悠久の機甲歩兵

竹氏

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定住生活の始まり

第205話 さざ波

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 世界が茜色に染まる頃。グラスヒルから全力で偵察用バイクを走らせ続けた俺は、目標地点のすぐ傍に身を伏せていた。
 兜の中でズームされた画面に映る前哨基地では、櫓や門の上から兵士が辺りを警戒する姿が見て取れる。
 しかも基地の全周を覆う丸太木壁には何本もの矢が突き立っており、門の外には倒れた帝国兵の亡骸も転がっているなど、どうにも戦闘が起こっていた事は間違いない。だというのに包囲はおろか敵集団の姿は見えず、俺は首を捻った。

「ドンパチタイムかと思ったんだが、なんか攻撃側はやる気ねぇ感じだな」

「散兵による攪乱でしょうね。こっちを疲弊させるつもりみたい。あぁ、ほらまた」

 そう言ってマオリィネが指さしたのは、防壁上で警戒していた王国軍兵士が崩れていく様だった。胸から矢が生えている運の悪いそいつが転げ落ちると、櫓でけたたましく鐘が打ち鳴らされて王国軍側から応射が行われる。
 しかし帝国側はまともに対応しようとせず、王国軍も手ごたえがなかったからかすぐに攻撃を取りやめてしまう。まるで襲撃に慣れ切っているかの如き判断の速さに、俺は呆れて兜を撫でた。

「嫌がらせって奴だな。相手の損害はほぼ見えねぇのに、味方ばっかり削られていくっつぅのは辛いぜ」

「そうね。あんな様子だと、もう警戒隊が敵への逆襲に出撃してるかもしれない」

「帝国も手間なことをするもんだな。物量で勝ってんなら押しつぶしちまえばいいだろうに」

「オブシディアン・ナイトの戦線復帰を知られたのかもね。テイムドが居るんじゃ、物量なんてあってないようなものだもの」

 尤もな意見に、それもそうかと俺は兜を鳴らした。
 手の内を読まれている状況がいいとは言えないが、しかし読んだからと言って対処できなければ同じことである。いくら帝国がミクスチャを戦力として扱おうとしているとはいえ、マキナの存在を甘く見ることは難しいはずだ。

「そんじゃ今は、総攻撃前の準備行動ってとこか? ご苦労なこった」

「絶対に負けられないからでしょうけど――今度は歩兵ね。嫌がらせも手が込んでるわ」

 攻撃が止んでから僅かに間をおいて、再び前哨基地の方が一層騒がしくなる。
 西日が作り出した影から現れたのは、投げ槍を構えた歩兵の一団だった。弓兵が逃げ撃ちするばかりだった中への奇襲で、ようやく一息ついたばかりの王国軍兵士たちは、またも戦闘態勢を余儀なくされてしまう。

「ダマル、あれ追い払える?」

「あん? 無駄弾使う気はねぇぞ、何が起こるかわからねぇんだからよ」

「別に国のためとは言わないわ。ただこのままチクチクやられていたら、いつまで経っても中に入れないじゃない。時間は有限よ」

 これまた正論である。
 マオリィネは貴族令嬢であり、その見た目と剣の腕から軍内では名が知れている。それと共に行動していて、流石に背後から射られることはないだろう。なにより敵が跋扈ばっこする中で開門させるというリスクを背負わせる分、王国側に恩を売っておくのはトラブルを避ける上でも悪いことではない。
 俺は倒してあった偵察用バイクを引き起こし、機関拳銃片手に跨ってキーを回してため息をつく。必要なこととはわかっていても、わざわざ手間を増やされて楽しいはずもないのだ。

「くそ面倒臭ぇ話だぜ。怪我すんなよ」

「戦場でケガするななんて、古代人は無理言うわよね」

 軽く苦笑を漏らすマオリィネから対戦車ロケット弾発射器を受け取り、ストラップで背中に担ぎなおす。狭くなったタンデムシートでは座りにくかったからか、彼女はステップの上に立ったまま左手だけを俺の肩に添える。
 マオリィネは騎乗に慣れているからか、バイクの加速や速度感に喚いていたのは最初だけで、今では抜き身のサーベルを構える余裕があった。

