悠久の機甲歩兵

竹氏

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テクニカとの邂逅

第153話 メモの鳴らす警鐘

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 白い廊下には相変わらず敵影もなく、機械の動作音も聞こえない。
 だからといって危険がないとは限らないのに、武装した自分の前を幼い少女が駆けていくのは、なんとも異様な光景に思える。
 それも時々前でクルクルと身体を旋回させ、後ろを向きながら歩いたりと自由奔放だ。まるで公園に居るかのような振舞いに、僕はなんだか毒気が抜かれてしまっていた。

「じゃあわたしは810歳ってことかぁ」

 全員の自己紹介を歩きながら済ませ、現状をかいつまんで説明した結果、ポラリスは気の抜けたような声を出す。
 しかし、大した混乱もなく飲み込めている様子でもあるため、ダマルがカカと不思議そうに骨を鳴らした。

「意外とショック受けねぇのな」

「うーん……かなしくないわけじゃないよ? トードーとかなかよかったし。でも、あのカプセルに入れられるまえにメヌリスが、もうみんなとはあえない、って聞いてたし、それでいっぱい泣いたから、もういいかなって」

 年齢に見合わない影のある笑顔を見せるポラリス。
 彼女が感じた寂しさや悲しさはやはり、大切な者を失うという経験から来ているのだろう。いい大人だった自分でさえストリを失ったことを引き摺っているというのだから、簡単に割り切れないことくらい理解できる。

「達観してるわね。でも、悲しいことは悲しい、寂しいものは寂しいでいいのよ?」

 彼女の空元気にマオリィネは優しい声を掛けた。
 だが、それで心配されていると感じたポラリスは、ブンブンと頭を大きく横に振って、乱れた長い髪の間から太陽のように笑って見せる。

「大丈夫! それに目がさめたとき、だーれもいなくてひとりぼっち、ってわけじゃなかったからちょっと安心したんだぁ」

「でも、知らない人ばかりで怖くないの? それどころか骸骨だって居るのよ?」

 余りにも説得力の強い言葉に僕はついつい頷いていた。ダマルには悪いと思うが、自分が仮に子供だったならば、ただでさえ見ず知らずの大人に囲まれている状況に加え、そこに妖怪スケルトンアーミーが混ざっていたとなれば失禁してもおかしくない。あまりにも狂気的すぎて間違いなく夢に出る。
 しかし、その元凶たる自称元人間は、下顎骨を大きく開いて高らかに笑った。

「カッカッカ! この中で一番ビビった奴の言うこたぁ説得力あるぜ!」

「う、うるっさいわね! 私が特別怖がりみたいに言わないでくれる!?」

 キッと目じりを釣り上げてマオリィネはダマルを睨みつけたが、高らかに笑う骸骨は一切取りあわない。
 それどころか周囲の女性陣が揃って首を傾げた。

「でも失神してましたよ?」

「悪魔がーとか駄々こねてたッスね」

「最後に泣いた」

「貴女たちがおかしいだけでしょう!? あれくらい普通よ普通! ふ、つ、う!」

 甲高い声を上げて間違っているのは周囲の方だと彼女は叫ぶ。その一方でどこか助けを求める視線を自分に向けていたが、残念ながら事実であるだけに否定は難しい。
 その上、マオリィネ以外の女性陣全員の意見が一致した以上、最早自分が加勢したところでどうなるものでもなく、僕はヘッドユニットを正面に向けたまま知らぬ存ぜぬを突き通すこととした。
 ただ、無邪気な瞳が追い打ちをかけてくるとは、誰も想像していなかっただろうが。

「マオリーネはおとななのに泣いたの? わたしは怖くなかったのに」

「大人だって泣く事くらいあるのよ……でも、どうして怖くないって思ったのかしら?」

 少しだけ拗ねたように唇を尖らせたマオリィネだったが、相手がポラリスだからか直ぐに表情を柔和なものに戻すと、歩調を合わせながら隣に並んで彼女の顔を覗き込む。
 向けられる琥珀色の瞳に合わせてポラリスは首を傾げながら、マオリィネの顔を見てにんまりと笑った。

