悠久の機甲歩兵

竹氏

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テクニカとの邂逅

第130話 神代の英知

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「おう妖精さんよ。言われた門を開けてきたんだが、これでいいのか?」

「……はい?」

 白い部屋の中央でソファに桃色の長髪を垂らす物憂げな美女は、こちらのあまりにも早い再訪と、鎧の隙間から流れ出た骸骨の声に、微笑みを湛えたまま首をカックンと傾けた。ついでに彼女を囲んでいた護衛らしきクシュと、小間使いに見えるアステリオンの男も、その口――クシュは色鮮やかで巨大な嘴だったが――をぽっかりとあけて間抜け面を晒している。

「えぇっと……それはどこの?」

「おいおい、記憶障害はこっちの相棒だけで腹いっぱいだぜ? 依頼内容に決まってんだろうが。それとも何か、俺たちがこの施設のドアを開け閉めする度に、アンタへ報告しに来るような暇人にでも見えんのかよ?」

 カッカッカと鎧の中身が笑う。その様子は小馬鹿にしたものなので、内容如何によっては引っ叩かれそうなものだが、フェアリーは混乱の方が余程大きかったらしい。言葉の真偽を確かめるべく、糸目をゆっくりと僕の方へ向けた。

「アマミさん?」

「ダマルの言うように、依頼されていたゲートの封印は解除しました。これは確かです」

「……わ、私が人生をかけて挑んできた封印を、1日も経たないで? 嘘ではないのですね?」

 彼女の年齢はわからないが、相当長い間、封印に関する研究をしていたのではないかと思う。それがどこまで成果を出していたかはさておき、突如現れたどこの馬の骨とも知れない男が、半日も経たない内に突破したというのはそう簡単に信じられなかっただろう。
 だが、適当な嘘をついたところで、結果は地下に降りればわかる単純なものである。それを僕が動じた様子もなく肯定すれば、フェアリーは花の咲いたように顔を綻ばせた。

「タルゴ、急ぎ皆に報せなさい! 忙しくなりますよ!」

 タルゴと呼ばれたのは、彼女の隣で己が頭よりも巨大な嘴をぱっかりと開けていたキメラリア・クシュだ。ほぼ全身が羽毛に包まれていて、直立した様子と人の形をした手の他には人間らしさを感じられない彼、あるいは彼女は、未だに呆けていたらしい。フェアリーの言葉に慌てて嘴を閉じると、承知とやや吃りながら頭を下げた。ビビッドかつスマートな見た目に反して、酒焼けしたように掠れた低い声だったので、彼でいいのだろう。
 だが、動き出そうとする大嘴を僕は手を挙げて制した。

「少々お待ちいただきたい」

 フェアリーという絶対者の命令に対して口を挟む行為に、タルゴはぐるりと頭を右に倒す。その顔からは一切の感情が感じられないが、これはそもそも鳥の顔を見慣れていないので表情変化を理解できていないだけなのだろう。決してこのトロピカルフルーツのような鳥男が無表情なわけではない、と思う。
 彼が静止したことを確認してから、僕は再びフェアリーへと視線を向ける。現段階ではテクニカ全体へ、これを歴史的椿事ちんじだと広めるには、あまりにも早すぎるのだから。

「興奮に水を差すようで申し訳ないのですが、封印を解除したことで浮上した別の問題があります。少々厄介な事態ですので、無用な混乱を避けるために人払いをお願いできますか?」

「――なるほど。タルゴ」

「ハッ」

 太古の封印であることを彼女は理解していたのだろう。興奮した表情を一気に引き締めると、タルゴとアステリオンに目配せをし、彼らを部屋から離れさせた。
 権力者でありながら護衛すら追い出したのは、心の奥にある興奮からだろうか。しかし、害意があるわけでもない僕は、フェアリーからの信用に小さく頭を下げた。

「感謝いたします。それで、我々はあの封印を解放したのですが――その奥よりリビングメイルが出現しました」

「野良が住み着いていた、と?」

 彼女が僅かに顔を引き攣らせたのも無理はない。床下を開いてみたら怪獣が出てきましたと言われているようなものなのだから。
 だがそうじゃないと、兜をガチャガチャ鳴らしながらダマルは首を振った。

