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定住生活の始まり
第213話 夜光のエース
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カラーフラインダストリ製ヤークト・ロシェンナ。それは800年前の戦争において、共和国側が投入した第三世代型マキナの特殊モデルである。
撃墜された機体を調査した結果としては、一般的なロシェンナに比べて推進力とエーテル機関出力が強化され、それに合わせて武装と装甲の強化が図られている、と報告には上がっていた。
だが目の前に居るソイツは、大した武装を積み込んでいる様子もない。ロシェンナ・タイプで大型狙撃銃を装備しているのは珍しいようにも思うが、それ以外は破壊された自動散弾銃に、予備の突撃銃を1丁と補助装備のプラズマトーチ程度の軽装である。
――重空戦型が誘導弾の1発もぶら下げないなんて、随分舐められたものだ。
ジャンプブースターを細かく燃やしながら、地面スレスレの高度を右へ左へ飛び回る。それだけで大型狙撃銃の弾丸は、ひたすらに地面を抉るだけの賑やかしとなった。
機体の調整が適当なのか、あるいは単に射撃の腕が悪いのか、どちらにせよ破壊力の大きな徹甲弾が翡翠の装甲を捉えることはない。そして実弾兵器である以上、適当にバカスカ撃ちまくっていれば、必ずリロードが必要となってくる。
数えること6発。ロシェンナのサブアームが動いたことを確認し、僕はジャンプブースターに全開の指示を出した。
それはあくまで跳躍に過ぎない。しかし瞬間的な加速だけなら、翡翠の推進力はロシェンナさえも凌駕する。
『ば、馬鹿な!? ロシェンナ以外のマキナが、空を飛ぶなど!?』
『1つ賢くなれたみたいで何よりだ』
ロケットのような勢いで飛び上がってきた翡翠に、ヤークト・ロシェンナのパイロットは驚愕の声を上げた。
一度噛みついてしまえば、飛行型など装甲が薄いだけの雑魚に過ぎない。至近距離まで急接近した僕がハーモニックブレードを振り抜けば、大型狙撃銃はバターを切るように真っ二つになる。
突然武器を失った敵は慌てて離れようとしたが、動き出すより先に腹部へ回し蹴りを叩き込んだため、バランスを崩して地面へ吸い込まれていった。
『こ、こんなことが……っ!』
しかし敵が如何に下手くそであっても、最低限の訓練は受けているらしい。あわや墜落という直前、なんとか姿勢を立て直して無理矢理に着地してみせる。
ただ、これは墜落を回避するための最終手段だ。
バランスを崩しての着地は、衝撃を殺すためにアクチュエータの負荷が非常に大きく、機体は一瞬の硬直時間を生んでしまう。狙いはそこだった。
『甘い、ねぇ』
立ち止まってしまうのがわかっていれば、狙いは極めて単純だ。
自由落下しながら構えたマキナ用機関銃。そのマズルブレーキから火炎が迸り、上空からヤークト・ロシェンナに襲い掛かった。
より重装甲を誇るヴァミリオンさえ、この銃口から吐き出される高速徹甲弾は貫ける。地面に縫い付けられて速度を殺されたロシェンナなど、段ボールを撃ち抜くようなものだ。
『ぐぁ――ッ!?』
飛び散る火花と共にステルス幕が吹き飛ばされ、増設された電磁反応装甲が弾けて徹甲弾の貫通を防ぐ。しかし、雨霰と降り注ぐ弾丸は一瞬で防御能力を飽和させ、ヤークト・ロシェンナが辛くも射撃から逃れた時には、既に装甲は穴だらけで機体各部から火花が飛び散っていた。
立って居られるのが不思議なほど重大な損傷。それは自分がわざわざ狙いを僅かに逸らしたことで生まれた、奇跡の産物である。
今にも膝をつきそうな敵機の前に着地した僕は、最早武器を取り出すこともできないそいつにマキナ用機関銃を突きつけた。
『立場が入れ替わった気分はどうかな』
『機甲歩兵……貴様が、英雄か』
