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定住生活の始まり
第210話 着装恐怖症(前編)
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ダマルはオブシディアン・ナイトへ真っ直ぐ向かったため、私とジークルーンは別方向から陽動をかけるために走っていた。
結果的に全てを任せてしまった以上、自分はオブシディアン・ナイトから敵味方両方の注意を確実に逸らさねばならない。なんならダマルがまともに戦える状態になるまでの囮も必要だろう。
しかし早々いい作戦など浮かぶはずもなく、私がにわか作りの策をこね回していれば、ふと隣を走るジークルーンが声をかけてきた。
「ねぇマオ、聞いてもいい?」
「どうしたの?」
ちらと横に視線を流してみれば、彼女はこちらに真剣な表情を向けていた。
ジークルーンは争いごとに向かない。しかし騎士である以上、多少なりとも兵法は齧っている身で少なくとも第二警戒隊で副官まで務めたのだ。何かいい作戦を思いついたのではと、私が僅かでも期待を膨らませたのは無理もないことだっただろう。
「マオはその――ダマルさんの事、よく知ってるの?」
おかげで彼女の口から零れた言葉には、危うくすっ転びそうになった。
「そ、その話今じゃなきゃ駄目かしら!?」
「だって! 私、ダマルさんの事全然知らなくて……急にテイムドを動かすなんて言われても、不安で不安で……」
ジークルーンにとってはこの状況の切迫よりも、ダマルが無茶をするのでは、という心配の方が余程苦痛らしい。
騎士にあるまじき振舞いなのは間違いないが、私はあまりにも彼女らしい純朴さに肩の力が抜けてしまい、苦笑を零すことしかできなかった。
「私も彼についてはよくわかっていないわ。キョウイチと同じで神代を生き、色々な技術を持っている。マキナを直すことも含めて、ね」
本当はもう1つ、鎧の中身が骸骨であることも知ってはいる。しかしそれをジークルーンに打ち明けるかどうかはダマル本人の判断であり、私は知らぬ存ぜぬを貫かねばならない。
おかげでジークルーンには目新しい情報もなかったらしく、困ったように眉をハの字に曲げて小さくなる。
「うぅ、そっかぁ……」
「そんな顔しないの。後で本人に聞いてみればいいじゃない。ジークになら色々教えてくれるかもしれないわよ?」
わざと私は少し悪戯っぽい笑みを浮かべ、萎れていく彼女の背中を押すことにした。
だというのに、何故かジークルーンは不思議そうに首を捻り、聞き捨てならない言葉を口にする。
「……なんで私になら、なの?」
「なんでって――まさかジーク気付いてないの!? 貴女、ダマルに気に入られてるじゃない」
「ええっ!? 気に入られてる……かなぁ?」
これには流石にため息が出た。
昔からそうだが彼女は自己評価が低いためか、他人から向けられる好意的な視線に対して委縮してしまう癖がある。それが理由で彼女自身が誰かを好きになることはあっても、相手から想われることなどないと勝手に決めつけてしまうのだ。
自分が想いを寄せるキョウイチも相当な鈍感朴念仁ではあるが、そういう意味でこの2人は似ている気がして、私はガントレットでジークルーンの肩を叩いた。
「痛ぁっ!?」
「ほらしゃんとしなさい! 今を切り抜けてから、後で詰め寄ってやればいいのよ!」
「う……そ、そう、そうだね……! うん!」
彼女はようやく何か吹っ切れたらしい。表情から不安を拭い去ると、珍しく凛とした表情で前を向く。
次第に大きくなる化物の咆哮と兵士たちの絶叫。輸送隊が準備を進めている一角は、既に目と鼻の先まで迫っていた。
■
俺がその場に駆け付けた時、呆けたように佇む黒鋼の周囲は既に血の海だった。
