悠久の機甲歩兵

竹氏

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テクニカとの邂逅

第146話 不可解な約束

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 夕食を終えてまどろむ時間。
 井戸水で食器を洗うアポロニアをシューニャが手伝い、外の空気を吸ってくると言ってマオリィネが退席、ファティマだけが撫でろと言いたげに僕の膝へ頭を乗せている。
 そんな彼女の大きな耳を優しく掻きながら、僕はダマルから今日の報告を受けていた。

「開かずの間……?」

「あぁ。どうにも閉鎖されたままの警備ステーションみたいなんだが、これが外部からの物理アクセスを拒んでて開けられねえんだ。それも隔壁みてぇな扉でよ、おかげでテクニカの連中はただの壁だと思ってたらしいぜ」

 髑髏から紫煙を立ち上らせる骸骨は、暗闇に乗じて外した兜を磨きつつ、そんなことを口にする。

「どこかで集中制御してるとかかな」

「元々無人の警備ステーションだってんなら、ほぼ間違いねぇだろうなァ。その制御室が残ってるかはわかんねぇけど」

 確かに大きな施設であれば珍しい話ではない。とはいえ、ここにあったのが地下倉庫だけということは考えにくく、地上にも何らかビル等が建っていたのはほとんど間違いないだろう。
 これでもし地下に集中制御室らしき部屋が見当たらなければ、それは遥か昔に地上施設諸共消滅してしまったと考えるのが妥当である。
 つまりは、永遠に稼働しないであろう置物設備という訳だ。

「制御室が見つからない限り、そこは放置しておいて問題ないかな。それ以外には何かあったかい?」

「とりあえず簡単な武器が見つかってるぜ。つっても、対マキナ用に使えるとすりゃ、使い捨ての対戦車ロケット弾発射器ロケットランチャーが5本だけだ。他は個人携行火器がチマチマとな」

「あの倉庫にそんなものが?」

「いや、1箇所だけロックが外れてる有人警備ステーションみてぇな場所があって、そっからかっぱらった。なんせここは雪石の倉庫だぜ? コレクタが集めてきたモンを除けば、出てくるのはほぼ医薬品と雑貨類ばっかで、武器弾薬は流石に置いてねぇわな」

 製薬会社の倉庫に武装の類なんてあるわけがない、と中を改めてきた骸骨は肩を落とす。
 無論、薬とて医学未発達の現代では非常に貴重な品ではある。だが、今の自分達に必要なのは傷や病を治すものではなく、マキナの装甲に風穴を開けられる兵器なのだ。
 そのため、歩兵火力を高められる対戦車ロケット弾発射器が見つかったのは僥倖である。だが、無誘導のロケット弾でマキナを捉える難しさを思えば、気休め程度と言う他なかった。

「やっぱり重要なのは罠だね。プラスチック爆薬以外に何か手があればいいんだが」

「ゲリラよろしくIED即席爆発装置でも作るか?」

「その材料はどこに?」

「これが見当もつかねぇんだよなぁ!」

 骸骨と真面目な顔を見合わせ、互いに背を逸らしながらハッハッハ、カッカッカと大袈裟に笑う。だが、あまりに乾き切った笑い声は間もなくため息に変わり、2人揃ってガックリと項垂れた。
 たかが砲弾の1発、地雷の1個でも手に入れば、作戦の柔軟性は確実に向上するのに、それすら手に入れられない現代の環境に慣れつつある自分が嫌になる。

「ねぇおにーさん。その作戦でボクにできることってありますか?」

 首を垂れたまま目を開けば、仰向けになったファティマと目が合った。
 輝く金色の大きな瞳は自分をしっかりと見据え、ぼーっとした表情はいつもと変わらない。
 けれど、なんだか少し不安なようにも見えるのだから不思議である。

「なんでだい?」

「ボクの力じゃ、まきなと戦うことはできませんし、戦えないボクは足手まといにしかならないです――けど、それでも、おにーさんが戦ってるのを見てるだけっていうのは、やっぱり……」

 あぁ、とダマルが後ろ頭を掻く。
 黒鋼との戦闘時、玉匣がどういう状態だったかの報告は受けているので、骸骨はそれを思い出したのだろう。僕としてもファティマの気持ちは痛いほどよくわかる。
 しかし、だからこそ彼女の心中を酌んでやることはできなかった。

