悠久の機甲歩兵

竹氏

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戦火

第218話 可能性の天秤

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 王都での買い物がほぼ空振りに終わったことで、僕とファティマの帰宅は予想以上に早かった。まだ空も透き通るような水色で、陽光が茜を放つには随分時間がかかりそうなほどだ。
 だから僕がリビングに戻った時、一同が意外そうな顔をしたのは言うまでもない。その一同の中には、意外な来客も含まれていたが。

「ただいま――え?」

「む、久しいなアマミ殿」

「これは、ご無沙汰しております。ヘルムホルツさん――と、イーライ君?」

 ガチャリと鎧を鳴らして立ち上がったキメラリア・シシは、自分が初めて出会ったヴィンディケイタにして、スノウライト・テクニカの誇る最強の男。ついでに何故かその脇に転がるウニのような頭をした青年。
 イーライが汗だくで倒れていることはともかくとして、ヘルムホルツがわざわざ出向いてくるなど余程の事であろう。そう考えた僕が情報を求めて金属鎧へと視線を流せば、中身の骸骨は軽く肩を竦めてみせる。

「まぁそう構えてやるなよ。強面の旦那はただ、テクニカの使い走りさせられてるだけだぜ?」

「使い走りというと……あれか」

 皆が集まっているリビングの中を見回してみれば、間違い探しの違和感は暖炉の前に鎮座していた。
 金属でできた円筒形の物体。正面には小窓と扉らしきものが備えられ、背面から長い筒が暖炉に向かって伸びているそれは、分かりやすい大型の薪ストーブである。
 だが未だ火を入れることはできそうにない。というのも、未知を好物とするシューニャが興味深げに内部構造を調べており、それに乗っかってマオリィネも彼女の考察に相槌をうち、挙句ポラリスが上に乗っかって足をプラプラさせているのだ。その様子は何かの儀式に見えなくもない。

「ダマル様特製の暖房だぜ。これで夜中に凍えることもねぇし、薪の節約にもなるって訳だ!」

「無学な小生にはトンと分からぬが、設計図を受け取った研究員たちは随分興奮しておったな。少ない燃料で部屋全体を暖められる、と……まさしく素晴らしい発明品と言えよう」

「何、今はなき実家に置いてあった奴を真似しただけさ。俺が発明したってわけじゃねぇよ」

 ダマルは模倣品を作り上げたことに対し、もう少し微妙な反応を期待していたのかもしれない。おかげでヘルムホルツから手放しの称賛を向けられ、困惑した様子で兜を掻いていた。
 しかし、古代文明の模倣こそ、テクニカが行う技術進歩の形であるため、骸骨が褒められることには何の問題もないようにも思う。その上、ダマルが描いた設計図を基にテクニカで薪ストーブが作られたというのだから、現代人たちだけで製造運用が可能ということの証左であり、テクニカにとっては最高の結果だったに違いない。
 おかげでヘルムホルツはダマルの様子を謙遜と受け取ったらしく、グッグと咽を鳴らして笑っていた。

「胸を張れダマル殿。いずれこれは世界に広がり、人々を豊かにするであろう。少々重いことなど、町の鍛冶が作れるようになればさほど問題にもなるまい」

「……それでも、もうちょい、軽く作れねぇもんか……ぐへ」

 どうやらここまで運搬させられたのはイーライだったらしい。おかげで肩で息をしながら床に転がっていることにも合点がいき、非常に申し訳ない気持ちが込み上げてきた。

「すみません、わざわざ運んでもらって」

「気にすることはない、これはついでだったのだ」

「……嘘ぉ?」

「なんか弱っちいなコイツ」

 僅かに持ち上がったツンツン頭だったが、冗談など吐き出すはずもない強面の言葉を聞かされ、ゴトリと力なく床に打ち付けられる。それが面白かったのか、エリネラに頭を突かれて遊ばれる始末。どうか青年には強く生きて欲しいと思う。

