悠久の機甲歩兵

竹氏

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定住生活の始まり

第209話 トラップフィーバー

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 夜闇の中に姿を現したのは、まさしくジークルーンが報告した通り、大小様々な人型の群れだった。
 奇襲を前提とした部隊だからか、数にしてみれば王国軍とは隔絶した差が存在する。だがその多くが明らかに人ならざる者である以上、物量は全く当てにできない。
 つい先ほどその脅威に晒されたマオリィネは、居並ぶ敵の数に表情を引き攣らせる。

「警戒隊じゃ敵わなくても仕方ないわ。嫌がらせだけかと思ったら、本気で潰しに来てるじゃない」

「違ぇねぇ。連中よっぽど俺たちのことが好きらしいな」

「全然嬉しくないよぉ……」

 敵集団が現れた以上、第二警戒隊は全滅したのだろう。その事実を突きつけられて、ジークルーンは敵への恐れに身体を震わせながら、しかし目を離そうとはしなかった。
 第二警戒隊が命がけで足止めして、稼いでくれた時間である。それもジークルーンが伝令として敵情報を事前に持ち帰ってくれたおかげで、前哨基地は迎撃態勢を整えられた。

「弓隊、構ぇい!」

 防壁上に並んだ兵士たちはホンフレイの号令に合わせ、射程に優れるロングボウの弦を引き絞る。

 ――ジークを逃がしてくれたこと、感謝するぜ。名前も顔も知らねぇ隊長さんよ。

 俺は1人、兜の奥で見ず知らずの第二警戒隊の隊長に心の底から礼を述べ、トリガにかかった指に力を込めた。

「放てぇ!」

 振り下ろされる剣に合わせ、影に向けて雨のように矢が宙を駆ける。その中で自動小銃も閃光を瞬かせた。
 たちまち一帯に耳障りな叫び声が響き渡る。それは肉を裂かれた痛みからか、それとも先手を取られた苛立ちからか。
 しかし数多の矢を受けながら、1匹たりとも倒れないのは流石化物とでも言うべきだろう。暗視モード特有の緑に輝く闇の向こうで、身体を針山のようにしながら異形共は反撃だとばかりに走り出す。

「マオリィネ、狙うなら頭だ!」

「どこに当てたって、どうせ簡単には死なないじゃない!?」

「わかってねぇなぁ! 化物ってのはなぁ、頭吹っ飛ばしゃくたばるって相場が決まってんだよ!」

 距離を詰めてきた比較的小柄な1匹に狙いを定め、フードに隠れた頭目掛けてバースト射撃を叩き込んでみせる。するとそいつは頭の容積が小さかったからか、首から上が咲いたスイセンようになって倒れ込んだ。

「な?」

「なっ、て言われても……矢を当てたってああはならないわよ」

 マオリィネは次々とロングボウに矢をつがえながら、呆れたようにため息をつく。だがこれで1つ弱点が見えたことも確かである。
 無数の矢が突き刺さっても動きを止めない化物は、確かに恐ろしいほどの生命力を誇っている。しかし少なくとも小型の個体に関しては、表皮が硬いというわけでもないのに、鎧兜さえつけていないのだ。高性能ボディアーマーさえ貫通するライフル弾など、とてもではないが防げないし、近距離から頭部に命中させられれば数発で撃破できる。
 とはいえ、化物はそんな連中だけではない。

「お、大きいのが来るよ!?」

 ジークルーンの悲鳴に顔を上げれば、先に対戦車榴弾で吹き飛ばした鬼モドキとよく似た巨体が、地を踏み鳴らしながら門に迫っていた。
 全身に纏う板金鎧は人間の物より分厚いらしく、ロングボウによって放たれた矢を弾きながら進む様は、まさしく戦車のようである。
 だが図体があろうとなかろうと、連中に危険を判断する能力はないらしい。それはこの化物を作った何某かが、恐怖心を邪魔な物だと判断したからかも知れないが。
 おかげでデカブツは門に取り付くことしか考えていないようで、躊躇いなく門の手前に作られた僅かなに足を踏み入れる。
 それを見るやいなや、事前に話を聞いていた王国軍兵士たちは一斉に耳を覆ってその場に伏せた。無論、俺もジークルーンとマオリィネを抱えて、櫓の壁に身を隠す。
 遅れる事1秒、派手な爆音と共に乾いた砂が舞い上がった。
 化物の絶叫は不協和音の如く。しかしそれは確かな手ごたえとなり、外を覗き込んだ俺はざまぁみやがれと、柱をガントレットで叩いて笑った。

