悠久の機甲歩兵

竹氏

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テクニカとの邂逅

第119話 御貴族様の言う通り

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 あまりに突然の申し出に、僕もシューニャも石像のように固まった。
 この貴族様は何を言っているのだろうか。というよりも、こちらの話を聞いていたのだろうか。
 口で説明した内容でも十分に機密事項なのだ。中にまで入られてしまえば、貴族と言えど簡単に開放するのは難しくなる。実際、アポロニアはそれが理由で帝国軍に戻ると言う道を半ば失っていたのだから。
 しかし、彼女の中では何かが完結したらしく、それがいいと力強く拳を握りながらこちらへ迫って来た。

「ダマルはリビングメイル、じゃなくてマキナよね。アレを直せるんでしょう?」

「それはまぁ……状態によるでしょう、けど?」

「王国内のテクニカには、動けなくなっているオブシディアン・ナイトが置かれているはずよ。その修復を貴方たちの知識で行ってくれれば、王国は戦力を取り戻し、不確かな青いリビングメイルの確保を諦めるかもしれないじゃない!」

 杜撰《ずさん》極まる発想に僕は顔を顰める。隣でシューニャも楽観視しすぎだと首を振った。

「なんというか、随分希望的な作戦のように思いますけど」

「テイムドメイルの確保は国家の一大事。1つが戻ったからと手を引くとは思えない」

 しかし、そう告げた途端にマオリィネはジッとこちらを睨みつけ、ふぅと小さく息を吐く。

「可能性の話よ。最初から貴方が女王陛下に直々にお断りを入れてくれるなら、私は構わないけれど?」

「む……それは、ちょっと」

 誰が好き好んで王宮などという政争の場にのこのこ出て行って、貴方がたの力にはなりたくないんでお断りします、などと言いたいものか。
 とはいえ、マオリィネが接触しておきながら、交渉に失敗しましたとは言えないのもわかる。絶対的指導者からの勅命を失敗したのだから、どんな沙汰が待っているかわかったものではないのだ。
 最悪は敵視されようとも参じなければならないだろうが、それまでにやれる手はやっておいて損はない。そう考えれば、彼女の作戦はおあつらえ向きだった。問題らしい問題も、玉匣に乗せるということくらいである。

「一応、想定される作戦の流れを聞かせていただいても?」

「私は貴方達と一緒にテクニカへ向かうわ。そこでダマルがオブシディアン・ナイトを直せたなら、テイマーを呼び出して一緒に王都へ戻る。テクニカだってダマルから技術を得るでしょうし、その内容も含めて報告すれば、青いリビングメイル召喚の失敗も大目に見てもらえる可能性はあがるわ。私も御前報告になるから手札を揃えておきたいし」

 腕を組んだマオリィネは1つずつ噛み締めるように語った。というよりは自ら手順を確認しているかのような言い草である。どうにも彼女の脳内では既に、自分が行動を共にするのは決定事項らしい。

「つまり、僕らの知識そのものを囮にするためだと?」

「かいつまんで言えばそういうことよ。でも、テクニカが手に入れられた部分だけに絞れば、貴方達の秘密は守れるでしょう? それに例の冒険者がちょっと気がかりなこともあるしね」

「気がかり?」

「ヘンメと言う男が貴方を探しているだけなら、警戒する必要もなかったのだろうけど、クローゼ曰く魔術師が混ざっているそうよ。普通軍に取り込まれる魔術師がコレクタ崩れなんかと行動するなんて、怪しむなっていう方が無理でしょう?」

 シューニャから聞いた魔術師とは、生まれ持った才能で超能力を行使する希少な存在だったはず。それが一山いくらの冒険者に混ざっているとなれば、確かに不可解なようにも思える。
 これにはシューニャも同意見だったらしく、顎に手を当てて疑問を呟いた。
 
「王国はその3人が、帝国の密偵か何かではないかと疑っている、ということ?」

「理解が早くて助かるわ。これは一種の包囲網よ。王都から3人が離れればクローゼから連絡が来るし、ポロムルをジークルーンに警戒してもらえば、あとは貴方達を警備するだけになるわ。国家としての建前も含めてね」

「なるほど」

 完璧な策だと胸を張るマオリィネに対し、僕は作戦に納得しつつ、その態度に小さな疑問を覚えていた。というのも、やけに自分が同行したがっているように思えたのである。

「……一応聞いときたいんですが、マオリィネさんが興味本位で同行したがってるわけじゃない、ですよね?」

「――そ、そそそそんなことないわよ?」

 今まで堂々としていたはずが、彼女は途端に目を泳がせはじめる。貴族とはポーカーフェイスが苦手でも生きていけるものなのだろうかと苦笑すれば、友軍だと思っていた隣人からとんでもない爆弾が投げつけられた。

「マオも昔は剣のお稽古より、本読んでる方が好きだったもんねー」

「じ、ジーク! そんなこと今言わなくても――あぁもお、いいじゃない! 興味くらいあるわよぉ! アマミも微妙に暖かい目で見てくるなぁ!!」

 顔を真っ赤にして叫ぶマオリィネに、何故か少しほっこりした気持ちになったので、僕はもう彼女に反対する必要はないかと微笑んだ。
 その上、僕としても彼女がデミだという生命線に近い秘密を握っているのだから、これでようやく御相子とも言えるだろう。また、そういう意味では逆に弱点らしい弱点を知らないジークルーンの方が余程怖いため、彼女がついてこないだけでも僥倖だった。

