悠久の機甲歩兵

竹氏

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テクニカとの邂逅

第148話 オープンファイア

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 玉匣のエーテル機関が一定のリズムで低い音を響かせる。
 運転席に座ったシューニャは緊張の面持ちでハンドルを握り、アポロニアは何度も対戦車ロケット弾発射器の操作手順を呟き、ファティマは自らの斧剣を握る力を強め、マオリィネは油断なく鎧を着こみ、出撃準備を進める僕を眺めていた。

『各伝達系およびシステム正常。射撃管制装置、武装認識完了。ジェネレータ出力正常値で安定。ジャンプブースター動作良好』

 ヘッドユニットに浮かび上がるGH-M400Tの文字、加えて機体各部の状況を知らせるインジケーター。右腕が赤くなって損傷を伝えてくるが無視。
 甲高い動作音を響かせながら青い鋼の歩兵は立ち上がる。ありったけの武器弾薬を搭載した、刺々しい見た目になって。

『無線感度は――』

『聞こえてるぜ』

『ん。大丈夫』

『よし』

 ダマルとシューニャからの返事を確認して、僕は後部ハッチからゆっくりと足を踏み出した。
 眼前に広がる無機質なコンクリート造りの地下空間には、ヴィンディケイタ達が汗にまみれて大量生産した土嚢の山が積み上がる。その一角に片膝をついて身を沈め、ガトリング砲の砲身をゲートの向こうへ向けた。

『これより、作戦を開始する』

『了解、これよりゲートを開扉する。言い残したことはねぇか?』

 警報音に合わせて警告灯が明滅させながら、ゆっくりと開いていくゲート。
 それを眺めながら、随分縁起が悪い言い方をするものだと僕は苦笑していた。

『そうだなぁ……温泉に入りたい』

『カカッ、お前どんだけ風呂好きなんだよ?』

『ポロムルには蒸気風呂があったと思う』

『いや、サウナもいいんだけどそうじゃなくて、お湯に浸かりたいんだよ。たまにはいいだろう?』

『贅沢』

 現代の常識で考えれば、シューニャが辛辣な言葉を投げてくるのもむべなるかな。
 しかし、日常的な入浴が普通だった身としては、衛生的にも精神的にも日ごろからゆっくり湯に浸かれる生活がしたいのだ。800年前に流れた入浴剤のCMは、入浴時間を短縮しても疲れが取れる、などという売り文句を謳っていたが、削る部分を間違っていると心底思う。

『たまには贅沢もするべきなんだよ。この先でどこかに定住することになったら、家には皆が入れる風呂を作ろうじゃないか』

 ダマルの秘密や玉匣の隠し場所を考えれば、どうせ町中に居を構えることは難しいのだ。郊外に新築したり建物を買うとすれば、風呂を整備するくらいの苦労はしてもいいだろう。
 だが、いい考えだと思う自分に対し、何故か無線機からは驚愕の声が聞こえてきたが。

『み――っ!? きょ、キョウイチ、それはあんまりにも破廉恥!』

『……何が?』

 一体どこに破廉恥な要素があったのか。広がっていくゲートの開口部を注視する僕は、ヘッドユニットをガコンと傾げる。

『な、何がって……入浴は裸で行うもの、だし、皆でというのは……わた、私、には』

『ちょっと待ってくれ! 僕ぁ全員で風呂に入るとは言ってな――』

 シューニャの突拍子もない発言に、僕は慌てて誤解を解こうと叫んだが、それを甲高い警報音がかき消した。

『時間切れだぜピンク脳共。イチャつくのは作戦終了までお預けだ』

 ゲートが開き切るや否や、レーダー上で急激に増えていく赤い光点に、頭のスイッチが切り替わる。
 僅かに傾斜のついた通路の向こう。ゲート解放と共に点灯した照明に照らされ、現れる黒い装甲の群れ。
 深く息を吸って、吐いた。

『てぇっ!!』

 モーターの駆動音と共に銃身6本を束ねた筒が回転し、雄たけびのような音と共に火炎が迸る。
 凄まじい速度で吐き出される弾丸の威力は、果たして突撃銃の何倍か。
 無警戒に姿を現した黒鋼は、回避運動を行う間もなく装甲から火花を散らし、頭部ユニットがえぐり取られて後ろ向きに倒れ込んだ。地面を叩くガシャガシャという音は、原形を留めぬ部品が飛び散っているためだろう。

