悠久の機甲歩兵

竹氏

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定住生活の始まり

第192話 高い崖

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 普段より随分遅い朝の食卓に、スープとパンが並べられる。
 その2種類だけというのは、最近の我が家では見かけなくなっていた庶民らしい食事だった。
 冷蔵庫の配備や食料備蓄量の増大に伴って、我が家の料理の質と種類は大幅に改善している。これは自宅を持ったことによる大きな変化と言えるだろう。
 それも料理人の交代まで含むとなれば、最早いつ以来かわからなかった。

「珍しいわね、ファティマが料理をするなんて」

 そう言いながら、マオリィネは上品にスープを啜る。
 対して久々に得意料理を作ったファティマは、不機嫌そうに尻尾を左右に揺らした。

「犬がうーうー唸るばっかりでベッドから出てこないからですよ。流石元ゲロッパ役立たずです」

「ほぉん、珍しいこともあるもんだなァ。人を氷漬けにした癖に、犬っコロの方が腹壊したとかなら大爆笑して、周りで踊ってやる」

 全身甲冑に身を包んだダマルは、先日の落雪事故を相当根に持っているらしく、カカカと悪い笑いを上げながら、パンを兜の隙間へ押し込んでいく。
 これも朝食の時間が遅くなったことによる弊害であり、サフェージュの来訪に備える必要があったからだ。
 とはいえ、ダマルにしてみればこの格好で食事をすることには既に慣れており、特に零すようなこともなくスープも啜ってみせるのだから、大したものである。

「アポロ姉ちゃん、ぐあいわるいの?」

「多分そんなのじゃないですよ。それに犬ってなんだか頑丈そうですし」

 唯一ポラリスだけは心の底からアポロニアを心配したようだが、状況を見てきたファティマはそれを一刀両断に切り捨てた。
 なお、ほぼ間違いなく彼女が起きてこない原因である自分はといえば、パンを小さくちぎりながら、1人静かに朝食を進めていた。

「……キョウイチ、どうかした? 少し疲れているように見えるけれど」

「いや、ちょっと昨日は寝つきが悪かっただけだよ。大丈夫大丈夫」

 ただあまりにも静かすぎることを不審に思ったのか、シューニャが隣から覗き込んでくる。
 それもどうやら自分の顔は、傍目に見てもわかるくらいの疲れが滲んでいるらしい。
 シューニャは理由を聞きたそうにしていたが、流石に夜明け前まで悶々していました、などと言えるわけもなく、僕は軽く手を振って笑みを返す。
 しかもなんと間がいいことか。ちょうど軽いノックが部屋に転がり込んだことで、彼女の関心はこちらから離れた。

「おはようございまーす! キョウイチさぁん、今日は急ぎの情報がありますよ」

 元気な挨拶の声に僕は好機見えたりと席を立ち、リビングの扉を開けて明るく美少年を迎え入れる。

「おはようサフェージュ君。急ぎってのはなんだい?」

「これ、クローゼさんから直接渡せって言われた依頼なんですけど」

 そう言ってバッグから取り出されたのは、1つのスクロールだった。
 受け取ったそれはやけに質がいい羊皮紙で作られていることから、クローゼからの依頼というのは間違いではないらしい。
 それも封を解いて表題に目を通してみれば、クローゼがわざわざ自分たち宛にと依頼を送り付けてきた理由がはっきり分かった。

「新たに発見されたリビングメイルの討伐、報酬は銀貨200枚」

 自分の背中に視線が集中したのを感じる。
 王国のコレクタユニオンには組織コレクタが珍しいと聞く。それはつまり暴走しているマキナやクラッカーなどの古代兵器が、滅多に現れないという証左でもあった。
 そんな中、着任間もない支配人代理のクローゼにとって、咄嗟にリビングメイルにぶつけられる戦力など早々居なかったのだろう。これを書いてサフェージュに託したビジネスマンの苦悩する姿は容易に想像できた。
 だが古代兵器が相手ならば、自分たち以上に向いている人間が居るはずもなく、おかげでダマルは盛大にカッカッカと笑った。