「カーッカッカッカ! お手製ブービートラップの味はどうだこの野郎ォ!」

 それはぶら下げてきた破片手榴弾2発を用いた、あまりにも単純な罠である。
 しかし単純であるからこそ威力は高い。特に至近距離で手榴弾が炸裂したデカブツは、見事に両足を破壊されてその場に倒れ伏し、その隣を走っていたらしい小型個体は弾殻の破片を浴びてぐちゃぐちゃになっていた。

「や、やった……の?」

「いいえ、まだよ。後ろからどんどん来てる。このままじゃ門なんてすぐ破られるわ」

 戦闘不能に陥ったデカブツを見て、ジークルーンは一瞬喜色を浮かべたものの、マオリィネは厳しい表情のままでそれを否定する。
 如何に化物であっても動物ならば、手榴弾の爆発を見せることで逃げ出してくれるのではないか、と俺は考えていた。しかし化物共は死の恐怖よりも、帝国軍からの命令を重視するらしく、仲間が吹き飛ばされてもお構いなしに突っ込んでくる。
 そのあまりに従順な様子には、呆れはててため息もでない。

「節操のねぇゴリラどもだなオイ。焼夷剤の余分ってねぇのか?」

「残念だけど、あれも貰い物だからね」

「まぁ、鹵獲品帝国軍ギフトセット頼りじゃそんなもんだよな――仕方ねぇ、予定通りやんぞ」

 俺の言葉に2人は同時に頷いて、速やかに梯子を下って地面へ降りる。
 門前に集まる兵たちの間を縫うように走り、サーベルを振るって声を荒げるホンフレイのもとへと駆け寄った。

「ホンフレイ卿! 敵の戦意は未だ衰えません! 策のご準備を!」

「ちぃ! やはり連中に恐れはないか――仕方あるまい、とりかかれ!」

 中年貴族は苛立ちを隠そうともせず忌々しげな表情を浮かべたが、すぐに斧を手に控えていた部隊へ指示を飛ばす。
 ブービートラップによる威嚇が不発だった以上、ここからは殲滅が大前提の戦いになってくる。
 無論最終目標はオブシディアン・ナイトが輸送準備を終え、敵を振り切って撤退することであり、敵の殲滅は絶対条件ではない。しかしただでさえ化物は足が速く、その上輸送準備は未だ終わらぬという有様である以上、とても振り切ることなど不可能だった。
 そして化物は守りを固めた王国軍をあざ笑うかの如く、巨大な鉄塊を門へと叩きつける。化物の蛮力を前に、たった数回の衝撃で閂が弾け、整然と並べられていた丸太は崩れるように倒壊した。

「も、門が破られました!」

「うろたえるでない! 重装兵、断じて内柵を越えさせるな! なんとしても押し留めるのだ!」

 門の内側に張り巡らせた簡易柵。その外側を更に全身鎧に盾を持つ重装兵が固め、隙間からは槍衾が牽制する。この短時間でできる、準備の限界だった。
 この程度の防御、化物からすれば玩具のように見えたことだろう。
 しかし決死の覚悟で臨む兵たちは、押し通らんと迫る小型個体は盾で防ぎ、デカブツ相手には満足に動けないよう足を狙って槍を突き出していく。
 それがどれほどの痛痒になったのかはわからない。ただ羽虫を払うにせよ、動きは僅かに鈍化するものである。貴重な1秒を稼ぐため、重装兵は1人倒れ2人倒れ、それでも後ろから交代要員を出して包囲を続ける。

「ぐあぁっ!?」

「負傷した者は速やかに下がらせろ、穴を開けるな! 盾を前に踏みとどまれ!」

 ホンフレイの激励に混ざり、コーンコーンと木を叩く音が響き渡る。
 それを俺たちは少し離れた位置から聞いていた。早く早くと焦る心は皆同じで、マオリィネははしたなくも足を鳴らして落ち着かず、ジークルーンはまるで祈るようにガントレットで指を組んで目を閉じる。
 長く長く感じた時間。しかし止まることがない以上、結果がどうであれ物事には何らかの変化が訪れる。

「倒れるぞぉ!」

 メリメリと音を立てたのは、つい先ほどまで自分たちが立っていた櫓である。
 わざわざがある者を選抜しただけあって、背の高いそれはゆっくりと、しかし確実に門の方向を目掛けて傾いでいく。