忌々し気な声が響く。未だ戦意は失っていないのだろうが、装甲を貫通した徹甲弾によって大なり小なり負傷もしていることだろう。最早決着はついていた。
『質問するのはこちらだ。僕に敵をいたぶる趣味はないが……相棒が随分世話になったようだからね』
『俺から情報を聞き出せるとでも――がッ!?』
敵がどうでもいい言葉を言い終わるより早く、翡翠の足が横からヤークト・ロシェンナを蹴り倒す。
正直に言えば、声を聞くだけで十分に腹立たしいのだ。
『聞かれたことだけ喋れ。耳障りだ』
『ぐ……がは……』
地面に手をついて立ち上がるヤークト・ロシェンナを見る自分の目は、これ以上ないくらいにくすんでいただろう。
自分の到着が遅れていれば、ダマルが生きていたかどうかわからない。そう考えるだけで、貧弱な敵機のフレームごと、パイロットを引きちぎってやりたい衝動に駆られる。
だがこれは戦争だ。ならば情報を得るために、感情は封じ込めなければならない。だから暗い銃口を向けたまま、僕は低く感情の乗らない声で問うた。
『マキナを扱う技術はどこで学んだ? 他にどれほどの戦力がある? お前はカサドール帝国の意志で動いているのか? 答えろ』
『――帝国の意志、だと? くく……あんな連中が俺たちを御せるものか』
今まで焦りと苛立ち以外に感情を見せなかった敵は、まるで帝国を嘲るように吐き捨てる。
『では何故帝国の戦争に加担している? 目的はなんだ?』
『俺に与えられた任務は、テイムドメイルの奪取、あるいは破壊のみ。兵士が目指すものなど、任務の達成以外に何がある?』
『……他に答える気は?』
トリガに力を籠める。
腕脚の1本でも吹き飛ばしてやれば、さえずる気にもなるだろう。結果的にパイロットが失血で死のうとも、戦争犯罪が問われない現代においてはどうでもいいことだ。
だが、どうやら敵も運には恵まれているらしい。
『――ッ!』
刹那、鳴り響いた甲高い警報音に、僕は咄嗟に後ろへと跳躍した。
真横から眼前を通り過ぎていく光のシャワー。それは装甲を溶解させるほどの高温を秘めたエネルギーの束で、降り注いだ先の地面を点々と赤熱させ、乾燥した草木を炎で包み込んだ。
『遅延式の波光散弾だって? どこでそんな珍品を拾って来たんだか』
ヤークト・ロシェンナに当たらなかったのが偶然でないなら、中々腕の立つ砲兵が居るらしい。
ただでさえ遮蔽物がほとんどない草原の中では、連続して撃ち込まれる砲撃の類は脅威である。それに加えて誘導弾まで飛ばしてこられては堪らず、僕は回避と迎撃に集中せざるを得なくなった。
『――覚えたぞ機甲歩兵。次は負けん』
その大きな隙をヤークト・ロシェンナが見逃すはずもない。捨て台詞を吐きながら、切れのない動きで再び空へ舞い上がると、煙を引きながら東へ向かって飛び去って行く。
奴は幸運の女神に余程贔屓されていたのだろう。あれほど機関銃弾を食らってなお、脆いはずの飛行ユニットが破損しなかったのだから。
一度巡航状態に入られてしまえば、とても速度で飛行型に追いつくのは不可能である。それを後ろから撃ち落とそうにも、降り注ぐ正確な砲撃が邪魔をして、狙いを定めている余裕はなかった。
――ヤークト・ロシェンナなんかより、砲兵の方がよっぽど厄介だな。
僕は軽く舌打ちしたものの、射程外から降り注ぐ砲撃はヤークト・ロシェンナを逃がすことが目的だったらしい。白い機影が見えなくなると同時に攻撃はピタリと止み、遠くの隆起した地形の上で何かが立ち上がるのが見えた。
『ガンマタイプのヴァミリオンか』
ズームされて荒い画像に見えたのは、特徴的なブレードアンテナを生やす頭。そして頭部以外を全体を覆うステルス幕に、そこから突き出した連装の重榴弾砲。
そいつはこちらが反撃できないことを悟っているのか、悠々と向きを変えて撤退していく。その余裕に溢れた様子には、どこか戦場慣れしているような雰囲気が伺えた。
『……任務終了。だがこれは、一層面倒くさくなってきた感じだな』
