば、下手に入口を捜索しようものなら、それだけで針山にされかねない。
そんなあまりにも厳重な警備体制に、同じくサーモセンサーを用いて眺めていたらしいダマルは呆れたような声を出した。
「こりゃまた随分完成されたゲリラ共だぜ。空襲にでも耐えるつもりかよ?」
『さぁ、詮索はしない方がよさそうだけど』
「だろうな。いきなり体に穴開けられんのは勘弁だぜ」
翡翠の短距離レーダーに映る範囲だけで、生体反応は相当数に上る。ただでさえこちらは狭隘で長い渓谷に阻まれて前後にしか逃げ場がなく、そこを左右から狙われるとなれば防ぎようがない。
ふむ、と僕がなんとなく対策を考えて黙り込むと、今度はマオリィネが首を傾げた。
「それで、さっきの音って何なのかしら?」
「アレは警戒を促す連絡。キョウイチの姿はリビングメイルにしか見えないし、増援を呼んでいる」
「まぁ、そりゃそうッスよね……」
このところ、人前でマキナを着装したまま過ごすことが増えた所為で忘れつつあったが、現代においてリビングメイルは化物である。いくらフェアリーから自分の話が伝わっていると言っても、警戒はされて当然と考えねばならない。
そんなことを思い出して、面倒くさいと考えていた矢先、霧の向こうから武装した兵士の一団が現れた。
「そこの獣車、止まれぇ!」
声を上げたのはこちらと同じで、マイリッチに跨った騎兵の男。周囲の騎兵が鎖帷子に部分鎧という恰好なのに対し、全身を覆う板金鎧を身に着けているあたり、位の高い人間なのだろう。長柄のグレイブを片手にゆっくりと近づいてくる。
これに驚いたのは御者の男だ。慌てて御者台から降りると、深々頭を下げた。
「こ、これは警備隊長さん、いつもお世話になっております」
「お前、チッキ商会の……何故リビングメイルを連れている? それに今日は定期便の日でもないし」
「ええその――なんでも、スノウライトとかいうテクニカからのお客だそうで……」
どうやら御者はこの全身鎧と知り合いらしい。警備隊長と言われた男も警戒はし続けていたものの、御者の言葉をふんふんと頷きながら聞き、こちらへ向き直った。
「スノウライトということは……あそこの封印を解いたという連中だな」
「そう」
荷台からファティマを連れてシューニャが下りてくる。その姿を見た途端、警備隊長は身体をわなわなと震わせると、顔を覆っていた兜の面を勢いよく持ち上げ、驚愕に染まった表情を露わにした。初めて見えたシューニャ以外の司書と呼ばれるであろう男は、彼女と同じ特徴的な緑色の瞳を揺らしている。
「う、嘘だろう? お前、シューニャ、シューニャ・フォン・ロールなのか!?」
「スクールズも元気そうで何より」
対するシューニャは、まるで1ヶ月くらい会っていなかった友人と接するように、キャスケット帽を脱ぎながら軽く目礼する。これが何らかの演技だとすれば、彼女は役者として大成したかもしれない。
しかし、スクールズと呼ばれた警備隊長はシューニャをよく知っているのか、それが素の彼女であることを理解したのだろう。兜を掻きむしりながら、おぉん、とどこか情けない叫びをあげると、鳥の背中から勢いよく飛び降りてシューニャに駆け寄った。
「だったらなぁんで戻ってきたんだぁ!? お前がここに居ることが管理官にバレたら、掟に従って殺されちまうんだぞ!」
「勿論知ってる。けど今回はアマミ・コレクタの一員として、管理官からの呼び出しに応じただけ」
「ま、待て待て待て、いきなり訳がわからなくなったぞ……お前が噂に聞くアマミ・コレクタの一員で、スノウライト・テクニカに管理官が招待状を送りつけたのも聞いてるし、でも追放者って谷に戻ってきたら死罪だし……えーっと、こりゃどうすりゃいいんだ?」
命の危険がある状況だというのに、シューニャはあまりにもサラリと言うものだから、いよいよスクールズは混乱したらしい。顔芸でもしているのかと言う程表情をコロコロ変えながら、うんうん唸りだしてしまった。警備隊長がこんな様子なので、後方で待機したまま放置されている兵士たちにもざわめきが広がっている。
おかげで置いてけぼりにされている僕は、少しでも状況を飲み込もうとシューニャに話しかけた。
『えーと、この方は知り合いかい?』
「ん。父の友人で、子どもの頃から知っている」
「おおそうだ! 喋るリビングメイル! ということは、そちらがアマミ・キョウイチ殿ですな?」
自分が声を発したことで、スクールズは纏まらない思考を一旦投げ捨てることにしたらしい。勢いよくこちらへ向き直ると、拳を胸にぶつける敬礼をしてみせた。そんな1つ1つの行動に迫力がありすぎるオッサンに、僕はマキナを着装していながら後ずさりかけてしまう。