「手前で下ろしてやる。敵が逃げ出すまで攪乱したら、正面の門で集合だ」

「言われなくてもそのつもりよ」

「そいつぁ結構なこった。行くぜ!」

 スロットルを大きく開ければ、エーテル機関の高い音を響かせてバイクは勢いよく土の地面を駆けだした。
 隠れる必要もないためヘッドライトを進路に向けて照射し、迫る夕闇を切り裂きながら突き進めば、草陰から飛び出した敵兵が驚いて尻もちをつく。

「オラぁ、タイヤ痕のタトゥー入れられたくねぇなら、道開けやがれ!」

 フッフゥと叫びを上げながら、正面に現れた敵兵の頭を機関拳銃で吹き飛ばせば、まもなく敵に動揺と混乱が広がり始める。
 何せ見たこともない光を灯した鉄の馬が、甲高い音を立てて戦場を突撃してくるのだ。帝国兵が竦むのは当たり前で、王国軍の弓兵達でさえ唖然としていた。
 俺はその隙を逃すことなく車体を振って止まり、近くで棒立ちになった帝国兵たちに銃火を走らせる。

「いけマオリィネ!」

「流れ弾とか勘弁して頂戴ね!? やぁっ!」

 マオリィネは素早くバイクから飛び降りると、勢いもそのままに銀の刃で敵兵を切り伏せた。
 戦場を嫌いだと言いながらも、まるで流れるような所作には慣れが感じられる。夕日にサーベルが煌めけば、パッと血が散り1人2人と敵が倒れ、乱れぬ黒髪は戦乙女と呼ぶにふさわしい佇まいだ。

「ほら、どんどんいらっしゃいな! 相手してあげるわよ!」

 彼女が血振りをくれれば、苦い表情を浮かべて帝国兵が後ずさる。
 しかしそれで逃げ帰るほど腰抜けでもなかったらしく、数人を率いる長らしき人物が剣を抜いて号令を飛ばした。

「怯むな! 槍で囲め!」

「応ッ!」

 命令に従って長槍を抱えた兵士たちが10人ほど集まってくる。
 いかにマオリィネのサーベルは刀身が長くとも、槍の間合いには敵わない。それも複数人から刺突を繰り出されれば、彼女とて躱して反撃するのは困難だろう。
 ただし槍を超えるリーチを持つものが他に居る場合、この戦術は全く役に立たないが。

「串刺しにしてや……! あ?」

 金属製の兜に風穴が1つ。
 たかが薄い鉄板である。それでは拳銃弾さえ防げはしない。
 突然長らしき男が倒れ込んだことで、槍を手にして号令を待っていた兵士たちは驚き、咄嗟に振り返ってしまった。前には敵将が居るというのにだ。

「よそ見なんて、いい度胸よねっ!」

 真銀で作られた刃の切れ味が鋭いのか、あるいはマオリィネの腕が凄まじいのか。たった一振りで正面に居た兵士の腕が槍諸共に宙を舞う。そして返す刃で隣の兵士は綺麗に喉を掻き斬られて倒れ込んだ。
 広がる動揺にせっかくの包囲が崩れていく。息を合わせれば倒せたはずの相手でも、1人で槍を突き出せば軽く払われて、気づけば振るわれる剣の餌食となる。
 まだそれでもと、数人で同時にかかろうとした奴は居た。だがそんなことをさせてやるほど俺は甘くない。

 ――逃げりゃいいものをなぁ。

 軽い銃声が鳴り響けば、足並みを合わせていたはずの仲間が倒れ、息が乱れればマオリィネの刃に敵うはずもない。あっという間に10人の槍兵たちは全滅し、残った敵兵は圧倒的な力量を察してかじりじりと後退していく。
 それに加え前哨基地を攻撃していた部隊が壊滅したのだろう。王国軍側から勝鬨が上がったのを聞いて、帝国兵たちは一目散に逃げだしていった。

