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定住生活の始まり
第204話 正体不明の敵(後編)
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「まさかあんな簡単に全滅させちゃうとはねー、ちゃんとでっかい方も借りてきたのになぁ……これじゃどっちが化物だかわかんないわ」
自分は未だ警戒態勢だというのに、間延びした声は一切緊張感なくそんなことを喋る。
それは自分の横、一本だけ生えていた背の高い木の上から響いていた。レーダーに反応しなかったのは、また粉虫でも飛んでいたのか、あるいは衛星リンクが断たれたレーダーが相変わらずポンコツなだけか。
『誰だ。武器を捨てて姿を見せろ』
揺れる木にマキナ用機関銃を向けて構える。
少なくともさっきの連中を知っているような口ぶりから、ただ戦闘に巻き込まれただけの近隣住民ということもないだろう。指示に従わない素振を見せれば、樹木ごと軽量化処理を施してやるつもりだった。
「こわいこわぁい。せっかくの出会いなんだからさ、そうカリカリしないでよぉ、マキナ使いさぁん?」
『なん、だって?』
ぞわり、と背筋が粟立つ。
それは現代人が知るはずのない、リビングメイルを定義する太古の名前。
間延びした声の主はこちらの戸惑う反応が面白かったのか、奇妙な笑いを一層大きく響かせながら太い枝を揺らす。
「くふふふふ、その様子じゃ英雄君も知ってるんだねぇ。ソレがただの道具で、人が使うのが正解だってこと」
心の中で警戒感が高まっていく。
少なくとも声の主はマキナを知っている。それだけで機甲歩兵の優位性が完全に失われることはなくとも、今までにない脅威であることに変わりはない。
何より、自分たち以外の古代人が現代に居るのか、という疑問を解決する必要を生じさせた。
『……お前は誰だ。神代を生きた人間なのか?』
「んん? 昔はキメラリアって特別だったとか聞いてたけど――あっ、そうか見えてないのか。そりゃわかんないよね、ごめんよごめんよ」
声の主は1人で何か納得したように呟くと、常緑樹の葉を落としながらようやく地面に飛び降りてきた。
視界に現れたのは毛皮を胸と腰に巻いただけという、やけに露出の多い恰好をした長身の女キメラリアである。どうやら毛無ではないらしく、腕と足はゴワゴワした黒い体毛に覆われており、暗い灰色をしたベリーショートの髪からは丸い耳が覗いていた。
「ほれ、見ての通りのキムンさんだ。神代の人じゃなーいよっと」
どうだとばかりに彼女は白い歯を見せて笑う。見事に筋肉質な腕を組めば、体格に合わせて豊満な胸が大きく揺れた。
だがキムンであれなんであれ、キメラリアである時点で彼女は太古の人間ではないことは確実である。となれば熊女が一体誰から聞いたかが問題であり、僕はちらとその背に結われた巨大な錨に視線を流して声を低くした。
『武装解除に応じるつもりは?』
「へぇ? 英雄様はマキナに乗っててもキムンが怖いのかな?」
『くだらない問答で時間を浪費するつもりはない。指示に従わないなら殺す』
翡翠の火器管制システムに教え込んで、彼女の頭を正確にロックオンする。なんならサブアームの突撃銃まで展開して、敵対と分かれば1秒かからず粉砕できる構えをとった。
しかしキムンの女は先ほどまでの戦いを傍観していたとは思えぬ反応で、鼻を横切って頬まで走る白いフェイスペイントを小さく掻くと、小さくため息までついて見せる。
「お堅いなぁ……ここはお互いを知るタイミングだろう? あーごめんごめん、名乗ってなかったかな。オレはサンタフェ、よろしくぅ」
余りにも気安い自己紹介に、僕は苛立ちを覚えてギリと奥歯を鳴らした。
銃口を突きつけられているという状況にもかかわらず、彼女からは一切の恐怖が感じられない。それどころかこちらの反応を楽しんでいる節すら見られる。
『死にたいなら、そうさせてやるが』