「その辺ふらついて迷い込んだ訳じゃねぇよ。ありゃ太古の昔から今まで、愚直にこの地下を守り続けてきたガーディアンだ」

「守護者《ガーディアン》……? それと刃を交えたと言うことは、遺跡に敵だと判断されたと言うことですか」

「そうなります。そのリビングメイルは撃破しましたが、内部にあとどれだけの敵が待っているかわかりませんので、現在門には再封印を施してあります。ですから――」

「んっんー、ちょっとちょっと待ってくださいます?」

 調査は簡単ではない、と続けようとしたところでを額を押さえたフェアリーに止められた。まるで苦い薬を飲み下そうとしているような、実に渋い表情をしている。権力者の顔芸に吹き出すわけにも行かず、僕はそっと視線をやや左へと逸らした。

「いきなり情報を増やさないでください。えっと……リビングメイルを撃破? 予期しない戦いでいきなり勝ったと?」

 またそういう話か、と喉から溢れかけて抑えこむ。
 ここ数か月で事情説明を繰り返しすぎてそろそろウンザリしてきた。勿論これはフェアリーの所為ではなく現代の常識そのものが原因なので、彼女に対してあからさまな態度をとるのは間違っている。
 だが、説明をするのも億劫だという心中が顔に出ていたらしい。僕に代わってシューニャが口を開いた。

「報告は上がっているものと思うけれど、キョウイチは過去に群体ミクスチャを単身で撃破している。そういう規格外の存在と会話していると考えてもらいたい。証拠が必要ならば、あの封印の間にリビングメイルの亡骸が転がっている」

「それで英雄アマミですか。あのリロイストン支配人がボケ――耄碌《もうろく》されたわけではなかったと」

「いや、オブラートに包むの下手糞か」

 顔は柔和な笑顔に固定したままで声色も変わらないまま、彼女の僅かに開かれた口から悪意が滲みだしていた。これにはすかさずダマルがツッコミを入れる。
 フェアリーとグランマという権力者同士の間に何があったのか、少しも気にならないと言えば嘘になるが、地面に露出している地雷を進んで踏みに行こうとは思えず聞き流す。一方、フェアリーは悪びれた様子もなかったが。

「あらあらごめんなさい。つい本音が」

「包む気がねぇだけかよ。とんでもねぇ毒妖精もあったもんだ」

「お褒めに預かり光栄ですわ。話が逸れましたが、それで――内部にはまだその、守護者が居る、と?」

 褒めてねぇよ、というダマルの呟きを咳払い1つでスルーしつつ、僕は話題の脱線復旧に努めた。

「現時点では不明です。その予想を立てるためにも、貴女がお持ちの情報を開示して頂きたい」

 ピクリと、彼女の細い眉が跳ねる。
 今までとはやや異なるその反応に、僕は1つ確信を深めた。

「随分不思議なことを仰るのですね。封印の内側を私が知っていると?」

「全て知っているとは思っていませんよ。ですが、貴女はあの場所に何かを求めている。それこそ人生を賭けるほどの価値を見出して――それは一体なんです?」

「あらまぁ、私としたことが失言でしたわ。うふふ」

 言葉は柔和なままだったが、明らかに緊張が漂っている。
 こちらの投げる条件が彼女の交渉ラインを超えない場合、つまり一切決裂した場合はどうなるかわからないという緊張感だ。腹の探り合いは苦手だが、これだけ条件が揃っていては明らかにこちらが有利だった。
 僕は膝の上で指を組んだまま、できる限り表情に笑顔を貼り付ける。

「貴女は成功報酬に望む全てと仰った。これが虚偽でないならば、貴女にとっての価値は自らの持ちうる全てと交換しても手に入れたい物だということでしょう? そんなこと、中身にそれなりの確証がないと言えないじゃないですか」