「こんなもんだろ」

「ええ、8人も斬ったのだから上等よ」

 マオリィネはフンと自慢げに鼻をならしながら愛刀を鞘に叩き込み、ゆっくり前哨基地の門へと歩み寄っていく。その後ろに俺はバイクを押しながら続いた。

「王国軍白色騎士団所属、マオリィネ・トリシュナーである! 門を開けられよ!」

「騎士トリシュナー、応援感謝する! しばしそのまま待たれよ」

 彼女の声に応じたのは、同じ騎士団所属なのであろう、似通ったラメラーアーマーを纏った騎士だった。顔見知りなのか、マオリィネに軽く手まで振って見せている。
 こういう場面で知人の存在は大きく、間もなく門が開かれて俺たちは誰何もされないまま前哨基地の中へと迎えられ、大きな天幕の中へと案内された。
 どうやらそこは作戦室の役割を果たしているらしい。中央に大きなテーブルが置かれ、その上には周辺の地形図が広げられていた。ついでにそれを睨んでいる小太りの中年男までセットである。

「まさかお前が応援に来るとはな。勅命を受けていると聞いていたが?」

「事情は色々とありまして、ホンフレイ卿」

 ここの指揮を任されているらしいホンフレイと呼ばれた中年貴族は、マオリィネの曖昧な言葉にじろりと訝し気な視線を向けたが、すぐにため息をついて腰の後ろに手を回した。

「まぁそちらの事情は詮索すまい。わざわざ呪いの騎士とやらまで連れてきてくれたのだからな」

「これは珍しい。噂嫌いの貴方が英雄のことをご存知とは」

「あれだけ吟遊詩人どもがヤイヤイ騒げば嫌でも耳に入るわ。まぁこの際だ。敵でなければなんでもかまわん」

 忌々しげに中年貴族は唸ったが、現状では噂話がどうのというより、目の前の帝国軍の方が余程鬱陶しいのだろう。地形図に視線を落とすと、上に置かれた駒を小突いた。

「状況は見ての通り、散発的な戦闘ばかりだ。お前たちが蹴散らした連中が最後だったらとは思うが、帝国軍の物量を考えればそれもないだろう」

「警戒隊は出ているのでしょうか?」

「今のところ第一警戒隊に北西を、第二警戒隊に南西を任せて偵察に当たらせてはおる。だが敵主力発見の報は未だに届かん……見つかればオブシディアンナイトで蹴散らしてやれるというのにだ」

 地形図に書かれている記号はなんとなく意味が読み取れる。川であろう模様を挟んだ対岸へ2つのコマが上下に分かれて展開されており、およそどのあたりで行動しているかが示されていた。
 その南側、青く塗られた駒の位置にジークルーンは居る。俺はその地図情報をできるだけ頭に叩き込み、ついでに気付かれないよう兜に内蔵した機能で画像を撮影し、俺は腕を組んだ。

「ホンフレイさんっつったな。警戒に出てる部隊はいつ戻る?」

「……騎士殿は随分気安い男のようだ。恩人でなければ腹もたっただろうが、まぁいい。日暮れには戻るだろう、野営装備などもっておらんのだからな」

「そうかい、それ聞いて安心したぜ。マオリィネ、後は頼む」

「――ええ、わかったわ」

 知るべき情報はすべて得られた。
 別に俺は中年親父と歓談を決め込みに来たわけではないため、軽くガントレットを振って天幕を後にする。背中に訝し気な視線を感じても、相手が貴族であるなら俺の出番ではない。
 外に出てみれば既に太陽は地形に接するくらい低い位置にあった。
 ホンフレイの言葉を信じるならば、もう少しすれば警戒隊は戻ってくるのだろう。何事もなければ、だが。

 ――くそ、落ち着かねぇもんだな。

 普段なら言われた通り、煙草でも吹かしながらジークルーンの帰りを待ったことだろう。だが、どうにも気が急いているらしく、俺はバイクを押して門を通してもらうと、南東方向へ向けて走り出した。
 別に何事もなければそれでいい。だが何かが起こってからでは遅いのだ。


 ■


 第一警戒隊が前哨基地へと戻ってきたのは、ダマルが1人南東へ走り出してから間もなくのことである。
 より詳しい状況説明を受けていた私は、ホンフレイの後に続いて天幕を出ると、第一警戒隊は戦果を得たりと意気揚々に門をくぐっていた。

「部隊長、状況を報告せよ!」

「ハッ! 我ら第一警戒隊は潜伏していた帝国軍小部隊への逆襲に成功し、これを殲滅。指揮官を含め、捕虜数名を捕らえて参った次第です!」

 ご覧あれ、と第一警戒隊の部隊長は、縄で繋がれた数人の敵兵を指し示す。
 軍獣に合わせて走らされたからだろう。既に捕虜の多くはボロボロであり、指揮官らしき男も暴行を受けたのか顔を腫らせていた。
 しかし、今までほぼ一方的な守勢に回らされていた王国軍にとって、情報を持つ指揮官を捉えられたことは大きく、ホンフレイは細い髭を撫でながら鷹揚頷く。