「まっさかぁ。オレは別に帝国軍の軍人でも、わけわかんないルールが好きな騎士でもないってば」
『命乞いのつもりか? それを信じるとでも?』
まったくちぐはぐな言い訳に、僕はトリガにかかった指を自制するのに苦労した。
確かにサンタフェの恰好は騎士に見えるものではないが、帝国軍人でないならば化物を使ってまでエリネラたちを追撃する理由がわからない。
だが彼女はこれを頑として譲らなかった。
「ホントだって。オレはやりたいことがあるから御大の下で働いてるだけで、あの人も別に帝国軍って訳じゃないしー? あぁでもレディ・ヘルファイア取り逃がしちゃったから怒られるかな」
訳知り顔で鼻を鳴らすサンタフェは軽々しく、しかし聞き捨てならない単語を口にする。
帝国軍人ではなく、しかし別の何か従って動く。それはつまり、帝国と同調こそすれど、違う意思決定権を持つ何かが存在していることを意味していた。しかもエリネラの襲撃に加担した以上その何かは、ミクスチャに関する証拠が漏洩することで不利益を被る存在ということになる。
これを聞き出さない訳にはいかなかった。
『御大とは誰だ? お前は何を知っていて、どういう目的で動いている』
「英雄君は随分質問攻めが好きだねェ……でもちょっとくらいオレ自身に興味を持ってくれてもいいんじゃない?」
ゆっくりとサンタフェは踵を返す。
まるで武器を向けられている感覚がない動きに、僕はトリガに力を込めて警告を発した。
『おい、動くんじゃ――』
『キョウイチ!』
だがそれは悲鳴のような無線に上書きされる。
僕が慌てて玉匣を振り返ってみれば、なんとそこにはいつぞや相手にしたあのミクスチャが1匹、ギチギチと気味の悪い声を鳴らして立っていた。
『馬鹿な!? この見通しでアレがレーダーにかからないなんてことが……!?』
「へぇ、ホントに粉虫が目くらましになるんだね」
自分の足元で砕け散る小さなガラス瓶。
これで何故サンタフェがレーダーに捕捉されずに木の中へ隠れ、またあのミクスチャが隠れていられたかが理解できた。
「じゃあ今日はここまでねぇ。今度会ったら、英雄君の事も教えておくれよー?」
そう言ってサンタフェは軽くスキップしながら丘を上がっていく。
だがマキナの名前だけではなく電子装備の弱点まで知っている敵を逃がすわけにもいかず、僕はその背に素早く銃口を向ける。
『おい止ま――ッ!?』
ヘッドユニットに浮かぶレティクルの向こう。そこにあった宙を舞う2本の黒い筒の姿に、自分は呆気にとられた。これは慢心に過ぎないが、まさか自分たち以外で使い方を知っている者が居るとは思っていなかったのだ。
――閃光発音筒!
そう思った直後に眩い閃光がヘッドユニットを包み、鳴り響く高周波がヘッドユニットのスピーカーにハウリングを引き起こす。
あまりに急激な感光に、翡翠のシステムはカメラを保護するバイザーを下ろしモニターを暗転させ、高音も瞬時にミュートすることで一切を防ぎきる。しかし直ちに回復した視野は同時に投げられたらしい発煙手榴弾の煙で覆われ、状況は全く見えなかった。
『ご主人、大丈夫ッスか!?』
無線越しのアポロニアの声は慌てていたが、正直こちらの様子を気遣う余裕など玉匣にはないはずで、僕は前も後ろもわからないままで叫んだ。
『退避しろ! ミクスチャから離れるんだ!』
『そっちにむかってる! 逃げて!』
続けて薄く聞こえたのはシューニャの声。その切迫した様子に僕はセンサーを赤外線に切り替れば、既にミクスチャは目の前まで迫っていた。
咄嗟にジャンプブースターに点火して飛び上がったからよかったものの、掠めて通った異形の姿には冷や汗が出る。
『全くやってくれる……だが!』
機体が上昇から自由落下に入った頃、通り過ぎたミクスチャをシステムが捉えた。視界一杯に広がるモニターでは、システムが記憶した危険度中を示す黄色のタグカーソルが表示される。
早くトリガを引け、突撃銃は有効ではない、近接戦闘は危険。そんな内容のピクトグラムがいくつも点灯する。だが自分にとっては余計なお世話に過ぎない。
