悠久の機甲歩兵

竹氏

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テクニカとの邂逅

第161話 地底決戦(中編)

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 熱い、苦しい、痛い。
 自分の意思で動いているはずなのに、自らの身体を壊そうとするかの如く振り回される。
 急制動、急加速、急旋回。
 目にもとまらぬ動きが吸収しきれない衝撃となって襲い掛かってくる。
 視界は赤く染まり、呼吸を止めて歯を食いしばり切り結ぶ。刻一刻と自分の身体も意識も削られる感覚は、これが失われた時お前は死ぬと告げているようで。

『がぁあああああっ!!』

 掠れる声の叫びが木霊する中、僅かな差でハーモニックブレードは空を切る。
 無人機は嘲笑うかのように最低限の動きで刃を躱すと、そこからは一方的な攻撃の嵐だ。それも互いの武器からはじき出したのか、間合いを離そうとしないしつこさを見せている。
 瞬間の動きを失敗すれば死ぬ。高速振動する刃はマキナの装甲でも貫ける威力を秘めた必殺の1撃だ。それが凄まじい速度で幾重の軌跡を描いて振り回され、僕は確実に受けるか躱すかを選ばされた。
 それも長くは続けられない。パイロットスーツによる補正があるため、多少マシとはいえ判断能力は確実に落ちていく。
 そのコンマ数秒の差で装甲に傷が入り、銀の刃同士が火花を散らす。機体が悲鳴を上げるかのように警報音をかき鳴らし、リミッター解除状態の経過時間が生命維持限界を迎えていると警告文がいくつも表示された。
 今まで何度も見た光景だ。
 共和国軍にだってエースパイロットは数多く、複数の熟練と同時に渡り合う死線など嫌という程潜り抜けてきた。
 だが、今の自分に友軍機はただの1機すら居らず増援も望めない。その上、敵は限界性能を引き出し続けても一切疲労しないため、長期戦になればなるほど戦力の差は開く一方だった。

『結局、僚機に支えられてたんだろう、ねェッ!』

 僅かに大きな振りを加えてきた無人機を無理矢理蹴飛ばし、僅かに後方へ跳んで距離を取る。
 それでもシンクマキナは一瞬で姿勢を立て直すと、目にもとまらぬ速さで迫り、またすぐに刃のぶつけ合いが再開されてしまう。

『ぐぅ……ッ!!』

 機体の腹部に走った衝撃に、僕は大きくよろめき後ずさった。
 無人機も学習するようで、刃が弾かれる僅かな隙を見計らって、蹴りを叩き込んできたのだ。
 まるでこちらの動きを見て覚えたようで、僕は口に溢れてくる血を無理矢理飲み込む。
 勿論それで終わるわけもなく、無人機はバランスを崩した僕を追撃してくる。満足に姿勢を直せないままで、僕は一方的な防戦を強いられた。
 徐々に徐々に壁際へ追い詰められ、体へのダメージから飛び回ることも難しくなり、ひたすら攻撃を受けて耐え続ける。
 そんな中、脳裏に浮かんだのはシューニャの言葉だ。

『キョウイチ、何があっても刺し違えようなんて考えないで欲しい。私たちには、貴方が必要』

 嘘をつきたいと思ったことなどない。
 どんでん返しを狙うにも策は思い浮かばず、このまま押し切られれば必要としてくれる彼女らに危険が及ぶ。そう思うと自然と鉄の味が滲む口に笑みが宿った。

『……これ以上、甘える訳に、いかない、な』

 バックユニットが壁面に接触し、動かなくなりつつある自分の身体で賭けに出る決意を固めた。
 いくらシンクマキナとて、こちらにハーモニックブレードを突き刺した一瞬だけは間違いなく動きが鈍る。わざと腹部辺りを狙わせれば、たとえそれが致命傷でもエーテル機関が非常停止するまでの数秒で、キノコ頭のつけ根をへし折ってやれるはず、と。
 死ぬ間際、人間がどれくらい動けるかはわからない。だが、無駄に死んでなどやるものか。
 まるで時間の流れそのものが遅くなったかのように、敵はゆっくりと刃を振りかぶった。
 死の前は何もかもがスローに見える、と昔同僚に言われた気がする。意外と馬鹿にできない物だ、なんてどうでもいいことを思いながら、僕は右腕を突き出そうと力を込めた。
 ただまさか、直後に時間の流れが急加速する、などということは聞いたことがなかった。

