悠久の機甲歩兵

竹氏

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定住生活の始まり

第207話 生死の運は貴賤にかかわらず

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 それは人間と異なる証。現代において、差別を受ける者の証左であった。
 しかしゴルウェに耳や尾はなく、毛無とも明らかに異なっており、種族も判然としない。だがそれは自分にとって最も身近で、幼い頃は出自を呪った原因でもある。

「貴方、キメラリア――いえ、デミ、なのね?」

「ええ、ケットの血が混ざっております……」

 老兵が静かに頷いた通り、破損した鎧の隙間から垣間見える薄い体毛は、人間のそれと大きく異なる模様を描いていた。
 ゴルウェの言葉通り、親のどちらか一方は所謂サビ柄の毛並みを持つケットだったのだろう。本来デミにキメラリアの特徴はほとんど現れないが、自分の髪がそうであるように、老兵もまたそのに含まれない存在だった。

「余程ならアレと刺し違えるつもりでしたが、どうにも私の身体は母の血がそうさせるのか、昔からどうにも頑丈でしてな。たかが汚いデミの分際で、いつまで経っても死に場所を得られません」

 自嘲的にゴルウェは笑う。
 それはまるで、貴族ならデミの雑兵1人傷ついたことを笑い飛ばしてみせろ、と言っているようで、私は強く唇を噛んだ。
 騎士に勝るとも劣らぬ度胸と武勇を持ちながら、ただの雑兵として戦い続ける老兵。
 そんな存在の意味がようやくハッキリとわかり、だからこそ私は飾らない言葉を口にした。

「いいえ……貴方はとても勇敢な兵士よ。誰が認めなくても、私は貴方が成した武功を忘れない」

 貴族と呼ばれてはいても、権力も領地も兵も持たないに小娘に、兵へ手渡せる勲章などあるはずもない。だからせめても、傷つきながらも自らの策を完遂させてみせた忠勇に、私は心にその名と顔をしっかりと刻み込むことを誓ったのだ。
 そんな様子に老兵は細い目をカッと見開いて驚いたが、やがて痛む体を穏やかに倒し、地面を背にしたまま肩を揺すって笑った。

「クハハハハ……まっこと、変わった貴族様だ」

「よく言われるわ。誰か、この兵士に手当てを!」

「は、はいっ! 直ちに!」

 周囲で立ち尽くしていた兵士たちに声をかければ、ゴルウェと同隊の者らしき若い兵士数人がわたわたと救護の準備に走り出す。デミである老兵が余程信頼されているのか、人間である兵士たちの動きは一切迷いがなかった。
 私は彼らに一切を任せて指揮所へと足を向ける。そこでは事態の収拾に当たっているホンフレイが、集まった各部隊長に指示を飛ばしていた。

「とにかく負傷者の救護を急がせろ! 敵の夜襲があるかもしれん、そこらに転がしていては邪魔だ! 守備は騎士団主力に任せる、周辺警戒を厳にせよ!」

「ハッ!」

 部隊を任される騎士達は、彼の指示通りに持ち場へ離れていく。その動きは機敏だったものの、その背には中年貴族の苦々し気な表情が向けられていた。
 それは騎士達と入れ替わりで指揮所前に現れた自分にも向けられ、挙句ホンフレイは目を合わせるなり疲れたようにため息をついた。

「ホンフレイ卿、被害は?」

「見ての通りだ、全く腹立たしい。たかが気味の悪い化物1匹相手に、随分多くの兵を失った」

「防衛戦力の余裕がなくなりましたか」

 広く長い国境に偶然ながら得られた拠点は、警備部隊を運用するための詰所として機能していた。それが敵侵攻の情報を受けて増強されていたわけだが、化物から受けた被害によって国境警備に穴が開くのでは、と私は危惧したのである。
 だがホンフレイはその程度と鼻で笑う。

「ふん、余裕など最初からあるものか。そんなものより、我が見立てが間違っていなければ――」

 彼が何かを言いかけた時、慌てた様子の伝令兵が駆けてくる。
 その表情はどこか憔悴していて、朗報でないことは明らかだった。

「報告! アナトール・パーマー子爵ですが……」

「討ち死にであろう、あの傷では助からん。下がれ」

 グッと伝令兵は言葉に詰まりながらも胸に手を当てて敬礼し、すぐに来た道を戻っていく。
 これをホンフレイは予想していたのだろう。それが外れなかったことに深い深いため息をついた。
 信じたくはない。キョウイチに無理を言い、ダマルの手によって修復された王国最強の戦力が、まさか刃の一振りも交えることなく人形となり果てるなど。

「それじゃあ、オブシディアン・ナイトは――」

「次のテイマーが見つかるまで、王宮に繋いでおくしかあるまい。リビングメイルと通じようなど、我々のような才無き者にできるはずもなかろう」

 前哨基地の中で静かに佇んだままのオブシディアン・ナイトに視線を投げ、ホンフレイはゆるく首を振る。それは後に襲い来るであろう帝国の侵攻に対する余裕が、王国から失われたことを意味していた。
 それでも長年騎士として務めてきた中年貴族は取り乱さなかったが、噛み締められる奥歯には明らかな悔しさが滲む。