『撃破1。後方より反応複数』

 倒れた黒鋼の亡骸を踏み越えながら現れるのは、フナムシの如きクラッカーの群れ。茶筒を横に向けたようなボディから生える細い4本足を忙しなく動かし、恐れも知らず突っ込んでくる。

『カーッカッカッカッ! ドンドンきやがれドラム缶共ぉ、鉄屑に変えてやらぁ!』

 ダマルの叫びと共に、玉匣のチェーンガンが火を吹いた。
 パーカッションのように一定のリズムで鳴り響くそれは、警備用の装甲しか持たないクラッカーを紙切れのように軽々と貫いていく。
 ただ、クラッカーが脅威的なのは、その高い量産性と安価さによる物量だ。単純な行動しか行わない無人兵器は、ダマルの言う通り鉄屑となった同型機を踏み越えて迫る。
 喧しく鳴り響く対人機銃の銃声と、装甲に跳ね返される弾丸の音で、地下の空気はビリビリと揺れた。それに加えて、爆音と共に土嚢が吹き飛ぶものだから、無線機の奥からシューニャのうめき声が聞こえてくるのも無理はない。

『後方から重クラッカーだ!』

『製薬会社ってのは、そこまで厳重な警備が必要なもんかねぇ!?』

 通常型のクラッカーよりも大柄なそれは、警備用などではなくれっきとした軍用機だ。武装は重機関銃や自動擲弾銃、更には接近戦用のハーモニックブレードまで備えており、その脅威度は段違いである。
 唯一の救いとしては、機動性と量産性を重視していることで、チェーンガンや突撃銃の直撃に耐えられるほどの装甲は持っていないことだろうか。いや、それで一層数が増えているのだと思えば、大して嬉しくもなかったが。

『あー畜生、どんだけ居んだよ! 後から後から湧き出てきやがって! どこのどいつだ! こんなとこに無駄な税金投入しやがった盆暗議員は! こっちの弾がなくなっちまうわ!』

『そのための罠だ! もう少しだけ耐えてくれ!』

 土嚢を乗り越えてくる通常型と、脅威度が高い重クラッカーを優先的に潰しても、残弾数を示すカウンターはあっという間に減っていく。
 だがまだだ。罠を使う相手はドラム缶じゃない。
 そう思って奥歯を噛みこんでいた矢先、クラッカーの奥に赤い光の筋が浮かび上がった。

『警戒! 前方より黒鋼《D-4》! 本命の御到着だ!』

 盾と突撃銃という一般的な突撃装備が4機。
 ただ、最初に出現した黒鋼が通路内で一方的に撃破されたという情報を得ていたのか、そいつらはわざわざジャンプブースターから青白い炎を噴き上げ、盾を正面に構えて勢いよく通路を突進してくる。
 あっという間に距離を詰めてくる相手に、取り回しの悪いガトリング砲の攻撃が間に合うはずもない。何とか正面を走る1機は撃墜したものの、他の3機は無傷のままでゲート前の広場に降り立った。

『3体も……キョウイチ、これは』

 先日の戦闘から考えれば、シューニャが声を震わせるのも無理はない。
 実際、移動の様子だけを見ても無人機らしからぬ動きではある。加えて近距離での乱戦にもつれ込めば、小回りの利かないガトリング砲などただの重石でしかない。
 それでも、自分はフゥと小さく息をついた。

『大した問題じゃない。それに、だ』


 ■


 腹に響くような地鳴りと、聞いたこともないような破裂音が地下から轟く中で、フェアリーはいつも通りに事務所――彼女にとっては玉座かもしれないが――で紅茶を啜っていた。
 その隣では、巌のように表情を固めたキメラリア・シシ、ヘルムホルツが後ろ手を組んだまま、銅像のようにピクリとも動かない。

「まるで雷のよう」

 フェアリーの独り言と揺れる茶器に、ヘルムホルツは一切答えない。そうしているのが当然だと言わんばかりに、恐ろしげな猪面のまま不動を貫く。
 しかしそれでは面白くないと思ったのか、フェアリーは自ら進んで彼に話しかけた。

