悠久の機甲歩兵

竹氏

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テクニカとの邂逅

第163話 蠢く負傷者

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「この度は、大変お世話になりました」

 お辞儀と同時に目の前で豊満な胸が揺れる。
 俺の視線はほぼ本能的にそこへ吸い寄せられていたが、今回は少なくともとしてここに座っている上、とんでもない殺意を発するシューニャが隣に座っている状況では楽しめそうもない。
 そのため俺は、握ったガントレットに咳払いを叩きつけて、意識を仕事へ集中させた。

「礼言われるようなことじゃねぇさ。俺たちが働いたのはあくまで俺たち自身のためだ。利害の一致で手伝うような形にはなったが、そっちには死者も出てんだろ?」

 テクニカの被害は大きかった。ヴィンディケイタは6人の死者を出しており、重傷者も相当数に上る。これはただでさえ少数精鋭の彼らにとって、大きな戦力の喪失だろう。
 無論、剣を振れるものが居なくなったとまでは言わないが、今ここを何者かに襲撃されれば抵抗は難しいかもしれない。
 それを指摘されてフェアリーの表情には影が差した。美女の憂う表情はそそられるものがあるとはいえ、流石の俺もこんな状況に興奮できるような偏った性癖はしていない。

「ええ……私の願いのために、彼らは戦ってくれました。だからこそ、その責は私が一生背負うものです」

「そっちの事情に首突っ込むつもりはねぇよ。俺たちに必要なのは、依頼に対する成否判定だけだ。あのガキ、ポラリスはアンタの同族で間違いねぇのか?」

 責任の所在を言い切ったフェアリーに、俺はすぐに話題を切り替える。
 この女が仲間の死を当然と言い放ちでもすれば対応を変えるつもりでいたが、それを背負って生きる覚悟があるならば、わざわざ傷を抉る真似をする必要もない。
 フェアリーもそれを察してか、小さく頷いて微笑を浮かべた。

「間違いありませんよ。あの子を見ていると、孤独が消えていくのを感じます」

「随分曖昧なんだな……まぁ、アンタが納得できたんならいいがよ」

 なんとも不思議な言葉だと思った。
 ホムンクルスについてわかっていることは少ないが、彼女の言葉をそのまま受け取ったとすれば、兵器として利用するために無意識下で同族同士がリンクするような何かが存在するのかもしれない。
 だが、それを信じるためには大きな疑問が残されている。それをシューニャが口にした。

「聞きたいことがある。貴女はどうやって自分自身をほむんくるすだと理解したの? 見た目は完全に人間で、違いを感じられないけれど」

 抑揚が少ないシューニャの声を聞きながら、俺は兜の細いスリットからフェアリーへ暗い眼孔を向けた。
 ポラリスのように800年前の記憶があるとすればわかるが、彼女は自分や恭一が生まれたあの時間を神代と呼んで、当時の文字やらも一切理解していないため、どうしても辻褄が合わないのだ。
 しかし、彼女は聞かれることはわかっていたとでも言いたげに、口をゆるりと綻ばせた。

「刷り込み、とでも言うべきでしょうか? 私は自我が生まれた時から、自分がホムンクルスという生命体であると自覚していました。誰に教えられたわけでもないのに、疑いを持てない程の確信として」

 フェアリーの言葉に思考の歯車がズレ、そしてまったく違う場所でそれが噛み合った。
 ポラリスは自分がホムンクルスであるということを理解していなかったが、フェアリーはそれを刷り込みだと言う。その差を埋められるとすればなにか。
 メヌリス・リッゲンバッハはストリ・リッゲンバッハの死を受け入れられず、彼女を作り出した。それはあくまで兵器の1号実験体としてだったはず。
 本人が死んでしまっていては真偽は定かではないが、俺はメヌリスという女が我が子の分身であるポラリスに、敢えて兵器であるホムンクルスという烙印をつけなかったのではないかと想像した。
 シューニャも同じようなイメージを持ったらしく、視線を合わせて頷きあう。

「オーケー、信じよう。じゃあついでにもう1つ、アンタはいつから生きてるんだ? 俺たちが調べたところ、ホムンクルスが生み出されたのは800年以上前の話らしいが」

「まぁ、女性の年齢をお聞きになりますか?」

 分かりやすく頬を膨らませるフェアリーに対し、俺は大仰にガントレットを叩いて笑う。

「安心しろよ。俺はこれでもストライクゾーン広い方だからなァ!」

「ダマルはデリカシーがない」

 隣からひしひしと伝わる視線に、剣山に座っているような気分になるが、ここで引き下がるわけにはいかない。
 対する彼女もこちらが質問を撤回しなかった以上、自分の全てを捧げるという契約条項を突きつけられて、本当は秘密なんですからね、と小さく呟いた。