「随分景気のいい話じゃねぇか。どこぞで動き回ってるポンコツ潰すだけで、今まで使った分全部取り戻せちまう勢いだぜ?」

「800年前からの本業だからねぇ。えっと場所は――」

「ユライアランドの東、ハイパークリフの麓にある遺跡だそうです」

 続きを読もうとした僕を制して、サフェージュはスクロールの1点を指さした。どうやらこのところの働きで、クローゼからは一定の信用を得られているらしい。
 地名を言われても僕やダマルはチンプンカンプンだが、これに地元が近いであろうマオリィネは驚いたように琥珀色の目を見開いた。

「えっ? あそこって私の曽祖父の世代には、全部調査しつくされた場所よ? そんなところからリビングメイルが出てくるなんて」

 彼女の言葉に現代人たちはそれもそうだと頷きあう。
 けれど顔を見合わせた僕とダマルは、自分たちの考え違いに気付いて苦笑した。

「んなもん単純な話じゃねぇか。調査しつくしたとんだろ? 今の技術で見つけられねぇ場所なんざ、それこそ山ほどあるもんだぜ」

「今後は調査済みの遺跡も調べた方が良さそうだね。サフェージュ君、クローゼさんには承知したと伝えてくれ。君にも報酬は弾ませてもらうよ」

 少年は何のことか理解できなかったらしくキョトンとしていたが、こちらとしては重要情報と発想の転換が行えたため、彼の手に銀貨をしっかり握らせたのだった。


 ■


 ハイパークリフと呼ばれる地域に到着したのは、その日の夕方ごろだった。
 その名の由来であろう巨大な崖は、薄暮の中でも圧倒的な存在感を放っており、垂直にそそり立つ様はまるで壁のようである。
 しかも岩肌を露出する壁面は、切れ目が見えない程南北へ長く伸びており、その裾を大地の裂け目から流れ出した大河が洗う様は、まさに自然の驚異であろう。
 そして何より、固い岩壁が地面に高く露出しているというのは、堅牢な地下施設を作ることに向いている。
 実際目標地点であった遺跡という奴もまた、岩をくりぬいて作られているようで、壁面に穿たれた近代的なトンネルが入口となっていた。
 それもどうやら最初は岩盤の崩落で塞がれていたのだろう。先人たちが入り口部分を掘削したあとがハッキリ残されており、おかげで玉匣に乗ったままで内部の広間まで侵入することができた。
 しかしそこで降車した僕は、その場所を見回してなんだとため息をつく。

『こりゃいきなり格納庫だね』

 それも今まで見た中では格段に大型の施設だ。
 例のマキナや自動機械を暴走させるウイルスがここでも暴れたのか、放置されている車両たちは大半が滅茶苦茶に破壊されている。しかしその数が今までの比ではなく、輸送トラックや装甲兵員輸送車はとにかく大量に、加えて主力戦車に自走対空砲、自走ロケット砲まで置かれていた。勿論その中には同じシャルトルズの姿もある。
 そのどれもが過去に調査を行ったコレクタたちには、ただの金属塊として捨て置かれたか、あるいは重すぎて運ぶ手段がなかったかのどちらかであろう。
 こうなれば意外とあっさり戦力強化もできそうだと1人で頷いて居れば、通信機から呪詛のような声が響き渡った。

『なぁ、なーんで俺はお前と2人っきりで、スカベンジャーごっこしなきゃならねぇんだ?』

『そう何度も言わなくていいじゃないか。今回の仕事はそう難しくもないし、たまに男だけの方が気楽でいいだろう?』

 そう言って僕が苦笑すれば、ダマルは深淵にまで届きそうなため息をついた。
 こうして骸骨と2人きりで行動するのは、果たしていつ振りだろうか。
 異性に気を使う必要がないのが気楽なのも嘘ではない。しかしわざわざ女性陣を置き去りにしてきた理由は別である。
 そしてその理由など、相棒たる有能な骸骨は先刻御承知であっただろう。

『……スッキリした声出しやがって。昔の恋人には決着ついたのか?』

『あぁ、おかげ様でね。随分気を回してくれたようじゃないか』

 周辺状況に自動スキャンを走らせつつ、瓦礫をひっくり返したりしながら、無線機に小さく笑いかける。
 無論、それが見えるはずもないがダマルは声色で何かを悟ったらしく、こちらの発言を、カッ、と鼻で笑った。

