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テクニカとの邂逅
第138話 伝書梟を追いかけて
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そこに立っていたのは旅装を纏った3人組。
スープ鍋に手を出していたのは子どもか、あるいはアステリオン並みに小柄な種族らしく、ともかくちんまりとした背格好が特徴的な奴。
その後ろで軽薄そうに笑う男は何処にでもいそうな無精髭の無頼漢。義手と義足から、相当な修羅場を潜ってきたか、あるいは単なる間抜けか。
こいつらだけなら、自分は容赦なく身体にキカンジュウを叩き込んだだろう。自分の料理に現行犯で手を出した以上、情状酌量の余地はない。
だが、最後の1人。旅装には珍しく使い古された兜を被った男の顔に、自分は全身の毛が自然と立ち上がっていた。
「アポロニアぁ! こんの裏切り者がぁ!」
「セ、セクストン副長ぉ!? こんなところでコソ泥とか、生真面目が足生やして歩いてるような人が、どうやったらそんなことになるッスか!?」
「むしろ私が聞きたいくらいだ! いや、そんなことはどうでもいい……貴様こそ虜囚の身となって敵に寝返るとは、帝国への恩をどこに捨てた!」
何か思うところがあるのか、自分の元上司は一瞬とてつもなく苦々しい顔をしたが、直ぐに兜を大きく振ると、こちらを指さしながら激しい糾弾の声を上げる。
これが帝国軍に属していた頃なら、靴をなめてでも許しを乞うような剣幕だが、正直今の自分にはセクストンに頭を下げる理由が見当たらない。
おかげで自分の言葉は飾り気のない本心になってしまった。
「いやそんなこと言われても……元々大して恩なんて感じて無いッスよ。食うために働いてただけッスし」
「き、貴様ぁ……いけしゃあしゃあとよくもそんなことを」
帝国軍の特徴であるグラディウスの柄に手を掛けるセクストン。
その威圧感さえ今の自分には脅威と思えない。たとえ相手が元上司であれど、斬りかかってくるならばそれは敵であり、人間1人を打ち払う程度の力ならば、古代の兵器が与えてくれている。
だが、キカンジュウをセクストンの頭部に向けた矢先、派手な音を扉が蹴り開けられたことで、その場の全員が硬直することとなった。
■
後部ハッチから不機嫌な尻尾をユラユラ揺すりながら歩み出たのはファティマである。
彼女はアポロニアと誰かの騒がしい声が聞こえはじめて間もなく、寝台から勢いよく跳び起きたかと思うと、無言のまま鎧を着こんで自分の得物を手に玉匣の後部ハッチを蹴っとばしたのである。
その不機嫌さは殺意すら滲ませており、仲間であるのに僕はうすら寒い何かを感じてしまった。
「さぁっきからうるさいですよぉ……どこのアンポンタンですかぁ? ボク、結構いい夢見てたのに……」
金色の目を輝かせる猫は斧剣の先端を地面に落とし、ぐるりと身体を回してあちこちの関節をパキパキと鳴らした。
このまま放っておけば、相手になんの意図があったかなどお構いなしに挽き肉ができあがってしまう。
それはさすがに不味いと僕は慌てて止めに入ろうとしたのだが、対する義手義足の男は恐ろしいほどの殺気を向けられているにも関わらず、フッと表情を緩めて笑ってみせた。
「うちのバカタレが夜遊びしてきたときゃどうしようかと思ったが……そのホウヅクを追えたのは正解だったらしいな。元気にしてたか、うちのリベレイタ」
顎をしゃくってみせる無頼漢。その先にはチェーンガンの砲身が伸びており、フクロウのような鳥が1羽、つくつくと自らの翼を繕っていた。
しかし、ファティマはそれを気にした様子もなく、僅かに怒気を驚きで抑えただけだった。
「おぉ、ヘンメさんじゃないですか。生きてるとか聞いてましたけど、本当だったんですね」