「重装兵、直ちに距離を取れ! クロスボウ、敵を釘付けにするのだ!」

 ホンフレイの号令を聞いた兵たちは、巻き込まれまいと慌てて門から距離を取る。自分が提案した策とはいえ、安全意識が欠片も感じられない方法には罪悪感が込み上げた。
 兵士からの圧力が消えたことで、化物たちはこれぞ好機と暴れ出す。だが動きを制限するため足元を狙って放たれるクロスボウと、簡易柵を破壊する僅かな時間が命運を分けた。
 簡易柵や天幕まで巻き込みながら櫓は門の前へと倒れ込む。それに巻き込まれた小型の個体は見事に押しつぶされ、大型の個体も耐えられず下敷きになった。
 その有様に王国兵たちはやったやったと歓声を上げる。しかしホンフレイは油断するなと指示を飛ばした。

「よぉし……止めを刺してくれる。奴らに火樽を食らわせてやれ!」

 後方で準備されていた火樽が、身動きが取れない化物相手に勢いよく転がされてぶち当たる。衝撃に緩められた金具が弾ければ、辺りに独特の臭いが広がった。
 そこへ火矢が撃ち込まれれば、凄まじい勢いで炎が燃え広がる。爆発に至らないのが残念ではあるが、熱傷に弱いとの前情報がある化物に対しては十分に有効だった。
 アクア・アーデンは所謂アルコールである。特徴として引火性には優れるものの、燃え尽きるのも早いため、ナパームとして使うには心もとない。
 しかし、火矢による被害を拡大させるには有効であり、更に別の燃料があったとすれば弱点を補うこともできる。たとえばそう、のような。

「ほんっと……無茶苦茶な作戦よね」

「カカカッ、どうせ捨てるなら櫓を薪にしたって構いやしねぇだろ? ま、連中のおつむがすっからかんだったことに感謝すんだな」

 初めの火は表面を舐めるように、飛び散ったアクア・アーデンだけが燃えていた。しかしそこに次々と火矢が撃ち込まれて熱源が増えれば、木の破片や簡易柵、更には破壊された門に燃え移って火勢を強め、最終的には櫓をも飲み込む大きな炎となる。
 これにはデカブツさえも耐えられず、化物の多くが火炎に呑まれて炭と化していく。
 傍目に見れば残虐にさえ思えるそんな景色を、ジークルーンはじっと眺め身体を震わせた。

「こ、これでやったの、かな……?」

「流石にこの炎相手じゃ、化物だって生きてないわ。後はオブシディアン・ナイトの輸送準備を進めるだけよ」

 作戦が上手く嵌った事で、マオリィネは満足げに頷いて見せる。
 だが俺はそうじゃないと兜を横に振った。

「いや、まだだ」

 全ての敵が櫓の下敷きになったわけではなく、いよいよ勢いを増す火勢が残り全てを焼き払ってくれはしないのだ。一方の王国軍側は門と簡易柵の両方を突破された状態であり、いわば丸裸である。
 そしてここまでの経験上、化物は自らが傷つけられることを一切恐れない。だからこそ、炎に身体を焼かれながらも突進してくるデカブツが見えた時、俺は困ったもんだと肩を竦めた。

「本気で動物らしくねぇ野郎どもだ。もうちょい熱と炎に躊躇いやがれ」

「ねぇダマル、次の手はどうするの? 一応ホンフレイ卿に伝えていた作戦は一通りやったけれど」

「あー次な、次……」

 期待に満ちた琥珀色の瞳。その隣には縋るような青い瞳。
 だが如何に自分が有能な骸骨であっても、できることとできないことがある。ただでさえこの短時間に作戦やら罠やら柵やら色々作ったのだ。元々乾燥しきった髑髏から、これ以上絞り出せというのは酷であろう。
 もしかすると彼女ら、特に恭一と関わりの深いマオリィネは、古代人のことを万能存在だとでも思っていないだろうか。

「――とりあえず、どつきあいするか」

「ちょ、ちょっと、嘘でしょ!?」

「あれと乱戦なんて、勝てるわけないよぉ!?」

 今まではどこか落ち着いていた彼女らは、俺のカミングアウトに突然慌て始める。
 何せ手元に残っているものと言えば、閃光発音筒フラッシュバンが1つと発煙手榴弾スモークグレネードが1つ、機関拳銃と予備マガジンが1つだけで、自動小銃に関しては予備マガジンすら残っていない。
 未だに化物は半数近くが生き残っており、この程度の火力で全てを掃討するなどとても不可能だ。
 となれば頼みの綱は死力を結集した王国軍の攻撃になるわけだが、残念ながらそれも望み薄だった。