『別にお前のハーレム作りを手伝いたかったわけじゃねぇ。ただ身内連中の幸せって奴が、俺にとっても悪い話じゃなかったってだけだ』

『そうだったとしても、君には感謝してるよ』

『やめろやめろ気持ち悪ぃ。俺にどうこう言う前に、ちゃんと平等に、幸せにしてやれよ』

 破壊されたトラックを覗き込んでいた僕は、幌を持つ手をピタリと止めた。
 やはり骸骨にはお見通しだった。自分が過去に決着をつけたあと、彼女らに対してどういう感情を抱くのかというところまで。
 だからこそ僕は、まずこの骨を頼ったのだ。

『……君は、それが正しいと思うかい?』

『ハァ? なんだよ今更』

 無線機の向こうから、小さくライターを点火するカチンという音が聞こえた気がする。
 ダマルは呆れたような口調であったものの、しかし真摯に聞いてくれようとしている証拠だった。なんだかんだ数度の死線を潜り抜けた仲である。そんな癖くらいは嫌でも覚えてしまうものだ。
 おかげで僕は安心して内心を吐露することができた。

『その、自分の好意は本物だと思えるんだが、選ばないという選択は、はたして誠実なのかと、考えてしまってね』

『理屈なんてこの際どーでもいいだろ。それでお前を愛せるかどうかは、女どもが各々決めることだ。お前が全員纏めて幸せにする気なら、もう悩む時期は過ぎてるぜ』

 これ以上ないくらいの正論である。
 確かに自分が全員の好意に報いたいと思った以上、それをどう感じるかはこちらが制御できることではない。
 しかしそうなると、違う漠然とした不安が湧き上がってくる。

『だとしたら……はたして重婚という奴はうまくいくものだろうか』

 自分は元々一部国家地域の富豪ではなく、一夫多妻という文化圏に生まれたわけでもない。なんならそんな世界は、生まれてこの方見たことも聞いたこともないのだ。
 結婚観を語れるような人間ではないことは我ながら重々承知しているが、それにしてもあまりにぶっ飛んだ状況に、自分はどうしても踏み出す勇気が出なかったのである。
 しかしたじろぐ僕に対し、ダマルは無線機がハウリングを起こすくらいの絶叫を響かせた。

『カァーッ!! いちいち女々しく考えてんじゃねぇよ! お前にゃナニがついてんだろが! 目の前に男の夢が転がってんだぞ!? たまには何も考えずやってみやがれ!』

 音声だけで十二分に伝わってくる迫力に、僕はマキナを着装しながらも僅かにすくみ上ってしまう。
 けれどこちらがぐうの音も出せずに黙りこくると、ダマルはやれやれとその勢いを自ら殺して穏やかに呟いた。

『なぁ相棒、俺にだって未来なんざわかりゃしねぇんだ。わからねぇなら思ったままやってみるしかねぇ、そうだろ? お前も……俺もな』

『それは――』

 それは何故か自分に向けられた言葉でないような気がして、つい残骸の山から玉匣を振り返る。
 けれど僕が無線機に真意を問うより早く、レーダーからの警告音が自分のスイッチを入れ替えた。

『電話相談サービスの時間は終わりらしいな』

『あぁ、こっちでも確認したよ。この反応、甲鉄か』

 ステルス性が低く大柄な第一世代特有の反応がレーダーに光る。敵味方識別はアンノウンを示す白。
 どうやら向こうもこちらを既に捕捉しているらしく、鈍重な動きではあるが確実にこちらへ向かって近づいている。
 それは僕が対応のために障害物を盾に戦闘姿勢を完了した頃、広間の奥に巨大な筒を両肩に担いだ姿で現れた。

『おうおうおう、三号甲装備重砲戦装備たぁこりゃ随分な歓迎だぜ!』

『任せてくれ、。僕らの相手じゃない』

 ここからは自分の仕事だ。
 色恋や将来を考えることと比べれば、機甲歩兵としてマキナを壊すことくらい自分にとって造作もない。
 屋内で重榴弾砲の砲火が吹き荒れたのを合図に、僕は勇んで太古の亡霊へと躍りかかった。
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