『え、ええ。シューニャには、色々と世話になっています』
「そうですかぁ、シューニャがお役に――ってことは、ホントにこの娘は貴殿と行動を共に? 追放されたのに帰ってきちゃったのも、それが理由だと?」
途中から思考が元の話に戻ったのだろう。表情筋が相当鍛えられているのか、コロコロと表情を変えるスクールズは、立派な馬蹄型の髭も相まってコメディアンのような間抜け顔を作ってみせる。自分の後ろでファティマが必死で笑いを堪えていたのは、とりあえず見なかったことにしておこう。
『ええ。彼女もテクニカの地下で、自分と一緒に封印を解く作業を行いましたから』
「な、成程……うむむむむむむむ……ちょっと、ちょっとだけお待ち下され! もうね、自分じゃ判断できん感じなので、直接管理官に聞いてきますわ!」
ガッシャコンと派手に全身鎧を鳴らすと、何度も振り返っては、そのままそのままとジェスチャーを繰り返しながら立ち去ろうとし、マイリッチに乗ってきたことを思い出してまた慌てて駆け戻ってくる。まるでコントでも見ているかのようだ。
挙句、そんな隊長は兵たちに、待機以外の指示を出さなかったのだろう。街道を塞ぐように横陣を敷いた部隊の面々は、猛然と駆け抜けていったスクールズの背を眺めて呆然としていた。これには荷台で万一に備えて機関拳銃を抜いていたダマルも、拍子抜けしたようにため息をつく。
「もうちょいピリつくと思ったんだが……あのオッサン本当に警備隊長なんだよな? 見ろよ、あんまりにも軽い雰囲気出すせいで、残された兵士共ポカンとしてるじゃねぇか」
「スクールズは昔からあんな感じ。あれでも谷の闘技会では上位に食い込むくらい強い」
「そ、それ本気で言ってる? 普段のキョウイチ並みに武威を感じなかったのだけれど……」
「兵士っていうより、そのへんで酒場とか営んでそうな雰囲気ッスもんねぇ」
御者台から顔を覗かせたマオリィネは、信じられないという風に琥珀色の目を見開き、その後ろで自動小銃を抱えるアポロニアもしっかり苦笑を浮かべていた。
自分には武威と言われてもイマイチわからないが、現代のように一騎打ちをしたり、名乗りを上げたりするような戦場では重要なのだろう。
だが、仮にスクールズがあのどこか間抜けなキャラクターを演じることで、自らの能力を隠しているのだとすれば、厄介極まりない相手にも思えてくる。何せ彼をよく知っているであろう部隊の兵士たちさえ、呆れかえってざわつかせるくらいなのだから。
今までにないタイプの出現により、アポロニアとマオリィネが評価に困る一方、ファティマとポラリスは好感触だったらしい。
「はーはー……危うく噴き出すとこでした。面白いおじさんでしたね、こーんな顔の」
「アハハハハ! もっとだよもっとぉ! こう、目をおっきく開いて――アハッ、アハハハハ、ヒーヒー……お、おなかいたいぃ……」
『こら、人の顔を笑うもんじゃないよ』
素なのか演技なのか、スクールズの顔芸を彼女らは大層気に入ったらしい。特にポラリスは真似するファティマの変顔で、獣車の後方を転げまわりながら大爆笑していた。
しかし、彼女らの様子を見ていると、あれほど立派な武具を身につけておきながら、子どもを笑わせられるほど威圧感がない兵士というのは、ある意味で非常に貴重なようにも思えてくる。
――侮れない男だな。強いかどうかはともかくとして。
そんな自分の考えは、意外なことに的中することになった。
待つこと暫く。再び土煙を上げながら猛然と戻ってきたスクールズは、なんとも明るい表情をしていたである。
「よろこべシューニャ! とにかく一度話を聞いてくださるとのことだ!」
「あ、うん……え? あの管理官が、そんなあっさりと?」
「応とも! これなら家族とまた会えるぞ!」
一応にもまだ幼かったシューニャを、容赦なく死罪にしようとした人物であるはずが、一度英雄だけ連れて来いだの、追放者だけ追い返すなり死罪にしろだの、ややこしいことを言わないままで認めたのだ。
おかげで、いつもはあれほど無表情を貫くシューニャも、この報告には呆然とさせられていた。
「さぁ御一同、このスクールズに続かれよ! 部隊転進、谷へ戻るぞぉ!」
1人興奮している部隊長に、兵たちは更に困惑を深めたことだろう。ただし、リビングメイルを攻撃する必要がないとわかって、どこか安心した様子も見せていた。
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