悠久の機甲歩兵

竹氏

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テクニカとの邂逅

第151話 とある研究者の願い

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 このログを書いたのは、言わばの気まぐれである。
 人間は自らの死を悟ると生きてきた証を残そうとするらしい。今まではその一切を無駄だと断じてきたが、全てをやり遂げて死が迫ってくるとその考えは理解できた。研究者らしくない、感情的な思考でだが。
 文明の一切が地上から消滅して早1年が経った。
 最早世界には共和国も企業連合もない。他の同盟諸国も親に引き摺られて同じ道を辿った。
 広範囲に広がったエーテル汚染と大量破壊兵器使用による天変地異は、生態系そのものを大きく変えている。
 そんな中で、私は義父と共に全てへ終止符を打とうとしている。これを読めている者が居たならば、私たちの作戦が失敗したか、あるいは私たちの希望が届いたかのどちらかだろう。
 少しだけ自分のことを記す。
 私は研究者だ。主に遺伝子や生命に関わる研究をしていた。特にここ10年はアストラル体についてと、ホムンクルスの生産についてを命題としている。
 この研究所に来た時、企業連合の生命学軽視から雪石製薬は悩んでいたようだ。共和国でお抱えをやっていた経歴から、直ぐに様々な権限を与えられた。おかげで、そこから復讐の準備を始めることに何の障害もなかったことは未だに感謝している。
 自分から夫と娘を、義父から息子と孫娘を奪った共和国を、私は決して許さない。
 夫はひたすらマキナの新たな在り方を研究していただけに過ぎない。だが、先見的知識を持つことが妬みを買い、不正を行わない誠実さを煙たがるものは多かったのだろう。
 結果として、夫は敵国に利する行為をしたという誰かの妄言から、その首を縄に括られた。
 私と義父は娘を連れて亡命し、マキナ開発に遅れていた企業連合は自分達を容易く迎え入れてくれた。
 以降、私と義父は共和国への復讐を果たすため、それぞれ企業でお抱えとなって技術開発に勤しんだ。
 そんな中、今度は娘が共和国に殺された。今思い出しても体が崩れてしまいそうになる。
 その所為で、私は自らが狂わないために最悪の手段に手を出した。もしも娘に知れたら激怒され、失望されることだろう。
 なにしろ私は、我が子の遺伝子情報を元に、兵器と言う名目でホムンクルスを精製したのだから。
 最近発見されたエーテルが引き起こす遺伝子変異から、人間が超能力を得るという現象がある。その実験と称して資金を得た私は、娘の遺伝子情報を組み込んで娘のホムンクルスを生み出したのだ。
 娘と瓜二つの顔立ちを持つ彼女は、生まれながらに兵器だった。
 その性能は凄まじく、雪石製薬の連中はさらなる改良を目指したようだが、私にとっては性能などどうでもいい。生産性など知った事ではない。ただ、愛しい我が子をもう一度抱きしめたかった。
 だが、実際0歳の彼女を育てていくうち、限りなく近い遺伝子情報を持つ子であっても、やはり娘とは別人だと気づかされた。
 1歳までは私が育てたものの、自責の念から私は彼女を正面から見られなくなり、結局研究所の託児施設で彼女は育てられることとなった。エゴイズムが理由で生み出され、量産性の欠片もない彼女が廃棄されなかったのは、長い期間をかけてデータ収集を行うためだったのだろう。
 だが、私は更に恨みを募らせた。何故こんなに辛い思いをしなければならないと、血を吐きながら研究に没頭できた。
 皮肉にもその研究は成果を生んだ。身体からアストラル体を分離保存するという装置の実験が成功したのだ。
 分離されたアストラル体だけで保存することができれば、身体は一度分解して再構築することで劣化を止められる。それはコールドスリープよりも余程長期間に渡って保存ができるということに他ならない。
 これを企業連合側に成果として報告したところ、情勢を知る有力者たちはこぞって金を出した。ショコウノミヤコから北へ外れた高台地下に、大型の装置を整備するという計画らしい。
 この計画を私が断る理由はなかった。いざ世界がエーテル汚染に塗れておかしくなっても、何百年の眠りの先ではきっと豊かな世界に戻っているはずで、そこに共和国と言う汚点を作らないならば誰でもいいのだから。
