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テクニカとの邂逅
第127話 ノックオンザドア
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目の前に聳えるのは、何を想定して作られたのか理解できないほど強固なゲートである。
ただでさえ地下への入り口にも装甲が施されたハッチがあり、かつ、かなり深い位置まで降りてきているのだから、それだけでかなりの防御力を誇るのは誰の目にも明らかだ。
以前目にした軍の倉庫は地上型シェルターとしては驚くほど堅牢だったが、ここはそれと比べるまでもない。
玉匣の車内からゲートへのアクセスを試みるダマルが、呆れたような声を出すのも無理のないことだった。
『内部留保はこんなもんの建設に回してたってか』
『空襲対策だろうけど、大型貫通爆弾の直撃にでも耐えるつもりだったとかかな』
『方角から考えてもショコウノミヤコの方が近ぇのに、わざわざフロントラインから離れた辺鄙《へんぴ》な場所を空爆するかよ。そもそも、厳重な防空体制を突破した挙句、潰せるのが製薬会社の倉庫1つじゃ割に合わねぇだろ』
空襲で掩体壕などの装甲施設を吹き飛ばす大型貫通爆弾を使うには、少なくとも地域における制空権獲得が要求される。しかし、首都近郊から更に北へ侵入するというのはかなりの遠征であり、それも前線から遠い企業連合の制空権を奪うと言うのは容易ではない。
とはいえ、保険として建設していた可能性もある。
『だったら、衛星兵器とかの対策かな』
『建前はそうかもしれねぇが、実際は大企業お得意の税金対策だろ』
あぁ、と僕は苦笑を浮かべる。
企業連合には戦時法として、国民を保護するための施設を自社が保有する範囲に建設した場合、その負担に対して一定額の税金を免除する、などと言う文章が記載されていたはず。
決して自分は法律に詳しかったわけではないが、あまりにもよくニュースになる話題だった。
大企業と政治の癒着だなんだと、常に連合総会で取り上げられて議論の的であり、国民からの人気取りのために野党が、企業優遇を脱却する税制改正だ、などと叫んで撤廃を求めるものの、業界からの大反発を受けて毎度毎度立ち枯れる。そんなことが何年も何年も繰り返されていたのだ。
とはいえ、そんな古代議会の話が現代人に通じるはずもない。
「時々キョウイチとダマルの会話は呪文に聞こえてくる」
人差し指でこめかみを押さえてシューニャは唸った。
現代において全般的な知識職であるブレインワーカーが頭痛に耐える光景と言うのは珍しいらしく、これにはマオリィネが驚いて目を見開く。
「シューニャにもわからないの? 真剣に聞いているから、理解していると思っていたのだけれど」
「ブレインワーカーがなんでも理解できれば苦労しない」
シューニャは確かに豊富な知識を持つが、その多くはあくまで現代の物だ。800年前の政治的戯言を理解しろと言うのは、流石に酷である。おかげで彼女の声には、お前に何がわかる、という感情が滲んでおり、マオリィネは少し顔を顰めてこちらを睨んでくる。
「それも当然よね……あの2人っていつもあんな感じなの?」
玉匣の皆は既に、理解できないことが当たり前、と感じているのだろうが、マオリィネには全員が共有できない話を延々と続けているのが、どことなく不快だったらしい。少々不服そうな彼女に対し、アポロニアがまぁまぁと年長者らしく宥めに入った。
「2人だけで話してるとあんな感じッスよ。けど、ご主人とダマルさんしか、神代の話なんて分からないッスからね。でも、そういう話をしてる時、無理に混ざろうとすると――」
「ダマルさん、まだ開かないんですかー? ボクそろそろ飽きてきましたー」
まるでお手本のように、ファティマが翡翠に向かって話しかける。それはダマルのレシーバーに届いたらしく、玉匣の外部スピーカーからは骸骨の苦情が轟いた。
『俺ぁ元々クラッキング専門じゃねぇんだから、ポンポン開けられるわけねぇだろ!』
『企業連合総長のIDで通らないのかい? 雪石と玉泉は蜜月関係だったし、総長は玉泉重工のトップだろう?』