『目標ロック、射撃開始』
重力に従い降下しながら、機関銃から炎が迸った。
ジャラジャラと音を立てながら落ちていく薬莢。上から落ちてくる高速徹甲弾は赤い尾を引いて、暗闇が迫る世界に美しい模様を描く。
個人携行火器をものともせず、マキナの突撃銃でも致命傷を与えられなかった相手である。その表皮をマキナ用機関銃は見事貫いて見せた。
翡翠の足が地面に着く直前まで射撃を続ければ、過熱した銃身から白い煙が吹き上がる。しかしおかげで醜悪な異形は、大量の風穴を穿たれて地に倒れていた。
『――あの日のコマンダーに会ったら、銀貨をありがとうとでも伝えてくれ』
周囲に敵影がないことを確認して、僕は戦闘態勢を解除する。
レーダーを潰されている以上目視に頼るほかないが、既にサンタフェは完全に離脱したらしく影も形もない。敵ながら随分手慣れた引き際だと感心してしまった。
『キョウイチ、聞こえる?』
『ああ、周辺状況クリアだ。合流しよう』
『ん……わかった』
無線からようやくまともに聞きとれたシューニャの声から、僅かな安堵が滲んでいた。それは自分たちに損害を出さず、ヘンメ達一行の救助という目標を達することができたからだろう。
しかし圧倒的優位だったはずの状況から、拭えない不安が生まれたこともまた事実であり、とてもではないが喜べなかった。
■
「助かったよアマミ。あんがとね」
僕が翡翠を脱ぐなり、そう言ってエリネラは寝台に寝かされたまま目礼をしてみせる。
望遠でしか見えていなかった彼女は負傷が原因なのか、以前と違って覇気がなかったが、命に別状はなさそうで安心した。
「無事で何よりだ。具合は?」
「まだまともには動けないかなぁ。あぁでもこのベッドはフカフカで最高だね、藁とは比べらんないや」
そう言って彼女は幸せそうに目を細める。
ようやく逃避行から解放されたこともあるのだろう。エリネラはちらとこちらをみて微笑むと、そのまま寝息を立て始めてしまった。
本当なら彼女にも聞かなければならないことは多い。しかし疲弊した身を叩き起こすことは流石にできず、僕はズレた毛布をそっと直しながら、背後で黙り込む男に質問を投げた。
「セクストンさん、追手の素性について何かわかりませんか」
「あくまで想像だが皇帝陛下お抱えの秘密部隊か何かだろう。帝国が禁忌に手を染めているのだから、それくらいしか思いつかん」
「では帝国軍にキメラリア・キムンの将が居ると?」
「なんだと? それはありえない話だぞ」
僕の質問にセクストンは隠そうともせず訝しげな表情を浮かべる。しかもその隣ではアポロニアも同調するように頷いて見せた。
「そりゃ当然ッスね。キメラリアが隊長なんてことになったら、たとえ十卒長程度でも下につく人間の兵士がこぞって離反するッス」
「そういうことだ。普通の人間なら誰でも、自分の頭上にキメラリアが立つことなど容認できるものではない。たとえそれがキムンであってもな」
現代においては人間の地位が高く、キメラリアには差別的な対応をして当たり前だと、生真面目な騎士補は淡々と語る。だが今は人権問題を議論するつもりはなく、明確にサンタフェの発言を裏付ける根拠が必要だっただけだ。
「帝国軍とは別に化物を生み出す別組織がある、か」
「だとしても、そいつらはもう帝国にガッチリ根を張ってるぜ。なんせ皇帝居城の地下に化物を放ってたんだからな」
馬鹿げた話だとヘンメは義手を遊ばせながら、くっくと喉の奥で笑う。
これがただミクスチャを作っているだけの連中なら、最早帝国そのものをひとまとめに敵と断じることもできた。だがそれ以上に、太古の技術を知っており、用いることができるというのが、自分にとっては引っ掛かっていたのである。
「……シューニャ、少し休んだら出発しよう。ダマル達が心配だ」
「わかった。ファティ、少しだけ寝床貸して」
「はぁい」
1日中玉匣を走らせていたシューニャは、ファティマに引き上げられるようにして寝台上段に潜り込んでいく。
