悠久の機甲歩兵

竹氏

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テクニカとの邂逅

第131話 無人機対策

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 玉匣の車内で僕らは頭を突き合わせていた。
 スノウライト・テクニカの中ではどこに人目があるかわからない以上、たとえ膝をぶつけるくらいに狭い空間でも、隠し事を語り合うにはここが最も適している。ただ、マオリィネだけは精神的負担が思った以上に大きかったのか、ファティマの寝台で眠っていた。

「信じなくてもいい、その代わり秘密は厳守……それから最後に、同族を見つけて欲しい、と」

 フェアリーは自らが差配できる全てを捧げると、改めて契約を書き直した上で、地下の捜索を僕らに願い出た。この報酬の中には、ゲートの向こう側で発見された設備および物資、その他全ての権利放棄まで含まれている。
 無論、こちらとしては願ったり叶ったりの話であり、を見つけるという目的が追加されることに、シューニャからもダマルからも反論は成されなかった。
 しかし、いざ身内だけで話を集約してみれば、あまりに奇怪な内容で全員が頭を悩ませる現状を招いている。

「自分が人とは種族が違うとか、いきなり見ず知らずの俺たちを信用するとか、あの姉ちゃん相当狂ってんなァ」

「種族に関してはわからないけれど、関りの浅い私たちが彼女の秘密を吹聴したところで、誰にも相手にされないと踏んだ可能性が高い、としか……」

 ダマルもシューニャも、全員に会話内容の全てを伝え終えてから、はぁとため息をついた。
 玉匣の知識層2人が揃って悩む事態に、キメラリアたちは最早理解も追いつかないのか、はー、と妙な息を漏らすのみ。特にファティマは、自分の知識に自信がなくなったのか、大きな耳を揺らしながら首を傾げていた。

「えっと、おかーさんのお腹の中以外で、人ってできるんですか?」

「いや考えらんないッスよ。両親の顔を知らないー、なんていう話はよく耳にするッスけど、居ないってことはないでしょ?」

 不安そうに首を傾げた猫娘に対して、アポロニアは手を横に振って答える。

「それ、ボクのことですか?」

「一般論ッス。キメラリアの子供が物心つく前に捨てられたり売られたりなんて、珍しくも無いッスからね」

 聞いていて気持ちのいい話ではないが、ファティマも両親の顔が記憶にないと言っていたことから、アポロニアの話は厳しい現実を突きつける。だからこそ、マオリィネやクローゼは、キメラリアの置かれた状況を改善しようと努力しているのだろう。
 それは間違いなく素晴らしいことだが、今は種族問題を論じる時間ではない。

「人工的に人間の身体を作り出す技術ってのは聞き覚えがあるぜ。想像でしかねぇが、フェアリーが言ってたのはそれなんじゃねぇか?」

 ダマルが、なんつったかなぁ、と新雪のような頭をカリカリと指で掻けば、シューニャは興味深げに骸骨へと迫る。
 まず聞き覚えがあると言う段階で疑わしいのだが、しばし沈黙した後、ダマルは何かを思い出したようにそうだそうだと手を打った。

「確か、体の構成材料と遺伝子情報から人体を培養する、とかなんとか書いてあったような」

「君、整備兵だったんだよね? 一体どっからそんな話を拾ってくるんだい」

 まさか少しでもまともな答えが出てくるとは思いもよらなかった僕は、驚きのあまり目を見開いてしまった。
 ただでさえダマルに関しては謎が多すぎるのだ。同じ時代の人間だったはずなのに、その知識に関しては本気で底が知れない。なんなら、ただの整備兵と言うのも方便であり、実は世界の闇と繋がっていた為政者だったとか、そういうドラマチックな裏事情でもあるのかと想像が膨らんでしまう。

「あぁん? そりゃオカルト系の雑誌に決まってんだろが」

 無論、そんな自分の安っぽい想像程度、骸骨は大いなるリアリティを持った一言で軽々吹き飛ばしてくれるのだが。

「聞いた僕が馬鹿だった」

「カカッ、そう邪険にすんなよ。嘘八百とも言えねぇだろ?」

「まさか眉唾物の情報に頼る日が来るとは思わなかったよ……」

 当てになる物がそれ以外にない以上は仕方がない。それもダマルのうろ覚えでだ。
 今までの行動指針の中で、これほどまでに薄い情報は初めてだろう。何なら生命保管システムの建物から出てくる時以上に、必要なデータが足りていない気さえする。
 だが、ダマルはそれを重く受け止めた様子もなく、カッカッカと笑っていたが、こちらの会話が理解できなかったシューニャは僅かに眉を寄せて僕の袖を引いた。

「イデンシ……とは?」

「あぁ、えーっと……簡単に言えば人間の設計図みたいなもの、って感じのものでね。人間を作るために必要な素材は同じでも、設計図が違えば男にも女にもなる、みたいな」

「ということは、キョウイチのイデンシから人を作れば、もう1人貴方ができるということ?」

 僕としてはいい感じに噛み砕けた説明だっただろう。それに対しシューニャの目がきらりと輝いたように見えた。
 表情変化が薄い以上、こういう些細なことが彼女の感情を読み取る上で非常に重要である。