「んー、さいしょはふあんだったよ? でも、なんでかわかんないけど、キョーイチのこと見たらすっごくあんしんしたんだ」

 マオリィネはポラリスの笑みに、そう、と優し気に返したが、僕は腹の奥で何かが疼いた気がして1人見えない表情を顰めた。
 10歳の少女から飛び出す言葉の1つ1つが、自分を揺さぶってならない。それがこんなにも精神状態を不安定にするとは。

「おい恭一、アレ本気でお前の元恋人なのか?」

 ギリギリでマキナの集音装置が拾えるような小声で、ダマルは誰にも聞こえないように小さく呟く。
 元恋人。ダマルはそう評したが、僕は認めるべきではないという頑なな心と、贖罪を求めて依存してしまいそうになる弱さとの間で葛藤していて、未だにポラリスという少女との距離を測りかねている。
 結論など、到底出せるはずもない。

『とても似ているとしか言えないが……この任務が終わるまでは、考えないようにしてる』

「そうか……無理すんなよ」

 骸骨はそれだけ言って下顎骨を閉じる。
 自分の心中をよく理解してくれている相棒に、僕は心配をかけると小さく頭を下げた。玉匣の防衛戦力として主軸である自分がこの有様では、心配するなという方が無理な話だろうが。
 誰にも聞こえないよう小さくため息をついて前を見れば、ポラリスは再びマオリィネから離れるように駆けだして、1つの広い扉の前を指して立ち止まっていた。

「ここがトードーの部屋!」

『ロックはかかってないな……よし、内部の安全を確認する。皆は周囲を警戒しつつ外で待機してくれ』

 第一世代の大型マキナが通れるほどの扉に、全員を壁際で待機させつつ扉を開く。
 息を吸い込んで内部をそっと覗き、少なくともいきなり射撃されることがないのを確認してから、僕は室内各所へと銃口を向けながら歩を進めた。

『クリア――だが』

 敵の姿はない。人間ならいざ知らず、クラッカーやマキナなどが隠れられる場所はほとんどなく、ただただ液体が満たされた円柱が立ち並ぶ不思議な空間だった。
 おかげで続いて入って来た面々は揃って顔を顰め、その中に浮かぶ物体を見て俄かに口を押える。

「何よこの部屋……水槽? それに、この中にあるのって人骨……よね?」

 僅かに身体を引きながら、マオリィネは透明な培養カプセルらしき装置を覗き込む。
 そこに浮かんでいるのは白骨だったが、大人にしてはやけに小さい。最も大きい物でもポラリスと同じくらいの子どもだろう。
 これが小型のダマルを量産している、と言うわけでもないとすれば、とても気持ちがいいとは言えない光景だった。

「悪い人を水責めにするための水槽でしょーか?」

「悪魔を呼び出そうとする悪趣味な儀式ってもの考えられるッスよ」

 ファティマはガラス面をこつこつと叩きながら想像を口にし、それに対してアポロニアはうへぇと舌を出した。

「……キョウイチ達の居た時代に魔法はなかったと聞いている。なら、黒魔術的な儀式を行っていたとは考えにくいけれど」

「見たところ培養槽だろうな。そこに浮かんでる白いのも、多分こん中で生まれたんだろ」

「まさか、母親の身体以外で子を作り出す神代の技術、だというの?」

 頷く骸骨にシューニャは僅かに目を見開いていた。
 生命科学と呼ぶべきか、あるいはオカルトと断ずるべきか。ダマルの知識範囲はあながち間違っていないらしく、書類が散乱する机を眺めればその内容が記された綴りを見つけた。
 ヘッダーに藤堂と書かれたそれを手に取って、全員に聞こえるように読み上げる。

「……星の子プロジェクトスタ計画ーチャイルド実験体をポラリスと命名。高いポテンシャルを発揮したため、これを基礎に更なる発展形を開発する新プロジェクトが始動。妖精《プロジェクト》計画《フェアリー》における7体の実験体を生産したが、3体は突然変異を起こして廃棄処分、3体は初期こそより高いスペックを示したものの、謎の休眠現象を引き起こして近日中に死亡する可能性が非常に高い」