一方の僕はヘンメとセクストンに寝袋を譲り、ポラリスをアポロニアに預けて砲手席へと身体を潜り込ませてモニターを睨んだ。
自分が浅い仮眠をとるのは、玉匣が走り出してからの事である。
自分は未だ警戒態勢だというのに、間延びした声は一切緊張感なくそんなことを喋る。
それは自分の横、一本だけ生えていた背の高い木の上から響いていた。レーダーに反応しなかったのは、また粉虫でも飛んでいたのか、あるいは衛星リンクが断たれたレーダーが相変わらずポンコツなだけか。
『誰だ。武器を捨てて姿を見せろ』
揺れる木にマキナ用機関銃を向けて構える。
少なくともさっきの連中を知っているような口ぶりから、ただ戦闘に巻き込まれただけの近隣住民ということもないだろう。指示に従わない素振を見せれば、樹木ごと軽量化処理を施してやるつもりだった。
「こわいこわぁい。せっかくの出会いなんだからさ、そうカリカリしないでよぉ、マキナ使いさぁん?」
『なん、だって?』
ぞわり、と背筋が粟立つ。
それは現代人が知るはずのない、リビングメイルを定義する太古の名前。
間延びした声の主はこちらの戸惑う反応が面白かったのか、奇妙な笑いを一層大きく響かせながら太い枝を揺らす。
「くふふふふ、その様子じゃ英雄君も知ってるんだねぇ。ソレがただの道具で、人が使うのが正解だってこと」
心の中で警戒感が高まっていく。
少なくとも声の主はマキナを知っている。それだけで機甲歩兵の優位性が完全に失われることはなくとも、今までにない脅威であることに変わりはない。
何より、自分たち以外の古代人が現代に居るのか、という疑問を解決する必要を生じさせた。
『……お前は誰だ。神代を生きた人間なのか?』
「んん? 昔はキメラリアって特別だったとか聞いてたけど――あっ、そうか見えてないのか。そりゃわかんないよね、ごめんよごめんよ」
声の主は1人で何か納得したように呟くと、常緑樹の葉を落としながらようやく地面に飛び降りてきた。
視界に現れたのは毛皮を胸と腰に巻いただけという、やけに露出の多い恰好をした長身の女キメラリアである。どうやら毛無ではないらしく、腕と足はゴワゴワした黒い体毛に覆われており、暗い灰色をしたベリーショートの髪からは丸い耳が覗いていた。
「ほれ、見ての通りのキムンさんだ。神代の人じゃなーいよっと」
どうだとばかりに彼女は白い歯を見せて笑う。見事に筋肉質な腕を組めば、体格に合わせて豊満な胸が大きく揺れた。
だがキムンであれなんであれ、キメラリアである時点で彼女は太古の人間ではないことは確実である。となれば熊女が一体誰から聞いたかが問題であり、僕はちらとその背に結われた巨大な錨に視線を流して声を低くした。
『武装解除に応じるつもりは?』
「へぇ? 英雄様はマキナに乗っててもキムンが怖いのかな?」
『くだらない問答で時間を浪費するつもりはない。指示に従わないなら殺す』
翡翠の火器管制システムに教え込んで、彼女の頭を正確にロックオンする。なんならサブアームの突撃銃まで展開して、敵対と分かれば1秒かからず粉砕できる構えをとった。
しかしキムンの女は先ほどまでの戦いを傍観していたとは思えぬ反応で、鼻を横切って頬まで走る白いフェイスペイントを小さく掻くと、小さくため息までついて見せる。
「お堅いなぁ……ここはお互いを知るタイミングだろう? あーごめんごめん、名乗ってなかったかな。オレはサンタフェ、よろしくぅ」
余りにも気安い自己紹介に、僕は苛立ちを覚えてギリと奥歯を鳴らした。
銃口を突きつけられているという状況にもかかわらず、彼女からは一切の恐怖が感じられない。それどころかこちらの反応を楽しんでいる節すら見られる。
『死にたいなら、そうさせてやるが』
「まっさかぁ。オレは別に帝国軍の軍人でも、わけわかんないルールが好きな騎士でもないってば」
『命乞いのつもりか? それを信じるとでも?』
まったくちぐはぐな言い訳に、僕はトリガにかかった指を自制するのに苦労した。
確かにサンタフェの恰好は騎士に見えるものではないが、帝国軍人でないならば化物を使ってまでエリネラたちを追撃する理由がわからない。