 それから間もなく、両国を含めた文明は崩壊した。
 戦争が無差別な大量破壊兵器の使用にまで陥った原因は、エーテル汚染による未確認生物の発生だ。それに襲われた共和国のウジ虫共は、企業連合が生物兵器を用いたなどと寝言を吐き、結果として自ら滅びの封印を解いたのである。
 ここまではいい。企業連合にとってはご愁傷様で、共和国にはざまあみろという話でしかない。
 あとは地上が浄化されるまで、元企業連合の権力者たちは地下で眠り、私たちは未来へ技術を繋いでいく努力をすればいいだけだった。
 だが、企業連合は私と義父を裏切った。
 どうやって手を結んだのかはわからないが、玉泉重工は共和国の大企業であるカラーフラ・インダストリと共同し、テクニカという組織を立ち上げたのだ。
 曰く、自分たちが新たな人類文明を築き上げるパイオニアとなるためだとか。笑わせてくれる。
 カラーフラのトップは共和国の将軍であり、何人もの官僚が天下りしている以上、私と義父はテクニカとも企業連合とも、共存する道がなくなったのだ。
 義父はテクニカへ潜入すると言っていた。内側から蚕食して破壊するつもりだと。
 私は何ができるかわからなかったが、自分の巣であるこの研究所でテクニカに対抗する組織を築き上げようと奔走した。
 しかし、研究所の連中はテクニカとの合流を強く望んでおり、私の行動は無意味だった。
 文明が滅んでから早4年。彼らはモグラのような暮らしに飽き飽きしており、新しい刺激を求めているのだろう。
 何と愚かしいことか。腐肉のような連中と共に生きようなどと。
 だから私は義父と共にマキナにある仕掛けを施した。簡単なものだ。
 IFFの読み込みを阻害し、同様の信号を出力していない兵器および人間を、無人動作によって攻撃させる。見せかけのアップデートには、設計者である義父の権限を用いてOSそのものを書き換えるため、マキナのセキュリティが反応することもない。
 試作品ではあるが、シンクマキナの集中制御システムにも潜り込ませたため、この場所でなら、有人機相手でもかなりの脅威となり得るだろう。
 これらの仕込みが誰にも気付かれず終わった後、私は断罪の日を待ちながら身辺の整理を行った。
 1つ目はアストラル体を分離する装置である。企業連合のお偉方が生命保管システムなどという滑稽な名前をつけたアレに、記録された人間の生成が失敗するよう細工を施した。共和国と歩もうとした連中など、未来に生かしてやるつもりはない。
 ただ、義父がロックした男と、最初からファイルが破損していた者もう1人には触れなかった。現代文明のなかで運良く生き残るとしたら彼らだろうが、願わくば誠実な人物であることを祈る。
 もう1つは、今まで避けてきたホムンクルス体のことだ。
 私のエゴイズムが生み出したものだが、娘と似通った顔をしたこの子を、私が殺せるはずもない。
 だからせめて、この子だけは生かすことに決めた。側にいてやろうとすらしなかった、身勝手な親の都合ではあるが、彼女には自分や娘が歩めなかった幸福な人生を、遠い未来で歩んでほしいと願っている。
 だが、この場に残せばマキナの暴走に巻き込まれるのは必至であるため、私は実験に用いていたアストラル体分離装置の試作機で、彼女を保存することを決めた。
 内容は生命保管システムと同じであるものの、これには時間経過により自動で人体を再生成する機能はない。
 つまり、これは一種の賭けである。
 10歳になったばかりの彼女が、荒廃した世界を1人で生きていくことは難しいだろう。だから、誰か手助けしてくれる人物が現れることを期待する、あまりにも無謀な賭け。
 このログを読んでいる者へ。
 もしも人の心を持つ者ならば、彼女のことをどうか頼まれて欲しい。
 叶えてくれるならば、装置の上部にある冷却弁を閉じてくれ。すぐにシステムが異常を関知し、自動的に再生成が開始されるはずだ。
 ああ、外からマキナの駆動音が聞こえはじめた。そろそろ私も本当の終わりが近いようだ。
 もしもあの世という場所があるのなら、私はもう一度娘と夫に会えるだろうか。会えたとしても、2人は私のしたことに失望するだろうがな。
 願わくば荒廃の先にある未来に、自分のような怨嗟に狂う者が、新たに生み出されることの無いよう切に願う。