 3枚の紙がクリップ留めされた書類には、文章の他に少年少女の掠れた写真が載っており、読み上げながらページを捲った。

『最後の1体は安定しているが現状ではまだ胎児であるため、遺伝子情報のみ調査が完了した。しかし、ポラリスに含まれていた兵器的特性を示す遺伝子が見当たらず、原因調査も兼ねてハイパースリープの後本部への移送を決定。プロジェクト唯一の生存体となる可能性から、これをラナウン・シーと命名する』

 2枚目はどうやら培養されていた最中を観察していた報告書らしく、緑色の液中に浮かぶへその緒がついた胎児の写真が貼られている。

『移送班が研究所を出てすぐに消息を絶った。外部でエーテル変異生物と交戦した模様。生体反応が残っていたことからラナウン・シーの回収を申し出たものの、危険と判断されてやむなく廃棄を決定した。地上に存在する脅威は、この施設に残された警備部隊だけで対処できるような規模ではないらしい。妖精計画はここで頓挫してしまうのだろうか』

 次のページには移送班が消息を絶ったポイントと、送信されてきたであろうエーテル変異生物らしき不明瞭な画像が添付されている。
 書き方からしてどこかに続きがあるのだろうと思い、机の上を漁ろうとしたところで、小さな紙片がひらりと床に落ちた。どうやら読み上げていた書類の裏に貼りついていたらしい。

「おい、こいつは……」

 ダマルが拾い上げた紙切れを覗き込めば、それはインクの滲む何かのメモであるらしい。それもかなりの殴り書きである。

『マキナが暴走している。警備部隊が迎撃しているが、あまりにも突然の事態だったことと、シンクマキナとリンクした無人機の動きに翻弄され、抵抗らしい抵抗はできていないと言っていい。メヌリス・リッゲンバッハがシンクマキナのことを星の子計画の守護者と呼んでいたことを思えば、首謀者はあの女で間違いないだろう。だが、最早原因が何であれ、結果はあいつの勝利だ。研究所の壊滅は免れない。外部に放棄されたラナウン・シーが施設最後の生き残りとなるとは、全く皮肉な話だとしか言いようがない』

 2回ほど見返したところで、メモは再び鋼の手から床に舞い落ちる。
 メヌリス・リッゲンバッハ。
 聞いたことの無い名前だったが、それが意味することが理解できない程、自分は思考を鈍らせられない。

『ポラリスを生んだのは……ストリの、母親、なのか?』

 自分のエゴイズムだと亡き研究者は語った。
 そしてこの藤堂という研究者は、メヌリスがこの施設を壊滅させた原因だと見ており、2人の文書を重ね合わせてみればそれは正解だ。
 加えて、メヌリスが父と呼ぶ人物は間違いなく、あのカール・ローマン・リッゲンバッハである。赤ら顔の酒飲みで、しかし温厚な好々爺。
 彼らがやったことを責めようとなど思わない。ただその一方、星の子計画の守護者という言葉を見た時、脳裏に浮かんだのはとてつもない危機感である。

『ダマル……さっきから出てくる、このシンクマキナって言葉に聞き覚えは?』

「あ? あ、あぁ、噂程度だがな。無人のマキナを統括運用するために開発が進められてた、高度な人工知能を搭載した完全自律型だとか言われてたが――実戦配備されてるなんて話は聞いたことねぇぞ?」

『だが、メモを見る限り、ここに配備されていたのは間違いないだろう。メヌリスとリッゲンバッハ教授の間に深い繋がりがある以上、可能性は十分すぎる。それに、星の子計画の守護者という名前が言葉通りだとすれば――』

 それは、とダマルは言葉を詰まらせた。
 普段ならばふざけた話だと笑い飛ばせるのに、今は一切笑えない。それどころか、全力で広がり続ける不安が思考を支配していく。
 リッゲンバッハ教授は普段、酒飲みで自堕落なところも多い変わり者の爺さんだ。しかし、マキナ開発の天才であることも事実である。
 そんな人物が、共和国を滅ぼすために生み出した試作機。無人動作のマキナを木偶から兵士に化けさせるような代物が、未だここに残っているとしたら。