「重労働だったでしょうに。これがついで、ですか?」

「うむ。我が君からの言伝に比べれば、鉄の重さなど無いに等しいものだ」

「フェアリーさんから? なんです?」

 まさかこの戦士たちを使って、ホームパーティのお誘いという訳でもないだろう。
 思い出される糸目のホムンクルス女性の姿に、僕は姿勢を正しつつソファに腰かければ、ヘルムホルツは牙のある口を小さく開いた。

「貴殿らがスノウライト・テクニカの封印を解いたことに、とある組織が興味を持っているそうだ。我が君が仰られるには、太古の封印を調べる際に協力を仰いだ者たちらしく、よければ顔を出してやって欲しい、と」

「自分たちに興味ですか。そのというのは、一体?」

「王国よりベル地中海を挟んで北。リンデン交易国に司書の谷と呼ばれる場所があるのだが、貴殿はご存知か?」

 その地名を聞いた時、僕の身体は自然と緊張していた。
 思い出されるのは夜鳴鳥亭の夜。まだ読み書きさえできなかった自分が、彼女にいつか行こうと約束した場所。
 自分でさえ驚かされたのである。いままで薪ストーブにかかりきりだったシューニャは身体を硬直させ、こちらに背を向けたまま小さく声を漏らした。

「司書の谷……」

「そうか、ブレインワーカー殿はご出身であったな。ならば話は早かろう」

 ヘルムホルツは行ってみる気はあるか、と言外に聞いてくる。
 確かにシューニャと約束を交わしている以上、ちょうどいい口実ではあっただろう。しかし、帝国との戦端がいつ開かれるかわからないのが現状である以上、王国との協力体制を敷く自分たちが家を離れるというのも難しい。
 だから僕は情勢が落ち着いてから、と言おうとしたのだが、それを制するようにヘルムホルツは掌をこちらに向けた。

「昨今の情勢に関しては、ダマル殿とトリシュナー令嬢から伺っている。それに、アマミ殿が王国側に立って戦おうとしていることもな」

「――それをご理解いただいているならば、敢えて行けと仰る理由はなんです?」

「貴殿らは太古の武器を欲しているのだろう? 小生の知る限り、司書の谷ほど大きな遺跡は世界にない上、あそこはほとんど手つかずだ。これほどの好条件はあるまい」

 どうやらダマルは、自分たちの火力不足に対する懸念まで、彼に伝えていたらしい。猪の顔からは表情を判断しにくいというのに、僕には何故か不敵に笑っているように感じられた。

「リスクを考えれば、王国内の遺跡から収集すべきかと思いますが」

「アマミが割に合わない仕事を好きだってんなら、それもいいんじゃねえ――おいチビスケ、頭突っつくのやめろって!」

「どういうことだい?」

 ようやく息が整ったのか、イーライは鬱陶しそうにエリネラを振り払うと、床にあぐらをかいてため息をつく。ただし、相手はかのレディ・ヘルファイアであるため、言葉を続けようにも絡まれ続けており、代わりにマオリィネが説明に立った。

「言いたくないけど、王国には遺跡なんてほとんどないし、規模も小さいものばかりなのよ。この間キョウイチとダマルが行った場所が、一番大きかったくらいね」

「一応聞いときてぇんだが、小さいってのは実際どれくらいの規模なんだ?」

「ハイパークリフと封印の遺跡を除けば、どれもものばかりだな」

 骸骨の疑問に対し、ヘルムホルツはぐるりと首を回すと、腕を組んでそんなことを言った。
 我が家は出自が有力貴族の別荘だったことから、民家としては大きな建物と言えるだろう。それでも今まで見てきた遺跡と比較すれば、シェルターの地上構造物にすら及ばない。

「そこまで小さいと、流石に軍の施設とは考えにくいか……」

「警備隊詰所とかだったらマシな部類だな。を探すにしても、そもそもがただの公共シェルターとかじゃ、まともな武器なんてありゃしねぇぞ?」

「だよねぇ」

 自分達が探しているのが家電製品の類だったなら、公共や個人のシェルターを物色するのも悪い判断ではなかっただろう。だが、求めるべきはマキナ用の武器弾薬やその他兵器の類である以上、小規模すぎる遺跡を探していたのでは空振りになる可能性も高い。
 ただし、ということもあり得ない話ではないため、僕は不足する火力と王国の防衛という2つのリスクを前に、頭を悩ませたのである。

