悠久の機甲歩兵

竹氏

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戦火

第217話 緩く動き出す歯車

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 カサドール帝国。
 それは周辺諸国及び諸種族の集落を征伐して巨大化した、大陸最大の領土を誇る強大な軍事国家である。
 しかしその国土の大半は農耕に適さぬ乾燥した大地であり、安易な巨大化によって増えた人口は、隷属させた部族や国家からの収奪によって賄われてきた。戦いによって食い扶持を減らし、領土拡大で好景気が訪れるのだから、帝国が戦争中毒に陥るのも無理ないことであっただろう。
 ただそれは、圧倒的軍事力を背景に快進撃を続けられた場合に限られる。
 長年に渡って小国を飲み込んだ帝国は、いよいよ力の拮抗する国と相対することになった。それが宗教を軸に成長した砂漠の大国、オン・ダ・ノーラ神国であり、また領土は10分の1以下でも凄まじい石高を誇る農業大国、ユライア王国だった。
 そのどちらもが精強な軍隊と強固な防御線を敷き、あまつさえテイムドメイルさえ保有しているとあって、カサドール帝国の戦いは急激に行き詰まることになる。
 戦果が上がらない戦いを続ければ、民心は徐々に離れあらゆる組織で腐敗も横行。食糧難によって放浪者になり果てる人間が増加した結果、町への入場に税を取るようになり、払えなければ奴隷化するという無理な法律まで平然と生み出される始末。
 彼らは鬱屈しており、現状を打開する方法を模索していた。だからこそ、皇帝ウォデアス・カサドールが発したこの言葉により、大いに奮い立ったのだ。

「これより我が帝国は、産みだされし最強の力を持って南伐を開始する! おこがましくも神の子を自称する夢想家共より砂の大地を解放し、必ずやカサドールの旗を掲げて見せようぞ!」

 群衆から喝采沸き起こり、兵士たちは意気揚々と武器を掲げる。
 長い間硬直していた戦線を思えば、彼の演説は大言壮語も甚だしいものだった。しかしそれに疑問を持つ者は居なかったことだろう。
 何せ出陣式が行われた闘技場には、鋼で身を包んだ謎の生物たちがずらりと並んでいたのだから。
 人々の声を背に受けながら、大仰なマントを翻したウォデアスは、闘技場の影へと消えていく。その脇から闇から滲み出すかのように従うフードの男が居た。

「陛下の雄々しき出陣のみことのり、枯れた魂が揺さぶられるかのようでございました」

「……よく心にもないことをペラペラと喋れるものだ。貴様が不手際を繰り返したために、王国への同時攻撃を中止したことを忘れるな」

「あれはいわば事故にございます。まさか件の英雄が直接介入してくるとは思いもよらず――」

「言い訳はよい。だが次は必ず仕留めよ。これ以上余を失望させるな」

「御意」

 視線さえ向けないまま、ウォデアスは厳めしい顔をして大股で歩いていく。
 その背中に対しフードの男はゆるりと頭を下げる。ただ丁寧でありながら、どうにも薄っぺらい印象は拭えなかったが。
 だがウォデアスに代わって現れた金髪の青年は、フードの男が頭を下げている様子に苦々し気に表情を歪めると、きつく瞼を閉じた。

「すみません、御大。俺が不甲斐ないばかりに」

「情報は金よりも重いのだ、この程度の敗北など大した失点ではない。それに、戦いの主導権は未だこちらが握っている」

 フードの男は皇帝と話をしていた際の恭しさを失い、感情の乗らない声で淡々と事実を告げる。だからこそ、青年にとって彼の言葉は心を締め付けてくるようだった。

「――次は、必ず仕留めます」

「期待している」

 拳を震わせる青年に対して、期待という言葉はあまりにも平坦に言い捨てられる。
 それさえも靴音で簡単に踏み消して、フードの男はまた闇の中へ消えていった。
 だから残された彼は、やり場のない感情に石の壁を叩くくらいしかできなかったのだろう。


 ■


 王都ユライアシティ、貴族街。
 そこは同じ町に住んでいても庶民には縁遠く、放浪者やコレクタという身分の人間には近づく事さえ憚られる場所である。
 だというのに、僕は立派な家具が揃った一室で、ライオンのような雰囲気を醸し出す男と相対していた。もちろん適当に迷い込んだ訳ではなく、事前に共有しておきたい話があるからと呼び出されていたのだが。