だが彼女はこれを頑として譲らなかった。
「ホントだって。オレはやりたいことがあるから御大の下で働いてるだけで、あの人も別に帝国軍って訳じゃないしー? あぁでもレディ・ヘルファイア取り逃がしちゃったから怒られるかな」
訳知り顔で鼻を鳴らすサンタフェは軽々しく、しかし聞き捨てならない単語を口にする。
帝国軍人ではなく、しかし別の何か従って動く。それはつまり、帝国と同調こそすれど、違う意思決定権を持つ何かが存在していることを意味していた。しかもエリネラの襲撃に加担した以上その何かは、ミクスチャに関する証拠が漏洩することで不利益を被る存在ということになる。
これを聞き出さない訳にはいかなかった。
『御大とは誰だ? お前は何を知っていて、どういう目的で動いている』
「英雄君は随分質問攻めが好きだねェ……でもちょっとくらいオレ自身に興味を持ってくれてもいいんじゃない?」
ゆっくりとサンタフェは踵を返す。
まるで武器を向けられている感覚がない動きに、僕はトリガに力を込めて警告を発した。
『おい、動くんじゃ――』
『キョウイチ!』
だがそれは悲鳴のような無線に上書きされる。
僕が慌てて玉匣を振り返ってみれば、なんとそこにはいつぞや相手にしたあのミクスチャが1匹、ギチギチと気味の悪い声を鳴らして立っていた。
『馬鹿な!? この見通しでアレがレーダーにかからないなんてことが……!?』
「へぇ、ホントに粉虫が目くらましになるんだね」
自分の足元で砕け散る小さなガラス瓶。
これで何故サンタフェがレーダーに捕捉されずに木の中へ隠れ、またあのミクスチャが隠れていられたかが理解できた。
「じゃあ今日はここまでねぇ。今度会ったら、英雄君の事も教えておくれよー?」
そう言ってサンタフェは軽くスキップしながら丘を上がっていく。
だがマキナの名前だけではなく電子装備の弱点まで知っている敵を逃がすわけにもいかず、僕はその背に素早く銃口を向ける。
『おい止ま――ッ!?』
ヘッドユニットに浮かぶレティクルの向こう。そこにあった宙を舞う2本の黒い筒の姿に、自分は呆気にとられた。これは慢心に過ぎないが、まさか自分たち以外で使い方を知っている者が居るとは思っていなかったのだ。
――閃光発音筒!
そう思った直後に眩い閃光がヘッドユニットを包み、鳴り響く高周波がヘッドユニットのスピーカーにハウリングを引き起こす。
あまりに急激な感光に、翡翠のシステムはカメラを保護するバイザーを下ろしモニターを暗転させ、高音も瞬時にミュートすることで一切を防ぎきる。しかし直ちに回復した視野は同時に投げられたらしい発煙手榴弾の煙で覆われ、状況は全く見えなかった。
『ご主人、大丈夫ッスか!?』
無線越しのアポロニアの声は慌てていたが、正直こちらの様子を気遣う余裕など玉匣にはないはずで、僕は前も後ろもわからないままで叫んだ。
『退避しろ! ミクスチャから離れるんだ!』
『そっちにむかってる! 逃げて!』
続けて薄く聞こえたのはシューニャの声。その切迫した様子に僕はセンサーを赤外線に切り替れば、既にミクスチャは目の前まで迫っていた。
咄嗟にジャンプブースターに点火して飛び上がったからよかったものの、掠めて通った異形の姿には冷や汗が出る。
『全くやってくれる……だが!』
機体が上昇から自由落下に入った頃、通り過ぎたミクスチャをシステムが捉えた。視界一杯に広がるモニターでは、システムが記憶した危険度中を示す黄色のタグカーソルが表示される。
早くトリガを引け、突撃銃は有効ではない、近接戦闘は危険。そんな内容のピクトグラムがいくつも点灯する。だが自分にとっては余計なお世話に過ぎない。
『目標ロック、射撃開始』
重力に従い降下しながら、機関銃から炎が迸った。
ジャラジャラと音を立てながら落ちていく薬莢。上から落ちてくる高速徹甲弾は赤い尾を引いて、暗闇が迫る世界に美しい模様を描く。