『いや、まだそこまで行ってねぇんだわ。さっきからアクセス先自体が迷路みてぇになっててよ、パスの打ち込み先自体がどこにあるんだか――』
「あ、もういいです。聞いたボクが間違ってました」
ダマルと僕の会話を聞いていたファティマは、すぐにだらりと尻尾を下げて表情を失くす。それをアポロニアは、掌で指し示しながら苦笑していた。
「御覧の通りッス」
「完全に呪文だったものね」
「古代文字が誰にも読めない理由がわかる」
現代人のテンションを下げる魔法ではないが、理解不能というのは抜群の効果を発揮したようである。それも、興味のないことにはトコトン無関心なファティマに対しては、特効と言ってもいいだろう。
処置無しとばかりに彼女らは一斉に肩を落とし、シューニャとマオリィネは周囲の検分を始め、キメラリア2人は何もないゲートの前で座り込んだ。
質問もなくなれば、無線から聞こえてくるのはダマルの呻くような呟きだけ。それでも、有能な骸骨というのは間違いないらしく、作業は確実に進んでいる様子だった。
『VIPパスってなんぞこれ? って、あぁ認証か――だったら総長のパスを送信して……ん、お、お? 来たっぽい、いや来たな!』
突如ゲートから鳴り響く警報音と、高速で点滅する黄色い警告灯。ゲートがアンロックされたからすぐに距離を取れ、という無機質なアナウンスに、これまで暇そうに座り込んでいたファティマとアポロニアはその場で跳びあがり、全身の毛を逆立てながら転がるようにこちらへ逃げてくる。
「なななな、何ッスかいきなり!? 動かすなら動かすって言ってほしいッス!」
「び、びっくりしました……簡単に開かないって言ったじゃないですかー!」
揃って僕の背中に隠れつつ、互いに骸骨への恨み言を口にする。耳のいい彼女らにとって、反響で音が大きく聞こえる地下で、突如轟音を立てて隔壁が動き始めれば、驚きのあまりフーと息を荒げるのも当然であろう。
シューニャ達もその場で硬直していたようだが、扉が開いたと見るや直ぐにこちらに駆け戻ってくる。
「ほ、本当に開くなんて……これがダマルの力なの?」
『俺ぁ優秀だからなァ! 扉ぐらい赤子の手を捻るようなもんよぉ!』
感嘆するマオリィネに対し、カッカッカと高笑いを決める骸骨。ついさっきまでうんうん唸りながら、これかこれかと悩みつつキーを叩いていたとは思えない豹変ぶりである。無論、僕としてもその能力は高く評価しているのだが、キメラリア2人は翡翠の腰にしがみ付き、装甲の影に隠れるようにして膨れているので、ダマルの全体評価が上がったかは微妙だった。
『ダマル、お疲れ様。全員乗車してくれ。一旦フェアリーさんに報告へ戻って、今後の動きを決めよう』
800年以上閉鎖されていたであろう、淀んだ空気が流れ出てくる中、一同は揃って玉匣へ戻っていく。
シェルターのように堅牢な防御の中で、フェアリーが求めているものは何なのか。これを聞いてからでも、内部の調査は遅くない。そう考えた僕は、開ききったゲートを前に皆の後へ続こうとして、その違和感を翡翠が捉えた。
『なんだこれ、随分微弱な反応だが――』
「どうしたの? 戻るんでしょう?」
乗り込もうとしたまま立ち止まった僕に、マオリィネは不思議そうに首を傾げる。
車内に視線を投げたところ、どうやら玉匣の調子が悪いレーダーは、この反応を捉えていないらしい。ダマルは大きく伸びをしながら、早く乗れよ、と呟いていた。
だが、僕にはこの小さな違和感がどうにも引っ掛かる。その躊躇いは5秒にも満たなかっただろうが、穴だらけの記憶が原因をサルベージするには十分だった。
『ダマル! ゲートを閉鎖するんだ! 対マキナ戦闘用意!』
『あ? いきなり何言って―――』
呆けたダマルの声に、間に合わないと思った。咄嗟に後部ハッチを蹴飛ばして閉じ、玉匣が後退するために横っ飛びに進路を開けられたのは、我ながらいい判断だっただろう。
途端に弾ける閃光と断続的な衝撃音。ゲートを向いたまま停車している玉匣の正面装甲に派手な火花が散り、無線機が混乱の叫び声で満たされる。
『ふ、ふざけんなよクソッタレ!! しっかり掴まってろ!』
『な、何が……』
『喋んな、舌噛んで死にてぇか!』