未だ白い煙の燻るマキナ用機関銃を下ろせば、自然と小さなため息が出る。
しかし謎の敵について考えるより先に、まずは仲間の無事を確認せねばと思いなおし、僕は急ぎ足でオブシディアン・ナイトの撃墜地点へ戻ったのだった。
■
玉匣が戻ってきたのは、ちょうど恭一が波光散弾を避けて跳ねまわっていた頃だった。
突き破られるように後部ハッチが開かれ、慌てた様子でマオリィネとジークルーンが転がり出てくると、こちらの姿を見るや驚愕の声を上げる。
「ダマル――ってええええ!? ちょっと、何よこれ!? ぐちゃぐちゃじゃない!」
「うぇぇぇん、ダマルさんが死んじゃうぅ!!」
『オイコラ、いきなり縁起でもねぇこと言いながらボロ泣きしてんじゃねぇ。黒鋼はぐっちゃぐちゃで身体も痛ぇが、別に死にゃしねぇよ』
マオリィネは俺の声を聞いて安堵の息を漏らしたが、ジークルーンは余程衝撃が大きかったのか、地面にへたり込んでわんわん泣いていた。
だが俺からしてみれば、2人が大きな怪我もなく無事であることがわかり、それだけで最高の気分である。
『ったく、これでやっと煙草が吸えるってんだ。そう泣きわめくもんじゃねぇぜ。よーし緊急脱装――って、あ』
だからこそ、完全に失念していたのだ。ジークルーンがその腕に抱えていた兜が、自分の物であったことなど。
しかし悲しいかな、緊急脱装の指示が出された黒鋼は、愚直に背面装甲を吹き飛ばし、破損したフレームを無理矢理開いて中身を晒す。おかげで俺は一層、着装という行為を嫌いになりそうだった。
「へ――?」
ぐしゃぐしゃの泣き顔から一転、ポカンとするジークルーン。
当たり前である。何せ今まで言葉を交わしていた相手が、突然骸骨になって現れたのだから。
「骸……骨……?」
「あっバカ! ええっと、ジーク? これは、その――」
「おう。骸骨だ、骸骨なんだけどよ」
慌ててマオリィネが何か言い訳をこしらえようとしていたが、見られてしまった以上、彼女が焦ったところで最早どうにもなりはしない。
だから俺はゆっくりとその場で立ち上がり、わざとらしく彼女らの方へ向き直ってやった。散弾が直撃した衝撃でヒビでも入っていたのだろう。左肩に走る激痛に、白い歯をガリと鳴らしながらではあったが。
「わかるか、ジークルーン・ヴィンターツール。この姿こそ、お前がダマルって呼ぶ奴の正体だ。飯も食うし煙草も吸えるから死体って訳じゃねぇが、生きてても骸骨であることに変わりはねぇぜ」
現代で骸骨の体を得てからこの方、表情が出せない髑髏の顔に、ここまで感謝したことはなかったように思う。声にさえ気を付けておけば、平静を装っていられるのだから。
臆病なジークルーンはこれで自分を恐れ、自ら離れていくことだろう。それでいいのだ、自分が如何に特別な骸骨であっても、彼女と同じ人間ではないのだから。
ただ、気に入っていた女の震える声には、やはり少し寂しさのようなものを覚えてしまうが。
「ほ、本当にダマルさん、なんだよね……?」
「いやぁ黙ってて悪かったな。一応秘密にしといてくれよ、俺は穏やかに生きてぇんだ。カカ――ッ」
できるだけいつもの調子を崩さないように笑おうとすれば、肩は一層ギシギシと痛んだ。それでも俺は今この瞬間だけでも、カタカタ顎を鳴らして笑っていなければならない。彼女の中に、自分というわだかまりを残さないために。
だがジークルーンは逃げるだろうという俺の予想に反して、恐る恐る立ち上がると、そのままこちらに向かい危なっかしい足取りで歩み寄ってくる。
だからふわりと彼女の体が自分を包んだとき、俺にはどうしていいかわからなかったのだ。
「お、前――何してる? 俺が怖くねぇのか……?」
「私の騎士様を怖がるわけないよ。たとえ骸骨でも、同じ声のダマルさんだって……ちゃんとわかったから」
震える声で涙を浮かべ、ジークルーンは壊れた俺の鎧に顔を埋める。