「まさかこんなに簡単に開けられるとは思いませんでしたもの。人を試したと思えば不思議ではないでしょう?」

 ふぅと物憂げに彼女はソファの肘置きに身体を傾げた。その豊満な肢体も相まった色っぽい構図に、ダマルがおっほほと気持ち悪い声を上げる。おかげで反対側からは翠玉の視線が鋭さを増したように思え、間に挟まれる僕の背には僅かに冷や汗が流れた。

「眼福って奴だなぁオイ。是非、酒でも飲みながら楽しいひと時を過ごしたいところだが……今はそういう話をする時間じゃねぇんでな」

 あらつまらない、と流し目を送るフェアリーに対して、また今度な、と応じるものの、骸骨の口調は真剣そのものである。いつぞや、あのカニバル女を追いかけていた際と似ている気がして、仲間であるはずなのに僕の背にも僅かに冷や汗が伝う。

「アンタは失敗前提の依頼を投げかけて、残念ながら俺たちゃ予想に反してアレを開けちまった。そして、俺たちとの契約はあくまでこと。こっから先は契約の外だが――アンタはどうしてほしい?」

 一応、必要な遺物の譲渡だけならば、自分たちが地下に踏み込む必要はない。ただ、これはただの建前だ。
 スノウライト・テクニカはただの倉庫であり、いくら遺物が集められているとはいっても、ここで手に入れられる軍事物資は限られる。しかし、地下施設からは黒鋼が出現したこともあり、手つかずの警備隊格納庫などが存在する可能性は高い。
 ここで引き返すようなブラフを打ってまで、骸骨がフェアリーから引き出したかったもの。それは地下施設内にある物資の権利放棄だっただろう。これにフェアリーは小さくため息をつき、だらりと身体をソファに横たえると、息をするように言い放った。

「私は全てを捧げてよいと申し上げたはずですわ。必要なら情報でもなんでも、ダマルさんには身体でも差し上げましょう。あの場所にあるはずの物はアマミさんの言う通り、私自身を含めた私の持ちうる全てよりも価値のあるもの、いえ、そもそも私が生きる意味と言うべきなのですから」

「生きる意味?」

 部下たちが居る前では柔和な女性だったフェアリーだが、今はまるで精巧な硝子細工のようで儚げに見える。
 彼女は達観したような表情から、僅かに頬を緩めて微笑を浮かべた。

「少し神代のお話をしましょう。御伽噺のような伝説のお話です」

 白い指が天井を指し示す。
 僕とダマルはその姿勢が理解できなかったが、シューニャがぽつりと、神代の英知、と呟いたため、何か意味のある姿勢だったらしい。

「人は空を飛べません。何時間も何日も水の中では過ごせはしない。民草は日照りや大風だけで家を失い飢えて死に、火炎に炙られれば全身鎧の騎士は焦げた肉となり、病が流行れば王族貴族も死神に連れて行かれてしまう。これは疑いようのない常識です」

 当たり前だ。人には翼もエラもなく、簡単に命を落とす。天災、飢餓、戦争、疫病と並べられた言葉は現代においてミクスチャ以上に身近な脅威なのだろう。

「しかし、神代では違った。人は空も海も支配し、日照りも干ばつもない畑を持ち、嵐にも地揺れにも壊れない家に住み、灼熱の炎を跳ね返す鎧を着こみ、様々な病が持つ死の鎌を打ち払う力を持っていたのです。ウフフ、夢物語のようでしょう?」

「あぁ、いや……そう、ですね」

 当時を知る者としては少々耳が痛い。
 確かに現代の人々からすれば、空も海も、加えて宇宙空間にさえも人類の手は伸びていただろう。だが、支配できていたかと言われればそうでもないのだ。
 全天候型ドーム農業、防災住宅や環境遮断天蓋、マキナ、先進的な医療、現代との違いは上げればキリがないが、どれも夢物語のように万能ではない。
 おかげで歯切れの悪い返事をしたのだが、それがフェアリーにはただの困惑に見えたのだろう。彼女はクスリと小さく笑い、言葉を続ける。