モジュール式の電磁反応装甲を吹き飛ばされながら、玉匣は猛烈な勢いで後退していく。ダマルが運転席から離れなかったのは僥倖だった。
被弾面積の大きさから、強固に作られたシャルトルズの装甲に救われたと言っていい。走行装置に損傷はなかったらしく、間もなくランプウェイの向こうへと退避していく。ただ、敵は相当の殺意を持っていたのか、曳光弾は玉匣が死角に隠れきる直前まで追いかけて、天井や壁にぶつかって弾けていた。
それもこちらが退いたとわかるや、相手はゆっくりと閉鎖されていくゲートから躊躇いなく飛び出すと、薄暗い駐車スペースに赤い光の尾を引きながら、そのガンメタの装甲に覆われる全体像をこちらに見せつけた。
『黒鋼《D-5》……!? それも二号装備《火力制圧装備》なんて、どこからかっぱらってきたんだい』
バックユニットから派手な排気煙を吹き出したのは、元自分たちの友軍機。玉泉重工製第二世代型マキナ、黒鋼の最終型である。
陸軍所属機では見たことのない塗装と、肩に刻まれた雪石製薬の企業ロゴから、どうやら警備隊所属の機体らしい。突撃銃と大盾を構え、背面に長銃身のガトリング砲を背負った姿は、一企業の警備隊装備としては明らかな過剰装備だった。
それも残念なことに、敵味方識別装置《IFF》の反応は所属、国籍ともに不明のアンノウン。それも攻撃してくる以上、相手はこちらを敵と認識ているらしく、僕は小さく悪態をつく。
『何が最新の識別装置なんだか……ダマル、面倒な奴がお出ましだ。そっちの被害は?』
『野郎がぶっ放してきたのが突撃銃《豆鉄砲》で助かったぜ。とりあえず人員は無事で、車両にも大きな被害はねぇ。これがガトリング砲だったら今頃、俺たちゃ揃ってお空の彼方へぶっ飛ばされてたとこだ』
『誰にも怪我がないなら上等だ――スクラップにしてやる』
僕が突撃銃を構えれば、黒鋼はゆっくりとこちらへ向き直る。
翡翠の方が玉匣より脅威だと判断したのだろう。目標の装甲に対する武器選択の甘さといい、無人機であることは間違いない。
だというのに、以前見た甲鉄とは違って動きが滑らかであることから、どうしても妙な違和感が拭えない。それを観察している暇など、どこにもなかったが。
『ッ!』
トリガを引いたのはほぼ同時だったように思う。
しかし、正面からの撃ち合いでは、盾を装備している黒鋼にどうしても押し負けてしまう。そのため僕は運動性の優位を見せつけつつ横へ飛び、地下を支える柱を盾にしつつ反撃する。
だが、こちらが遮蔽物の向こうへ隠れれば、如何に頭の悪い無人機でも武装変更を決めたらしい。たちまちガトリング砲の猛烈な弾雨が襲い掛かってきた。
毎分数千発の高速で吐き出される徹甲弾相手では、コンクリート製の太い柱といえどもそう長く持つはずもない。たちまち白い粉を巻き上げながら粉砕され、内部の鉄筋が露出していく。
『武装が力負けしてるな。外だったら泣いてたよ』
崩れゆく柱からジャンプブースターを横に噴射しつつ滑るように飛び出せば、振り回されるガトリング砲に晒されて壁や床が穴だらけになっていく。それでも完全に狙いをつけられないよう、突撃銃で反撃しつつ逃げまわる。
だが、ダマルが豆鉄砲と揶揄《やゆ》した通り、800年前から突撃銃はマキナに対して力不足だった。おかげで黒鋼は被弾を気にしていないのか、装甲に弾丸を浴びながらも悠然と振り向いては、ガトリング砲を唸らせる。
『火力は上等――だが、相手が悪かった、ね!』
左右に機体を振りながら、フェイントをかけて射線を特定させないようにしつつ、柱から柱へと素早く飛び回る。その度に周囲は荒れていったが、1発たりとも自分を捉える弾はない。
ガトリング砲は容易にマキナの装甲を抜けるほど強力な武器だが、巨大な回転砲身に加えて動作用のモーター、更に大量の弾丸を収納する筒型弾倉を背負うことから重量過大であり、800年前では専ら支援用として運用されていた。
しかし、この黒鋼は護衛の友軍機を連れず単独であり、予想通り長筒の重量から満足な機動はできていない。対するこちらは、軽量高速な第三世代型である翡翠であり、黒鋼の旋回速度に勝って射線を逃れ、距離を詰めることは容易だった。