「ホルツは彼らの戦いを見たことがあるのでしたね?」

「はい」

 自身への問いかけだとハッキリすれば、巨漢のシシはその姿勢のまま振り返り、深々と腰を折ってみせる。
 だが、ヘルムホルツが臣下として堅苦しく接する一方、フェアリーはまるで我が子に話しかけるかの如く柔らかな声であった。

「あなたの目から見て、彼らはどうです?」

「恐れながら。あのアマミという男に関しては、力の入らぬ歪な戦いぶり、と申しましょうか。不可思議で凄まじい威力の飛び道具を用い、随分と戦慣れした様子が伺える一方、戦士としての覇気は微塵も感じられませぬ」

「イーライ坊やはファティマという子に随分遊ばれたようだけれど」

「小生の知る戦いをしていたのは、あのケットだけですな。彼女の武勇は実戦で鍛え上げられたものでしょう。若くして筋も悪くなく場数も踏んでいるとなれば、未熟者が勝てぬのも頷けます」

 成程、とフェアリーは机に肘をついた。相変わらずその顔には慈愛に満ちた微笑みが浮かんでおり、しかしどこか子供のようにティーカップを軽く揺すって波紋を眺めている。

「百戦錬磨のあなたでも、戦に知らぬことがあるのですね」

 ヘルムホルツは世に名の知られた重戦士であり、スノウライト・テクニカ所属のヴィンディケイタにおいても最強の戦力でもある。並みの兵士なら束になっても敵わぬ武勇を誇る彼は、存在そのものがテクニカと敵対することを躊躇わせる抑止力であり、戦い抜いた戦場は数知れない。
 そんな男が素直に、わからない、と言ってくれたことが、フェアリーには心底面白かった。
 だが、ヘルムホルツは口を押えて笑う彼女に対しても、穏やかに頭を下げて否とハッキリ告げる。

「この身は所詮、一介のキメラリアにありますれば」

「もぅ……ホルツは相変わらず愛想がないわね」

 戦士としては一流なのはいいがどうにも堅物がすぎる、と彼女は頬を膨らせる。
 フェアリーという女性は、自らのテクニカに属する全てを平等に愛している。特に我が君と慕ってくれるヴィンディケイタ達は特に気に入っていた。
 であればこそ、この強面を何とかして崩してやりたいとも思うのだが、今のところ成功したことはほとんど皆無と言っていい。それくらいにヘルムホルツは感情の揺らがない大人であった。
 しかし、そうではない者も居る。

「戻りました、我が君」

 恭《うやうや》しく一礼して部屋に入ってきたのは、全身を灰色の毛で覆われたキメラリア・カラ・ウルヴル。こちらもヴィンディケイタの中で上位の実力を持つ女性、ペンドリナだった。
 普段はクールな彼女だが、流石にヘルムホルツ程の胆力はないらしい。表情こそいつも通り引き締めてはいるものの、珍しくフサフサの尻尾を足へと巻き付けていた。
 目に見える恐怖の感情に、ならばこそとフェアリーは努めて柔らかく彼女へ声をかける。

「下の様子はどうでした?」

 はい、とペンドリナは僅かに声を震わせながら返事をする。
 カラ・ウルヴルは誇り高く強い種族だ。カラやアステリオンを束ねる立場になることも多く、恐怖などほとんど表に出しはしない。
 にもかかわらず、彼女は完全に怯えていた。普段であればキビキビとした動作も、どこかぎこちなく感じるほどに。

「……想像を絶する戦いです。彼らがミクスチャを倒せたというのも、頷ける物かと」

「詳しく聞かせてくれるかしら?」

「飼っていると噂だったテイムドとあのウォーワゴン、その両方から炎を暴風雨の如く吐き出す飛び道具を用い、リビングメイルの頭も床を埋め尽くすほどの鉄蟹も、あっという間に粉砕していました……恐ろしい物です」

 彼女の言葉に、フェアリーは静かに瞼を閉じる。
 鉄蟹やリビングメイルを僅かな人数で容易く倒すことなど、今を生きる人々にできることではない。だからこそ、その言葉は彼女に確信を与えた。