奮戦する護衛部隊に対し、異常に肥大化した片腕を振るう比較的小型の化物は、当たるを幸いと兵士たちを薙ぎ払ったのだろう。立っている兵士は極僅かで、作業に当たっていた輸送部隊にも大きな被害を出していた。
自分が如何に骸骨であろうとも、人の死を好機と喜ぶつもりはない。だがおかげで人目が減ったことは事実であり、俺は躊躇いなく黒鋼に取り付くことができた。
しかし近づけば近づくほどに膝は笑い、震える身体は鬱陶しいほどに鎧をカチャカチャ鳴らしていたが。
「はぁっ、はぁっ……クッソが……! ハッピーすぎてヘドが出るぜ――着装用意!」
機体背面のパネルに整備用強制開放コードを打ち込めば、黒鋼は大きく背面を開いて誰とも知らぬ相手を受け入れる姿勢を取る。恨めしくも、機体は正常に動作しているらしい。
俺は自身に喝を入れるように兜とガントレットを纏めて投げ捨てると、勢いに任せて黒鋼に飛び乗った。
800年以上ぶりに感じる、眩暈のするような独特の気持ち悪さ。精神に刻まれた恐怖がありもしない三半規管を狂わせ、自分の軽い身体はぐらぐらと揺れたが、それに歯をくいしばって耐える。
――全く情けねぇったらありゃしねぇ。シャキッとしろよ自分。
視界一杯に流れる玉泉重工のロゴとGH-M90B-4の文字。合わせて機体各部の状態をインジケータが光っては消え、真っ先にセンサーやらカメラ類が外の状況を伝えてくる。
『各部チェック、搭乗者認証を省略。伝達率確認――』
頭部ユニット一杯に広がった視界は相変わらず血の海であり、その発生源である化物が何か異変を感じたらしく、ゆるりとこちらを振り返ったのが見える。
しかしその直後、どこからともなく飛来したジャベリンが体の中央に突き刺さったことで、そいつはこちらから視線を逸らした。
「こっちよ! 私が相手になってあげるわ!」
「輸送隊は負傷者を連れて、この場を離れてくださぁい!」
マオリィネは抜き放たれたサーベルを軽く振り回して化物を挑発し、その隣でジークルーンは周囲の兵士たちに退避するよう指示を出す。
軍の中では剣豪として名の売れたマオリィネの到着に、兵士たちは俄かに希望を見出したのだろう。それも逃げていいと大々的に言われれば、負傷者を連れて素早く後退していく。
その光景が化物にどう映ったかはわからない。だが汚らしい咆哮をあげると、マオリィネ目掛けて突進した。
それは彼女らによって与えられた十分すぎる僅かな時間。俺はマオリィネが剛腕の一撃を刃でいなす姿と、ジークルーンが生き残っていた僅かな兵士たちを逃がす様子を眺めながら、ふぅと大きく息を吐く。
――着装恐怖症がなんだ。ここに共和国軍機なんざ居やしねぇ。
自分が骨の手で整備した機体である。機嫌よくエーテル機関の出力は安定し、挙句骸骨の身体が着装しているというのに、操縦者とアクチュエータの連動まで問題なく完了した。
『……骨の身体が中身でも、玉泉のシステムは問題なく認識しやがるか。これっぽっちも嬉しくねぇ話だ』
外部スピーカーがオフになっていることを確認し、不慣れな動きで1歩踏み出す。すると黒鋼が動いたことに対し反応してか、マオリィネを前にしながら化物が再びこちらを振り返った。
だが最早そんなことは関係ない。自分が纏った神代と呼ばれる古の兵器は、たかだか生物相手に後れを取るような代物ではないのだから。
『よぉし、どっからでもかかってきやがれ! 纏めて相手してやらぁ!』
誰にも聞こえない叫びをヘッドユニットの中で上げながら、俺は驚くほどドンくさい動きで黒鋼を走らせた。
化物連中に脅威度を判断する力があるのかはわからない。しかし、マオリィネと戦っていたそいつは、突然彼女への興味を失うと太く腫れあがったような腕を振り上げて向かってくる。
