悠久の機甲歩兵

竹氏

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定住生活の始まり

第183話 つがい羽根

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 翌朝。ようやくベッドから動けるようになった狐らしい少年は、一切の説明を飲み込んだらしく、起きてくるや否や僕の前で深々と頭を下げた。

「昨日はその、すみませんでした」

「誤解が解けたのなら、それでいいよ。ほら、食事にしよう」

 サフェージュは根が真面目で素直なこともあってか、こちらが咎めるつもりはないと手を振ったのを見て、太い尾を大きく垂らして安堵の息を漏らした。
 わざわざ朝食前にドタバタしたくはないと、僕が促せば彼はおずおずとではあったがようやく共にテーブルを囲むことができたのである。
 運ばれてくる庶民的なスープやパンを共に口にしつつ、いつもより3人多い朝食の時間だった。
 その中で大きな耳を揺らして、ファティマはサフェージュに疑問を投げかける。

「それで、結局サフは何しに来たんですか? 本気でボクを連れて行こうとしてる、とかじゃないでしょ?」

「悪い人間に利用されてたり捕まってるなら、そうするつもりでしたけど。でもアマミさんはそうじゃないみたいですし……」

「そんじゃ目的達成ッスか?」

 そんなことのためにわざわざ出向いてきたのか、とでも言いたげにアポロニアは苦笑を浮かべる。
 ファティマのことを随分慕っているようだが、それにしてもいきなり貴族の護衛などという回りくどい手段をとってまで、無理矢理に接触してくる労力は並大抵ではないはず。一歩間違えばストーカー案件だ。
 しかし、流石にそれだけではないと、少年は首を振った。

「別に頼まれたことがありまして」

「頼まれたって、誰に?」

 自分の虚像を知る人間は多くとも、実情を知る人間は少ない。
 そこへ間接的に接触してくるとなると、どうしても物理的に動けないか、あるいは動くことをプライドが許さない人物であろう。特に後者は権力者という厄介者の可能性が高い。
 脳裏にチラつく皺くちゃ妖怪の影に僕が顔を顰めると、サフェージュは不思議そうな表情を浮かべたが、けれどその口から名前を零す。

「えっと……ヘンメ、という男です。バックサイドサークルの酒場で声をかけられたんですが――何かあるんですか?」

「あぁ、ヘンメさんか。だったらいいんだ」

 どはぁと口から息を吐く。
 ヒヒヒと笑う老婆の顔が頭から蜃気楼のように消え、代わりに荒くれ者代表らしきオッサンの顔が浮き上がった。
 それに僕はホッとしていたのだが、ダマルは逆に胡乱気な声を出す。

「おいおい、厄介事じゃねぇだろうな」

 兜の奥では暗い眼孔がサフェージュを捉えていたに違いない。けれど、少年としても近い気持ちを抱いていたらしく、特に混乱もないまま話を続けた。

「最初は胡散臭い人間だと思ったんです。なんでかぼくが姐さんを探してることを知ってたし……でも、その情報を教えるかわりに手紙をアマミに渡せ、と言われてしまって」

「聞くだけでわかる。ヘンメはそういう情報を使って人を操るのが得意」

「あくどいって言うべきじゃないですか?」

 ヘンメをよく知る2人はそれぞれ嫌そうな反応を示す。
 ファティマが感情を包み隠すことがないのはいつものことだが、鉄仮面なシューニャさえも、声にハッキリ嫌悪感を乗せたとなれば相当だ。
 おかげで僕は安心感が儚くも消え去り、背中に僅かな汗が滲んできた。

「あー……と、とりあえずその内容を見せてもらってもいいかい?」

「はい、どうぞ」

 彼は小さく折りたたまれた紙をこちらへ差し出してくる。
 それを受け取り、僕は恐る恐る中に書かれた文字へ目を通した。
 ヘンメは達筆なのか、はたまたただの殴り書きなのか、現代文字への適応レベルが大して高くない自分にとって読み取るのは容易ではない。けれどその中心的な内容は簡単に理解でき、大きく息を吐いて背もたれに体重を預けた。

「……予備連絡手段をガキに託す。手紙に入れた羽根は必ず外に置いておくように。帝国内の状況は一層きな臭い。あとはほとんどエリへの愚痴かな」

「断片的すぎる」

 シューニャがパタパタと手を伸ばしてくるので、紙をそのまま渡し、けれど手紙の最後に貼りつけられていた鳥の羽根だけは僕がもぎ取った。

「この羽根に何の意味があるんだろうか」

 それはシーリングライトの光に透かして見ても、縞模様が入っていること以外は何の変哲もない。
 とはいえあのヘンメがすることである。何の意味もない飾りを、少年に託して送り付けてくるとは考えにくく、僕は手紙を一文字一文字追っているらしいシューニャへ視線を投げた。
 やがて手紙を読み終えた彼女は、目頭を揉みほぐしながら答えを呟いた