「行って来ればいいじゃんか」

 だからこそ、あまりにアッサリと言い放つ声に、全員の視線が集中したのは言うまでもない。
 将器、とでも称するべきだろうか。エリネラは判断に迷った様子もなく、何なら未だにイーライの頭を玩具にしながら、余裕の笑みを浮かべていた。

「アマミ達が負ければどうせ王国は勝てないんだし、それなら王国をどう守るかよりも、帝国をどう攻めるかを考えた方がよくない?」

「俺もエリの意見に賛成だ。遺跡探しは結局博打なんだろ? 国家の存亡まで賭けるんだったら、人生ひっくり返すほどの大当たりか、便所に突っ込まれて野垂れ死ぬかの二択しかありゃしねえよ」

 ヘンメは無頼漢らしく賭け事に例え、自分はエリネラにベットすると義手を上げて見せる。よく頭が悪いと彼女を馬鹿にするヘンメではあるが、その決断力に関しては一定の評価を与えているらしい。
 だが、全てを賭けに任せるというのは性に合わないこともあり、僕はできるだけ前情報を集めることに決めた。

「シューニャ、ここから司書の谷に行こうと思えば、どれくらいの時間がかかる?」

「ん……快速船ならベル地中海を越えてリンデンの首都スィノニームまで最短7日。スィノニームから司書の谷までの道は険しいけれど、一応は街道があるから玉匣で3日くらいだと思う」

 往復にして最短20日の道程。それだけの期間があれば、前哨基地を出発した帝国軍は余裕で王都に襲撃をかけられる。仮に何らかの作戦で敵の行軍を阻めたとしても、王国軍は大きな損害を被る可能性が高い。
 加えてダマルは、この案の根本的な問題点を指摘した。

「玉匣を船に乗せる前提がまず無理だぜ。まさか現代の木造船に車両甲板があるわけもねぇんだからよ。それこそバイクくらいならどうとでもできるだろうがな」

 現代の船舶は車両を航送するようには作られていない。
 それもただの乗用車や貨物自動車ならばまだしも、玉匣は重い装甲車である。ランプウェイはおろか、数十トンを引き上げられるようなクレーンなど望むべくもなく、仮にうまく船倉へ下ろせたとしても、床板が圧力に耐えられるかという問題もあった。

「徒歩移動が主体となれば、より長い時間がかかるか……エリ、帝国が仮に神国との戦争を優先しているとすれば、王国への侵攻開始はいつ頃になるだろう?」

「んぇ!? そ、そーれーはー……」

 エリネラは帝国内で最も発言力を持っていた将軍である。ならば神国への侵略作戦に関して情報を持っているはず。
 そう思って質問を投げたのだが、彼女はイーライの刺々しい髪を掴んだまま視線を宙へ泳がせ始めると、次第に表情を青ざめさせてダラダラと汗を流しはじめた。
 だが、そうなることが分かっていたのだろう。秘書官としての役割も担っていたと聞くセクストンは深い深いため息をつくと、エリネラに代わって口を開いた。

「この南伐作戦が以前と変わらない計画内容なら、聖都ソランまで進軍するのに最短で半年と言われていたはずだ。だがミクスチャを利用して素早く前進したとすれば、この数字は当てにならないだろう」

「神国がどう粘っても2ヶ月くらいじゃねぇか? 連中の護国衆ラージャ・サンガは強力だが、帝国にはアマミと同じマキナ使いも居る以上、相手になるとは思えん」

「そう、それ! あたしも今そう言おうと思ってたのさ! いやー、あたしの部下は優秀で困るね!」

 エリネラは威厳を保たせるためか、慌てた様子で無理な笑顔を作って見せる。ただ付き合いの長いオッサン2人から冷めきった目を向けられ、玩具にされていたイーライにまで残念そうな視線を貰っては、いかに業火の少女と言えどシュンと小さくなってしまった。
 そんな彼女をポラリスが慰めに行く一方、マオリィネは顎に手を当てて難しい顔をする。