だが、如何に剛力を誇る化物とはいえ、所詮は柔らかい肉に過ぎない。真似するように金属の拳をぶつけてやれば、そいつを異形たらしめていた太い腕はトマトのように容易く潰れる。
奇妙な叫びは痛みによるものか、あるいは身体を失った恐怖からか。あまりに耳障りな声を上げる物だから、俺は倒れ込んだ化物の頭を念入りに踏み砕いて黙らせた。
『まず一匹……やってみりゃ、機甲歩兵って連中はマジでバケモンだな』
それは己のイメージする理想的な機甲歩兵の姿が、いつの間にか恭一というエースパイロットに染められていたことを意味していた。いざ自分が着装して動いてみれば、よろめくこともなく軽快に飛び回り、生身とまったく同じように、否、マキナの機能を組み込んで一層柔軟に徒手格闘をするなど、常軌を逸していることがよくわかる。
この身は所詮整備兵。マキナを纏い訓練と実戦を重ねた機甲歩兵とは訳が違う。だからこそ相棒の戦い方を真似するなどとてもできることではない。
けれど、この程度の連中相手なら、そんなことは関係なく戦えるのだ。
「撤退命令を出させるわ! 無理しないでよ!」
再びサーベルを鞘に叩き込んだマオリィネはそう言って手を振ると、未だになんとか統率を維持しているホンフレイの下へと駆けていく。彼女に続いたジークルーンは何度かこちらを振り返ったが、俺が軽く手を挙げて応答すれば、どこか安心した表情を浮かべてくれた。
『さぁて、次はどいつだ?』
左によろけ、右によろけ、オートバランサーに支えられながらヨタヨタと走る様は、全く恰好のつかないものだっただろう。
それでも黒鋼の動く様子を見た兵士たちは、驚愕の後に歓声を上げ、遠くではあのホンフレイまでもがあんぐりと口を開けている。そんな彼らを背に俺はジャンプブースターを点火し、壁を作る装甲兵たちを飛び越えて化物の群れに突入した。
輸送隊を苦しめた重量で小型個体を踏みつけ、大型個体の手を握りつぶして鉄塊のような棍棒を奪い取り、あとはそれをブンブン振り回して敵を薙ぎ払っていく。
人間からして剛力を誇る化物とはいえ、マキナの装甲に損傷を与えることなどできはしない。それでも敵からの攻撃にガァンと衝撃音が鳴り響く度、俺の乾ききっているはずの身体からは嫌な汗が噴き出してくる。
――大丈夫だ。こんな奴ら、黒鋼の敵じゃねぇだろが。
自分へ言い聞かせるように浅い呼吸を繰り返しながら、襲い掛かってくるデカブツに棍棒を叩きつけて地面へ沈めた。
暴れれば暴れるほど、敵は黒鋼を脅威と見てかこちらに集中してくる。その間にマオリィネの提案が通ったらしく、王国軍部隊は反対側の門から撤退しはじめていた。
国境防衛に失敗し、甚大犠牲を出したうえで前哨拠点の1つを失ったとなれば、この戦闘の結果は完敗以外の何物でもないだろう。たとえ化物を全滅させたとしても、失点を回復するには程遠い。
ただ、これで玉匣が到着するまでの安全を確保でき、マオリィネとジークルーンが無事だったなら、俺としては完全勝利と言って差し支えない戦果だった。
『オラどうしたぁ!? こっちはまだピンピンしてんぞ!』
夜明けが近いのだろう。周囲が明るくなり始めた頃、小部隊ほどの数が居た化物たちは、最早両の手指で足りるほどしか残っていなかった。
挙句自分が群れの大半を屠ったからか、今更になって異形はこちらへの突撃を躊躇うように距離を取る。
ならばあとは1匹ずつ進んで潰すのみ。
俺がそう考えて踏み出した時だった。鳴るはずのない甲高い警告音がヘッドユニットを包み込んだのは。
『あん……? なんだこりゃ――うおッ!?』
今までとは質の異なる衝撃音が聞こえた時、俺は機体ごと地面に転がされていた。
視界一杯に広がる被弾や防御力低下を伝える警告文。その内の1つを見て、俺は自分の咽がヒュッと鳴るのを聞いた。
――ロックオン警報、だと!?