ヘンメという名前と、朧気ながら見覚えのある顔が頭の中で連結される。
どうやらポインティ・エイトに襲われたコレクタの中で、致命傷を負いながら自分に仲間の救助を頼んだ男で間違いないらしい。その時の後遺症からか片手片足を失っているようで、未だ慣れないのか身体の動きはぎこちなく、しかし煙草を咥えたまま髭面の顎を撫でて笑う姿は、どこか様になっているように感じた。
「人を見捨てといてよく言うぜまったく」
彼が皮肉を口にしながら肩を竦めれば、右腕の棒切れのような義手がガチャンと音を立てる。
元々の雇い主なのだから、生きていてよかった、とか、失われたその腕脚は大丈夫なのか、とか言うべき場面だろう。
だが、ファティマはその一切に言及せず、それどころかふぅと息を吐いてその場で軽く身体を弾ませると、キュロットスカートをふわりと膨らませながら拳を構えなおした。
「とりあえずぶん殴っていいですか? ボク眠いんで」
後ろで状況を見守っていた僕は額を押さえるしかなく、対するヘンメも流石においおいと肩を竦める。
斧剣を地面に突き刺したまま放置したのが、最大限の優しさと言えたかもしれない。
「眠気と感動の再会を天秤にかけてんじゃねーよ。しかも眠気が上とか、奴隷だったお前をリベレイタとして雇ったのは俺だろうが」
「でも、今はおにーさんが雇い主ですし」
「……あぁ、知ってたよ。お前がびっくりするぐらい無味乾燥な娘だってくらいな」
「わかっていただけたようなので、とりあえずぶっとばしますね?」
肩を竦めるヘンメは不自由な身体とはいえ、元コレクタリーダーというだけあって随分鍛えられているようには見える。だが、それは人間の域を出るものではなく、キメラリア・ケットの本気パンチを受ければただではすまないだろう。しかもファティマは腰だめに拳を握りこんで口を三日月形にして笑っており、とても加減してくれそうにはない。
だが、彼女が1歩踏み出そうとした途端、不思議なことに頭が後ろに取り残された。
「やらなくていい」
「あニャッ!?」
興奮する猫娘の後ろに忍び寄っていたシューニャは、安全装置として三編みを掴んでいたらしい。
思い切りよく踏み出してしまったファティマは相当痛かったのか、後頭部を両手で押さえて蹲《うずくま》った。
「アイタタタ……し、尻尾は駄目って言いましたけど、三つ編みならいいってわけじゃないですよぉ」
ファティマが恨みがましく金目を向けながら小さく苦情を零しても、シューニャは一切取り合わず、好戦的な彼女に変わってヘンメに歩み寄る。
その表情はいつも通りの鉄仮面ながら、僅かな喜色が浮かんでいるように見えた。
「ヘンメ、生きていたとは思わなかった」
「俺も生きてられるとは思ってなかったさ。お前さんたちが生きてるってことは、青いリビングメイルは約束を違えなかったらしいな。そうだろう? アマミ・キョウイチ」
ヘンメの言葉によって、全員の視線がこちらへ集中する。装備を整えるのに手間取ったのか、遅れて出てきたマオリィネもこれには静かに足を止めていた。
しかし、にやりと表情を歪ませるヘンメの確信めいた口ぶりに、僕ははてと首を傾げる。
「妙なことを仰いますね。僕のどこがリビングメイルだと?」
少なくともあの時、自分は翡翠を着装していたし、中身を見られていない以上操縦者が誰だったかなどわかるないはず。そして何より、現代の常識におけるリビングメイルは金属生命体的なものであるため、中に人間が居るなどあり得ない話なのだ。
だが、無頼漢は全てを見透かしているかのように小さく肩を竦めて見せる。
「今更しらばっくれる必要はないぜ。俺がこんな体で王国くんだりまで出張ってきたのは、命の恩人であるテイマーのお前さんに礼を言いたかっただけだ。おまけに、元部下たちも上手くやれてるようで、何よりってとこさ」
テイマーというのは正確ではないだろうが、現代の常識の枠内で考えて行きつける限界だろう。