「才無きものに……ですか」

 だから私はもしかして、と思う部分もあった。
 テイムドメイルを動かすのが才能だと現代では考えられている。だがそれをキョウイチやダマルに伝えれば、彼らは何と答えるだろう。
 到着を待ちわびる恋の相手と、未だ帰らぬ骸骨とを想い、私は星が輝く空を見上げたのだった。


 ■


 徐々に暗闇の世界が迫る中、俺は兜を暗視モードに切り替えて南東へバイクを走らせる。
 周囲の地形はなだらかながら、雑草を覆うように枯れたようにも見える高木が生え、岩があちこちに転がっているなど、何が何処に潜んでいるかわからない危険な状況を作り出していた。しかしそれは今も行動を続ける第二警戒隊も同じであり、多少のリスクは覚悟の上である。
 幸運の女神は挑まない者に対して、決して微笑むことはない。そして俺はそのお眼鏡に叶ったようだ。

 ――騎兵、いや騎士か?

 視界の端に映った動体に、俺はバイクを止めてそれをズームする。ただ暗視機能を使ったうえでの望遠は、流石に画像が荒すぎてその詳細まではわからなかった。それでも騎士ではないかと思えたのは、どうにも雑兵にしてはいい鎧を着ているように見えたからに過ぎない。
 その騎士と思しき人影は、まるで何かに追われるように全力で軍獣を走らせていた。それも単騎であることから、俺は伝令だろうと当たりを付ける。しかも南から現れたということは、第二警戒隊から分離してきた可能性が非常に高い。
 俺はその場で偵察用バイクの向きを変えると、ちょうど騎兵が駆けていくであろう先に向けてスロットルを開けた。
 軍獣の襲歩はかなりの速度ではあるが、バイクを使って追いつけないということもない。
 だがいざ距離が近づいたところで、そいつは立ち並ぶ枯れ木を突き破って横合いから現れた。

「ぬおぁっ!? いきなりなんだァ!?」

 背丈にして甲鉄と変わらない程の巨漢。それが全身に金属鎧を纏い、軍獣に追いつくほどの瞬足で駆けていく。その様だけを見れば、マキナかと勘違いするのも不思議ではなかった。
 だが顔の部分が開けた兜から覗くのは肉であり、光るアイ・ユニットではない。挙句その肉の顔は、暗視機能の荒い画面でもわかるほどの異形である。
 左右で3倍以上は違おうかという目に、鎧に突き刺さりそうにも見えるセイウチのような牙。筋骨隆々な巨体も含めて、鬼と言われれば信じてしまいそうな容姿だった。
 あんなものが伝令を追撃しているとなれば、状況は思った以上に芳しくないらしい。

「くそっ、幸運の女神さんよォ! 手ぇ出すなら最後まで仕事しろや!!」

 見た目だけで熊よりも強靭そうな相手である。手持ちの機関拳銃や自動小銃で撃破することは難しいだろう。
 ならばと俺はバイクを滑らせてながら地面に倒して止め、背中に担いだ対戦車ロケット弾発射器を肩に担ぎあげる。
 弾はたった1発しかない。だがここで伝令を放置して、情報を得られなくなるのは最悪だ。だから俺は躊躇わずに発射態勢を取ったのだが、敵の方が動きが早かった。
 その鬼モドキは追跡が無駄だと考えたらしい。大きく跳躍すると手に持っていた鉄塊のような棍棒を地面へと叩きつける。

 ――とんでもねぇデブ野郎だぜ。足が速い上だけじゃなく考える頭までもってやがる。

 硬い地面が砕けて散弾の如く飛び散った石と土塊は、先を行く軍獣に襲い掛かった。
 それも土砂程度ならば目くらまし程度にしかならなかっただろう。しかし、伝令は余程運が悪かったらしい。

「わぁ――ッ!?」

 土砂を浴びていた軍獣の足に、大きなつぶてが直撃したのである。これには鍛えられたアンヴも堪らず、キィと甲高い叫びをあげて倒れ込み、騎乗していた伝令兵も纏めて地面を転がっていく。
 だがその時、吹き飛ばされた兜から覗いた茶髪に、肌もない骨の身体はゾクリと粟立った。

「な――こんの野郎ォ……! やりやがったなァ!!」

 体温などないはずなのに頭が熱くなり、通わぬ血が沸騰するのを感じる。
 そんな俺とは正反対に、その鬼モドキは獲物を仕留めたとばかりに、ゆっくりと倒れたに歩み寄っていく。
 しかし、歩みを遅くしたことにより、対戦車ロケット弾発射器の照準は容易につけられた。
 トリガを引くと同時にカウンターマスが背後に飛び散り、押し出された対戦車榴弾はロケットブースターに点火して飛んでいく。それはとても生物が反応できる速度ではない。
 それは真っ直ぐ、鬼モドキの板金鎧へ突き刺さった。

