悠久の機甲歩兵

竹氏

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定住生活の始まり

第180話 巡る縁

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 金色の半眼でファティマがこちらを睨む。

「むー……」

「そんな目で見んなよ。仕方ねぇだろうが」

 俺は薪を抱えて帰宅してきた彼女に、ジークルーンを襲った間抜け共を処理する作業の手伝いを頼んでいた。
 別に連中の骸に同情を覚えたとか、ちゃんと供養してやろうとかそういう意図ではなく、死体を放置しておけば不要に怪しまれたり、あるいは肉食獣が寄ってきたりして面倒だから、という合理的な理由からである。
 とはいえ、ファティマは別に死体処理を嫌がったわけではなく、その理由はより暴力的だった。

「なんでボクが居ない時にそんな楽しそーなことしてるんですか。今度からはちゃんと呼んでください」

「ほんっと、とんでもねぇ娘だなぁ」

 身内でよかったと心から思う。加えて生まれる時代について神に感謝するべきだとも。
 血の気の多い猫にうんざりしながら、俺はスコップで亡骸を埋めていった。
 ファティマは一応と武器やら金目の物を収集し、それを臨時収入として恭一に渡すのだとテンションが高める。

 ――褒めてもらいたい一心ってか。健気なもんだぜ。

 先日の一件がどういう結末を迎えたのか、俺はここまでノータッチである。
 しかし、彼女の明るい表情と一層の心酔を見ていると、どうやら良い方向へ進んでいる様子であり、僅かな手応えを覚えてカカッと小さく笑う。
 そんなこちらの様子にファティマは首を傾げたが、彼女が何かを問うてくるよりも早く、鋭い声が耳孔に響き渡った。

「ちょっとダマル!」

 その声の主は本来室内に居てもらわなければならなかったので、俺はうっそりと振り返りながら肩を竦めた。

「おいおーい、お前が出てきてどうすんだ。ジークルーンさんはお前が目当てで――」

「私の問いに答えなさい。正直に言わなかったら、兜を3周くらいさせるわ」

 マオリィネは黄色い瞳の奥に怒りに似た感情を滾らせながら、とてつもない剣幕で迫ってくる。
 あまりの迫力に、俺は鎧の中で骨をカタカタ鳴らして、スコップを取り落として後ずさる。

「な、なんだよ急に物騒だな」

「貴方、ジークに何かした?」

「はァ?」

 素っ頓狂な声が歯の隙間こぼれ出た。
 何かと言われても、自分にできることなど知れている。そもそもジークルーンは自分の正体を知らず、どちらかと言えば接触を避けなければならない相手なのだ。
 突如かけられた謎の嫌疑に首を傾ければ、僅かの間も置かずマオリィネがこちらの兜に手を伸ばして叫ぶ。

「3つ数えるうちに答える!」

「待て待て待て待て!! わかったから兜を掴むな! 助けただけで、なんにもしちゃいねぇよ!」

「それ、誠実の神ロズマリに誓って……?」

「誓う! よくわかんねーけど誓うから、手ぇ放せって!」

 目元に影を落とした彼女の顔が兜のスリットに急接近し、俺は慌てて聞き覚えのない神によくわからない誓いを立てる。
 小型のバッテリーやら電子部品を詰め込んでカスタムされた兜は、人間の頭より小さい俺の髑髏しゃれこうべが相手でもぴったりフィットしている。これが下手に高速回転させられれば、頭蓋骨は容易くポロリしかねないのだ。
 しかし、曲がりなりにもこちらが誠心誠意と言った対応を見せれば、マオリィネは疑いの目こそそのままだったものの、とりあえず手は離してくれた。

「何でここの連中は揃いも揃って暴力に訴えてくんだよ……てか何だ? そんなやべぇことでも起こったのか?」

「別に。何もしてないなら、それでいいのよ」

 1歩身体を引いた彼女は、スンと鼻を鳴らして視線を逸らす。
 その様子からマオリィネの、問い詰めたいが何かを隠したい、という感情が透けて見えた気がした。
 すると想像は回るもので、自分がやった行動とジークルーンが感じたイメージを粘土細工のようにこねていけば、自ずとそれらしい答えに辿り着く。
 そのもしかしてが久々に面白かったので、俺はカッカッカと笑い声をあげた。

「もしかしてジークルーンさんが俺に惚れたとかか?」

 ビクリ、とマオリィネの肩が揺れる。
 俺は鈍感を極める相棒と違い、他人の心にはそれなりに敏感であるつもりだ。
 実際そうであるかは別としても、マオリィネの反応を見る限り彼女はそうであろうと踏んでいるらしい。
 それを見て、俺はへぇと顎を掻いた。

「だとしたら悪くねぇ趣味してるなァあの娘。気弱だが俺の見立てじゃスゲェ着痩せするタイプだし、見た目も悪くな――ア゜っ」

 あまりじっくりと見たことはないが、茶髪で素朴な雰囲気の少女をイメージして妄想を呟けば、最後まで言葉を出す間もなく視界が回った。
 隣で自分の身体が積み木のように崩れていくのが見える。スプリントアーマーで全身を固めているにもかかわらず、一体どういう手品なのだろうか。
 硬い地面に兜ごと頭が打ち付けられ、ありもしないはずの脳が揺れた感覚に軽く吐き気が上ってくる。