「120歳、になります」

「ハァ?」

 アンチエイジングここに極まれり。
 いや果たしてそんな言葉で表現していいのかわからない。
 少なくとも、目の前で深くソファに腰を下ろしたままむくれる女性は30歳手前くらいにしか見えず、ご長寿番付に載るような姿はしていないのだ。
 俺の顎が制御を失って開くのも無理はないだろう。なんなら、銅像並みに表情を動かさない娘でさえ、この発言には呆然としていた。
 その反応が気に入らなかったのか、ますます彼女は頬を大きく膨らませ、言い訳するようにブツブツと身の上を語る。

「なんですかなんですかその反応! きっと不老不死を目指したホムンクルスだから、普通の人種と違って長寿なんですぅー!」

「い、いや……疑ってるとかって訳じゃ無くてな。アンタ本当に100年以上前からここに居んのか?」

「ええそうですとも。ここの創始者が不思議な筒に入った私を見つけて、ここで育ててくれたんですよ」

 創始者とやらが何者かはわからない。ただ、彼女が太古の技術や知識を持たないことから、現代の人種なのだろう。それがわざわざフェアリーと名付けるとなれば。

「多分その不思議な筒が、妖精プロジェクト計画フェアリーのハイパースリープを解除します、とでも喋ったんだろうなァ」

「地下で見た研究員の話?」

「ああ、こいつがラナウン・シーで間違いないだろうぜ」

 頭の回転が人より早く記憶力にも優れるシューニャは、地下で見つかった研究員のログを思い出して合点がいったらしい。
 対するフェアリーは膨れっ面を収めて、理解できない話を前におどおどしていた。

「ラナウン……? あの、なんの話ですか?」

「こっから先はアンタの誕生秘話だ。確証はねぇが、ほぼ間違いねぇ。聞きてぇか?」

 フェアリーは謎の質問に対し、俺とシューニャを見比べてから、やがてゆっくりと頷いた。


 ■


 テクニカでの戦いが終わってから、僕はテクニカ内の1室を借りて絶対安静の身となっていた。
 フェアリーが呼んでくれた信頼のおける医師という者から診察を受けた際、とにかく動くなと釘を刺されたほどだ。
 現代医学は未発達極まるものだろうが、そのレベルから見ても自分の身体は相当にボロボロらしい。
 ここが雪石製薬の倉庫であったことが幸いし、ダマルが痛み止めを見つけてくれたことで、身動きが取れない程の激痛はない。
 ただ、1週間もベッドの上で過ごしていれば身体は鈍るため、僕はリハビリを目的にテクニカの中を散歩することに決めた。別に暇を持て余して眠れなくなったとかいうのでは、断じてない。
 しかしこれはいけなかった。身体がどうと言うことではなく、仲間的な意味でだ。
 というのも、廊下を歩いていたところ、偶然部屋の前でペンドリナと会話していたファティマに見つかったのである。別に歩き回っているくらい問題ないだろうと思った僕は軽く声をかけたのだが、2人は途端に信じられないものを見たような表情を浮かべ、揃って尻尾を毛を逆立てながら突撃してくると、たちまち僕は首根っこを掴まれて部屋に連れ戻されたのだ。

「絶対安静だって言われたじゃないですか! 大人しく寝ててください!」

「いや、流石に動けるようになっても寝てばかりでは、治りも悪いというか」

 耳を大きく後ろへ倒し、金色の目を吊り上げて怒るファティマに気圧されはしたものの、リハビリは必要だと食い下がれば、肩を掴まれてベッド上に押さえつけられる。

「絶対、安静、です」

「し、しかしだな、あんまりにも暇――アダダダダダダ!?」

 払いのけられるようなパワーでないことはよくわかった上で、こちらの心情を汲んでもらおうと言い訳を付け加えれば、そのまま頭を齧られた。八重歯が刺さってとても痛い。
 これで僕は学習した。彼女らは過保護と言ってもいいくらいに、自分の身を案じてくれている。
 とはいえ、天井を眺めて過ごすだけの苦痛も中々のものなので、それらを比較検討した結果、心配をかけないようにうろつく事を決めた。つまり、完全ステルスミッションである。
 こそこそと影に隠れ、角の先を確認しながら進めば、これはこれで良いリハビリ訓練になる。ただ漫然と歩いているより神経を使うし、時に機敏な動きも求められるのだ。痛み止めが効く中でも少し傷が疼いたが、それくらいならば退屈より余程マシだった。
 そして本気を出せば意外と誰にも見つからないもので、の技術は鈍っていないらしい。特殊部隊で訓練をこなしていたとはいえ、キメラリアたちの居る現代でもここまで通じるとは思わなかった。
 であれば一層、外に出てはどうか。たまには太陽の光を浴びるのも悪くない。
 人はこれを慢心と呼ぶ。だが、僕の中に芽生えた退屈から逃れたいという強い願いは、それでも足を外へ向けさせた。
 そして出口を前にしたとき、洗濯物を抱えたアポロニアと見事に鉢合わせたのである。
 咄嗟に壁へ隠れはしたが、驚くほど鋭敏な彼女の鼻を誤魔化すには距離が近すぎた。
 これは不味いと脳内に鳴り響く警報に従って逃げ出そうとした途端、またも背後から首根っこを掴まれ、やはり毛を逆立てて怒る彼女に引き摺られるようにベッドに連れ戻されてしまう。