とはいえ、その洞察力と行動力は本物であり、しかも礼のためだけにわざわざ謎のリビングメイルを追って来たというのが本当だとすれば、その義理堅さには脱帽である。
何より、元部下を、と言いながら彼女らに向けられた視線は優し気であり、僕は少なくとも悪人ではないのだろうという評価を下していた。
ただ、シューニャは彼の言葉に対し、訝し気に首を捻ったが。
「お礼だけのためにヘンメがキョウイチを追ってくるとは思えない。何か裏がある?」
「相変わらず疑り深いなシューニャ・フォン・ロール。俺自身に関しちゃ嘘は言ってねぇよ。つっても、手っ取り早くリビングメイルを追える条件に乗っかったのは認めるがな……」
やけに遠回しな言い方は敢えてなのか、あるいはそうとしか表現できないのか。結局理解が追いつかず、会話に加わっていた3人が揃ってクエスチョンマークを浮かべたところで、ヘンメは申し訳なさそうに首を掻きながら視線を隣へ流した。
そこに居たのは唯一顔の見えない小柄な者である。
まるで子どもような背格好の人物は、全員の注目が集まった事を確認してからゆっくりとフードを取った。
「ほほぉん? やぁやぁ君がアマミだね! 髪と目の色以外は、思ったよりフツーだな!」
その見た目は今まで見てきた中でも一等奇抜と言っていい。
黒いリボンで結われた深紅のツインテールを舞わせ、好奇心が光る目もまたルビーのような深い赤色。そして見た目はヤスミンと変わらないような少女である。
そんな彼女は堂々と腰に手を当てて平坦な胸を張りながら、健康的に焼けた肌から白い歯をのぞかせて笑っていた。
問題は、活発そうな少女の姿を見せられたところで、一切疑問が解消しないことだろう。
「えーっと……どちら様で?」
「むぁ? あたしを見ても誰かわかんない? おっかしいなぁ、フードしてなかったら大体バレるんだけど」
見た目が派手であることに自覚はあるらしく、彼女は長いツインテールを弄びながら少し悩み、両手を広げてその場でプロペラのようにくるりと回って見せてから、どう? などと聞いてくる。
――可愛らしい女の子が遊んでいるようにしか見えないんだよなぁ。
思い当たる節が一切見つからない僕には、腕組みをして唸るくらいしかできない。
しかし、それは自分だけだったらしく、背後から聞こえたマオリィネの声は不思議と驚愕に震えていた。
「あ、赤い髪に赤い目って――まさか、帝国のレディ・ヘルファイア!?」
「そのとーり! あたしこそ、帝国軍序列第1位将軍、エリネラ・タラカ・ハレディである!」
名前を呼んでもらえたのが余程嬉しいのか、エリネラはビシリとマオリィネを指さしながら高笑いをかます。
僕の目には微笑ましい光景としか映らないのだが、現代では余程の有名人なのか、シューニャも大きく目を見開き、アポロニアはポカンと口を開けて呆然としていた。唯一ファティマだけはキョトンとしていたが。
「ヘルファイア、ねぇ? 随分と物騒な二つ名を持つ子ども将軍様だが、そんな有名人が身分隠しながら敵地に入り込んでまで追ってきた目的ってのはなんなんだ?」
骸骨ボディを隠すために兜やらグローブやらを装着して出遅れたのが原因か、今までやや遠巻きに話を聞いていたダマルは、呆れたような口調で理由を問いただす。
将軍と名乗った彼女に対し、まさか未成年を軍の重要ポストにつけるほど帝国は人材不足なのか、と思ったのが自分だけではなかったことに僕が少しだけ安心する。だが、エリネラは相当煽り耐性が低いのか、あるいは子どもという言葉が禁句なのか、ウガァー! と叫び声を上げた。
「子ども違うわッ! これでもあたしは18歳だぞ! というか、アマミもそっちの騎士君も、もうちょっとビックリするとかあるだろー!」