「うわぁああああっ!?」

「あーあ……重装兵の列が崩されてやがる」

 突入してきた化物を押さえこむため、重装歩兵は列を成して盾を構えていたのだろう。しかし空間の余裕は化物にとって有利だったらしく、助走をつけての体当たりを貰い、鎧を着た集団が纏めて宙を舞った。

「ぐぬぬ……冷静に対処しろ! 1匹ずつ確実に抑え込むのだ」

「左翼、防御を抜けられました! 輸送隊に援護を回さねば!」

「無理を言うな! 前からおかわりが来てるんだぞ!」

 ホンフレイは必死で指揮を続けていたが、敵の攻勢が強まるにつれ、王国軍部隊にも動揺と混乱が広がり始めている。それは瞬く間に末端にまで浸透し、戦争において最も重要な士気に影響を及ぼした。
 しかも敵は人間でないため、大きな火傷を負いながらでも、なんなら炎を背負ってでも向かってくる。その姿に兵士は慄き、行動を抑制して火矢を撃ち込むという有効な手段さえ徐々に取れなくなって、部隊ごとに撃破されはじめていた。

「こ、こんな状況で、撤退なんて……とても」

 惨状が広がり始めたことに、ジークルーンは身体を震わせてガントレットを強く握りこんだ。
 偵察用バイクを使えば、彼女とマオリィネを連れて逃げ出すことはできる。しかし2人には、王国軍を見捨てて逃げることなどできなかっただろう。
 だからといって俺には起死回生の策などない。それをマオリィネは悟ったらしく、何か腹を括ったとでも言いたげな表情をこちらへ向けた。

「……ダマルっ!」

「黒鋼は無しだぜ。さっきも言ったが、んなことすりゃ後々大騒ぎになっちまう」

 ひらひらとガントレットを振って、俺は彼女の出鼻を挫こうとした。
 いくら乱戦の只中でも黒鋼は輸送隊や護衛に取り囲まれており、とてもこっそり動かすなどできる状況ではない。
 だがマオリィネは大きく頭を振ると、噛みつかんばかりの勢いで迫ってくる。

「後の事なんて生き残ってから考えればいいわ! お願いよ、私を乗せてくれるだけでいいから!」

「お、おいおい馬鹿言うな! 一切訓練しないままマキナで着装戦闘なんざできるわけねぇだろ!?」

「できるかどうかなんて、やってみなきゃわからないじゃない! それとも、このままなぶり殺しにされるつもり!?」

 彼女があまりにも必死の形相で詰め寄ってくるため、これには流石の俺も狼狽えた。
 恭一がマキナを着装して戦っている姿を見て、彼女は乗り込みさえすればオブシディアン・ナイトを操れると考えたのだろう。だがマキナの操縦は何も知らない人間が感覚でできるものでもない。一応にもシミュレーター訓練を受け、整備のためにいくらか乗り回したことのある俺でさえ、敵を前にしたときは満足に動く事すらできなかったのだ。
 だからこそ、そんなもんやってみなくともわかる、と切って捨てるつもりだった。
 けれどマオリィネの隣で不安げに瞳を揺らすジークルーンを見て、その言葉は音のない呼気としてだけ歯の隙間から零れていく。
 僅かな沈黙。しかしいくら考えてみても何故か否定させてくれない思考に、心の中でトラウマを握りつぶす以外にできることなどなかった。

「あ゛ーっ、クソッ! 俺が乗りゃいいんだろが! やってやらぁ!」

「わ、私が乗るってば。そこまで無理言えないし――」

「馬鹿も休み休み言いやがれ! お前乗せる方がよっぽど無理だってんだよ! そんかわり、暫く敵味方両方をマキナから遠ざけてみせろ! いいな!?」

 慌てたように両手を振るマオリィネに対し、俺は指を付きつけて命令を下すと、返事も聞かないまま黒鋼の下へ走り出す。それは一種の逃避だった。
 眩暈がしてきそうな感覚を、ありもしない腹の底に押し込んで走らねば、自分は恐怖に竦んで動けなくなってしまうことだろう。
 だがそれ以上に、あまりに情けない自分の姿を、ジークルーンに見せたくはなかったのだ。
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