「しゃああああああああああッ!!」

『な――ファ、ティ?』

 目の前で散った火花を追えば、振りかぶられたハーモニックブレードの腹に斧剣が叩きつけられていた。
 マキナのパワー相手では、完全に打ち払らうことはできなかったものの、それでも体重を乗せたケットの一撃は剣筋を僅かにずらし、翡翠の脇腹を掠めて壁が抉りとられる。
 対する僕も、突然前に飛び出したファティマを躱すため、突きから無理に動きを変えたことで、妙な恰好で体当たりをする形となり、2機のマキナは絡み合って地面を転がった。
 直ちにジャンプブースターを点火して機体を起こし、また僅かに距離を取ってハーモニックブレードを構えなおす。
 あの一瞬のおかげで死ななかったとはいえ、鈍った思考は大いに混乱した。目の前で不明機も立ち上がり、再び突撃してくると言うのにだ。
 その上、今度はキノコ頭に小さな火花が弾ける始末。
 無論、シンクマキナは一切揺らぐことはなく、僕だけが状況を飲み込めずに叫ぶしかなかった。

『アポロ、シューニャ! 何してる! 下がれ――くそっ!』

 僕が刃を受け止めている間も、頭部に集中する銃撃は止まらない。
 ただ、あまりの事態に加熱する感情が限界を迎えたのか、ふと急激に頭が冷えた。それは壊れ行く体の最後の抵抗にも思えたが、おかげで敵の背後から銃撃を加えるアポロニアとシューニャの姿が目に入り、その隣では骸骨が大口を開けて笑っている。
 効くはずもない攻撃。だが、弾ける火花は確実に、僕の目について思考をそちらへ向けさせた。

 ――呼んでいる、のか?

 敵の攻撃を弾きながら、僕は歯を食いしばる。
 ダマルが立っているのは整備ステーションの前。何をしようと言うのかはまったくわからないが、ちょうど敵が背を向けたタイミングで意識を向けさせたことだけは汲み取れた。
 挙句、わざわざ無線を切った状態で音を聞こえないようにして、腕を組んで骸骨は下顎骨を開いているのだから、僕は何故か酷く腹が立ったのだ。

『くそ……乗ればいいんだろう!! やってやる!』

 どうなっても知らないぞ、と思いながら、僕は敵のハーモニックブレードにわざと弾かれて後退し、動きを学習したシンクマキナの鋭い蹴りを腹部に受けつつ、それを両手で掴まえた。
 衝撃に意識が揺れ、口の中に血が溢れてくるがまだ動ける。それを確信した僕は奥歯を噛み締め、破れかぶれとばかりにジャンプブースターの推進力を全開まで引き上げたのだ。

『ぐ、おぉおおおおお!!!』

 自分の血でヘッドユニットの中を赤黒く汚しながら、ガッチリと握りしめた脚ごと敵機を押し出し、勢いそのままに整備ステーションへと叩きつけた。
 余りにも凄まじい勢いで突っ込んだためか、ダマルはアポロニアを抱えて転がるようにステーションから離れ、何かしら苦情を叫んでいたように思う。
 無理もないが、僕にその声は聞こえなかった。蹴りをもろに受けたことと、敵機ごとステーションに突っ込んだ衝撃で呼吸さえ満足にできないのだ。口からはヒューヒューと言う風の抜けるような音がするだけで、吸うも吐くも思ったようにいかない。
 だと言うのに、再び動き出そうとする不明機だけは離すまいと、残された力を全身に込め続けている。
 それでも藻掻き続ける不明機のパワーに耐え続けられるはずもない。血まみれの身体は徐々に力を失って崩れ落ち、10秒と持たない内に敵の腕が抜け出した。
 煌めくハーモニックブレードが振り上げられるのが見える。抵抗する力も残っていない僕は、全てを諦めたように力を抜いた。
 ギシリ、と何かが鳴く音を聞いたのはその時である。