両手を挙げて威嚇する姿に凄みは感じられない。それどころか、年齢を含めた信憑性が世紀の大暴落を起こしている。残念なことに本人がそれに気付く様子はなく、アポロニアの元上司という生真面目そうな男は彼女の保護者的立場なのか、皺の寄った眉間をしきりに揉んでいた。どうにも彼は相当苦労しているらしい。
とはいえ、このまま必要な情報が手に入らないのは困るため、僕は無理矢理に話題の修正を図ることにした。
「うーん、これでも色々驚いてはいるんだが……とりあえず、そろそろ君が何をしに僕を追っていたのか聞かせておくれよ」
「ねぇヘンメ、あたし子供扱いされてない?将軍だよ?偉いんだよ?」
こちらのリアクションに一切の変化がないことを悟ったのか、彼女は目に涙を浮かべながらヘンメに縋りはじめる。しかし、無頼漢は彼女に救いの手を差し伸べるつもりがないのか、ただただ愉快そうに肩を揺するばかり。
そんな光景に、アポロニアの元上司はこのままでは埒が明かないと思ったのだろう。はぁ、と深い深いため息を零しながら彼女の前に膝をついた。
「あの者たちは将軍の武威に当てられて正常な判断ができぬだけでしょう。そろそろ口上を、できるだけ速やかに、お願いします」
「お、おぉ、そうか! なるほど、セクストン頭いいな!」
ちょろい。そんな言葉が頭をよぎる。
なんならセクストンと呼ばれた彼へ同情の視線を投げれば、ゲンナリした表情で首を横に振られてしまった。いつの世も宮仕えはままならぬものらしい。
しかし、たった一言で丸め込まれ機嫌を回復したハレディは、またも堂々と腰に手を当てて仁王立ちすると、小さな体からは想像できない大音声で自らが帯びた任務を叫んだ。
「あたしに課せられた皇帝陛下からの勅命は2ぁつ! 1つはミクスチャを殺したというリビングメイルのテイマーの素性を探る事! も1つは帝国に対して従属するか敵対するかを選ばせることだぁ!」
スープ鍋に手を出していたのは子どもか、あるいはアステリオン並みに小柄な種族らしく、ともかくちんまりとした背格好が特徴的な奴。
その後ろで軽薄そうに笑う男は何処にでもいそうな無精髭の無頼漢。義手と義足から、相当な修羅場を潜ってきたか、あるいは単なる間抜けか。
こいつらだけなら、自分は容赦なく身体にキカンジュウを叩き込んだだろう。自分の料理に現行犯で手を出した以上、情状酌量の余地はない。
だが、最後の1人。旅装には珍しく使い古された兜を被った男の顔に、自分は全身の毛が自然と立ち上がっていた。
「アポロニアぁ! こんの裏切り者がぁ!」
「セ、セクストン副長ぉ!? こんなところでコソ泥とか、生真面目が足生やして歩いてるような人が、どうやったらそんなことになるッスか!?」
「むしろ私が聞きたいくらいだ! いや、そんなことはどうでもいい……貴様こそ虜囚の身となって敵に寝返るとは、帝国への恩をどこに捨てた!」
何か思うところがあるのか、自分の元上司は一瞬とてつもなく苦々しい顔をしたが、直ぐに兜を大きく振ると、こちらを指さしながら激しい糾弾の声を上げる。
これが帝国軍に属していた頃なら、靴をなめてでも許しを乞うような剣幕だが、正直今の自分にはセクストンに頭を下げる理由が見当たらない。
おかげで自分の言葉は飾り気のない本心になってしまった。
「いやそんなこと言われても……元々大して恩なんて感じて無いッスよ。食うために働いてただけッスし」
「き、貴様ぁ……いけしゃあしゃあとよくもそんなことを」
帝国軍の特徴であるグラディウスの柄に手を掛けるセクストン。
その威圧感さえ今の自分には脅威と思えない。たとえ相手が元上司であれど、斬りかかってくるならばそれは敵であり、人間1人を打ち払う程度の力ならば、古代の兵器が与えてくれている。
だが、キカンジュウをセクストンの頭部に向けた矢先、派手な音を扉が蹴り開けられたことで、その場の全員が硬直することとなった。
■
後部ハッチから不機嫌な尻尾をユラユラ揺すりながら歩み出たのはファティマである。
