悠久の機甲歩兵

竹氏

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テクニカとの邂逅

第137話 不寝番は料理番

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「おー……ゴツゴツしてます」

「随分物々しくなったもんッス」

「ちょっと重装歩兵に見えなくもないわね」

「ヒスイが重そう」

 様変わりした翡翠の姿に、留守番をしていた女性陣は揃って目を点にしていた。
 実際、シューニャの言う通りかなり重々しい装備である。肩から突き出したガトリング砲だけでも十分大袈裟なのに、足回りには6連装小型誘導弾発射器まで装備しているため、穴の中からジャンプブースターで跳びあがるのも中々苦労した。

『翡翠に向いてない装備であることは認めるよ。僕も好きじゃない』

 装甲厚を重視した旧世代マキナに比べ、自己修復装甲複合材の登場で装甲を補う第三世代型は機動戦闘を重視して軽量化されている。そのため、装備が重ければ重いほど、その長所を殺すことになってしまう。
 とはいえ、昔はこれ以上の重武装が必要となる場合も多々あったのも事実である。
 その時は無理矢理補助アクチュエータを外部に搭載したり、わざわざ空戦ユニットを持ち出して補助ブースター代わりにしたりして対応するしかなかった。
 その時から考えれば、今の装備は高いアクチュエータ出力を誇る翡翠にとって問題のない範囲に収まっていると言っていい。
 それでも、整備ステーションへ戻る時の翡翠は、いつもよりはのっそりした動きであり、脱装した僕は溜息を吐きながら兵員用座席に座り込んだ。
 多少でもいつも重いと、補助があっても肩が凝る。その上右腕はほとんど動かせないという一種の拷問状態が続いていたので、風呂で身体をほぐしたいと思うのも無理はないだろう。
 ただ、僕が汗をぬぐっていたからか、シューニャが甲斐甲斐しくタオルを手渡してくれた。

「あぁ、ありがとう」

「ん」

 それを受け取って額の汗を拭えば、白いタオルに汗だけでない汚れが付着する。おかげでいよいよ風呂に入りたいという思いが強くなり、どこかで温泉でも掘り当てられない物かとため息をついた。

「キョウイチ、これで揃ったの?」

「そうだね。完全じゃないけど、今までよりはだいぶマシだと思うよ」

 対マキナ戦を想定した武装は、現状の翡翠1機に装備できる限界まで抱えていると言っても過言ではない。しかし、罠に関しては設置に手間のかかるプラスチック爆薬くらいであり、少々心もとなくもあった。
 そしてシューニャは完全ではないという僕の言葉に、変化の薄い表情を僅かに曇らせる。

「まだ危険があるということ?」

「そうでもないよ。むしろこれで無人機に負けるようなら、僕は機甲歩兵失格だと怒られかねない」

 不安そうなシューニャの声に、僕はカラカラと笑う。
 少々複雑な動きができるとはいえ、所詮は無人機が相手である。最早敵に奇襲されることはなく、それもこちらは防御態勢を整えて待ち受けられると状況なのだから、敗北など絶対に許されない。
 だが、こちらの例えがよく理解できなかったらしく、シューニャはキョトンとして首を傾げていた。

「怒られるとは、誰に?」

「大昔の同僚とか上司とかに」

 死後の世界などあるかどうか知らないが、死んだ後で上官に叱られるのは勘弁してほしいなぁ、などと思って後ろ頭を掻けば、シューニャはようやく僕が冗談を口にしたのだと理解したらしく、僅かに表情を緩めてくれた。

「シューニャに笑顔が出たなら、上等かな」

「……笑っていた? 私が?」

「肩肘張って緊張するより、笑顔の方が僕ぁ可愛いと思うよ」

 ポンと音を立てそうな勢いで色白の頬が真っ赤に染まる。
 そんな初々しい反応が面白くて笑ってしまえば、すぐにからかわれていると分かったらしく、プイとそっぽを向かれてしまった。