急激に距離を詰めてくる翡翠に、黒鋼は反応が間に合わないと悟ったのだろう。無人機の癖に中々いい判断で、武器を突撃銃に切り替えて迎撃しようと試みる。
『遅いッ!』
勢いよく接近した僕は、突撃銃をサブアームに預け、損傷していない左腕をハーモニックブレードに切り替えて躍りかかった。
目の前一杯に広がる大盾を中頃から切断し、零距離から反撃を試みる突撃銃を、高く振り上げた足にブースターの推力を加えて蹴り飛ばす。
近接防御用の武器と防具を失い、黒鋼は大きくよろめく。だが、その僅かな移動によって、振り抜いたこちらのハーモニックブレードは頭部ユニットを僅かに捉えられず、代わりに肩から生えたガトリング砲が半ばから切り落とされた。
予想通りの一撃必殺と行かなかったことに僕は舌打ちする。しかし、これで敵の火力的優位は喪失し、無人機の最も有効な使い方である、移動砲台としての戦闘は不可能となった。格闘戦における無人機など、訓練用の移動標的みたいなものである。
『これで、サヨナラだ』
鈍くバランスを立て直す鋼鉄の首を目掛け、僕は左腕のハーモニックブレードで突きを放つ。フレームの外側を走る指示回路さえ切断する必殺の一撃を、無人機が躱せるはずもない。
『な――っ!?』
だが、結果は自分の想像と違っていた。
視界の中で黒鋼の頭は赤い軌跡を残して右にずれ、伸び切った刃は空を切る。
それは自分の慢心だったのか、あるいは無人機が800年という月日の中で何かを開花させたのか。どちらにせよ、僕はあまりに常識はずれな光景に驚愕し、スローモーションに見える時間の中で、黒鋼は静かに展開したハーモニックブレードを輝かせたのである。
ただでさえ地下への入り口にも装甲が施されたハッチがあり、かつ、かなり深い位置まで降りてきているのだから、それだけでかなりの防御力を誇るのは誰の目にも明らかだ。
以前目にした軍の倉庫は地上型シェルターとしては驚くほど堅牢だったが、ここはそれと比べるまでもない。
玉匣の車内からゲートへのアクセスを試みるダマルが、呆れたような声を出すのも無理のないことだった。
『内部留保はこんなもんの建設に回してたってか』
『空襲対策だろうけど、大型貫通爆弾の直撃にでも耐えるつもりだったとかかな』
『方角から考えてもショコウノミヤコの方が近ぇのに、わざわざフロントラインから離れた辺鄙《へんぴ》な場所を空爆するかよ。そもそも、厳重な防空体制を突破した挙句、潰せるのが製薬会社の倉庫1つじゃ割に合わねぇだろ』
空襲で掩体壕などの装甲施設を吹き飛ばす大型貫通爆弾を使うには、少なくとも地域における制空権獲得が要求される。しかし、首都近郊から更に北へ侵入するというのはかなりの遠征であり、それも前線から遠い企業連合の制空権を奪うと言うのは容易ではない。
とはいえ、保険として建設していた可能性もある。
『だったら、衛星兵器とかの対策かな』
『建前はそうかもしれねぇが、実際は大企業お得意の税金対策だろ』
あぁ、と僕は苦笑を浮かべる。
企業連合には戦時法として、国民を保護するための施設を自社が保有する範囲に建設した場合、その負担に対して一定額の税金を免除する、などと言う文章が記載されていたはず。
決して自分は法律に詳しかったわけではないが、あまりにもよくニュースになる話題だった。
大企業と政治の癒着だなんだと、常に連合総会で取り上げられて議論の的であり、国民からの人気取りのために野党が、企業優遇を脱却する税制改正だ、などと叫んで撤廃を求めるものの、業界からの大反発を受けて毎度毎度立ち枯れる。そんなことが何年も何年も繰り返されていたのだ。
とはいえ、そんな古代議会の話が現代人に通じるはずもない。
「時々キョウイチとダマルの会話は呪文に聞こえてくる」
人差し指でこめかみを押さえてシューニャは唸った。
現代において全般的な知識職であるブレインワーカーが頭痛に耐える光景と言うのは珍しいらしく、これにはマオリィネが驚いて目を見開く。
「シューニャにもわからないの? 真剣に聞いているから、理解していると思っていたのだけれど」
「ブレインワーカーがなんでも理解できれば苦労しない」