「うむ、見事な戦果であるぞ。直ちにそ奴らから情報を聞き出すとしよう。お主らは食事をとって先に休むがいい」

「ハハ! ありがたきお言葉!」

 部隊長は誇らしげに兵士たちを連れて下がっていく。
 残されたのは大人しくしている捕虜とそれを囲む数人の兵士ばかりで、ホンフレイはそれらを改めて眺めるとフンと鼻を鳴らした。

「さて……洗いざらい喋ってもらわねばな。尋問官を――」

「ホンフレイ卿」

 指示を出そうとしたところに横やりを入れられ、中年貴族は軽く舌打ちをしながら面倒くさそうに振り返る。
 そこには数人の重装兵を護衛を連れた、見目麗しい爽やかな青年が立っていた。

「パーマー卿、何用かな?」

「いえ戦果を得たと耳にしたものですから、反攻ならば私に行かせてもらえないかとね」

 むっつりと不機嫌そうな表情を浮かべるホンフレイに対し、王国最強戦力のテイマーたるアナトール・パーマーは笑顔を崩さない。
 テイムドメイルが居る以上、彼が共にあるのは必然である。しかし中年貴族はどうにもこの男が苦手らしく、だからといって邪険にもできないため渋々と対応していた。
 斯くいう自分もアナトールはあまり得意ではない。彼は気さくで常に柔らかな笑顔を浮かべているのだが、それがどうにも胡散臭く思えてしまうのだ。
 とはいえ言葉も交わさないまま立ち去るわけにもいかず、私は作り物の笑顔を浮かべ、見え透いたお世辞を口にする。

「オブシディアンナイトが堪えきれないのかしら? 帝国軍もかわいそうですね」

「おお! トリシュナー令嬢じゃないか! 英雄付きを命じられていると聞いていたが、いつこっちに来たんだい?」

 辺りはそろそろ篝火が必要になってくる暗さだというのに、アナトールがぱっと表情を明るくしたのはハッキリ見て取れる。
 ダマルがオブシディアンナイトを修復した一件以来、彼は私と会うたびこの調子だった。無論テイムドメイルという戦力が彼にとって、またパーマー子爵家にとってどれほど大きな存在かを考えれば、それも当然だろうが。

「事情は色々とありまして。ただ、敵の動向はまだ掴めていないのでしょう?」

「この場でコイツらが吐いてくれでもしないことにはな」

「――なるほど、捕虜ですか。いや警戒隊も見事なものだ。労力ばかりかかるというのに、キメラリアまで連れてきてしまうとは」

 地面に座らされた帝国兵たちを見下ろして、彼らは肉食獣が餌を見るように目を煌めかせる。特にアナトールは心底面白そうに、口の端を歪めてみせた。
 それを見たホンフレイは軽く肩を竦め、しかし、考えは同じと言わんばかりに彼の肩を叩いた。

「見せしめの役には立つ。ちょうどいいパーマー子爵、尋問官を誰にするか、そちらで決めてもらえんか?」

「ええ喜んで。皆が戦っているのに、守られているだけで何もせずというのは、どうにも居心地が悪いものですから」

 冷たい笑み。それは敵に向けるものだからに過ぎないだろう。
 貴族の間に蔓延るキメラリアを見下す思想は、奴隷化法案推進派を失脚させたところで簡単には変わらない。
 別に敵兵を庇うつもりなど自分には全くないが、しかしアナトールの明らかな侮蔑の視線にはやはり反感を覚えてしまう。
 だからせめて安らかなれと私は捕虜のキメラリアに視線を流した。

 ――笑っている?

 そこにあったのは、虜囚とは思えぬ不敵な表情。それも虚ろな瞳どこか狂気じみて見える。
 そんな違和感から思い出されたのは、を伝えるホウヅク伝の内容だ。頭の中が嫌な予感に支配され、急激に全身から体温が失われていく。

「卿、そいつらから離れ—―!」

 血飛沫が花びらの如く辺りに飛び散ったのは、直後のことだった。
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