「っ……からかわないでほしい」

「ごめんごめん」

 まるで愛娘を見ているかのようで自然と表情が綻んでいることに、我ながら驚いた。
 シューニャを含めて皆が自分にどういう感情を抱いているのか、最近はよくわからない。アポロニアなどは親愛だと言い切っているが、だとすればやはりマオリィネへの反応は少々過敏に過ぎると思う。
 では自分はどうなのかと考えれば、やはり彼女らが可愛い娘のようであると思う心は存在している。おかげで、なんだか自分が大いに老けた気がしてならなかった。
 そんなしょうもないことを考えていれば、工具類を片付け終わったらしい骸骨が、顎をカタカタと鳴らしながら欠伸をする。

「カァーぁっと……イチャついてるとこ悪ぃんだが、ちょっと寝てていいか? 流石に徹夜で疲れたぜ」

 タイマーとして以外まともに動作していない時計を見れば、スノウライト・テクニカを出発してから20時間以上が経過していた。しかも設備がほとんどない状況でマキナへ武器を搭載する作業は重労働であり、それに加えて装備品の点検整備やらを行っていたのだから疲れて当然である。骸骨が人間と同じ感覚ならば、だが。

「あぁ、時間に追われているってわけじゃないんだし、休息はしっかり取ることにしよう。僕が見張りしてるから皆も――」

「見張りなら自分が家事のついでにしてるッスから、ご主人も皆と一緒に休むッスよ。動きっぱなしなのはご主人だってダマルさんと同じなんスから」

「いいのかい? アポロも疲れてるだろうに」

「アステリオンは持久力が自慢ッスからね。それに正直、ここまでただ乗ってるだけだったんで大して疲れてもいないし、任せて欲しいッスよ」

 乗っているだけ、となると僕とダマル以外全員が同じ条件となってしまうのだが、それを指摘しようとすれば、アポロニアはいいからいいからと僕の足元に寝袋を敷きはじめてしまう。
 それに加え、自分達が起きていたら僕が寝ないとでも思ったのか、ファティマとシューニャはいそいそと寝台へ潜り込んでしまい、ダマルも運転席の方で自分のシュラフへと身体を埋めた。

「すまない。お言葉に甘えさせてもらうよ」

「了解ッス。あ、マオリィネは自分の寝床使っていいッスからね」

「そうさせてもらうわ。ありがとう」

 シャルトルズの乗員数にはまだ余裕があるとはいえ、残念ながら玉匣は兵員輸送車ではなく家であるため、マオリィネが増員されたことによって寝床が不足している。
 おかげで全員が揃って眠るとなれば、僕かダマルかが運転席で座ったまま寝る必要があるのだが、だからと言ってシュラフや寝台を増やすには床面積が足らず、何かを外さないことにはどうしようもない。
 些細ながらそんな悩みを、僕はシュラフに潜り込みながらポツリと呟く。

「整備ステーションをもう1つ潰すべきかなぁ……?」

「いや、それなら座席を潰して2段寝台を増設したほうがいいだろ。まぁ、通路が狭くなるからマキナで通りにくくなるのはどうしようもねぇが」

 独り言のつもりが、ダマルが足元から反応があった。
 確かに今の寝台が両側から生えていることを想像すれば、マキナで通るにはギリギリである。できることなら整備ステーションをハッチ手前に移設したいものだが、荷物室との兼ね合いもあるため、結局効率が落ちることは避けられない。

「まぁ、どうしても必要になったときにやることにしよう」

 マオリィネは玉匣以外に家がないわけではなく、むしろ社会的な立場もある貴族様だ。いつまでも同行するということはないはずであり、最終的に5人体制に戻るならば、改造を急ぐのも馬鹿馬鹿しいと思えたのだ。
 疲労した頭は横になったからか間もなく強い眠気を運んでくる。そんな中でこれ以上の妙案が浮かぶことはなく、僕は間もなく思考を放棄した。

「はぁ……それもそーだな。考えとくわ」

 最後に聞こえたダマルの声は、何故か呆れたような響きを帯びているように思えた。多分、骸骨も相当に眠かったのだろう。


 ■


 昼間から寝静まるタマクシゲの環境に、自分も少し慣れてきたように思う。
 800年前の技術については相変わらずチンプンカンプンであるものの、だからといって生活に苦労するようなことはない。