「そう……やっぱり彼らは、神代の力を扱えるのですね」

「あれが、そうなのでしょうか。私にはわかりません」

 ペンドリナは自分の腕に強く力を込める。
 口にするだけで恐ろしい、見たことも聞いたこともない力を思い出すほどに、体は固く強張っていく。自分はとんでもない存在を、テクニカへ呼び込んでしまったのではないのかと。

「ペンドリナ」

「は、はい――えっ?」

 名前を呼ばれたペンドリナが反射的に頭を上げると、その視界は白い布で埋め尽くされた。
 鼻腔には甘い香りが充満し、心地よい体温が頬を通じて感じられる。何よりもその柔らかな感覚に、毛に覆われて見えはせずとも顔が熱くなるのを感じた。
 そっと背に添えられた腕。頭にかかる桃色の髪と吐息。彼女がフェアリーに抱きしめられたと気づくまで、僅かな時間も要さなかっただろう。

「わ、我が君!? お、畏れ多いです!」

「1人では恐ろしくてね、あなたの暖かい毛の中でこうしていたいのよ。嫌?」

 振り払うことなど許されない。それがたとえ自らの恐怖を和らげるためだと分かっていても、我が君と呼び慕うフェアリーが望むと言う限りは。

「そ、そんなことはございません! 私などでよければ……っ」

 母親に抱かれるような感覚に、26になってもまだ子どもか、とペンドリナは自嘲しながらも彼女の胸に顔を埋める。
 ゆっくり弛緩していく自らの姿を、師と仰ぐヘルムホルツに見られるのは気恥ずかしい気もしたが、努めて無言を貫き視線を向けぬ紳士の気配に、この時ばかりはと幸福を噛み締めた。
 だが、それが功を奏するなど、誰が思った事だろう。
 それは何の前触れもなくやってきた、今までにないほどの巨大な地揺れ。下から突き上げられるような振動に、あちこちで埃が舞い落ち、天井に埋め込まれた照明が明滅する。

「きゃああっ!?」

「っ、我が君!!」

「ぬぅっ!?」

 抱き着いていたそのままの姿勢で、ペンドリナはフェアリーを支えていた。
 その上、咄嗟にヘルムホルツは彼女を庇って頭上を覆ったこともあり、たとえ落下物があったとしてもフェアリーが傷つくことはなかっただろう。

「我が君!! ご無事ですか!?」

「へ、平気よ……驚いただけだから」

 たった一瞬の出来事だったが、それでもフェアリーは額に薄く汗を浮かばせる。
 不動であるはずの大地を揺するほどの力。それがアマミ・コレクタの技であってくれればいいが、万一地下に蔓延るというガーディアンの能力だったならば。
 彼女の勘は逃げろと告げるが、自らが取り乱すことの意味を重々理解している。そして何より、生命の孤独から解き放たれるその日を望んだのは彼女であり、今更かなぐり捨てて逃げ出すことなどできるはずもない。
 深呼吸を1つ、フェアリーは息を整える。
 ペンドリナは先ほどの揺れを警戒してか、未だに隣から彼女を支えていたが、ふとその違和感を口にした。

「音が、消えた?」

 言われてみればとフェアリーが室内を見回し、ヘルムホルツもぐぅぅと唸り声を漏らす。

「……確かに、激しい戦闘の音の一切が消えている。原因は先ほどの激震か、ペンドリナ」

 唯一現場を見た彼女にヘルムホルツは問いかける。
 とはいえ、ただでさえ理解できたことが底知れぬ恐怖でしかなかったペンドリナは、弱弱しく首を横に振る事しかできなかった。

「いえ、私では優勢か劣勢かすら判断できなかったのです。とても理由など」

「そうか、そうであろうな……」

「ホルツ、行ってはなりませんよ。ペンドリナを行かせただけでも、彼らに対する背信ととられかねないの。彼らの帰りを待ちましょう」

 無意識のうちに踏み出そうとしていた足を戻し、ヘルムホルツは牙の隙間から大きく息を吐く。
 自らがフェアリーという絶対者の盾であることを、もう一度心に刻みつけながら。

「御心のままに」
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