「なぁにを平然と歩き回ってるッスか!? 怪我人はちゃんと寝てて欲しいッス!」

「だから、その、だね。ちょっとは運動した方が治りもいいだろうからと」

 無論、怪我人の理屈など聞いてもらえるはずもない。小さく非力なはずの彼女にも、ファティマと同じように肩を押さえつけられて、それこそ額がぶつかりそうな距離で唸り声を聞かされた。

「ベッドから動かないで、治るまできっちり寝てるッス! ただでさえ心配してるんスから、これ以上心労増やされたらたまんないッスよ」

「だ、だからその、退屈というのはメンタル的にもよろしくな―――イタタタタタタ!?」

 なんだかデジャヴを覚えたのだが、それでもと言い訳を繰り返せば、やはり彼女にも頭を齧られた。キメラリアは怒ると頭部に噛みつくような文化でもあるのかもしれない。
 こうして太陽を浴びる事には失敗したが、倉庫内を隠れながら動き回ればそう簡単には見つかるまいと思考を切り替える。加えて外出時間を短くし、素早く行って帰るを繰り返せば、誰にも齧られることはないだろうと作戦を練った。
 ただここで発生した問題は、3度目となると相手も作戦を考えてきたことだろう。
 今まで通りそっと扉を開けた途端、琥珀色の瞳とバッチリ目が合った。それも至近距離で。

「おはようキョウイチ?」

「すみません間違えました」

 弾けるような音を立てて勢いよく扉を閉じる。
 まさかマオリィネ衛兵が表に居ようとは思いもよらなかった。となれば、最早脱出口はダクトくらいしかない。
 ビスで固定されたそれをどうやって外そうか、などと、大して広くもない部屋の中を歩き回って考える。
 すると今度は向こうから扉を開けられた。

「あ、な、た、ねぇ~……っ!!」

「いっ!? へ、部屋からは出てないだろう!?」

「子どもかぁ! 寝てなさいって言ってるのよ!」

 迫りくる圧力だけで、手も触れられないまま僕はベッドに押し込まれる。流石にキメラリア2人のように体を密着させて押し込んでくるようなことはなかったが、それでも寝台横から睥睨してくる様は般若《はんにゃ》の如く恐ろしい。
 とはいえ、わかって欲しいこともある。否、理解を得なければ退屈に押しつぶされてしまいかねないのだ。

「あ、あーその……眠りすぎてそろそろ気が滅入ってきてるんだが、そろそろ外出許可とか――」

「毎日脱走してる癖にどの口が言うのよ。ポラリスでもちゃんと寝てるんだから」

「意識がないのと眠っているのとはわけが違うだろう」

「はぁ……こんなとこで屁理屈こねてるんじゃないわよ。ほら、さっさと寝る。私だって暇じゃないんだから」

 暇でないのならば監視などしないでいただきたい、と切に願う。
 だが、どことなく心配したような表情を向けられてはそれ以上の反論もできず、僕は大人しくベッドに横になった。
 こちらが逃げ出したり動き回ろうとする様子もなくなれば、マオリィネは肩を竦めながら踵を返してドアノブに手をかける。
 だが、僕はついそれを呼び止めるように、先ほどの会話から生じた疑問を彼女の背に投げかけた。

「ポラリスは、まだ目覚めないのかい?」

「……ええ、貴方と違って大人しいわよ。少し、やつれてきているように見えるくらいにね」

「そう、かい」

 マオリィネはそれだけ言うと、扉の向こうへ姿を消した。
 あの子のことに関しては結局よくわからない。フェアリーならば何か知っているかもしれないと思ってはいるが、あの戦闘でテクニカが受けた傷は大きく、僕の身体が回復するまで仕事の話は最低限のまま保留となっているのだ。
 身体を動かさずに、ただぼんやりと天井を眺めていると、どうしてもポラリスとストリのことを考えてしまう。
 メヌリス・リッゲンバッハがストリの親であり、ポラリスはストリの半複製体呼ぶべきホムンクルス。だが、彼女に自分との接点はない。

「なんで、懐かしいとか言うかなぁ」

 これで全く知らない人だと、赤の他人だとでも言ってくれれば、ここまで悩まなくても済んだのではないだろうか。
 ストリとしての記憶や意思が存在しているかなど、わかるはずもない。大体、死んでしまった者の記憶を多少なりとも引き継いだからといって、ホムンクルスが死者に成り代われるわけでもないのだ。
 それなのに、彼女の声も仕草も表情さえも、見る度にストリを彷彿とさせて心を乱される。
 自分はどうしたいのか、どうありたいのか、どうするべきなのか。
 どれだけの時間、そんな終わりの見えない問いを頭上でグルグル回していたか分からなくなってきた頃、思考を断ち切ったのは突如部屋に響き渡った激しいノックだった。
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