女とは時に恐ろしい変化を迎えるものらしい。普段あれほどに臆病な彼女が、人か骸骨かではなく、ダマルという個として見てくれようと言うのだから。
おかげでありもしない鼻の奥はツンと痛くなり、瞼を持たぬ眼孔から涙が零れないよう、俺は空を見上げるしかなかった。
「いきなり強くなってんじゃねぇよ。女ってのは怖ぇ――あ?」
最後の強がりで恰好をつけてやろうと思った時である。一層強く抱きしめてくる彼女の腕に、ゴキリ、と何かが鳴った気がした。
「あーだだだだだだだだッ!? ちょ、ジーク、タンマタンマ! 肩が爆発しちまう!」
「ふぇえっ!? どこか折れてるの!? どどどど、どうしようマオぉ!?」
「ちょ、ちょっと!? 私に言われても、骸骨をどうしたらいいかなんて――」
ジークルーンは優しく抱きしめてくれていたというのに、僅かに鎧がズレただけで、再びとんでもない激痛が左肩が走り、俺は黒鋼の上から地面に転げた。
無論、彼女やマオリィネが骸骨の身体構造など知るはずもなく、隣であたふたするばかりである。挙句恭一も居ないのでは、鎮痛剤をくれと言ったところで誰にも通じないだろう。
しかし、俺の予想に反して、至極冷静な者が居たりもする。そいつは呆れ顔で機関銃座から飛び降りてくると、小さな体で慌てふためく2人を押しのけた。
「はいはい退くッスよ。ダマルさんの体なら、痛いとかどうとかは、そう大した話じゃないッス」
非力が特徴の種族であるはずが、頭蓋骨を掴むアポロニアの両手はとても力強い。
だがこの瞬間、俺はとんでもなく嫌な予感が背骨を駆けあがってくるのを感じて、痛みを堪えつつ首を横に振ろうと試みた。
「ちょっ、待て! それは折檻であって治療行為じゃ――!?」
「ふんぬっ!」
抵抗も空しく、辺りに響き渡ったゴキョポン、という間抜けな音。それに続いて、あ゜ーっ! という骸骨の大絶叫が、乾燥した大地へ轟いたのだった。
撃墜された機体を調査した結果としては、一般的なロシェンナに比べて推進力とエーテル機関出力が強化され、それに合わせて武装と装甲の強化が図られている、と報告には上がっていた。
だが目の前に居るソイツは、大した武装を積み込んでいる様子もない。ロシェンナ・タイプで大型狙撃銃を装備しているのは珍しいようにも思うが、それ以外は破壊された自動散弾銃に、予備の突撃銃を1丁と補助装備のプラズマトーチ程度の軽装である。
――重空戦型が誘導弾の1発もぶら下げないなんて、随分舐められたものだ。
ジャンプブースターを細かく燃やしながら、地面スレスレの高度を右へ左へ飛び回る。それだけで大型狙撃銃の弾丸は、ひたすらに地面を抉るだけの賑やかしとなった。
機体の調整が適当なのか、あるいは単に射撃の腕が悪いのか、どちらにせよ破壊力の大きな徹甲弾が翡翠の装甲を捉えることはない。そして実弾兵器である以上、適当にバカスカ撃ちまくっていれば、必ずリロードが必要となってくる。
数えること6発。ロシェンナのサブアームが動いたことを確認し、僕はジャンプブースターに全開の指示を出した。
それはあくまで跳躍に過ぎない。しかし瞬間的な加速だけなら、翡翠の推進力はロシェンナさえも凌駕する。
『ば、馬鹿な!? ロシェンナ以外のマキナが、空を飛ぶなど!?』
『1つ賢くなれたみたいで何よりだ』
ロケットのような勢いで飛び上がってきた翡翠に、ヤークト・ロシェンナのパイロットは驚愕の声を上げた。
一度噛みついてしまえば、飛行型など装甲が薄いだけの雑魚に過ぎない。至近距離まで急接近した僕がハーモニックブレードを振り抜けば、大型狙撃銃はバターを切るように真っ二つになる。
突然武器を失った敵は慌てて離れようとしたが、動き出すより先に腹部へ回し蹴りを叩き込んだため、バランスを崩して地面へ吸い込まれていった。
『こ、こんなことが……っ!』
しかし敵が如何に下手くそであっても、最低限の訓練は受けているらしい。あわや墜落という直前、なんとか姿勢を立て直して無理矢理に着地してみせる。