「多分、そんな感じなんだろうけど、何だい?」

「――キョウイチを大量に作りだせば、ミクスチャの脅威なんてなくなると考えていた」

 現代倫理の恐怖を垣間見た気がする。
 何せ、今まで身内だと思っていた少女が、躊躇いもなく兵士量産計画を立ち上げてくるのだから。これには流石のダマルも下顎骨が外れかかっていた。
 シューニャが見てきた僕の戦いを思えば、理にかなっていると言えなくもない。しかし、神の模倣とでも言うべき人体実験に躊躇わないのは、流石にどうかと思えてしまう。
 彼女も表情こそ鉄仮面だが、顔立ちは美しい少女である。何れ恋人を作り結婚して家庭を持つだろうが、その相手を実験材料などにしないことを切に願う。できればダマルの骨くらいで勘弁してほしい。
 その当人は実験に用いられたことを思い出したのか、苦々しい声を隠そうともしなかったが。

「発想がクソマッドじゃねぇか。いや、俺たちの時代にそういう使い方をしようとしたのも、あながち間違いねぇかもしれねぇんだけどよ……」

「自分が大量生産されるのは、流石に想像したくないなぁ」

 ダマルの発言に乗じる形で、僕が引き攣った笑顔を浮かべれば、それもそうだとキメラリアたちが同調する。

「おにーさんが沢山……流石にちょっと気持ち悪いですよ」

「いくらご主人でも同じ顔がうじゃうじゃ居るっていうのは、自分でもちょっとどうかと思うッス」

「なんでだろうか。自分で言っときながら、それなりに心を抉られてる気がする」

 彼女らの素直な言葉は、唯一無二の自分にさえ刺さる。瓜二つの自分が欲しいと思ったことはなかったが、2人の言葉を聞いてしまえば、もう未来永劫生み出されないことを祈りたくなった。
 一方、ダマルは白い手を振りながら、問題はそこじゃないぞ、と真剣な声を出す。

「パイロットばっかり山ほど居ても、翡翠は1機しかねぇだろが」

「それがネック。ダマル、マキナを作り出す方法はない?」

「できたら最初っからテクニカ目指したりしてねぇよ。あー、でも適当なマキナ見繕えば戦力化はできるか。武器弾薬と整備士も足りねぇが……お前、搭乗経験って黒鋼と翡翠だけか?」

 マッドだなんだと言いながら、何故か話を先へ進めようとする骸骨。こいつは人をなんだと思っているのだろう。
 表情のない少女と表情を出せない骸骨が、揃って首を捻りながら妙案を探して行う議論を、僕はため息で断ち切った。

「僕を量産化する話から離れてくれるかい……ともかく、黒鋼が配置されていた以上、内部にマキナ用の補給物資がある可能性は高いんだ。フェアリーさんからの許可も得られたし、今必要なのは内部の脅威への対策だろう」

「だな。しかしどうする? 地の利もなけりゃ敵総戦力も不明だし、大体あの無人機の動きは俺たちの知ってるそれじゃねぇ。挙句、頼みの翡翠は片腕不随だぜ?」

 800年間封印されていた施設なので、内部がどうなっているかなど想像もつかない。しかし、あの警備隊用らしき黒鋼が万全の状態だったのが偶然でなければ、他に稼働しているマキナが居ないと考えるのはあまりに楽観的だ。何なら、戦闘によって警戒態勢が強化されていれば、今まで休眠していた機体が一斉に襲い掛かってくる可能性まであり得る。
 脅威を想像して唸る僕らに対し、シューニャは少し声色を固くして質問を投げた。

「封印の中には、どういう敵が居ると考えられる?」

「何せ企業の警備隊だからなァ……正直、機種も物量も想像がつかねぇよ。まぁ、あんな重武装の黒鋼を警備に出してくるからには、クラッカーがウジャウジャしてるのは間違いねぇだろうけど」

「最悪は中隊規模のマキナを相手するくらいは、考えといた方がいいかな」

「カカッ、そりゃ地獄のピクニックだぜ。堪んねぇ」

 とんでもない話だと骸骨と笑い合う。
 その様子がどこかやけっぱちにでも思えたのか、単語の内容が理解できていないらしいアポロニアが、恐る恐る質問の手を挙げた。

「その……本気でやるんスか? チュウタイって言われても自分にはわからないんスけど、結構な数が居るんスよね?」

「まぁそーだな。機甲歩兵中隊の定数通りなら、マキナは18機配備されるのが基本だからよ」

「じゅ、じゅうはちぃ!? じ、冗談ッスよね!? 冗談じゃ――無い、ッスか?」

「ミクスチャの時よりも、余程脅威的……」

 たった1機を国家軍の支柱とする現代において、本来の編成で運用されるマキナが脅威なのは当たり前だろう。事もなげな様子で語るダマルに対し、アポロニアとシューニャは顔を青ざめさせた。唯一ファティマだけは表情を変えないまま、おぉ、と声を漏らしただけだったが。