個人携行火器をものともせず、マキナの突撃銃でも致命傷を与えられなかった相手である。その表皮をマキナ用機関銃は見事貫いて見せた。
翡翠の足が地面に着く直前まで射撃を続ければ、過熱した銃身から白い煙が吹き上がる。しかしおかげで醜悪な異形は、大量の風穴を穿たれて地に倒れていた。
『――あの日のコマンダーに会ったら、銀貨をありがとうとでも伝えてくれ』
周囲に敵影がないことを確認して、僕は戦闘態勢を解除する。
レーダーを潰されている以上目視に頼るほかないが、既にサンタフェは完全に離脱したらしく影も形もない。敵ながら随分手慣れた引き際だと感心してしまった。
『キョウイチ、聞こえる?』
『ああ、周辺状況クリアだ。合流しよう』
『ん……わかった』
無線からようやくまともに聞きとれたシューニャの声から、僅かな安堵が滲んでいた。それは自分たちに損害を出さず、ヘンメ達一行の救助という目標を達することができたからだろう。
しかし圧倒的優位だったはずの状況から、拭えない不安が生まれたこともまた事実であり、とてもではないが喜べなかった。
■
「助かったよアマミ。あんがとね」
僕が翡翠を脱ぐなり、そう言ってエリネラは寝台に寝かされたまま目礼をしてみせる。
望遠でしか見えていなかった彼女は負傷が原因なのか、以前と違って覇気がなかったが、命に別状はなさそうで安心した。
「無事で何よりだ。具合は?」
「まだまともには動けないかなぁ。あぁでもこのベッドはフカフカで最高だね、藁とは比べらんないや」
そう言って彼女は幸せそうに目を細める。
ようやく逃避行から解放されたこともあるのだろう。エリネラはちらとこちらをみて微笑むと、そのまま寝息を立て始めてしまった。
本当なら彼女にも聞かなければならないことは多い。しかし疲弊した身を叩き起こすことは流石にできず、僕はズレた毛布をそっと直しながら、背後で黙り込む男に質問を投げた。
「セクストンさん、追手の素性について何かわかりませんか」
「あくまで想像だが皇帝陛下お抱えの秘密部隊か何かだろう。帝国が禁忌に手を染めているのだから、それくらいしか思いつかん」
「では帝国軍にキメラリア・キムンの将が居ると?」
「なんだと? それはありえない話だぞ」
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「そりゃ当然ッスね。キメラリアが隊長なんてことになったら、たとえ十卒長程度でも下につく人間の兵士がこぞって離反するッス」
「そういうことだ。普通の人間なら誰でも、自分の頭上にキメラリアが立つことなど容認できるものではない。たとえそれがキムンであってもな」
現代においては人間の地位が高く、キメラリアには差別的な対応をして当たり前だと、生真面目な騎士補は淡々と語る。だが今は人権問題を議論するつもりはなく、明確にサンタフェの発言を裏付ける根拠が必要だっただけだ。
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「だとしても、そいつらはもう帝国にガッチリ根を張ってるぜ。なんせ皇帝居城の地下に化物を放ってたんだからな」
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これがただミクスチャを作っているだけの連中なら、最早帝国そのものをひとまとめに敵と断じることもできた。だがそれ以上に、太古の技術を知っており、用いることができるというのが、自分にとっては引っ掛かっていたのである。
「……シューニャ、少し休んだら出発しよう。ダマル達が心配だ」
「わかった。ファティ、少しだけ寝床貸して」
「はぁい」
1日中玉匣を走らせていたシューニャは、ファティマに引き上げられるようにして寝台上段に潜り込んでいく。
一方の僕はヘンメとセクストンに寝袋を譲り、ポラリスをアポロニアに預けて砲手席へと身体を潜り込ませてモニターを睨んだ。
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