ギリギリと機体を軋ませながら起き上がった先。そこには射撃統制装置など装備しているはずもない化物が居並ぶばかりで、戦車もヘリも、マキナの姿さえ見当たらない。
だからまさか外部マイクが声を拾うなど、思いもよらなかった。
『やはり失敗作程度でマキナを潰すのは不可能か』
無機質な声から感情は読み取れない。しかし、鳴り響く特徴的な排気音だけで、俺の身体は恐怖に打ち震えた。
『おい嘘だろ……冗談きついぜ』
見上げた先で朝日に影を落とすのは、800年経ってもなお忘れ得ぬ敵の姿。優勢だった企業連合軍を押し返した、カラーフラインダストリ製の空を自在に駆ける機甲歩兵。
そこから聞こえてきた謎の声に対し、俺は外部スピーカーを起こして返事を零した。
『――ヤークト・ロシェンナ。こんなご時世に珍しいもん持ち出してきやがって』
『……有人機。そしてロシェンナを知る者。貴様が英雄か』
僅かに驚いた様子を見せるのは、黒いステルス幕をマントのように纏う白いヤークト・ロシェンナ。それが先ほど自分を地面に転がしたであろう大型狙撃銃をこちらへ向け、悠然と宙に浮かんでいる。
1撃目は胸部装甲に直撃していたが、電磁反応装甲が上手く作動したおかげで、吹き飛ばされはしたものの貫通は免れた。しかし最早次はない。
だから俺はゆっくり立ち上がると、肩を揺すりながら笑ってやった。
『英雄? そいつぁ誰のことだ? 生憎だが、俺はあんなスケコマシじゃねぇ――よッ!』
振り返ると同時にジャンプブースターを吹かして大きく距離を取れば、ギリギリのところを掠めた弾丸が派手に土煙を立ち上がらせる。
こちらにはまともな武器もなく、性能でも劣り、挙句操縦者は素人同然の整備兵。だから俺にできることなど、僅かばかりでも時間を稼ぐことぐらい。
ならば精々、逃げ回ってやろうと決めたのだ。
結果的に全てを任せてしまった以上、自分はオブシディアン・ナイトから敵味方両方の注意を確実に逸らさねばならない。なんならダマルがまともに戦える状態になるまでの囮も必要だろう。
しかし早々いい作戦など浮かぶはずもなく、私がにわか作りの策をこね回していれば、ふと隣を走るジークルーンが声をかけてきた。
「ねぇマオ、聞いてもいい?」
「どうしたの?」
ちらと横に視線を流してみれば、彼女はこちらに真剣な表情を向けていた。
ジークルーンは争いごとに向かない。しかし騎士である以上、多少なりとも兵法は齧っている身で少なくとも第二警戒隊で副官まで務めたのだ。何かいい作戦を思いついたのではと、私が僅かでも期待を膨らませたのは無理もないことだっただろう。
「マオはその――ダマルさんの事、よく知ってるの?」
おかげで彼女の口から零れた言葉には、危うくすっ転びそうになった。
「そ、その話今じゃなきゃ駄目かしら!?」
「だって! 私、ダマルさんの事全然知らなくて……急にテイムドを動かすなんて言われても、不安で不安で……」
ジークルーンにとってはこの状況の切迫よりも、ダマルが無茶をするのでは、という心配の方が余程苦痛らしい。
騎士にあるまじき振舞いなのは間違いないが、私はあまりにも彼女らしい純朴さに肩の力が抜けてしまい、苦笑を零すことしかできなかった。
「私も彼についてはよくわかっていないわ。キョウイチと同じで神代を生き、色々な技術を持っている。マキナを直すことも含めて、ね」
本当はもう1つ、鎧の中身が骸骨であることも知ってはいる。しかしそれをジークルーンに打ち明けるかどうかはダマル本人の判断であり、私は知らぬ存ぜぬを貫かねばならない。
おかげでジークルーンには目新しい情報もなかったらしく、困ったように眉をハの字に曲げて小さくなる。
「うぅ、そっかぁ……」