「ゴガォアァアァァアァァッ!?」

 腹に響く轟音と混じり合うように響く化物の声。
 この対戦車榴弾は以前使用したタンデム弾頭のもの比べ、マキナや主力戦車の装甲を撃ち抜くのに力不足である。それでも薄い鋼程度は容易く貫通し、爆発衝撃は鬼モドキの身体を軽々と爆散させた。
 ドォンと地面を鳴らしながら化物は崩れ落ちる。それを見た俺は、使い捨ての発射チューブを地面へ放り出し、未だ地面に倒れたままの彼女へと駆け寄った。

「ジーク! しっかりしろ、おい!!」

 膝に抱え上げたジークルーンは思った以上に軽い。
 切れた唇から薄く血が滲み、白いバトルドレスは土に汚れていて、何故かそれが無性に腹立たしかった。

「うぐ……え? ダマル――さん?」

「俺が分かるってこたぁ、まだ生きてんな……心配させんじゃねぇよ」

 薄く開かれた青い目は混乱しているようだったが、俺はとにかく彼女の無事にホッと胸を撫でおろした。

「なん、で、ここに……夢、かなぁ?」

「悪ぃが、お前の夢ん中に入れる魔法は知らねぇんでな。動けるか?」

「う、ん――いったた……」

 こんな状況なのに、俺の兜を見て表情を緩めたジークルーンにため息をつきながらも、背中を支えて彼女を座らせる。
 あちこちが痛むからか何度も顔を歪めては居たが、どうやら動けない程の重症は負っていないらしく、骨折もなさそうだった。

「思ったより頑丈で何よりだぜ。とりあえず前哨基地に戻るぞ」

「前哨基地……あっ! そう、そうだよ! ダマルさん、第二警戒隊に増援を――」

「だろうとは思ったが、お前が伝令に出されるくらい状況悪ぃのか?」

「……さっきみたいな化物だったの。大きいのも小さいのも含めて20匹くらい出てきて、とても警戒隊だけじゃ敵わないから、足止めしている間に状況報告と応援を呼びに行けって隊長がね。私は戦いの役にたてないから、それで伝令を」

 彼女はそう言って困ったように笑う。
 騎士に対して戦えないなどとんでもない侮辱だろうが、俺はその顔も知らない隊長に心の底から感謝した。あんな化物を相手にして、実際ジークルーンは何もできなかっただろう。

「そうか。ならさっさと行こうぜ」

「えっ、でも……ダマルさんが伝えてくれるなら私は戦場に――」

「馬鹿言ってんじゃねぇ。俺からじゃ報告なんて聞いちゃもらえねぇだろうし、そもそもどうやってお前戦場に戻るつもりだ? 可哀想だがこの鹿、脚折れてんぞ」

 俺が兜を向けた先では、礫が直撃した軍獣が苦しそうに呻いている。残念ながらこれは助からないだろう。
 それにもしこの状況で彼女が意地でも戻ると言うのなら、俺は鹿の眉間に弾丸を撃ち込むなり、彼女の顎を打って気絶させるなりして、意地でも基地へ連れ帰るつもりだった。
 余程の奇跡が起きなければ、第二警戒隊は既に全滅しているだろう。彼女が見た敵の数が正確ならば、20匹程度しか居ない内の1匹が、ジークルーン1人を追ってきていたのだ。彼我の戦力はそれほどまでに圧倒的と考えるのが妥当である。
 だが、ジークルーンは自らが戻っても役に立たないことが身に染みていたのか、それでもなどと我儘を言うこともなく、その目尻に薄く涙を溜めながら弱弱しい笑顔をこちらに向けた。

「そ、そっか……そうだよね、ごめん」

「謝るぐらいなら、与えられた仕事をきっちりこなせ。泣こうがションベン漏らそうが、お前は軍人なんだろ」

 細い腕を掴まえて身体を引き起こせば、ジークルーンはフラフラと立ち上がる。骨折はなくともそこかしこを打撲しているらしく、彼女は俺に寄り添うようにして歩き始めた。

「言い方がお下品だよぉ」

「育ちが悪ぃもんでな。不快だってんなら、全部終わってからいくらでも謝ってやるよ」

「……不快とかじゃなくって、その――本当に、ダマルさんが来てくれたんだぁって、思っただけ」

 ジークルーンは小さく首を振りながら、涙を拭って鼻を啜り微笑む。
 女を泣かすのはベッドの上でだけ。以前そう口にした自分はただのペテン師だったらしい。おかげで自嘲的な笑いにカタカタと顎が鳴った。
 自分が今考えるべきは、この戦場から身内を救援することであり、長期的展望ではミクスチャ騒ぎを収束させる手立てであろう。
 だというのに髑髏の中にありもしない脳味噌は、どうやってこの優しすぎる娘を戦場から離れさせるかばかりだった。
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