「小競り合い、ですか?」

 こちらが首を傾げれば、なんともつまらなさそうに部屋の主、エデュアルト・チェサピークは口をへの字に曲げる。
 彼は王国の民に慕われる名高い将だと聞いていたが、見た目に違わず戦好きでもあるらしい。太い腕を組んで背もたれに体重を預ければ、ソファの背もたれが重さにギィと苦情を上げた。

「うむ。ホンフレイ殿が言うには、小部隊が時折グラスヒルの村を襲いに来るとのことが、大軍が動くような様子はなく、こちらが警戒部隊を差し向ければ簡単に追い払えてしまうらしいのだ」

「ということは、失敗作やミクスチャという脅威は――」

「影も形もない。アマミよ、奴ら何を考えていると思う?」

 エデュアルトの真剣な問いに、僕は敵の状況に想像を巡らせる。
 カサドール帝国は物量において圧倒的だが、兵の質については栄養状態が優れる王国に軍配が上がる。それも神国と王国に対する二面作戦で戦力を分散するとなれば、侵攻を躊躇う原因にはなるだろう。
 しかしそれはあくまで、化物を飼いならしている、という点を除いた場合の話だ。ミクスチャを数匹投入されるだけで、オブシディアン・ナイトを失ったユライア王国を窮地に立たせることができるはずなのだから。

「なんでしょうね……二面作戦で慎重になっている、ということもなさそうですが」

「おにーさんのこと怖がってるんじゃないですか? この間、飛んでた奴も穴だらけにしたんでしょ?」

 肩越しに振り返った先、護衛のように後ろに立っているファティマは、退屈そうに長い尻尾をユラユラさせながら、あっけらかんと言い放つ。
 恐怖とは非常に単純な話だが、帝国が頼みとするミクスチャや失敗作を容易く撃破できるとなれば、意外と的を射ているような気がしなくもない。

「うん、ファティの言う通りかもしれない。僕が抑止力になっているのだとすれば――帝国は思ったよりも、ミクスチャの数を揃えられていない可能性もありますね」

「成程な……神国への攻撃を優先しているのだとすれば、確かに辻褄は合う」

 どうにもエデュアルトはファティマを気に入っているらしく、流石だと鷹揚に頷いてみせる。もしかすると、あまり複雑な理由にしたくないだけかもしれないが。

「だとすれば朗報ですね。神国が陥落するまでの間、自分たちには準備期間を設けられるんですから。とはいえ、あくまで仮説に過ぎませんが」

「いや、うんうん唸って小難しい話ばかりする大臣共より、余程現実的な意見だったぞ。突然呼び出して悪かったな、せっかくだから飯でも食っていくか?」

 満足げな表情を浮かべたエデュアルトは、大きな手でコップを掴むと果実酒を豪快に流し込みながら、ランチのお誘いを投げかけてくる。その姿は国家軍を預かる御大将というよりは、羽振りのいい海賊の頭目と言った雰囲気だった。

 ――やっぱり考えるの嫌いなんだろうな、この人。

 ロンゲンといいスヴェンソンといい、現代の男性武将たちはどうも武器を振り回すことに特化しすぎている気がしなくもない。エデュアルトに関しては、ガーラットの血が流れている以上仕方がないようにも思えるが。
 ただ自分に向けられる暑苦しい笑みに対し、僕は頭を下げなければならなかった。

「せっかくお誘いいただいて申し訳ないのですが、今回は遠慮させてください」

「む? 何か急ぎの用でもあるのか?」

「彼女の剣が折れたものですから、急ぎ新しい物を見繕う必要がありまして」

 僕の言葉にエデュアルトはギョッとして、後ろに立っているファティマと自分の顔を交互に見比べていたが、やがて彼女がうんうん頷くと膝を叩いて笑いだした。

「ガッハッハッハッハ! なぁるほどな! あの分厚い剣を叩き折るなど、まこととんでもない娘だ! しかし、あれに匹敵する物となると、そう簡単には見つからんのではないか?」