「ファティは優しいな。でも、マキナと戦うのは僕の仕事だから、僕を信じて待っていてほしい」

 口角を緩めながら、いつも以上に優しく橙色の髪を撫でつける。そのまま首の後ろまで手を伸ばせば、ファティマはくすぐったそうに身体を捻っていたが、やがて、むぅ、と唸って大きな耳の生えた頭を僕の膝にこすりつけた。

「おにーさんは、結構ズルいと思います」

「大人はズルいものだよ」

 使い古した言い訳にファティマが反論することはなかったが、どこか拗ねたように膝へ体重を預けてくる。おかげでまた足は痺れ始め、僕は乾いた笑い声をあげるしかなかった。
 ダマルが煙草を踏み消したのは、そんなやり取りに呆れ返ったからだろう。


 ■


 作戦目標は地下施設における脅威排除および制圧。
 想定される敵主戦力は玉泉重工製第二世代型マキナ、黒鋼D-5複数。主要装備は不明なれど、二号装備火力制圧装備機を撃破したことから、残存する大半は一般的な一号装備突撃歩兵装備機と仮定する。注意点として、無人機ながら戦闘機動が優秀であること。その他補助戦力の存在にも留意。

「こうしてみると、僕ら覆せないくらいに劣勢だよねぇ」

「相手が無人機じゃねぇなら俺ぁ逃げてたね。間違いなく真っ先に逃げてた」

 土嚢が高く分厚く積み上げられた地下ゲート前に停車した玉匣の中。作戦決行を明日に控えた僕らは、詳細の確認を行っていた。
 とはいえ、少なすぎる敵情報からその大半は作戦内容の確認でしかなく、むしろ防御陣地の最終確認といったほうがいい。
 防塁の構築が開始されてから2日。土嚢と土嚢の間に岩を挟み込み、それを何重にも重ね合わせた防塁は、現代において突貫で生み出せる最大の防御と言っても過言ではない。
 更に装甲の修復を終えた玉匣の前にも、防御用に土嚢が高く積み上げられ、チェーンガンを即席の砲台として利用する準備まで行った。挙句その土嚢には撃破した黒鋼の装甲や盾までくっつけてあるのだから、事前準備無しの前回と比べれば相当マシだろう。

「ゲートの解放後、玉匣のチェーンガンと翡翠のガトリング砲で、通路に殺到するであろう敵を迎撃。敵マキナが土嚢正面まで侵攻してきた場合は、地面に仕掛けたプラスチック爆薬でこれを殲滅し、可能な限りこの場所で敵戦力を漸減する」

「敵が出てこない時はどうする?」

 と、シューニャが問う。

「その場合は僕が突入して敵を誘引するが、前に黒鋼が出てきたことを思えば必要ないだろうね」

「全滅かどうかはどう判断するッスか?」

 と、続いてアポロニア。これにはダマルが骨をカタカタ鳴らしながら答えた。

「ゲートの中から敵が湧かなくなったら、内部に突入して1匹ずつ確実に駆除するってだけだ」

「安全が確保出来次第、僕らは内部を調査して必要情報と資材を確保。フェアリーさんに一切を報告して作戦終了だ」

 言葉にする分には複雑さが欠片もない作戦である。これで相手がドンくさいだけの無人兵器ばかりなら他愛ないのだが、黒鋼の動きを思えばそこまで甘くないだろう。
 しかし、太古の兵器相手の戦いとなる以上、僕やダマルが不安を顔に出すことは許されなかった。何せあのミクスチャに続いて、また国家戦力と言うべき存在と自分達だけで戦おうというのだから。
 そこでできるだけ快活に、何か質問はあるかい、と僕が問えば、真っ先に手を挙げたのはマオリィネである。

「作戦の動きはなんとなくわかったけれど、結局私たちは何をすればいいのかしら?」

「うん。まずダマルには主砲を操作してもらわなきゃならないから、玉匣の運転はシューニャに任せるよ。指示に従って動いてくれ」

「ん、わかった」

「ファティは基本、内部突入後に対戦車ロケット弾を運んでほしい。重量物だから、アポロの補佐って感じかな」

「はぁい」

「アポロはマキナに防塁を抜けられた場合、対戦車ロケット弾発射器ロケットランチャーで皆を守ってもらいたい。まぁ正直お守りみたいなものだから、敵を撃破するよりも生き延びることを優先してもらう必要はあるが」

「あんまり自信ないッスけど……了解ッス」

「うん。それで、最後にマオだけど――」

 各々の顔を見回しながら指示が通ったことを確認し、最後に再びマオリィネに視線を戻す。
 ここまでは正直完全に固まっていた内容なのだ。それぞれのできることに合わせて、適切に人員を配置すればいいだけである。
 だが、僕は琥珀色の瞳に視線を合わせたまま暫く固まった。おかげでマオリィネはやや居心地悪そうに身体を揺すり、僅かに目を逸らして髪の毛を払う。