「そんな顔しないの。後で本人に聞いてみればいいじゃない。ジークになら色々教えてくれるかもしれないわよ?」
わざと私は少し悪戯っぽい笑みを浮かべ、萎れていく彼女の背中を押すことにした。
だというのに、何故かジークルーンは不思議そうに首を捻り、聞き捨てならない言葉を口にする。
「……なんで私になら、なの?」
「なんでって――まさかジーク気付いてないの!? 貴女、ダマルに気に入られてるじゃない」
「ええっ!? 気に入られてる……かなぁ?」
これには流石にため息が出た。
昔からそうだが彼女は自己評価が低いためか、他人から向けられる好意的な視線に対して委縮してしまう癖がある。それが理由で彼女自身が誰かを好きになることはあっても、相手から想われることなどないと勝手に決めつけてしまうのだ。
自分が想いを寄せるキョウイチも相当な鈍感朴念仁ではあるが、そういう意味でこの2人は似ている気がして、私はガントレットでジークルーンの肩を叩いた。
「痛ぁっ!?」
「ほらしゃんとしなさい! 今を切り抜けてから、後で詰め寄ってやればいいのよ!」
「う……そ、そう、そうだね……! うん!」
彼女はようやく何か吹っ切れたらしい。表情から不安を拭い去ると、珍しく凛とした表情で前を向く。
次第に大きくなる化物の咆哮と兵士たちの絶叫。輸送隊が準備を進めている一角は、既に目と鼻の先まで迫っていた。
■
俺がその場に駆け付けた時、呆けたように佇む黒鋼の周囲は既に血の海だった。
奮戦する護衛部隊に対し、異常に肥大化した片腕を振るう比較的小型の化物は、当たるを幸いと兵士たちを薙ぎ払ったのだろう。立っている兵士は極僅かで、作業に当たっていた輸送部隊にも大きな被害を出していた。
自分が如何に骸骨であろうとも、人の死を好機と喜ぶつもりはない。だがおかげで人目が減ったことは事実であり、俺は躊躇いなく黒鋼に取り付くことができた。
しかし近づけば近づくほどに膝は笑い、震える身体は鬱陶しいほどに鎧をカチャカチャ鳴らしていたが。
「はぁっ、はぁっ……クッソが……! ハッピーすぎてヘドが出るぜ――着装用意!」
機体背面のパネルに整備用強制開放コードを打ち込めば、黒鋼は大きく背面を開いて誰とも知らぬ相手を受け入れる姿勢を取る。恨めしくも、機体は正常に動作しているらしい。
俺は自身に喝を入れるように兜とガントレットを纏めて投げ捨てると、勢いに任せて黒鋼に飛び乗った。
800年以上ぶりに感じる、眩暈のするような独特の気持ち悪さ。精神に刻まれた恐怖がありもしない三半規管を狂わせ、自分の軽い身体はぐらぐらと揺れたが、それに歯をくいしばって耐える。
――全く情けねぇったらありゃしねぇ。シャキッとしろよ自分。
視界一杯に流れる玉泉重工のロゴとGH-M90B-4の文字。合わせて機体各部の状態をインジケータが光っては消え、真っ先にセンサーやらカメラ類が外の状況を伝えてくる。
『各部チェック、搭乗者認証を省略。伝達率確認――』
頭部ユニット一杯に広がった視界は相変わらず血の海であり、その発生源である化物が何か異変を感じたらしく、ゆるりとこちらを振り返ったのが見える。
しかしその直後、どこからともなく飛来したジャベリンが体の中央に突き刺さったことで、そいつはこちらから視線を逸らした。
「こっちよ! 私が相手になってあげるわ!」
「輸送隊は負傷者を連れて、この場を離れてくださぁい!」
マオリィネは抜き放たれたサーベルを軽く振り回して化物を挑発し、その隣でジークルーンは周囲の兵士たちに退避するよう指示を出す。
軍の中では剣豪として名の売れたマオリィネの到着に、兵士たちは俄かに希望を見出したのだろう。それも逃げていいと大々的に言われれば、負傷者を連れて素早く後退していく。