ただ、これは墜落を回避するための最終手段だ。
バランスを崩しての着地は、衝撃を殺すためにアクチュエータの負荷が非常に大きく、機体は一瞬の硬直時間を生んでしまう。狙いはそこだった。
『甘い、ねぇ』
立ち止まってしまうのがわかっていれば、狙いは極めて単純だ。
自由落下しながら構えたマキナ用機関銃。そのマズルブレーキから火炎が迸り、上空からヤークト・ロシェンナに襲い掛かった。
より重装甲を誇るヴァミリオンさえ、この銃口から吐き出される高速徹甲弾は貫ける。地面に縫い付けられて速度を殺されたロシェンナなど、段ボールを撃ち抜くようなものだ。
『ぐぁ――ッ!?』
飛び散る火花と共にステルス幕が吹き飛ばされ、増設された電磁反応装甲が弾けて徹甲弾の貫通を防ぐ。しかし、雨霰と降り注ぐ弾丸は一瞬で防御能力を飽和させ、ヤークト・ロシェンナが辛くも射撃から逃れた時には、既に装甲は穴だらけで機体各部から火花が飛び散っていた。
立って居られるのが不思議なほど重大な損傷。それは自分がわざわざ狙いを僅かに逸らしたことで生まれた、奇跡の産物である。
今にも膝をつきそうな敵機の前に着地した僕は、最早武器を取り出すこともできないそいつにマキナ用機関銃を突きつけた。
『立場が入れ替わった気分はどうかな』
『機甲歩兵……貴様が、英雄か』
忌々し気な声が響く。未だ戦意は失っていないのだろうが、装甲を貫通した徹甲弾によって大なり小なり負傷もしていることだろう。最早決着はついていた。
『質問するのはこちらだ。僕に敵をいたぶる趣味はないが……相棒が随分世話になったようだからね』
『俺から情報を聞き出せるとでも――がッ!?』
敵がどうでもいい言葉を言い終わるより早く、翡翠の足が横からヤークト・ロシェンナを蹴り倒す。
正直に言えば、声を聞くだけで十分に腹立たしいのだ。
『聞かれたことだけ喋れ。耳障りだ』
『ぐ……がは……』
地面に手をついて立ち上がるヤークト・ロシェンナを見る自分の目は、これ以上ないくらいにくすんでいただろう。
自分の到着が遅れていれば、ダマルが生きていたかどうかわからない。そう考えるだけで、貧弱な敵機のフレームごと、パイロットを引きちぎってやりたい衝動に駆られる。
だがこれは戦争だ。ならば情報を得るために、感情は封じ込めなければならない。だから暗い銃口を向けたまま、僕は低く感情の乗らない声で問うた。
『マキナを扱う技術はどこで学んだ? 他にどれほどの戦力がある? お前はカサドール帝国の意志で動いているのか? 答えろ』
『――帝国の意志、だと? くく……あんな連中が俺たちを御せるものか』
今まで焦りと苛立ち以外に感情を見せなかった敵は、まるで帝国を嘲るように吐き捨てる。
『では何故帝国の戦争に加担している? 目的はなんだ?』
『俺に与えられた任務は、テイムドメイルの奪取、あるいは破壊のみ。兵士が目指すものなど、任務の達成以外に何がある?』
『……他に答える気は?』
トリガに力を籠める。
腕脚の1本でも吹き飛ばしてやれば、さえずる気にもなるだろう。結果的にパイロットが失血で死のうとも、戦争犯罪が問われない現代においてはどうでもいいことだ。
だが、どうやら敵も運には恵まれているらしい。
『――ッ!』
刹那、鳴り響いた甲高い警報音に、僕は咄嗟に後ろへと跳躍した。
真横から眼前を通り過ぎていく光のシャワー。それは装甲を溶解させるほどの高温を秘めたエネルギーの束で、降り注いだ先の地面を点々と赤熱させ、乾燥した草木を炎で包み込んだ。
『遅延式の波光散弾だって? どこでそんな珍品を拾って来たんだか』
ヤークト・ロシェンナに当たらなかったのが偶然でないなら、中々腕の立つ砲兵が居るらしい。
ただでさえ遮蔽物がほとんどない草原の中では、連続して撃ち込まれる砲撃の類は脅威である。それに加えて誘導弾まで飛ばしてこられては堪らず、僕は回避と迎撃に集中せざるを得なくなった。
『――覚えたぞ機甲歩兵。次は負けん』