シューニャは確かに豊富な知識を持つが、その多くはあくまで現代の物だ。800年前の政治的戯言を理解しろと言うのは、流石に酷である。おかげで彼女の声には、お前に何がわかる、という感情が滲んでおり、マオリィネは少し顔を顰めてこちらを睨んでくる。
「それも当然よね……あの2人っていつもあんな感じなの?」
玉匣の皆は既に、理解できないことが当たり前、と感じているのだろうが、マオリィネには全員が共有できない話を延々と続けているのが、どことなく不快だったらしい。少々不服そうな彼女に対し、アポロニアがまぁまぁと年長者らしく宥めに入った。
「2人だけで話してるとあんな感じッスよ。けど、ご主人とダマルさんしか、神代の話なんて分からないッスからね。でも、そういう話をしてる時、無理に混ざろうとすると――」
「ダマルさん、まだ開かないんですかー? ボクそろそろ飽きてきましたー」
まるでお手本のように、ファティマが翡翠に向かって話しかける。それはダマルのレシーバーに届いたらしく、玉匣の外部スピーカーからは骸骨の苦情が轟いた。
『俺ぁ元々クラッキング専門じゃねぇんだから、ポンポン開けられるわけねぇだろ!』
『企業連合総長のIDで通らないのかい? 雪石と玉泉は蜜月関係だったし、総長は玉泉重工のトップだろう?』
『いや、まだそこまで行ってねぇんだわ。さっきからアクセス先自体が迷路みてぇになっててよ、パスの打ち込み先自体がどこにあるんだか――』
「あ、もういいです。聞いたボクが間違ってました」
ダマルと僕の会話を聞いていたファティマは、すぐにだらりと尻尾を下げて表情を失くす。それをアポロニアは、掌で指し示しながら苦笑していた。
「御覧の通りッス」
「完全に呪文だったものね」
「古代文字が誰にも読めない理由がわかる」
現代人のテンションを下げる魔法ではないが、理解不能というのは抜群の効果を発揮したようである。それも、興味のないことにはトコトン無関心なファティマに対しては、特効と言ってもいいだろう。
処置無しとばかりに彼女らは一斉に肩を落とし、シューニャとマオリィネは周囲の検分を始め、キメラリア2人は何もないゲートの前で座り込んだ。
質問もなくなれば、無線から聞こえてくるのはダマルの呻くような呟きだけ。それでも、有能な骸骨というのは間違いないらしく、作業は確実に進んでいる様子だった。
『VIPパスってなんぞこれ? って、あぁ認証か――だったら総長のパスを送信して……ん、お、お? 来たっぽい、いや来たな!』
突如ゲートから鳴り響く警報音と、高速で点滅する黄色い警告灯。ゲートがアンロックされたからすぐに距離を取れ、という無機質なアナウンスに、これまで暇そうに座り込んでいたファティマとアポロニアはその場で跳びあがり、全身の毛を逆立てながら転がるようにこちらへ逃げてくる。
「なななな、何ッスかいきなり!? 動かすなら動かすって言ってほしいッス!」
「び、びっくりしました……簡単に開かないって言ったじゃないですかー!」
揃って僕の背中に隠れつつ、互いに骸骨への恨み言を口にする。耳のいい彼女らにとって、反響で音が大きく聞こえる地下で、突如轟音を立てて隔壁が動き始めれば、驚きのあまりフーと息を荒げるのも当然であろう。
シューニャ達もその場で硬直していたようだが、扉が開いたと見るや直ぐにこちらに駆け戻ってくる。
「ほ、本当に開くなんて……これがダマルの力なの?」
『俺ぁ優秀だからなァ! 扉ぐらい赤子の手を捻るようなもんよぉ!』
感嘆するマオリィネに対し、カッカッカと高笑いを決める骸骨。ついさっきまでうんうん唸りながら、これかこれかと悩みつつキーを叩いていたとは思えない豹変ぶりである。無論、僕としてもその能力は高く評価しているのだが、キメラリア2人は翡翠の腰にしがみ付き、装甲の影に隠れるようにして膨れているので、ダマルの全体評価が上がったかは微妙だった。
『ダマル、お疲れ様。全員乗車してくれ。一旦フェアリーさんに報告へ戻って、今後の動きを決めよう』
800年以上閉鎖されていたであろう、淀んだ空気が流れ出てくる中、一同は揃って玉匣へ戻っていく。
シェルターのように堅牢な防御の中で、フェアリーが求めているものは何なのか。これを聞いてからでも、内部の調査は遅くない。そう考えた僕は、開ききったゲートを前に皆の後へ続こうとして、その違和感を翡翠が捉えた。