「思った以上にギリギリね、どうするの?」

 増えた情報を前に可能性の天秤は五分五分で拮抗し、流れていく時間以外では自然に傾くこともない。しかしその時間こそ今は最も貴重だと、琥珀色の瞳は自分に決断を迫っていた。いや、あるいは部屋中から注がれる視線の全てが、同じように答えを待ちわびていたのかもしれない。
 だから僕は1回だけゆっくりと深呼吸をしてから、後悔の無いよう決断を下した。

「――皆、旅支度を始めてくれ。僕らは明朝、司書の谷へ向かい出発する」

「決まりだな」

 ガチャンとダマルが膝を叩いて立ち上がれば、玉匣の一同はすぐに動き出す。旅支度など慣れたものだ。

「ヘルムホルツさんよ、この際だからテクニカにも協力してもらうぜ。弾丸のサンプルと銃のイラスト渡しとくから、王国内の遺跡はそっちで洗ってくれや。それから、ポロムルに置いて行く玉匣の警備もな」

「無論だ。コレクタユニオンにも緊急依頼を出せるよう話をつけておく。イーライ、お前は今すぐポロムルへ向かい、テクニカ名義で快速船を手配しておけ」

「お、応よ!」

 鷹揚に頷いたヘルムホルツがイーライに指示を飛ばせば、床に座り込んでいた青年は慌てて部屋を飛び出していく。それに続いてヘンメがゆっくりと立ちあがった。

「俺たちは留守番くらいしかできねえが、なんかあるか?」

「ヘンメさんたちはサフェージュ君と連携して、帝国軍の動向を逐次確認してください。それから、自分たちが帰る前に侵攻が始まった場合に備え、こちらが提案した防衛作戦の認可と、をスノウライト・テクニカへ避難準備をお願いします」

 自分達が不在の間に問題が起きた場合、王国には遅滞行動をとりつつ戦力の温存を図ってもらわねばならない。加えて王都に残されている知り合いたちの安全を考えれば、国の判断より先に避難を開始してもらう必要があった。
 しかしこれは意外とセクストンは腕を組む。

を、とは言わないのだな」

「僕らもセクストンさんも、警察組織や軍隊と言うわけではない。それを理解しているだけですよ」

「キョウイチの言う通り、全住民を避難させるのは王国軍の仕事だもの。貴方達に頼むのは筋違いだわ」

 困ったようにマオリィネは笑う。
 人間1人の掌は小さく、全てを救うことなどできはしない。それはいくら彼らが得難いほどに有能な人材であっても同じで、万を数える民衆に危機を伝えても、人々をいたずらに混乱させるばかりだろう。
 エリネラの脳裏にも非難する人々の姿が想像できたらしい。彼女は少しだけ寂し気な表情を浮かべたが、すぐにそれを振り払ってニッと笑うと、薄い胸を張って見せた。

「――うむ! 将軍に任せとけ! たかが数人くらい、ちゃーんと守りきってやるかんね!」

「防衛作戦に関しては、テクニカからも王国首脳部へかけあってみよう。その方が早く物事が進むだろうからな」

「ご協力、感謝いたします。エリも、後を頼むよ」

 僕はヘルムホルツへ頭を下げながら、赤い髪を軽くポンと撫で、今後の準備のために部屋を出る。
 テクニカのヴィンディケイタたちとレディ・ヘルファイア。太古の兵器や化物を用いないならば、この組み合わせに勝てる人種など世界中探してもそう見つからないだろう。少数精鋭の言葉通り、こちらが準備できる最強の防衛部隊だった。
 こうして自分たちは王都を彼女らに任せ、リンデン交易国への船旅は慌ただしく決定したのである。それは国境沿いでの動乱を終えてから、3日と経たない内の出来事だった。
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