その光景が化物にどう映ったかはわからない。だが汚らしい咆哮をあげると、マオリィネ目掛けて突進した。
それは彼女らによって与えられた十分すぎる僅かな時間。俺はマオリィネが剛腕の一撃を刃でいなす姿と、ジークルーンが生き残っていた僅かな兵士たちを逃がす様子を眺めながら、ふぅと大きく息を吐く。
――着装恐怖症がなんだ。ここに共和国軍機なんざ居やしねぇ。
自分が骨の手で整備した機体である。機嫌よくエーテル機関の出力は安定し、挙句骸骨の身体が着装しているというのに、操縦者とアクチュエータの連動まで問題なく完了した。
『……骨の身体が中身でも、玉泉のシステムは問題なく認識しやがるか。これっぽっちも嬉しくねぇ話だ』
外部スピーカーがオフになっていることを確認し、不慣れな動きで1歩踏み出す。すると黒鋼が動いたことに対し反応してか、マオリィネを前にしながら化物が再びこちらを振り返った。
だが最早そんなことは関係ない。自分が纏った神代と呼ばれる古の兵器は、たかだか生物相手に後れを取るような代物ではないのだから。
『よぉし、どっからでもかかってきやがれ! 纏めて相手してやらぁ!』
誰にも聞こえない叫びをヘッドユニットの中で上げながら、俺は驚くほどドンくさい動きで黒鋼を走らせた。
化物連中に脅威度を判断する力があるのかはわからない。しかし、マオリィネと戦っていたそいつは、突然彼女への興味を失うと太く腫れあがったような腕を振り上げて向かってくる。
だが、如何に剛力を誇る化物とはいえ、所詮は柔らかい肉に過ぎない。真似するように金属の拳をぶつけてやれば、そいつを異形たらしめていた太い腕はトマトのように容易く潰れる。
奇妙な叫びは痛みによるものか、あるいは身体を失った恐怖からか。あまりに耳障りな声を上げる物だから、俺は倒れ込んだ化物の頭を念入りに踏み砕いて黙らせた。
『まず一匹……やってみりゃ、機甲歩兵って連中はマジでバケモンだな』
それは己のイメージする理想的な機甲歩兵の姿が、いつの間にか恭一というエースパイロットに染められていたことを意味していた。いざ自分が着装して動いてみれば、よろめくこともなく軽快に飛び回り、生身とまったく同じように、否、マキナの機能を組み込んで一層柔軟に徒手格闘をするなど、常軌を逸していることがよくわかる。
この身は所詮整備兵。マキナを纏い訓練と実戦を重ねた機甲歩兵とは訳が違う。だからこそ相棒の戦い方を真似するなどとてもできることではない。
けれど、この程度の連中相手なら、そんなことは関係なく戦えるのだ。
「撤退命令を出させるわ! 無理しないでよ!」
再びサーベルを鞘に叩き込んだマオリィネはそう言って手を振ると、未だになんとか統率を維持しているホンフレイの下へと駆けていく。彼女に続いたジークルーンは何度かこちらを振り返ったが、俺が軽く手を挙げて応答すれば、どこか安心した表情を浮かべてくれた。
『さぁて、次はどいつだ?』
左によろけ、右によろけ、オートバランサーに支えられながらヨタヨタと走る様は、全く恰好のつかないものだっただろう。
それでも黒鋼の動く様子を見た兵士たちは、驚愕の後に歓声を上げ、遠くではあのホンフレイまでもがあんぐりと口を開けている。そんな彼らを背に俺はジャンプブースターを点火し、壁を作る装甲兵たちを飛び越えて化物の群れに突入した。
輸送隊を苦しめた重量で小型個体を踏みつけ、大型個体の手を握りつぶして鉄塊のような棍棒を奪い取り、あとはそれをブンブン振り回して敵を薙ぎ払っていく。
人間からして剛力を誇る化物とはいえ、マキナの装甲に損傷を与えることなどできはしない。それでも敵からの攻撃にガァンと衝撃音が鳴り響く度、俺の乾ききっているはずの身体からは嫌な汗が噴き出してくる。
――大丈夫だ。こんな奴ら、黒鋼の敵じゃねぇだろが。