「これが有人機の正規部隊相手なら、僕だって普通に逃げる方を選ぶよ。だけど、相手はいくら賢くても無人機だ」

「何か、作戦がある?」

「もちろん。だがその前に手札を増やしたい」

 その心はと問うてくるシューニャを手で制する。物量で劣っている状況に無策で突っ込むような馬鹿はないのだ。
 僅かに自信を滲ませた表情を作る僕に、それでもアポロニアは不安げな声を上げる。

「増やすって言ったって、マキナと戦えるような武器なんて、早々あるようには思えないッスけど……」

「ただの弓や槍が効かないのは周知の事実。野良のリビングメイルを狩る時は罠を張るのが定石」

 対してシューニャは、事前準備さえあれば可能性があると口に手を当てて考え始める。
 忘れていたが、本来のコレクタとはマキナやクラッカーなどの機械を狙うスカベンジャーだ。己が命を賭け金にすることで、時に人生大逆転の大当たりを引ける博打稼業である。
 とはいえ、博打にも様々な技術や駆け引きがあるように、彼らとてひたすら無謀に命を散らそうとは思わないだろう。ただでさえ相手は強大な太古の遺物なのだから、知恵を巡らせるのも当然と言える。

「例えばそりゃどんな罠だ?」

 火薬すら碌にない技術力の中、どうすれば最新技術の結晶であるマキナを倒せるのか。僕やダマルが興味を持つのは当然だった。

「ふかーい落とし穴掘ったり、重たい岩とかを降らしたりして倒すって、ヘンメさんからは聞きましたね。なかなか成功しないらしいですけど」

「条件が揃うなら、堰き止めた川から濁流を放出して水攻めにすることもある。どれをするにしても、事前に相手の情報を集めるのが重要」

 2人とも実際にやっている姿は見たことがないと付け加えるが、それでもやり方そのものは理解しているらしい。
 何よりその手法に僕らは、原始的だが効果的だと感心させられた。
 如何に強力なマキナでも支えきれないほどの質量に襲われたり、ジャンプブースターをまともに制御できない無人機が、深い落とし穴にはまれば損傷は免れない。運よく制御系ユニットが破壊されれば機能停止に陥り、そこまで至らずとも脚部ユニットが損傷すれば脅威レベルは大きく低下するだろう。
 また、豪雨災害で出動したマキナが濁流にのまれて行動不能になった、なんて言う話がよくあったことを思えば、水攻めも有効な手段だった。長期間野ざらしで動き続けた個体であれば気密性も低下しているだろうし、元々水中戦に特化する不銹《ふしゅう》でもなければ、大体の機体は何かしらのダメージを負うはず。
 逆にこれらの罠こそ、現代の人間集団と戦う時に自分が気を付けるべき点でもあった。

「投石器なんかは使わねぇのか?」

「あれは集団を攻撃するための武器だから、動き回るマキナに偶然当たることはあっても、狙ってぶつけるなんてまず無理。駄載獣が牽くバリスタなら当てられるけれど、ヒスイやクロガネを見ていたら、とても効くとは思えない」

「現代の武器じゃまともな損傷を与えられない、か」

 期待は最初からしていないので、僕としては現代人がそれなりの対抗手段を持っていることに驚いたくらいだ。
 ミクスチャといいマキナといい、生身の人間では太刀打ちできないような敵が現代には多い。その矢面に立って戦うコレクタであった彼女らが、自分たちの手札を再確認して表情を曇らせるのは当然だった。

「悔しいけれどそうなる。それに、今回のような事態だと罠の張りようがない」

「この床に落とし穴は掘れそうにないですし、天井を崩しちゃったら僕らも一緒に生き埋めになっちゃいます」

「水攻めはテクニカが水没するッスね」

 瞼を伏せるシューニャと、無理無理と首を振るファティマ。アポロニアに至ってはカラカラと笑ってお手上げだと言い放つ有様だ。だが、ひとしきり諦めが漂うと、策があると言った僕に視線が集中した。

「罠を張る、というのは正解だよシューニャ。その手札を増やしたい」

「だから、手札なんて――」

「ないと言うには早いよ。ここはだろう?」

 訝し気な顔をしてシューニャは首を傾げたが、ダマルはガチャリと手を打った。

「なーるほどなぁ。そういう物が持ち込まれてる可能性もあるってか」

「僕らならそれを見分けられる。フェアリーのお墨付きだし、嫌とは言わせないよ」

 僕とダマルは向き合ってフフフ、カカカと笑みを零す。
 先の黒鋼の動きは普通の無人機とは思えない程だったが、それでも罠を検知する能力まで高いかはわからない。その上、地下という閉鎖空間は動き回れる範囲が限られるため、罠へ誘導して一網打尽にするのもそう難しくないだろう。そこに自動戦闘プログラムの限界がある。

「……悪い笑顔」

 シューニャの呆れたような呟きを、僕は聞かなかったことにしておいた。
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