「ありがとう、ファティマ。私だったら首に刃を通すしかなかったわ」

 頭は既に動かせず、2人分の足だけが視界に映りこむ。
 そして上から降ってくるのは恐ろしく平坦で、あらゆる感情を切り捨てた冷たい声だった。

「ダマルさんは首落としても死なないんで、それでも良かった気がしますけど」

「そうなの? じゃあ今度からはそうするわね。あと悪いのだけれど、少しジークたちを客間に押し込んで来るから、後でソレ持ってきてくれる?」

「わかりました」

「いやわかってんじゃねぇよ。身内相手に剣向けてんだぞ、ちったぁ躊躇いやがれ」

 意図的なフレンドリーファイアはどうなんだと小さく苦情を告げる。いい加減解体されるのには慣れているが、流石に首に刃を通されてはたまらない。
 しかし、さざ波すら立てない声色のマオリィネは、何事もないように言い放つ。

「これが生身なら躊躇ったでしょうけど、骸骨だもの」

「今更ですね。どうせすぐ組み立てられますし」

「骸骨差別だ! 弁護士を呼べぇ!」

 そんな空しい陳情は通るはずもなく、遠ざかる足音は消えていく。
 あとに残されるのはスコップで死体に土を盛るファティマと、バラバラになったままの自らの身体だけ。
 言語統制でも敷かれているかのようなセミ女所帯では、哀れな骸骨の叫びに天も地も耳を貸すことはなかった。


 ■


「至る現在」

「君のド阿呆な発言が、散乱する人骨の原因だってのはよくわかったよ」

 机の上でカタカタ鳴る頭蓋骨に、僕は目一杯のため息を吐いた。
 ジークルーンがどういう気持ちでダマルを眺めているかなど、本人に聞いてみなければわからない話であり、そこへわざわざ妄想を口にしたのだが、非は明らかにこの骸骨にある。
 しかし、ダマルはそこを一切譲らない。

「こいつら冗談通じねぇにも程があるわ! しかも俺が身動き取れねぇ横で、ファティマはお前とのクッソ甘い会話を根掘り葉掘り聞かれて倒れるしよ!?」

「む……」

 これには僕も言葉を詰まらせた。
 今日のシューニャとの1件もそうだが、ファティマとの会話内容を皆に知られたとなれば流石に顔が熱くなる。
 それを自らの口で語らされたとなれば、この猫娘がどれほどの心労を負ったかも想像に難くない。未だに尻尾をだらりと垂らして力なく伏すファティマに、僕は心で合掌を送りながら頬を掻いた。

「ま、まぁ、それは僕としても気恥ずかしいんだが……とりあえずジークさんたちに挨拶してくるよ。アポロ、悪いんだけどダマルを戻しといてくれ」

「了解ッス」

「キメラリアが居るのが気になるから私も行く。ファティ、ついてきて」

 心労のファティマを気遣った僕の優しさは、シューニャに伝わらなかったらしい。
 正体不明のキメラリアが居ることに対する警戒感はわからなくもないのだが、ぐいと尻尾を引っ張られてファティマは鳴いた。

「ふぎゃっ!? も、もぉ、シューニャぁ! 尻尾は大切だって言ってるじゃないですかぁ!」

「護衛が貴女の仕事」

「うぐ……はぁい」

 仕事と言われては抗うこともできないのか、いつもの機敏さを失ったファティマはゆっくりと起き上がり、ゆらゆらと左右に身体を揺すりながら僕らの後に続く。
 僕はその様子に苦笑しつつ、ジークルーンが連れていたという2人のキメラリアが何者かを考える。
 マオリィネ曰く、その一方の使用人らしいクシュは僕を知っていると言ったらしい。しかし、クシュの知り合いとなればヴィンディケイタのタルゴくらいであり、使用人に知り合いなど居ないはず。
 そしてもう一方、スイビョウカというマタタビ的アイテムでやられたキメラリアは、ジークルーンを護衛していたフーリーという種族らしいが、こちらもマオリィネには見覚えが無いという。
 わざわざ見知らぬキメラリア2人を連れて、我が家に引っ越し祝いというのは少々引っ掛かる。そう思いながら、僕は客間の扉を軽くノックした。

「失礼、アマミです。開けてよろしいですか?」

「はっ、はいっ! どうぞ!」

 いつも通り緊張した様子の彼女から許可を貰い、ゆっくり扉を押し開けば4つの眼がこちらを出迎えてくれる。
 ジークルーンは相変わらずどこかおどおどした様子で頭を下げたが、僕の視線はお仕着せ姿のクシュに釘付けとなっていた。