彼女はアポロニアと誰かの騒がしい声が聞こえはじめて間もなく、寝台から勢いよく跳び起きたかと思うと、無言のまま鎧を着こんで自分の得物を手に玉匣の後部ハッチを蹴っとばしたのである。
その不機嫌さは殺意すら滲ませており、仲間であるのに僕はうすら寒い何かを感じてしまった。
「さぁっきからうるさいですよぉ……どこのアンポンタンですかぁ? ボク、結構いい夢見てたのに……」
金色の目を輝かせる猫は斧剣の先端を地面に落とし、ぐるりと身体を回してあちこちの関節をパキパキと鳴らした。
このまま放っておけば、相手になんの意図があったかなどお構いなしに挽き肉ができあがってしまう。
それはさすがに不味いと僕は慌てて止めに入ろうとしたのだが、対する義手義足の男は恐ろしいほどの殺気を向けられているにも関わらず、フッと表情を緩めて笑ってみせた。
「うちのバカタレが夜遊びしてきたときゃどうしようかと思ったが……そのホウヅクを追えたのは正解だったらしいな。元気にしてたか、うちのリベレイタ」
顎をしゃくってみせる無頼漢。その先にはチェーンガンの砲身が伸びており、フクロウのような鳥が1羽、つくつくと自らの翼を繕っていた。
しかし、ファティマはそれを気にした様子もなく、僅かに怒気を驚きで抑えただけだった。
「おぉ、ヘンメさんじゃないですか。生きてるとか聞いてましたけど、本当だったんですね」
ヘンメという名前と、朧気ながら見覚えのある顔が頭の中で連結される。
どうやらポインティ・エイトに襲われたコレクタの中で、致命傷を負いながら自分に仲間の救助を頼んだ男で間違いないらしい。その時の後遺症からか片手片足を失っているようで、未だ慣れないのか身体の動きはぎこちなく、しかし煙草を咥えたまま髭面の顎を撫でて笑う姿は、どこか様になっているように感じた。
「人を見捨てといてよく言うぜまったく」
彼が皮肉を口にしながら肩を竦めれば、右腕の棒切れのような義手がガチャンと音を立てる。
元々の雇い主なのだから、生きていてよかった、とか、失われたその腕脚は大丈夫なのか、とか言うべき場面だろう。
だが、ファティマはその一切に言及せず、それどころかふぅと息を吐いてその場で軽く身体を弾ませると、キュロットスカートをふわりと膨らませながら拳を構えなおした。
「とりあえずぶん殴っていいですか? ボク眠いんで」
後ろで状況を見守っていた僕は額を押さえるしかなく、対するヘンメも流石においおいと肩を竦める。
斧剣を地面に突き刺したまま放置したのが、最大限の優しさと言えたかもしれない。
「眠気と感動の再会を天秤にかけてんじゃねーよ。しかも眠気が上とか、奴隷だったお前をリベレイタとして雇ったのは俺だろうが」
「でも、今はおにーさんが雇い主ですし」
「……あぁ、知ってたよ。お前がびっくりするぐらい無味乾燥な娘だってくらいな」
「わかっていただけたようなので、とりあえずぶっとばしますね?」
肩を竦めるヘンメは不自由な身体とはいえ、元コレクタリーダーというだけあって随分鍛えられているようには見える。だが、それは人間の域を出るものではなく、キメラリア・ケットの本気パンチを受ければただではすまないだろう。しかもファティマは腰だめに拳を握りこんで口を三日月形にして笑っており、とても加減してくれそうにはない。
だが、彼女が1歩踏み出そうとした途端、不思議なことに頭が後ろに取り残された。
「やらなくていい」
「あニャッ!?」
興奮する猫娘の後ろに忍び寄っていたシューニャは、安全装置として三編みを掴んでいたらしい。
思い切りよく踏み出してしまったファティマは相当痛かったのか、後頭部を両手で押さえて蹲《うずくま》った。
「アイタタタ……し、尻尾は駄目って言いましたけど、三つ編みならいいってわけじゃないですよぉ」
ファティマが恨みがましく金目を向けながら小さく苦情を零しても、シューニャは一切取り合わず、好戦的な彼女に変わってヘンメに歩み寄る。