『なんだこれ、随分微弱な反応だが――』
「どうしたの? 戻るんでしょう?」
乗り込もうとしたまま立ち止まった僕に、マオリィネは不思議そうに首を傾げる。
車内に視線を投げたところ、どうやら玉匣の調子が悪いレーダーは、この反応を捉えていないらしい。ダマルは大きく伸びをしながら、早く乗れよ、と呟いていた。
だが、僕にはこの小さな違和感がどうにも引っ掛かる。その躊躇いは5秒にも満たなかっただろうが、穴だらけの記憶が原因をサルベージするには十分だった。
『ダマル! ゲートを閉鎖するんだ! 対マキナ戦闘用意!』
『あ? いきなり何言って―――』
呆けたダマルの声に、間に合わないと思った。咄嗟に後部ハッチを蹴飛ばして閉じ、玉匣が後退するために横っ飛びに進路を開けられたのは、我ながらいい判断だっただろう。
途端に弾ける閃光と断続的な衝撃音。ゲートを向いたまま停車している玉匣の正面装甲に派手な火花が散り、無線機が混乱の叫び声で満たされる。
『ふ、ふざけんなよクソッタレ!! しっかり掴まってろ!』
『な、何が……』
『喋んな、舌噛んで死にてぇか!』
モジュール式の電磁反応装甲を吹き飛ばされながら、玉匣は猛烈な勢いで後退していく。ダマルが運転席から離れなかったのは僥倖だった。
被弾面積の大きさから、強固に作られたシャルトルズの装甲に救われたと言っていい。走行装置に損傷はなかったらしく、間もなくランプウェイの向こうへと退避していく。ただ、敵は相当の殺意を持っていたのか、曳光弾は玉匣が死角に隠れきる直前まで追いかけて、天井や壁にぶつかって弾けていた。
それもこちらが退いたとわかるや、相手はゆっくりと閉鎖されていくゲートから躊躇いなく飛び出すと、薄暗い駐車スペースに赤い光の尾を引きながら、そのガンメタの装甲に覆われる全体像をこちらに見せつけた。
『黒鋼《D-5》……!? それも二号装備《火力制圧装備》なんて、どこからかっぱらってきたんだい』
バックユニットから派手な排気煙を吹き出したのは、元自分たちの友軍機。玉泉重工製第二世代型マキナ、黒鋼の最終型である。
陸軍所属機では見たことのない塗装と、肩に刻まれた雪石製薬の企業ロゴから、どうやら警備隊所属の機体らしい。突撃銃と大盾を構え、背面に長銃身のガトリング砲を背負った姿は、一企業の警備隊装備としては明らかな過剰装備だった。
それも残念なことに、敵味方識別装置《IFF》の反応は所属、国籍ともに不明のアンノウン。それも攻撃してくる以上、相手はこちらを敵と認識ているらしく、僕は小さく悪態をつく。
『何が最新の識別装置なんだか……ダマル、面倒な奴がお出ましだ。そっちの被害は?』
『野郎がぶっ放してきたのが突撃銃《豆鉄砲》で助かったぜ。とりあえず人員は無事で、車両にも大きな被害はねぇ。これがガトリング砲だったら今頃、俺たちゃ揃ってお空の彼方へぶっ飛ばされてたとこだ』
『誰にも怪我がないなら上等だ――スクラップにしてやる』
僕が突撃銃を構えれば、黒鋼はゆっくりとこちらへ向き直る。
翡翠の方が玉匣より脅威だと判断したのだろう。目標の装甲に対する武器選択の甘さといい、無人機であることは間違いない。
だというのに、以前見た甲鉄とは違って動きが滑らかであることから、どうしても妙な違和感が拭えない。それを観察している暇など、どこにもなかったが。
『ッ!』
トリガを引いたのはほぼ同時だったように思う。
しかし、正面からの撃ち合いでは、盾を装備している黒鋼にどうしても押し負けてしまう。そのため僕は運動性の優位を見せつけつつ横へ飛び、地下を支える柱を盾にしつつ反撃する。
だが、こちらが遮蔽物の向こうへ隠れれば、如何に頭の悪い無人機でも武装変更を決めたらしい。たちまちガトリング砲の猛烈な弾雨が襲い掛かってきた。
毎分数千発の高速で吐き出される徹甲弾相手では、コンクリート製の太い柱といえどもそう長く持つはずもない。たちまち白い粉を巻き上げながら粉砕され、内部の鉄筋が露出していく。
『武装が力負けしてるな。外だったら泣いてたよ』