「それはホウヅクのつがい羽根。これがあれば長い距離でもホウヅクは迷わず飛んでこられるから、そういう意味での予備連絡手段だと思う」

「ほぉん? 1回だけしか使えねぇ通報装置って訳だ」

 つがい羽根を何らかの手段で相手へ渡さない限り、返答を飛ばすことすらできない以上、ダマルの例えは正しいように思う。
 しかし、万一にも直接この場所へホウヅクが飛んできたとなれば、余程事態は深刻という意味になるため、マオリィネはこの対応に表情を硬くする。

「それくらいに帝国内の状況がよくないってことかしらね。最悪の方向に進まないといいのだけれど」

「それって、マオが王都で話してくれたこと?」

「ええ、それなのだけれど――」

 ジークルーンにことのあらましをマオリィネが語り聞かせる一方で、僕は再びサフェージュへ向き直った。

「とりあえず手紙は確かに受け取ったよ。ありがとう」

「いえ――あの、姐さんはこれからどうするんですか?」

 彼はふわりと尾を動かしながら、どこか期待を込めた目でチラチラとファティマの方を見る。
 それは少年にとって大きな意味を持つ質問だったに違いない。それほどまでにサフェージュはファティマを慕っていることは、先日の珍騒動からも明らかだった。
 だが、姐さんと呼び慕われる彼女は、残念ながら興味がないらしく大欠伸をしながら喋る有様だ。

「ボクはおにーさんと一緒に居ますよ。一応お仕事でもありますし」

「そ、そうですか……」

 風船がしぼむようにサフェージュの尾が垂れ、ついでに耳も垂れ、おまけに首まで項垂れて一気に消沈したことがわかる。
 僕としてはこのあまりにも正直すぎる少年には好感を抱いていた。
 だからといって席を立つ彼を止められるわけもない。
 どん底まで叩き落されたテンションからか、ジークルーンの護衛という仕事も忘れているらしく、フラフラと扉へ向かって歩いていく。

「おい何勝手に帰ろうとしてんだよ」

 けれど骸骨騎士の一言が彼を立ち止まらせた。

「は、はい?」

「お前がぶっ壊した壁の修理費、まだ貰ってねぇぜ?」

 萎れていた尻尾が悪い意味で膨れるのが見えた気がする。ついでに表情が見る間に青ざめてもいた。
 さっきまでヘンメがあくどいという話をしていたが、あの無頼漢は可愛いものだろう。それくらいに我らが有能な骨は、こと男性に対して厳しい存在だった。


 ■


「あの、将軍。これはやはり不味いのでは」

 薄暗くじめじめした地下を歩くセクストンは、前をゆくエリネラに不安げな声を投げる。
 そんな腰の引けた騎士補に対し、天下の大将軍様はいつもと変わらない様子で、腕を頭の後ろに組みながら間の抜けた声を出す。

「あたしに言われてもなー、ヘンメが行くって聞かないんだもん」

「しかしここは……」

 常に剣へ手をかけながら周囲を見回す彼の気持ちは、流石にエリネラにもよくわかった。
 皇帝居城の地下。そこは本来重罪人などを収監する牢獄だったりするわけだが、一行が進むのは更に地下深くの場所である。それもただ歩くだけなら不気味だけで済むものの、今回は事情が事情だった。

「まぁあたしも知らない場所だし、こりゃヤバいの出そうだよね」

「出そう、じゃなくて、出てるんだよ。見ろ」

 先頭を歩いていたヘンメは長い廊下の1室の前で立ち止まり、義手で室内を指し示した。

「う――ッ!?」

「おわ……ひっどいねぇ。キメラリアの兵士に増員かけてると思ったら、こういうことかぁ」

 セクストンが口を押さえるのも当然だった。
 少なくともエリネラは兵士の顔などいちいち覚えていない。しかし牢に繋がれた彼らがキメラリアでは、蠢く肉の中に置かれた人の形と耳や尾から理解できる。
 人型は声を発さない。それどころかエリネラたちを認識すらしていない様子で転がされ、それでも死んでしまったわけではないのか、稀にピクリと腕脚を痙攣させている。
 そんな光景にヘンメは冷たい視線を向けた。