その大きな隙をヤークト・ロシェンナが見逃すはずもない。捨て台詞を吐きながら、切れのない動きで再び空へ舞い上がると、煙を引きながら東へ向かって飛び去って行く。
奴は幸運の女神に余程贔屓されていたのだろう。あれほど機関銃弾を食らってなお、脆いはずの飛行ユニットが破損しなかったのだから。
一度巡航状態に入られてしまえば、とても速度で飛行型に追いつくのは不可能である。それを後ろから撃ち落とそうにも、降り注ぐ正確な砲撃が邪魔をして、狙いを定めている余裕はなかった。
――ヤークト・ロシェンナなんかより、砲兵の方がよっぽど厄介だな。
僕は軽く舌打ちしたものの、射程外から降り注ぐ砲撃はヤークト・ロシェンナを逃がすことが目的だったらしい。白い機影が見えなくなると同時に攻撃はピタリと止み、遠くの隆起した地形の上で何かが立ち上がるのが見えた。
『ガンマタイプのヴァミリオンか』
ズームされて荒い画像に見えたのは、特徴的なブレードアンテナを生やす頭。そして頭部以外を全体を覆うステルス幕に、そこから突き出した連装の重榴弾砲。
そいつはこちらが反撃できないことを悟っているのか、悠々と向きを変えて撤退していく。その余裕に溢れた様子には、どこか戦場慣れしているような雰囲気が伺えた。
『……任務終了。だがこれは、一層面倒くさくなってきた感じだな』
未だ白い煙の燻るマキナ用機関銃を下ろせば、自然と小さなため息が出る。
しかし謎の敵について考えるより先に、まずは仲間の無事を確認せねばと思いなおし、僕は急ぎ足でオブシディアン・ナイトの撃墜地点へ戻ったのだった。
■
玉匣が戻ってきたのは、ちょうど恭一が波光散弾を避けて跳ねまわっていた頃だった。
突き破られるように後部ハッチが開かれ、慌てた様子でマオリィネとジークルーンが転がり出てくると、こちらの姿を見るや驚愕の声を上げる。
「ダマル――ってええええ!? ちょっと、何よこれ!? ぐちゃぐちゃじゃない!」
「うぇぇぇん、ダマルさんが死んじゃうぅ!!」
『オイコラ、いきなり縁起でもねぇこと言いながらボロ泣きしてんじゃねぇ。黒鋼はぐっちゃぐちゃで身体も痛ぇが、別に死にゃしねぇよ』
マオリィネは俺の声を聞いて安堵の息を漏らしたが、ジークルーンは余程衝撃が大きかったのか、地面にへたり込んでわんわん泣いていた。
だが俺からしてみれば、2人が大きな怪我もなく無事であることがわかり、それだけで最高の気分である。
『ったく、これでやっと煙草が吸えるってんだ。そう泣きわめくもんじゃねぇぜ。よーし緊急脱装――って、あ』
だからこそ、完全に失念していたのだ。ジークルーンがその腕に抱えていた兜が、自分の物であったことなど。
しかし悲しいかな、緊急脱装の指示が出された黒鋼は、愚直に背面装甲を吹き飛ばし、破損したフレームを無理矢理開いて中身を晒す。おかげで俺は一層、着装という行為を嫌いになりそうだった。
「へ――?」
ぐしゃぐしゃの泣き顔から一転、ポカンとするジークルーン。
当たり前である。何せ今まで言葉を交わしていた相手が、突然骸骨になって現れたのだから。
「骸……骨……?」
「あっバカ! ええっと、ジーク? これは、その――」
「おう。骸骨だ、骸骨なんだけどよ」
慌ててマオリィネが何か言い訳をこしらえようとしていたが、見られてしまった以上、彼女が焦ったところで最早どうにもなりはしない。
だから俺はゆっくりとその場で立ち上がり、わざとらしく彼女らの方へ向き直ってやった。散弾が直撃した衝撃でヒビでも入っていたのだろう。左肩に走る激痛に、白い歯をガリと鳴らしながらではあったが。
「わかるか、ジークルーン・ヴィンターツール。この姿こそ、お前がダマルって呼ぶ奴の正体だ。飯も食うし煙草も吸えるから死体って訳じゃねぇが、生きてても骸骨であることに変わりはねぇぜ」