「な、何よ急に黙り込んで」

「……すまない。何してもらえばいいか思いつかなくて」

「は?」

 そんな素っ頓狂な言葉が出なければ、少しいい雰囲気だったかもしれないとは思う。
 しかし、自分が苦笑してしまった段階でそんな空気が残るはずもなく、目を点にしていたマオリィネは、まもなく弾かれたように詰め寄ってきた。

「ちょ、ちょっと何よそれ! 何か1つくらいあるでしょ!?」

「そう言われても……とりあえずダマルの指示に従って臨機応変に、ってくらいしか言えないなぁ」

 彼女が優れた剣士なのは疑いようもないが、近接戦で古代兵器と戦うのはあまりに危険かつ無謀であり、頼めることが思いつかなかったのである。
 そのため僕には両手を前に出して、まぁまぁ、と宥めることくらいしかできなかったのだが、貴族令嬢は自らの勢いを恥じてくれたらしく、黒いバトルドレスの上から自らの胸に手を当てて、ふぅと一旦息を整えてくれた。
 その目は未だに吊り上がったままで、自分をしっかりと睨みつけたままだったが。

「……それでも、私だけ見てるだけなんてできるわけないの、わかるでしょう?」

 戦うのが嫌だと言ったと思えば、見ているだけも嫌だとは我儘な娘だと思ってしまう。だが、それはあまりに人間らしいであった。
 つい先日、ファティマにも同じようなことを言われたし、逆に自分がどう返して納得させたかも覚えている。だから僕は同じように彼女に微笑むことにした。

「ありがとう、だがこれは僕の戦いだ。ここは信じて任せておくれよ」

 ダメかな。と、続ければマオリィネの肩には再び力が入ったが、今度はありったけの息を大きく吐き出すと、呆れたような顔をしてゆっくりと首を横に振った。

「っ~~~! はぁ……そういうとこは卑怯よね……じゃあせめて、1つ約束して頂戴」

「約束?」

 その言葉の意図は想像もつかなかったが、真剣な琥珀色の瞳を向けられていたことで、彼女が納得してくれるならば、と僕は静かに頷く。
 するとマオリィネはたちまち不敵な笑みを浮かべ、右手の人差し指をこちらの胸に突き立てた。

「いい? これが終わったら、ちゃんと皆に向き合いなさい? 戦うことばっかりに勇敢だなんて、絶対に許さないからね」

 片目を閉じた状態で告げられた言葉に、僕は頭には一層大量の疑問符が浮かび上がる。
 向き合う、とはなんだろうか。もちろん思い当たる節がないわけではないが、何故彼女が、という方が先に立った。
 しかし、僕が説明を求めようと口を開きかけると、マオリィネは先手を打って言葉を重ねてくる。

「ちゃんと生きて帰ってこれたなら、きっと皆が教えてくれるわ。もちろん、その皆には含まれてるからね?」

 それは、この場で答えを言うつもりはない、と言外に告げるものだった。
 とはいえ、内容不明瞭な約束を交わせるはずもなく、困惑した僕が助けを求めて周囲を見渡せば、何故か全員が理解しているような雰囲気を醸し出しているではないか。

「ぽっと出の癖に言いますね。けど、ボクもその約束には賛成です」

「うー……も、申し訳ないとは思うッスけど、自分も御貴族様側ッスかね」

「ちゃんと待っている、から」

 ファティマはやや不服気に腕を組み、アポロニアはなんだか申し訳なさそうに後ろ頭を掻き、シューニャはやや上目遣いに見上げてくる。結局僕は逃げ場を失って、最後とばかりにダマルへと向き直った。

「あの、僕には何がなんだか……?」

「もういい! もーういい!! お前が朴念仁なのはよーくわかったから、後は終わってからのお楽しみにしときやがれ!! それ以上俺にイライラを溜めさせんな! ストレスで禿げたらどう責任取ってくれんだよ!?」

 途端に骸骨が頭を掻きむしりながら怒声を響かせる。相変わらず髑髏の中身は暗黒そのものだと言うのに、ハレディではないが口から火炎ブレスでも吐きそうな勢いだ。
 何やらしっかり逆鱗に触れたのは間違いないのだが、中身がサッパリ理解できない僕には何を謝っていいかもわからず、ひたすら混乱だけが広がっていく。