崩れゆく柱からジャンプブースターを横に噴射しつつ滑るように飛び出せば、振り回されるガトリング砲に晒されて壁や床が穴だらけになっていく。それでも完全に狙いをつけられないよう、突撃銃で反撃しつつ逃げまわる。
だが、ダマルが豆鉄砲と揶揄《やゆ》した通り、800年前から突撃銃はマキナに対して力不足だった。おかげで黒鋼は被弾を気にしていないのか、装甲に弾丸を浴びながらも悠然と振り向いては、ガトリング砲を唸らせる。
『火力は上等――だが、相手が悪かった、ね!』
左右に機体を振りながら、フェイントをかけて射線を特定させないようにしつつ、柱から柱へと素早く飛び回る。その度に周囲は荒れていったが、1発たりとも自分を捉える弾はない。
ガトリング砲は容易にマキナの装甲を抜けるほど強力な武器だが、巨大な回転砲身に加えて動作用のモーター、更に大量の弾丸を収納する筒型弾倉を背負うことから重量過大であり、800年前では専ら支援用として運用されていた。
しかし、この黒鋼は護衛の友軍機を連れず単独であり、予想通り長筒の重量から満足な機動はできていない。対するこちらは、軽量高速な第三世代型である翡翠であり、黒鋼の旋回速度に勝って射線を逃れ、距離を詰めることは容易だった。
急激に距離を詰めてくる翡翠に、黒鋼は反応が間に合わないと悟ったのだろう。無人機の癖に中々いい判断で、武器を突撃銃に切り替えて迎撃しようと試みる。
『遅いッ!』
勢いよく接近した僕は、突撃銃をサブアームに預け、損傷していない左腕をハーモニックブレードに切り替えて躍りかかった。
目の前一杯に広がる大盾を中頃から切断し、零距離から反撃を試みる突撃銃を、高く振り上げた足にブースターの推力を加えて蹴り飛ばす。
近接防御用の武器と防具を失い、黒鋼は大きくよろめく。だが、その僅かな移動によって、振り抜いたこちらのハーモニックブレードは頭部ユニットを僅かに捉えられず、代わりに肩から生えたガトリング砲が半ばから切り落とされた。
予想通りの一撃必殺と行かなかったことに僕は舌打ちする。しかし、これで敵の火力的優位は喪失し、無人機の最も有効な使い方である、移動砲台としての戦闘は不可能となった。格闘戦における無人機など、訓練用の移動標的みたいなものである。
『これで、サヨナラだ』
鈍くバランスを立て直す鋼鉄の首を目掛け、僕は左腕のハーモニックブレードで突きを放つ。フレームの外側を走る指示回路さえ切断する必殺の一撃を、無人機が躱せるはずもない。
『な――っ!?』
だが、結果は自分の想像と違っていた。
視界の中で黒鋼の頭は赤い軌跡を残して右にずれ、伸び切った刃は空を切る。
それは自分の慢心だったのか、あるいは無人機が800年という月日の中で何かを開花させたのか。どちらにせよ、僕はあまりに常識はずれな光景に驚愕し、スローモーションに見える時間の中で、黒鋼は静かに展開したハーモニックブレードを輝かせたのである。
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東亜連邦を志した同志達よ、ごきげんようである。どうやら、私は旧陸軍の石原莞爾に転生してしまったらしい。これは神の思し召しなのかもしれない。どうであれ、現代日本のような没落を回避するために粉骨砕身で働こうじゃないか。東亜の同志と手を取り合って真なる独立を掴み取るまで…
※超注意書き※
1.政治的な主張をする目的は一切ありません
2.そのため政治的な要素は「濁す」又は「省略」することがあります
3.あくまでもフィクションのファンタジーの非現実です
4.そこら中に無茶苦茶が含まれています
5.現実的に存在する如何なる国家や地域、団体、人物と関係ありません
6.カクヨムとマルチ投稿
以上をご理解の上でお読みください
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
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一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!
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