「これでハッキリしちまったな。帝国はやっちゃならねぇことに手ぇ染めてやがる」

 グランマから渡された報告書に書かれていた、帝国兵の装備を着込んだキメラリアというのが、彼にはどうしても腑に落ちない話だった。
 とはいえ、キメラリアの身体から肉が生えてくるなど、誰が思いつくだろう。
 ヘンメは全てのピースが揃ってしまったとため息を付き、エリネラも珍しく神妙な顔で頷いた。

「だね……こりゃダメだよ」

「セクストン、お前は先に戻って嫁と子どもを逃がしてこい。俺とエリは適当に資料集めてから逃げる」

 いつもと違って無頼漢の声は驚くほど温度を感じさせない。
 しかし、冷静だったが故にセクストンは祖国への忠誠との狭間に悩むことなく頷くことができ、加えて自分が属する帝国の暗部を知ったことに対して毒を吐けた。

「りょ、了解です……くそっ、なんて日だ」

 薄暗い廊下をランタン片手に駆け戻っていく騎士補を見送り、さて、とヘンメは改めて部屋を見回す。
 必要なのは他国を信じさせるための情報だ。そもそもミクスチャなど人間が制御できるのものではないから恐ろしいのであり、それを帝国が生み出していると宣言したところで大概の国は与太話としか受け取らない。
 だからこそ自分が残された意味がわからないと、エリネラは長いツインテールを振りながら首を傾げた。

「あたし、資料とか言われてもぜんっぜんわかんないよ?」

「んなことお前に期待するかよ。表見張ってろ」

「はいはい、どーせ馬鹿ですよーだ」

 ぶー、と彼女は頬を膨らませて不満を表明こそしたが、流石にいつものように噛みつこうとはしなかった。
 エリネラを1つしかない入口に立たせ、ヘンメは牢の奥を調べ回る。
 そこには何らかの作業机が置かれており、複雑怪奇な模様が刻まれた書類と丸薬やら液体が詰まった瓶、更には何に使うのかわからない金属器具類が散らばっていた。
 ヘンメは無頼漢となる前は騎士であり、その上で味方兵士たちを応急処置する程度の知識を備えている。
 だが学問として修めたわけではなく、ミクスチャを作るのに何を行っていたかなど想像もつかないため、どれが正しく証拠となるかの判断には悩んだ。

「まだかかる?」

「そう急かすな、俺にもわからねぇんだからよ。キメラリアをミクスチャに変えちまうなんて想像もつかん」

 入口から響いてくる声に、静かにしてろよとヘンメは内心毒づく。
 しかし、実際悩んでいる暇もないと、彼はいくつかの薬壺を浚ってポーチに放り込み、ついでに机の引き出しなんかも揺すって適当に資料を浚う。
 そんな彼をエリネラは馬鹿にしたように鼻で笑った。

「なーんだ、ヘンメもわかってないんじゃ――お?」

 一緒にするなと怒鳴りたくなる気持ちもあったが、途中で言葉を切ったエリネラにヘンメは身体を動きを硬直させて表情を引き締める。

「どうかしたか?」

「なんか今足音聞こえたような……でもあんなに響くかな」

「……そりゃずらかった方が良さそうだな」

 最後に机の上に置かれていた書類を丸めて懐に収め、彼はエリネラを伴って部屋を離脱する。
 とはいえ、それを遮るものたちは復路の上に壁となって押し寄せていた。

「あー、ちょっと遅かった?」

「見りゃわかる」

 それもやってきたのが衛兵連中ならば、たとえキメラリア・キムンであったとしてもエリネラの敵ではなかったに違いない。
 ただ、2人の前に立ちはだかったのは、人の形を成したままではあるものの身体の一部を肉塊にしていたり、奇妙な触手が生えていたりする、化物のなりそこないのような存在だった。

「チッ……こいつらがミクスチャみたいな怪物じゃねぇことを祈るしかねえってか」

「そんときはあたしでも諦める」

「だろうな」

 ヘンメは口の端を上げながら生身の腕で金属製の棍棒を握りこみ、エリネラも予備武装として携える特注のグラディウスを引き抜く。
 彼女はその目を普段以上に赤い色を鮮やかに輝かせ、次の瞬間には先頭の1体がたちまち炎に包まれた。
 ミクスチャモドキがこの世の物とも思えない絶叫を響かせる中、興奮からかエリネラは獰猛に笑う。

「だからって何もしないでやられてあげれるほど、あたしは優しくないけどね。これでも一応、将軍だからさぁ!」
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