自分へ言い聞かせるように浅い呼吸を繰り返しながら、襲い掛かってくるデカブツに棍棒を叩きつけて地面へ沈めた。
暴れれば暴れるほど、敵は黒鋼を脅威と見てかこちらに集中してくる。その間にマオリィネの提案が通ったらしく、王国軍部隊は反対側の門から撤退しはじめていた。
国境防衛に失敗し、甚大犠牲を出したうえで前哨拠点の1つを失ったとなれば、この戦闘の結果は完敗以外の何物でもないだろう。たとえ化物を全滅させたとしても、失点を回復するには程遠い。
ただ、これで玉匣が到着するまでの安全を確保でき、マオリィネとジークルーンが無事だったなら、俺としては完全勝利と言って差し支えない戦果だった。
『オラどうしたぁ!? こっちはまだピンピンしてんぞ!』
夜明けが近いのだろう。周囲が明るくなり始めた頃、小部隊ほどの数が居た化物たちは、最早両の手指で足りるほどしか残っていなかった。
挙句自分が群れの大半を屠ったからか、今更になって異形はこちらへの突撃を躊躇うように距離を取る。
ならばあとは1匹ずつ進んで潰すのみ。
俺がそう考えて踏み出した時だった。鳴るはずのない甲高い警告音がヘッドユニットを包み込んだのは。
『あん……? なんだこりゃ――うおッ!?』
今までとは質の異なる衝撃音が聞こえた時、俺は機体ごと地面に転がされていた。
視界一杯に広がる被弾や防御力低下を伝える警告文。その内の1つを見て、俺は自分の咽がヒュッと鳴るのを聞いた。
――ロックオン警報、だと!?
ギリギリと機体を軋ませながら起き上がった先。そこには射撃統制装置など装備しているはずもない化物が居並ぶばかりで、戦車もヘリも、マキナの姿さえ見当たらない。
だからまさか外部マイクが声を拾うなど、思いもよらなかった。
『やはり失敗作程度でマキナを潰すのは不可能か』
無機質な声から感情は読み取れない。しかし、鳴り響く特徴的な排気音だけで、俺の身体は恐怖に打ち震えた。
『おい嘘だろ……冗談きついぜ』
見上げた先で朝日に影を落とすのは、800年経ってもなお忘れ得ぬ敵の姿。優勢だった企業連合軍を押し返した、カラーフラインダストリ製の空を自在に駆ける機甲歩兵。
そこから聞こえてきた謎の声に対し、俺は外部スピーカーを起こして返事を零した。
『――ヤークト・ロシェンナ。こんなご時世に珍しいもん持ち出してきやがって』
『……有人機。そしてロシェンナを知る者。貴様が英雄か』
僅かに驚いた様子を見せるのは、黒いステルス幕をマントのように纏う白いヤークト・ロシェンナ。それが先ほど自分を地面に転がしたであろう大型狙撃銃をこちらへ向け、悠然と宙に浮かんでいる。
1撃目は胸部装甲に直撃していたが、電磁反応装甲が上手く作動したおかげで、吹き飛ばされはしたものの貫通は免れた。しかし最早次はない。
だから俺はゆっくり立ち上がると、肩を揺すりながら笑ってやった。
『英雄? そいつぁ誰のことだ? 生憎だが、俺はあんなスケコマシじゃねぇ――よッ!』
振り返ると同時にジャンプブースターを吹かして大きく距離を取れば、ギリギリのところを掠めた弾丸が派手に土煙を立ち上がらせる。
こちらにはまともな武器もなく、性能でも劣り、挙句操縦者は素人同然の整備兵。だから俺にできることなど、僅かばかりでも時間を稼ぐことぐらい。
ならば精々、逃げ回ってやろうと決めたのだ。
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シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!
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