「君は……確かポロムルの」

「はい! はい! 覚えていてくださいましたか!」

 旦那様、とは奇妙な呼び名だが、思えば記憶の片隅に彼女の声が残っている。
 以前は薄汚い町の路地で、ボロ布の中を痩せ細った身体に巻き付けた少女。
 しかし、彼女の身体はあの時と違い、僅かながら厚みを増して健康的になり、汚れていた羽毛も美しい色彩を放っている。
 こちらがその姿に驚いていると、彼女は何かを思い出したように小さく1歩退いて、恭しく頭を下げた。

「あの時はお優しい施しを、本当にありがとうございました。この身は、クリンと申します」

 どこかぎこちなく、けれど真っ直ぐな感謝。
 明るく清潔になった彼女の姿に、僕は小さく頬を緩めた。

「施したつもりはないが、生活が改善したようで何よりだ。今はジークルーンさんのところで使用人を?」

「はい、今はヴィンターツールの御家にお仕えしております。今日はお嬢様に無理を申し上げ、ここまで連れてきていただきました。旦那様にまたお会いできるなら、あの日のお礼をどうしても、と」

「僕はあの時、君の時間を買ってその対価を支払っただけだ。だからお礼はいらないよ」

 少々後ろめたい記憶から、僕は僅かに引き攣った笑いで丁重にお礼を断りにかかる。そうしておかねば、後ろから爪で喉笛を掻き斬られる恐怖に怯えねばならない。
 しかし、意外なことにクリンと名乗った少女は、あの日の儚げな雰囲気からは想像もできない程力強く、美しい緑色の羽毛を興奮気味に膨らませるとこちらに迫ってきた。

「いいえ、どうか私にご恩返しをさせてくださいまし! 今宵の時間を頂ければ、あの夜できなかったことが――」

「ストップストップ! それ以上は色々不味い!」

 せっかく1人の少女を救えた美談で終われそうなところ、とんでもない爆弾発言に危機感が急激に増大する。
 近頃も性欲から悶々とする日がないとは言わないが、今はポラリスもいる手前、下手な事はできないのだ。
 そして背後に控える猛獣と猛獣使いは、この手の話題への反応が過剰である。
 おかげで背後から小さく引かれた裾に、僕は身体を硬直させ、咄嗟に言い訳を口にした。

「ま、待った! 僕ぁやましいことなんて何も考えてな――い、ん、だが?」

 だが、振り返った先にあったのは背けられた顔と、それでいて服の裾だけはしっかりと握る2人の姿だった。
 何故か殺気は微塵もなく、それどころか羞恥に頬が赤く染まっているのが見て取れる。僕は普段とあまりにも異なるその様子に、一瞬呆気にとられた。

「あー……2人、とも?」

 おそるおそる声をかけると、先にシューニャが何処か熱に侵されたような目で、けれどフンスと鼻を鳴らしてこちらに向き直る。

「ひ、必要なら、わ、わた、わた」

「はい?」

 何かを精一杯振り絞ったかのような彼女の言葉にポカンとすれば、こちらの素っ頓狂な返答に今度はファティマが裾を引く力を強めてくる。

「ぼぼぼぼぼぼぼぼぼボク、ままままままままままま」

「ファティ、バグらないでくれ。何が言いたいかさっぱりわからない」

 こちらがハッキリ読解不能を伝えれば、ファティマは身体を捩らせながら声にならない叫びを上げ、僕の背中を握りこぶしでドンドンと何度も弱く叩いた。あくまでキメラリアに基準の弱くなので、それなりに痛い。
 結局のところ、彼女らが何を言いたいか理解できないままで、僕は再びクリンに向き直るほかなかった。

「すまないんだが、そういうのは求めていないんだ。気持ちはありがたく受け取らせてもらうよ」

「こ、この身では……お役に立てませんか?」

「せっかくあんな世界から抜け出せたんだ。もっと自分を大切にしなさい」

 僕はしゅんと肩を落とす彼女の頭を、モブキャップ越しに軽くポンポンと撫でる。
 それでもしばらくクリンは葛藤していたようだが、やがてそれがこちらの迷惑になると思い至ってくれたらしく、僕の手を取ってそれに頬を寄せた。

「旦那様から頂いたお優しい言葉、クリン、一生忘れません」

「大袈裟だよ。ジークルーンさんのところで、お勤めをしっかりと、ね?」

「はい!」

 くるりとエプロンドレスの裾を揺らし下がっていく少女に、僕はこれでいいと息をつく。
 性欲を否定するつもりはないが、けれどそれに流されるのは違う話だ。何より、背後に立っていてくれる彼女らを裏切るようなことはしたくない。
 今は何事もなくクリンが退いてくれたことに安堵し、僕はもう1人の不明存在に視線を向ける。
 ベッドに横たわるこれまた華奢な雰囲気のキメラリア。黒い鼻先と褐色肌、両頬に走る三筋のフェイスペイントに肩口まで伸びる鈍色にびいろの髪。そして同じく鈍色でフカフカの耳。
 少なくとも知り合いではない。であれば、クリンのような要件で連れてこられたわけではないだろう。
 と、思ったのだが。

「もしかして、サフですか?」

 いつもと変わらぬ口調で、ファティマがことを口にしたのだ。
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