「す、すまない? だが、禿げるって君……髪の毛どころか頭皮もないのに」

「やっかましいわ! くそぉ、なんでお前なんぞにぃ……俺と代われ畜生!!」

 怒りに任せてガントレットで顔を殴られるのではないかと思ったが、頭を下げたままチラとダマルを覗き見れば、金属製のそれで顔を覆って何故か滝のように涙を流していた。相変わらずどういう仕組みなのか、サッパリ理解できない。
 とりあえず爆発噴火は一時的な物だったらしいと、恐る恐る顔をあげて息を吐く。しかし、現状が進展したわけではないので僕の包囲は一切解かれてなどおらず、マオリィネが両手を腰に当てたまま迫ってきた。

「それで? 約束はしてくれるのかしら?」

「いや、だから内容もわからない約束は果たせる保障が―――」

「はいはい、理屈はいいから。私は貴方にできることがわかってるから言ってるの。だから必要なのは肯定だけよ、わかる?」

 最早こちらの言葉を聞く意味はないらしい。しかし、時代に忘れ去られてもこの身は歩兵、最後の1人となっても戦うのだと心を決め、僕は苦笑を顔に貼りつける。

「随分な暴論だねぇ」

「わ、か、っ、た?」

「……はい」

 迫る笑顔を前に、最後の一兵は瞬く間に降伏させられた。堅い物は脆くもある証左であろう。
 何と言うべきか、自分はマオリィネに強く迫られると弱いらしい。彼女が美人であることが理由なのか、毎度その迫力に負けて強行的な頼み事を断れていない。
 そんな情けない男の顔を見て、何が楽しいのかその美人はクスクスと笑っていた。

「ふふ、言質は取ったからね。ちゃんと向き合ってくれれば、貴方にだってきっと――そうね、もしかしたらがあるかもしれないわよ?」

「いいこと……? ってなんだろうか」

 やけに強調された曖昧な言葉に首を捻る。皆と向き合うことで自分に得られる利益とはなんなのか。
 そして何より、この短期間でマオリィネが全員の意見を代弁するかのように話せるほど、皆との間で信頼関係を深めていたとは意外だった。恐るべし社交性の貴族である。
 だが、彼女がそう言った途端、何故か身内3人の方は一斉に奇妙な動きをし始めていたが。

「あ、あーっと……ご、主人? できればそのぉ、そういうことする前はムードとか気にしてほしいなーって思っちゃうのが、自分の乙女心だったりするッスよ。自分その……えへへ、ま、まだ未経験なんで」

「すまない。本気で何の話だいそれ」

 アポロニアに尻尾で埃を舞い上がらせる趣味があったのか、などとしょうもないことを思ってしまうほどの勢いで、彼女はブンブンと太い尾を振り回す。しかも頬を赤く染めて、うねうねと身体をくねらせるのは少々異様だった。
 何せ、乙女心という奴に関して自分は疎い。それこそ専門書でも作ってくれないことには、永遠に理解できないだろう。おかげで求められているムードとやらも、そういう菓子でもあるのでは、とあっという間に思考放棄へ辿り着く。

「ぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ、もごみゃごみゃが」

「ファティ、小刻みに震えながらを連呼されてもわからない。あと猫に戻ろうとしないでくれ」

 一方のファティマに至っては、最早人語を介していなかった。酔っ払ったかのように顔を赤熱させ、ぐらんぐらんと頭を振り回す。大きな耳は四方八方へ旋回し、何故か長い尾だけは真っ直ぐ伸び切ったまま維持されている。
 また身体に何か異変が起きたのでは、と僕がシューニャに救援を求めてみれば、こちらはこちらで振り向いた途端、ポンチョの裾をギュッと握ってエメラルドの視線をあちこちへ彷徨わせ始めるではないか。

「う、あ、その、こっちを見ないで欲しい」

 どうしろというのだろう。
 一応、シューニャの様子から察するに、ファティマの状態に異常はないのだろう。
 ただ、彼女の健康を確認できたと判断できてしまうと、それ以上この話題を続けたいはずもない。

「よぉし分かった!! ダマル、悪いが作戦開始は明朝と上に報せてきてくれ! 僕ぁ寝るッ!」

 全てを未来の自分に託す、と言えば聞こえはいいかもしれない。
 だが、呆気にとられる女性たちを放置して、運転席横の通路にシュラフを敷いて中に潜り込む様子を、人が夢へ逃避と呼ぶことは間違いとも思う。
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