その表情はいつも通りの鉄仮面ながら、僅かな喜色が浮かんでいるように見えた。
「ヘンメ、生きていたとは思わなかった」
「俺も生きてられるとは思ってなかったさ。お前さんたちが生きてるってことは、青いリビングメイルは約束を違えなかったらしいな。そうだろう? アマミ・キョウイチ」
ヘンメの言葉によって、全員の視線がこちらへ集中する。装備を整えるのに手間取ったのか、遅れて出てきたマオリィネもこれには静かに足を止めていた。
しかし、にやりと表情を歪ませるヘンメの確信めいた口ぶりに、僕ははてと首を傾げる。
「妙なことを仰いますね。僕のどこがリビングメイルだと?」
少なくともあの時、自分は翡翠を着装していたし、中身を見られていない以上操縦者が誰だったかなどわかるないはず。そして何より、現代の常識におけるリビングメイルは金属生命体的なものであるため、中に人間が居るなどあり得ない話なのだ。
だが、無頼漢は全てを見透かしているかのように小さく肩を竦めて見せる。
「今更しらばっくれる必要はないぜ。俺がこんな体で王国くんだりまで出張ってきたのは、命の恩人であるテイマーのお前さんに礼を言いたかっただけだ。おまけに、元部下たちも上手くやれてるようで、何よりってとこさ」
テイマーというのは正確ではないだろうが、現代の常識の枠内で考えて行きつける限界だろう。
とはいえ、その洞察力と行動力は本物であり、しかも礼のためだけにわざわざ謎のリビングメイルを追って来たというのが本当だとすれば、その義理堅さには脱帽である。
何より、元部下を、と言いながら彼女らに向けられた視線は優し気であり、僕は少なくとも悪人ではないのだろうという評価を下していた。
ただ、シューニャは彼の言葉に対し、訝し気に首を捻ったが。
「お礼だけのためにヘンメがキョウイチを追ってくるとは思えない。何か裏がある?」
「相変わらず疑り深いなシューニャ・フォン・ロール。俺自身に関しちゃ嘘は言ってねぇよ。つっても、手っ取り早くリビングメイルを追える条件に乗っかったのは認めるがな……」
やけに遠回しな言い方は敢えてなのか、あるいはそうとしか表現できないのか。結局理解が追いつかず、会話に加わっていた3人が揃ってクエスチョンマークを浮かべたところで、ヘンメは申し訳なさそうに首を掻きながら視線を隣へ流した。
そこに居たのは唯一顔の見えない小柄な者である。
まるで子どもような背格好の人物は、全員の注目が集まった事を確認してからゆっくりとフードを取った。
「ほほぉん? やぁやぁ君がアマミだね! 髪と目の色以外は、思ったよりフツーだな!」
その見た目は今まで見てきた中でも一等奇抜と言っていい。
黒いリボンで結われた深紅のツインテールを舞わせ、好奇心が光る目もまたルビーのような深い赤色。そして見た目はヤスミンと変わらないような少女である。
そんな彼女は堂々と腰に手を当てて平坦な胸を張りながら、健康的に焼けた肌から白い歯をのぞかせて笑っていた。
問題は、活発そうな少女の姿を見せられたところで、一切疑問が解消しないことだろう。
「えーっと……どちら様で?」
「むぁ? あたしを見ても誰かわかんない? おっかしいなぁ、フードしてなかったら大体バレるんだけど」
見た目が派手であることに自覚はあるらしく、彼女は長いツインテールを弄びながら少し悩み、両手を広げてその場でプロペラのようにくるりと回って見せてから、どう? などと聞いてくる。
――可愛らしい女の子が遊んでいるようにしか見えないんだよなぁ。
思い当たる節が一切見つからない僕には、腕組みをして唸るくらいしかできない。
しかし、それは自分だけだったらしく、背後から聞こえたマオリィネの声は不思議と驚愕に震えていた。
「あ、赤い髪に赤い目って――まさか、帝国のレディ・ヘルファイア!?」