「慣れって怖いッスねぇ」

 モニタァという外を見渡せる板が複数取り付けられたこの場所を、ご主人はホウシュセキと呼ぶ。本来はタマクシゲが装備している武器を扱う場所だと聞いているが、警戒する時にもここは便利であるため、自分はそこで野菜の皮を剥いていた。
 というのも、何か動くものがあればモニタァは勝手に相手を拡大して知らせてくれるし、近づいてくるようならピーピーと音まで鳴らしてくれるのだ。おかげで自分が周囲の状況に目を凝らし続ける必要などほとんどない。
 だからこそ、自分は片手間に料理をしながら、誰にも聞こえない鼻歌を歌っていられるのだ。

 ――むしろ料理の方が大変かもしれないッスね。

 ただでさえ玉匣は寄せ集めであるため、食事には気を遣うことが多い。特に王国へと移動してきてからは顕著だった。
 なんせ、これまで自分はバックサイドサークルと共に移動するばかりで、町に入った経験など帝国北部にロガージョ退治で派遣された時くらいのものであり、王国料理などほとんど知らない。強いて言えば、バックサイドサークルに流れてくる人々から世界の料理を伝え聞くことはあったが、いざ作ろうとしても流通していない食材を用いていたり、そもそも値段が高すぎて買えなかったりでまともに作れたことがない。
 確かに料理は趣味でもある。だが、知識も経験も不足している異国の地で、自分を含めた6人分が好みそうな料理を出すというのは中々に難しかった。
 ご主人は好き嫌いせずに何でも食べてくれるものの、以前パシン香草スープを出した時はあまり食事が進まない様子だったので、香りの強い物が苦手なのかもしれない。なお、猫が苦手だと言い放ったことで、今では使わないようにしている。
 ダマルはキノコ類が苦手だ。本骨曰く、菌類はマジで無理、らしい。煮ても焼いても一切手を付けない。
 シューニャは苦みに敏感だが、苦みの強い食材は案外珍しいのであまり困らない。ただし、王国北部に入ってから増えた魚料理に関しては難儀であり、少しでも内臓が残っていたり僅かに焦げた部分があったりすると、それを綺麗に取り払って食べようとするため驚くほど時間がかかる。
 猫は好き嫌いが多い。とはいえ元々裕福とは程遠い生活を強いられるキメラリアであり、かつ成人した大人なので出されたものは残さず食べるのだが、結構文句をくれて腹が立つ。特に野菜類は嫌いなものが多い。
 そして数日前から合流したマオリィネに関しては、これがまた舌が肥えていることもあって結構うるさい。庶民食も食べ慣れているらしいが、それでもやはり質が違うのだろう。しかし、彼女を唸らせる食事を作ると言うのが今の目標でもあるので、これはプライドを賭けた戦いと思っている。ただ、町で買ってきてもらったコゾパンに文句を言うのだけは勘弁してほしい。自分ではどうしようもないのだから。
 そういう全員の好き嫌いを考えながら、誰かの嗜好にだけ偏ったりしないように気を付けつつ、今日も献立を決めにかかる。

「……パン挟み、とか?」

 荷物室に置かれた食材を思い浮かべて出てきた答えは、ご主人とダマルが何故かサンドイッチと呼ぶものだった。そろそろフラットブレッドが古くなりつつあるのでちょうどいいだろう。
 付け合わせはスープにして煮立てておけばいい。その周りでベーコンとフラットブレッドを炙って野菜と一緒に挟めば、暖かいまま全員に配れる。
 寝起きに冷たい料理を渡されるよりはいいはず。マオリィネのようにパンそのものに文句を言われなければ、好き嫌いを加味して対応できるため、我ながら完璧な献立だと思う。