「これは例え話ですが……そんな世界が求める更なる高みとはなんでしょう?」

 そんなもの山ほどあっただろう、とは流石に言えなかった。
 人間の飽くなき欲望は現状に満足しない。そうして技術は進化を続けてきて、現代とはかけ離れた状態でもなお先を求め続けていた。
 だが、彼女の言う高みとはなんだ。途轍もない誇張表現による万能な世界で、人々が求めそうな物とは。

「不老不死」

 その答えを口にしたのはシューニャだった。

「流石はブレインワーカーですね。その通り、神代の人々は禁忌の進化を求めたのですよ」

 ちらとシューニャがこちらを見てくるが、僕としては首を横に振るしかない。
 確かに人類、いや生物が抱える永遠の課題と言える。命として生まれ出でた以上は死が付きまとい、それを超克することは何千年と続いてきた人類史の中で、あらゆる方法を持って見出そうとされてきた。
 800年前でも抗老化医学という物は発達していたが、それでも得られた寿命は120年そこらが限界とされている。しかも、自然の寿命に任せて死ねた方が幸せなのではないかとさえ感じるような方法をとって、ようやくのことでだ。
 それでも、不老不死の研究について自分が無知なだけかもしれない、とダマルに視線を流したものの、残念ながら最も不老不死っぽいボディを持つ骸骨騎士にも、緩く頭を振られてしまった。
 そんな僕らに対し、理解できる人の方がおかしいとフェアリーは笑う。

「あらゆる方法が試されていたと思います。ですが、神代の世界が今に残らないということは、彼らは失敗したのでしょう。しかし、実験は確かに行われていました」

「確信されているようですが、その実験とは何です?」

 フェアリーが自分たちと同じ時間軸から生きていた、あるいは同じく保管されていたのでなければ断言などできはしない。
 だからだろうか、彼女の返事は質問だった。

「皆さんは人間を作り出せると思いますか?」

「作り出す……?」
 
 子を成すという意味ならば、それこそ生物として成立した遥か昔より続けられてきた行為だろう。しかし、それに対して作り出すと言う言葉を敢えて選択するとは思えず、僕が首を捻ればダマルが何かを思い出したように口走る。

「あーそりゃあれか? 半複製体セミクローンとか、人造人間ホムンクルスって奴」

「……本当にダマルさんは博識ですね。私としては貴方達のほうが不思議に思えてきました」

「聞きかじっただけさ」

 疑わしい目を向けられたダマルが慌てて逃げる。
 これに関しては僕としても不思議に感じる。どちらの名前に聞き覚えはなく、ダマルは一体どこに情報源を持っているのかがさっぱりわからない。ただのオカルトかもしれないが。
 しかし、フェアリーの訝し気な視線に対し、髑髏が堪えようとせずにだんまりを貫くと、彼女もやがて小さなため息1つで諦めたらしい。

「まぁいいでしょう……どのようにしてかはわかりませんが、親子でない人間を作り出す技術が神代にはありました。それこそ不老不死実験の1つ、新たな器に魂魄を移す奇跡、と私は考えています」

 800年前の自分ならば何を馬鹿なと笑い飛ばせた内容である。
 しかし、生命保管装置なるマッドな機械に突っ込まれていた我が身が、魂を移動させるなどという行為を非現実的だと笑うには無理があった。それでも、あまりにも現実離れした話であることも否定はできないため、変わってダマルは大きく首を捻る。

「なんでアンタはそこまで確信してる? それこそ常識的な人間が聞けば、頭が狂ってるとしか言えねぇような迷信だぜ?」

「神代の話はその多くが創作と考えられている。証拠がなければ、それこそただの与太話」

 シューニャは今まで、自分やダマルと関わる中で古代技術に触れている。それは現代において非常識でも、実際に動作することで技術を証明していた。だからこそ、言葉だけのフェアリーの話が疑わしかったのだろう。
 だが、妖精はやはり悩まし気に息を吐いた。

「与太話ならば、私は苦しまなかったのでしょうね」

「苦しむ? 貴女が?」

 僅かに開かれたオッドアイがこちらを捉える。
 そこにあるのは悲しみで、彼女が儚げである理由そのものが見えた気がして息を呑んだ。

が居ないというのは、想像する以上に寂しいものなのですよ。英雄様」
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