「あぁ、ここは一旦封印すべきだろうな。このおチビ連れてたら、ミクスチャなんかより相当ヤベェのに目ぇつけられてるかもしれねぇぞ」

『――急いで撤収だ! ポラリス、君の意見を聞けなくてすまないとは思うが、一緒に来てもらうよ』

「う、うん? わかっ――ふわぁっ!?」

 僕が鋼の手でポラリスを抱かえあげれば、ファティマは足の遅いシューニャを抱き上げ、揃って来た道を一直線に引き返す。
 ここの設備や物資は魅力的かもしれないが、どれも命には代えられない。最悪どうしてもそれが必要になったとすれば、その時はまた罠などの事前準備を整えて殲滅するべきだろう。
 だが、エントランスに向かう廊下の途中、僕に続いていたファティマは急に足を止めた。

「ちょっと遅かったみたいですよ」

 彼女は大きな耳をクルクルと回すと、シューニャを床に降ろしてそっと斧剣に手を添える。
 同じ音がアポロニアにも聞こえたのだろう。彼女もまた顔を青ざめさせながら、表情を引き攣らせていた。

「今から逃げて、間に合うッスかね……」

 キメラリア達の耳が捉えた何か。それは間もなく翡翠のセンサーでも捉えられ、レーダー上に光点として映り込む。
 エントランスを示す広場に輝く大型の反応。機種識別不明。

『思った以上に賢いな……何がきっかけだったかはわからないが、逃げ道を塞がれている』

「どう、するの?」

 シューニャが不安そうに呟くの無理はない。何せ、敵の戦闘能力は一切が不明である上、今の自分達の中でまともに戦えるのは自分だけなのだ。
 とはいえ、相手が無人機だとすれば、ここに留まっていても状況は悪くなる一方であろう。つまり、取れる手段は1つしかない。

『マオ、ポラリスを頼む。全員、エントランスの安全が確保されるまで、通路から出てくるんじゃないよ』

「まさか1人で戦うつもり?」

 マオリィネはポラリスを受け取りながら顔を顰める。
 だが、僕はそうじゃないと首を横に振った。

『1人しか戦える人間が居ないだけだよ。ダマル、皆を頼む。無線は切らないように』

 マキナと戦うことこそ機甲歩兵の本分である。
 武器を持つファティマや、対戦車ロケットを担ぎ上げるアポロニアは何か言いたげではあったものの、それをダマルは軽く腕を上げて制した。

「不明機の周囲に反応がねぇところをみると、どうやら他の無人機は出尽くしたらしいな。無理に撃破しなくても、別の通路にでも誘い込むことができりゃ俺たちは脱出できる」

『全員が離脱し次第、ゲートを封鎖して一件落着か。悪くない作戦だ。まぁ、それまでに撃破できるのがベストだけどね』

「カッ、エースってのは随分簡単に言うもんだ。機甲歩兵様のおんぶに抱っこじゃ後方部隊もやってらんねぇが……悪ぃ、任せたぜ」

 骸骨が隠れるぞと指示を出せば、少々不服そうだったキメラリア達を含め、全員が倉庫として使われていたらしき部屋へと入っていく。
 ここからはまた個人の戦いだ。
 深呼吸1つで頭のスイッチを切り替え、突撃銃を構えて通路を駆け抜ける。
 全力で翡翠を走らせれば瞬く間にエントランスホールは近づき、合わせて不明機の反応も大きく、明瞭になっていく。
 ただ、自分から見えている以上、敵も既に翡翠の存在は捉えていただろう。通路の切れ目を目前にした時、翡翠の中には甲高い警報音が鳴り響き、咄嗟に跳び退いた自分の前で誘導弾らしき何かが着弾し炸裂する。

『ッ……! 想像以上にとんでもないのが出てきたもんだ』

 もうもうと立ち上がる爆煙の向こう。そいつは重々しい動作音を響かせながら、通路の前にゆっくり姿を現すと、アイカメラから赤い光を迸らせる。
 シンクマキナ。星の子計画の守護者とのご対面だった。
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