『天井……クレーン?』

 朦朧とする視線の先に見えたのは、斬りかかろうと振り上げた腕に貼りついた大きな鈍色のリフティングマグネットである。
 ついさっきまで重電磁加速砲リニアカノンがぶら下げられていたそれに対し、シンクマキナはまた藻掻くように腕のアクチュエーターを鳴らし、ジャンプブースターまで点火して身体を揺すったが、マキナ1機程度簡単に持ち上げられる揚力を持つ電磁石とクレーンからは簡単に逃れられるはずもない。
 その上、機体は揺れを大きくするどころか、むしろ上下に引っ張られるような形で硬直していく。
 それは自分の足元、整備ステーションから伸びた固定アーム。本来マキナを整備する際、転倒事故などを防ぐために行う固定装置が、シンクマキナの足に噛みついていたのだ。
 その姿に対して響き渡るのは骨の大笑である。

「カーッカッカッカッカッカッ!! 最新型の整備ステーションに食われる気分どうだこの野郎! 俺がこの手でスクラップにしてやらぁ!」

 とんでもない整備兵も居たものだ、と血だらけの口で笑った。

『は、ははは……なんていう、無茶苦茶な戦い、だろう』

 機体のリミッターをかけなおし、僕は震える膝で無理矢理立ち上がる。どんなに俊敏で強靭な機体でも、また自分が立ち上がるのも難儀する程傷ついていても、身動きが取れない相手に負けることはあり得ない。
 ギリギリと締めあげられるシンクマキナを前に、僕はその首に向かってハーモニックブレードを突き立てた。
 背骨に当たるフレームを切り裂いた手応えの後、無敵とも思えた無人機は僅かに全身を痙攣させた後、甲高い稼働音をフェードアウトさせる。するとやがて茸型をしていた頭部ユニットから光が消え、全身を弛緩させて磔にされたような姿勢で沈黙した。

「か、勝った……?」

「動かなくは、なったッスけど」

「これで死んだんですか?」

「エーテル機関が非常停止する音が聞こえたからな、修理しねぇままじゃ二度と動かねぇよ。フレームがやられたんじゃ、部品無しに直すも無理だがな」

 呆然と見上げる2人に対し、ダマルは小さく笑って煙草に火をつける。
 戦闘の結果滅茶苦茶に破壊された室内で、ひたすら突っ立っている3人を見て、僕は急激に緊張の糸が切れるのを感じ、気づいたら地面に膝をついていた。

「ご、ご主人! 大丈夫ッスか!?」

『……ああ、なんとか、ね。ダマルすまない、機体が血塗れだ』

「ったりめぇだろが。あんだけリミッター解除状態で暴れまわったんだ。本当なら精密検査が必要なくらいだぜ。どっかしらの臓器がぶち壊れてても文句言えねぇぞ」

『まったく、だな』

「手間のかかる野郎だ。脱装できるか?」

 ダマルに言われるがまま、脱装のために背面解放を行えば、支えを失った僕の体は危うく後ろ向きに転げ落ちそうになる。
 そして何より、着たばかりのパイロットスーツが口から溢れた血に汚れていて、アポロニアが驚いて駆け寄ってきた。

「うええ!? 本当に血塗れじゃないッスか!?」

「見た目ほど、酷くはないよ」

「どこが酷くねぇんだよ。ファティマ、そいつ抱えてやれ。隔壁は開けられるはずだ、玉匣に戻るぞ」

「わかりました。おにーさん、持ち上げますからね」

 緩くファティマに抱かえ上げれた僕は、ただ一言小さく彼女に、すまない、とだけ呟いて体を預ける。
 すると目の前はあっという間にぼやけ、その癖声だけはしっかり聞こえてくる。

「ヒスイどうするッスか? ご主人なしじゃ、動かせないッスよね?」

「置いていく。生きてる整備ステーションもあるしよ、全部終わってからちゃんとやりゃいい」

 骸骨兵がそう告げたのを最後に、僕はファティマに揺すられながら、また意識を手放すことになった。
 とはいえ、あながち悪い気分ではなかったのだが。
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