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臆病なジークルーンはこれで自分を恐れ、自ら離れていくことだろう。それでいいのだ、自分が如何に特別な骸骨であっても、彼女と同じ人間ではないのだから。
ただ、気に入っていた女の震える声には、やはり少し寂しさのようなものを覚えてしまうが。
「ほ、本当にダマルさん、なんだよね……?」
「いやぁ黙ってて悪かったな。一応秘密にしといてくれよ、俺は穏やかに生きてぇんだ。カカ――ッ」
できるだけいつもの調子を崩さないように笑おうとすれば、肩は一層ギシギシと痛んだ。それでも俺は今この瞬間だけでも、カタカタ顎を鳴らして笑っていなければならない。彼女の中に、自分というわだかまりを残さないために。
だがジークルーンは逃げるだろうという俺の予想に反して、恐る恐る立ち上がると、そのままこちらに向かい危なっかしい足取りで歩み寄ってくる。
だからふわりと彼女の体が自分を包んだとき、俺にはどうしていいかわからなかったのだ。
「お、前――何してる? 俺が怖くねぇのか……?」
「私の騎士様を怖がるわけないよ。たとえ骸骨でも、同じ声のダマルさんだって……ちゃんとわかったから」
震える声で涙を浮かべ、ジークルーンは壊れた俺の鎧に顔を埋める。
女とは時に恐ろしい変化を迎えるものらしい。普段あれほどに臆病な彼女が、人か骸骨かではなく、ダマルという個として見てくれようと言うのだから。
おかげでありもしない鼻の奥はツンと痛くなり、瞼を持たぬ眼孔から涙が零れないよう、俺は空を見上げるしかなかった。
「いきなり強くなってんじゃねぇよ。女ってのは怖ぇ――あ?」
最後の強がりで恰好をつけてやろうと思った時である。一層強く抱きしめてくる彼女の腕に、ゴキリ、と何かが鳴った気がした。
「あーだだだだだだだだッ!? ちょ、ジーク、タンマタンマ! 肩が爆発しちまう!」
「ふぇえっ!? どこか折れてるの!? どどどど、どうしようマオぉ!?」
「ちょ、ちょっと!? 私に言われても、骸骨をどうしたらいいかなんて――」
ジークルーンは優しく抱きしめてくれていたというのに、僅かに鎧がズレただけで、再びとんでもない激痛が左肩が走り、俺は黒鋼の上から地面に転げた。
無論、彼女やマオリィネが骸骨の身体構造など知るはずもなく、隣であたふたするばかりである。挙句恭一も居ないのでは、鎮痛剤をくれと言ったところで誰にも通じないだろう。
しかし、俺の予想に反して、至極冷静な者が居たりもする。そいつは呆れ顔で機関銃座から飛び降りてくると、小さな体で慌てふためく2人を押しのけた。
「はいはい退くッスよ。ダマルさんの体なら、痛いとかどうとかは、そう大した話じゃないッス」
非力が特徴の種族であるはずが、頭蓋骨を掴むアポロニアの両手はとても力強い。
だがこの瞬間、俺はとんでもなく嫌な予感が背骨を駆けあがってくるのを感じて、痛みを堪えつつ首を横に振ろうと試みた。
「ちょっ、待て! それは折檻であって治療行為じゃ――!?」
「ふんぬっ!」
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※超注意書き※
1.政治的な主張をする目的は一切ありません
2.そのため政治的な要素は「濁す」又は「省略」することがあります
3.あくまでもフィクションのファンタジーの非現実です
4.そこら中に無茶苦茶が含まれています
5.現実的に存在する如何なる国家や地域、団体、人物と関係ありません
6.カクヨムとマルチ投稿
以上をご理解の上でお読みください
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Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!
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