「そのとーり! あたしこそ、帝国軍序列第1位将軍、エリネラ・タラカ・ハレディである!」
名前を呼んでもらえたのが余程嬉しいのか、エリネラはビシリとマオリィネを指さしながら高笑いをかます。
僕の目には微笑ましい光景としか映らないのだが、現代では余程の有名人なのか、シューニャも大きく目を見開き、アポロニアはポカンと口を開けて呆然としていた。唯一ファティマだけはキョトンとしていたが。
「ヘルファイア、ねぇ? 随分と物騒な二つ名を持つ子ども将軍様だが、そんな有名人が身分隠しながら敵地に入り込んでまで追ってきた目的ってのはなんなんだ?」
骸骨ボディを隠すために兜やらグローブやらを装着して出遅れたのが原因か、今までやや遠巻きに話を聞いていたダマルは、呆れたような口調で理由を問いただす。
将軍と名乗った彼女に対し、まさか未成年を軍の重要ポストにつけるほど帝国は人材不足なのか、と思ったのが自分だけではなかったことに僕が少しだけ安心する。だが、エリネラは相当煽り耐性が低いのか、あるいは子どもという言葉が禁句なのか、ウガァー! と叫び声を上げた。
「子ども違うわッ! これでもあたしは18歳だぞ! というか、アマミもそっちの騎士君も、もうちょっとビックリするとかあるだろー!」
両手を挙げて威嚇する姿に凄みは感じられない。それどころか、年齢を含めた信憑性が世紀の大暴落を起こしている。残念なことに本人がそれに気付く様子はなく、アポロニアの元上司という生真面目そうな男は彼女の保護者的立場なのか、皺の寄った眉間をしきりに揉んでいた。どうにも彼は相当苦労しているらしい。
とはいえ、このまま必要な情報が手に入らないのは困るため、僕は無理矢理に話題の修正を図ることにした。
「うーん、これでも色々驚いてはいるんだが……とりあえず、そろそろ君が何をしに僕を追っていたのか聞かせておくれよ」
「ねぇヘンメ、あたし子供扱いされてない?将軍だよ?偉いんだよ?」
こちらのリアクションに一切の変化がないことを悟ったのか、彼女は目に涙を浮かべながらヘンメに縋りはじめる。しかし、無頼漢は彼女に救いの手を差し伸べるつもりがないのか、ただただ愉快そうに肩を揺するばかり。
そんな光景に、アポロニアの元上司はこのままでは埒が明かないと思ったのだろう。はぁ、と深い深いため息を零しながら彼女の前に膝をついた。
「あの者たちは将軍の武威に当てられて正常な判断ができぬだけでしょう。そろそろ口上を、できるだけ速やかに、お願いします」
「お、おぉ、そうか! なるほど、セクストン頭いいな!」
ちょろい。そんな言葉が頭をよぎる。
なんならセクストンと呼ばれた彼へ同情の視線を投げれば、ゲンナリした表情で首を横に振られてしまった。いつの世も宮仕えはままならぬものらしい。
しかし、たった一言で丸め込まれ機嫌を回復したハレディは、またも堂々と腰に手を当てて仁王立ちすると、小さな体からは想像できない大音声で自らが帯びた任務を叫んだ。
「あたしに課せられた皇帝陛下からの勅命は2ぁつ! 1つはミクスチャを殺したというリビングメイルのテイマーの素性を探る事! も1つは帝国に対して従属するか敵対するかを選ばせることだぁ!」
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そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
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これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!
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