 彼はコレクタユニオンとのひと悶着でファティマと作戦を共にした際、あの斧剣が振るわれる姿を見たのだろう。業物とは少し違うにせよ、その希少性に顎を掻いていた。

「最悪は数打ちを使い潰すつもりですが……何かこう、キメラリアの使用に耐えられるような武器を扱っている店とか、ご存じないですかね?」

「そうは言ってもなァ。そもそもアレは鋼の塊だったであろう? それ以上に強靭な武器となれば、最早真銀で作られた物くらいしか思いつかんが、流石に現実的ではない」

「現実的ではない? 値段とかの問題ですかね?」

 久しぶりに聞いた真銀と言う言葉に、そんな特殊金属の武器もあったなと僕は軽く前のめりになる。
 それこそ高価なだけで手に入れられる物なら、彼女の武器に金を惜しむつもりはないつもりだった。しかしエデュアルトは大きな手を振って、呆れたようにため息をつく。

「馬鹿を申すな、真銀に値段などつけられはせん。我ら貴族でさえ、大半は女王陛下から下賜されたものか、あるいは先祖代々受け継がれてきた物で――む? どうかしたか?」

「いえ……まぁ、色々とありまして……」

 ダラダラと背中を冷や汗が流れていく。
 自分が初めて目にした真銀の武器は、バックサイドサークルにおけるマルコというキメラリア・カラの剣だった。しかし、いくら彼がグランマの護衛筆頭だったとはいえ、ミクスチャの死体を試し斬りするのに使っていたため、僕はその価値を、鋼より高級な特殊合金の剣、という程度にしか見ていなかったのだ。

 ――エリの槍、現代アートみたいにしたっけなぁ。

 思い出されるのは初めてエリネラ達と出会った時の事。
 ファティマの斧剣に負けず劣らず巨大な上、火炎放射機能付きという明らかに高級品だったあの槍は、覚え違いでなければ真銀製だったはずだ。
 おかげで急激な胃痛に襲われた僕は、訝し気なエデュアルトに引き攣った笑みを向ける事しかできなかった。
 今度、きちんと謝ろうと思う。


 ■


 さて、結果から言えばエデュアルトの言葉通りだった。
 王都の武器屋鍛冶屋を回ってはみたものの、その大半は人間用の武器しか扱っておらず、稀に大剣を見つけても斧剣よりは細く軽いため、彼女の力に耐えられそうにないものばかり。
 あまつさえ、一部の店からは鈍器をお勧めされてしまうような有様で、ファティマは帰りの偵察用バイクに跨ってからも、まだむっつりと膨れていた。

「むー……なんなんですか皆して、ハンマーとかメイスばっかり。ボクは剣が好きなのに」

「まぁ武器屋の意見も言い得て妙だとは思う――アダダダダ、ごめんごめん」

 馬鹿力には刃物より鈍器の方がいいという意見は、実に合理的な判断である。しかし僕が賛同したところ、後ろから首を齧られた。
 そこはファティマなりに譲れない拘りらしく、走るバイクの上でこちらの耳に顔を寄せて力説し始める。

「叩き斬るのと叩き潰すのじゃ全然違うんですよ! 潰した時の手ごたえって、ぐちゃって感じで気持ち悪いじゃないですか!」

「気持ち悪い、かぁ……そう言われてもな」

 確かに武器への好き嫌いは自分にも存在する。しかしその理由は扱いやすさによるものでしかなく、手ごたえがどうのと言われてもイマイチわからないのだ。
 だが僕が微妙な表情をしているとわかるや、ファティマは一層納得がいかなかったらしく、腰に回した腕に力を込めてくる。

「生身で武器を使えばきっとわかります! 重いだけの武器は可愛くないんですから!」

「ごほ――っ!? わ、わかった、わかったから緩めてくれ、僕の腹が潰れる……!」

 無論、分かったと口にはしても、武器の可愛さなど理解できるはずもない。ただ、流石にこんな所で体をねじ切られては堪らないため、腰に回された腕を軽くタップすれば、ファティマは不服そうに唸りながらもなんとか力を緩めてはくれた。

「ぐ、ふぅ……しかし、物がないんじゃどうにもね。悪いが、満足いく物が見つかるまで数打ちで我慢してくれ」

「わかってますよ。ガッカリですけど、これも慣れてはいますから」

 そう言う彼女が背に結いつけるのは、懐かしい二振りの板剣である。
 コレクタユニオンが貸し付けるためか、それなりの需要があるらしい。おかげで大概どの武器屋にも一定数置かれており、他に彼女の使用に耐えられそうな刃物も見つからなかったことから、仕方なくこれを買って帰ることになったのだ。
 ただ斧剣と比べれば、鉄板に刃をつけただけのような板剣は頼りなく、そもそも強くなったファティマの能力にどこまで耐えられるのかもわからないため、武器の調達が急務なことは変わらなかった。
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