 メヌリス


 ■


 名前の後に点滅するカーソル。それは文章の終わりを意味している。
 シューニャにせがまれて内容を朗読したことで、他の面々も興味を持ったのだろう。いつの間にか端末の周囲には全員が集まっていた。

『生命保管システムを作った研究者、か。とりあえず依頼目標が見つけられて一安心だ』

「お前の知り合いってわけじゃねぇのか? 親がどうのこうのって書いてあったが」

『僕の記憶は当てにならないからねぇ……そんなことより、今は依頼目標が見つけられた方が一安心、かな』

「そりゃそうだ。つっても俺としちゃ、自ら禁止した兵器で崩壊したゴキゲンなお間抜け文明の方が、正直言ってインパクト強いんだがよ」

 骸骨は自分達が生きた時代の最期を、カカカと下顎骨を鳴らして嘲笑う。
 だが、今考えるべきは滅んだ文明への侮蔑ではなく、目の前に鎮座する円筒形の装置である。
 ただ、僕がそれに歩み寄ると、アポロニアが不安そうな声を出した。

「あ、あの、ご主人? それ、開けた途端に襲い掛かってきたりしないッスよ、ね?」

「カカッ! そりゃパニック映画の見すぎだな。中に入ってるホムンクルスとやらがいくら謎の存在だっつっても、そいつが素手で翡翠を倒せると思うか?」

「そりゃ思わないッスけど……」

 ダマルがカラカラ笑い飛ばしても、太い尻尾を足に巻き付けた彼女は、茶色の瞳を揺らしながらこちらを見上げてくる。
 ここで自分が、何か気の利いたことでも言えればよかったのだろうが、僕が口を開く前に、隣でファティマが大あくびを漏らした。

「ふぁぁ……相変わらず、犬は身体並みに気が小さいですね。大きいのは胸だけですか?」

「な、なにおう!? そういう、エロ猫が大雑把なだけじゃないんスか!?」

 いつもと変わらぬ売り言葉に買い言葉で、アポロニアは足に巻きつけていた尾を戻し、毛を逆立ててグルルと唸る。
 おかげで外野となった僕は、少し肩の力を抜くことができた。

『安心してくれ。そんなことは起きないはずだ。ダマル』

「あいよ了解、冷却弁っつってたが……これか」

 ログの指示に従って、ダマルが配管のバルブを捻れば、冷却系の異常を検知しました、という自動音声が警告音と共に流れ出す。
 様々なエラーメッセージが端末上に浮かんでは消え、それら全てを無視し続けていたら、いよいよ冷却系が限界を迎えたらしい。モニターには安全装置作動、人体の再構築シーケンスを実行中の文字が点滅しながら流れ始める。
 すると同時に白煙が激しく噴き出しはじめ、女性陣は慌てて距離をとった。

『シーケンス正常終了。人体構築、異常なし。ポッドを解放します』

 冷却材の煙幕に視界が遮られ、それが排気ダクトに吸い上げられるまでの一瞬。
 ゆっくりと開いていく透明なポッドの中に、その少女はまるでずっと前からそこに居たかのように立っていた。
 その奇跡的な光景に、僕らが言葉を発する事すらできず呆然としていると、小柄な彼女は目を擦りつつ大きく伸びをする。

「ふぁ……おはよぉ、ってあれ? あなたたちはだぁれ?」

 鈴を転がすように高い声だった。
 雪のように白い肌。仄かに青みがかった長い銀髪に、空色に輝く目は丸く大きい。僅かに赤みを帯びる頬は人形のように美しく、ヤスミンほどの背格好は未だ幼さを残している。

「こ、子供ッス……か?」

「おおー、可愛い子ですね」

「ほ、本当に生きてるなんて――どんな魔法よ、これ」

 三者三様に感想を述べつつ、けれど出てきたのが小さな少女だったことで、誰もが少し安心したような表情を見せていた。
 だが、僕は今まで以上の強い緊張が身体を巡るのがわかった。
 周囲を見渡すその瞳が、よく通る高い声が、頭を振るその仕草が、自分の頭に酷い衝撃としてのしかかっている。

「キョウイチ? どうかした?」

 ヘッドユニットに阻まれて表情は見えないだろうに、自分があまりにも無反応だったからか、シューニャは不思議そうにこちらを見上げてくる。
 けれど、その声は僕の耳にほとんど届いていなかった。
 口の中が急激に乾いていく。まるで新兵が操るかのようにぎこちない動きで翡翠はよろめき、それでも僕は1歩だけ足を前に出すと、張り付いて痛みさえ覚える喉から、やっとの思いで声を発せた。

「……スト、リ?」
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