「ご主人、褒めてくれるッスかねぇ、うへへ」

 料理人の特権と言ってもいいだろう。
 想い人が美味いと喜び、頭を撫でてくれる妄想が膨らめば、自然と尻尾がブンブン揺れる。無意識に手の動きが早くなり、あっという間に剥き終わった野菜が陶器のボウルに並んだ。
 外で影の位置が変わっていくのを見て、そろそろ火をおこしておいてもいいだろうと、皆の眠りを妨げないように天井の出入り口から外へ出る。
 タマクシゲの中に料理用のかまどでもあれば完璧なのだが、残念ながら中で火をおこすことだけはできないらしい。イッサンカナントカとかダマルは良く分からない言葉で理由を語っていたが、要するに燻されて死ぬという意味だという。
 とはいえ、帝国軍に居た頃の野営を思えばタマクシゲは断然快適で便利なので、煮炊きの苦労程度は何ということもない。
 しかも今回に関してはロガージョの巣穴の傍という好条件が追加される。というのも、ロガージョは丸太を集める習性があるからだ。
 シューニャ曰く、ロガージョはキノコを栽培するために丸太を巣に運び込むという。その際に枝は邪魔になるため、巣穴の手前で切り落とされて放置され良質の薪となるのだ。
 そこかしこに散らばっている乾いた枝をタマクシゲの後ろ側に集め、石で作ったかまどの中に敷き、薪の隙間に木の皮や枯れた雑草を詰めれば完成である。
 本来ならばここから技術の出番であり、火打石を使って火種を作る面倒くさい作業が待っているのだが、ダマルが持っていたアイテムがそれを一切不要とした。
 黒く小さい箱の蓋を開け、スイッチを押しながら火口に押し付ければ、あっという間に火が上がる。少々呆気なさ過ぎて腹が立つくらいだ。

「ホント技術様様ッスよ」

 火おこしは日常の基本作業であり、できるようになるまで練習しなければ生きていけない。だが、このアークライタァなるアイテムがあれば、火おこしの練習をするなど馬鹿馬鹿しくなってしまう。
 ダマルは煙草を吸うことしか考えてなかったらしいのだが、なんと勿体ない話だろう。庶民生活を一変させてしまうような素晴らしい技術であり、テクニカという組織が古代遺物の捜索に心血を注ぐ理由も納得である。
 パチパチと音を立て始めるかまどにトライポッドを置き、水を張った鍋を引っかける。
 本当なら何かの出汁を取ってスープにしたいところだが、野菜以外で材料に仕えそうなのはダマルの骨くらいであり、前に提案したときはご主人に怒られたので却下。
 となると、スープにできることは大してなく、干し肉と皮を剥いた野菜の一部を突っ込んで、あとはひたすらゆっくり煮込むのみ。出てくる灰汁を全部捨てながら、最後に塩と香辛料も少しだけ足して味を整えれば完成だ。ちょうどいい具合に薪も燃えつきて炭になりつつあるので、少し鍋を離して保温しておく。

「あ、パン忘れてたッス」

 ここまでやって、車内からパンを持ち出していないことに気付いた。
 まだ誰も起きてきていないので、再びタマクシゲの天井から中へ戻る。後ろの扉を開かないのはヒンジがギィギィうるさい上に、光が中に入って起こしてしまわないようにするためだ。
 スルスルとホウトウから下りた自分は、床で眠るご主人とダマルを踏まないように気をつけつつ、荷物室から人数分のフラットブレッドを抱えて踵を返す。
 だが、ホウシュセキに差し掛かった時、ちょうどモニタァが何かをズームしたのが眼に止まった。
 一瞬硬直してしまったものの、自分は大慌てでホウシュセキへと滑り込む。するとそこに映っていたのは武装した3人組であり、それも何故か鍋の近くで周囲を見回していた。
 しかもあろうことか、周りに誰も居ないとわかるや、素早くスープが満載された鍋に手をかけるではないか。味見しているようにも見えるが、だからと言って自分が作った料理を断りもなく食そうなどとは舐められたものである。そしてここで食事を奪われてしまっては警戒を兼ねた自分の立場は崩壊しかねない。
 おかげでせっかく抱えたパンをホウシュセキへ放置して、自分はまた天井から飛び出していた。無論、その手には食材でも料理道具でもなく、タマクシゲの上にくっついたキカンジュウを握りしめて。

「タダ飯食おうとはいい度胸ッス、コソ泥がぁ――んぇっ!?」

 だが、勢いよく飛び出した自分の姿に顔を上げた3人の中には、思いもよらぬ人物の姿があったのである。
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