「ま、機密を守ってくれるなら、もう別にいいですよ」

「く、屈辱ぅ……なんで最後まで決まらないかなぁ」

 マオリィネが机に突っ伏したのは本日2度目。
 その上、彼女は悔し気に天板を拳でゴンゴンと叩いていたが、そのどことなく漂うポンコツ感に、こっそり僕は安心していたのだった。


 ■


 状況が更新されたこともあり、僕らはマオリィネを連れて玉匣へと急いでいた。
 ただ、どうにも無線の調子がよろしくない。

「こちら恭一、これより玉匣に帰還する。予期せぬお客様も連れて行くから、迎え入れ態勢を取ってくれ」

『――? ――?』

「やっぱり聞こえないな。なんだろう?」

 ポロムルを出てから3度目の通信だったが、玉匣からの応答はノイズが走るばかりで全く声が聞き取れない。何か電波を阻害する要因があるのか、あるいは無線機が故障しているのだろう。
 その原因に対して、ファティマがもしかして、と胸にぶら下がるレシーバーを覗き込んでくる。

「また粉虫のせいとかじゃないんですか? 夜じゃないですから、流石に見えませんけど」

「それならいいんだが、2人に何かトラブル起こった可能性もある」

 ノイズによる応答があるため、何らかの要因で行動不能になっている可能性は低いが、それでも万一ということもあり得る。そのため、僕は全員を連れて足を速めた。
 ただ、状況が掴めていないマオリィネだけは、800年前の技術を見られるとわかり上機嫌である。

「黒猪ホルツには感謝しないとね」

 自分がポロムルで足止めされていた理由に、彼女は幸運だったとクスクス笑う。
 確かにヘルムホルツとの接触が無ければ、ポロムルで2日も消費することはなかったに違いない。こちらとすれば銀貨数枚に対して随分なリスクを背負わされたわけだが、今更言っても始まらないので、黙って足を動かしていた。
 それでも、マオリィネは楽し気に喋るのをやめない。

「ねぇ、ここからテクニカまではどれくらいの距離なのかしら?」

「実際の距離までは何とも。岬にある灯台だそうですが、覚えはありませんか?」

「また堅苦しくなってるわよ。道連れなんだから、肩の力を抜きなさい」

「無理矢理ついて来ようとした人が何を――あぁ、もういいや。で、灯台は知ってるのかい?」

 周りにジークルーンを含めた人目が無くなれば、マオリィネはこちらに歩み寄りたいという意識の表れなのか、もっと気楽に話せと何度も言い寄ってくる。一方の僕は、貴族という社会的地位を前に形式だけでもと敬語だったのだが、この短時間に何度も何度も指摘されるため、いい加減根負けしてしまった。
 おかげでげんなりする自分に対し、彼女は涼しそうな顔のままで満足げな声を出す。

「それでいいの。皆もね、知らない仲じゃないんだから」

「私は前からこう」

「ボクも普段通りですね」

 お前がおかしい、と6つの視線に見つめられて、僕は何故か味方が居ない現実を知らされる。別にハッキリした上下関係が好きなわけではないが、弁えていると思ってほしいものだ。

「それで、岬の灯台ね。確かに騎獣の足で半日ほどの距離にあったはずだけれど、灯台守のお爺さんが住んでいるだけで何もないわよ?」

「灯台守が居れば怪しまれることもないか。クローゼさんからの受け取った書類だと、その地下に入口があるらしい」

 実際に稼働している以上、灯台としての機能以外は目につきにくいのだろう。灯台下暗しをそのまま体現している状態だが、僕には寒い駄洒落としか思えなかった。
 ただ、話しを聞く限りマオリィネは訪れたことがあるらしい。現代の精度が悪い地図に頼らなくていいのは素直にありがたかったが、その一方で彼女はますます好奇心を募らせていた。

「地下なんてあったかしら……いえ、きっとあったんでしょうけれど」

 黒髪を振ってニィと小さく笑う貴族は、訳の分からないお役目を勅命で貰っているというのに、まるで遠足へ行く小学生のように鼻歌を口ずさむ。そんな姿を見ていると、この外見的には美人としか言いようのない若い貴族令嬢は、意外と不真面目なのかもしれない。
 そんな彼女の姿に苦笑しながら足早に進むこと暫く。街道を外れて背の高い雑草に覆われた耕作放棄地に分け入れば、一昨日に玉匣を隠した廃墟が見えてくる。
 周囲は穏やかな物で、トラブルがあった様子など微塵もない。なんなら廃墟の屋根で、見慣れた太い尻尾が揺れていて、僕はホッと胸を撫でおろした。

「無線の調子が悪かっただけか。アポロ、戻ったよー?」

「あっ、お帰りッスー……? およ? なんでマオリィネさんが――ッてヤバっ!?」

 アポロニアはこちらの姿を見るや慌てた様子で起き上がったものの、彼女が降りてくるより早く、廃屋の横からカタカタと謎の音が聞こえてきた。それも、金属音をさせないままに。

「おう相棒……帰ってきて早々で悪ぃんだが、助けてくれ。俺は射撃練習に付き合ってただけなんだ。ただ、次外したら乳揉むぞって脅したらこんな目に――は?」

 一瞬で全身から汗が噴き出したが、時既に遅し。
 これは半ば八つ当たりだが、無線の不調で声が拾えなかったにせよ、この骸骨は不測の事態に備えると言うことができないのか。
 挙句この場で口を開かなければ、ただ十字架に括りつけられた白骨モニュメントで済んだものを、いつもとまったく同じノリでセクハラ発言をしてくれたおかげで、しっかりマオリィネと目が合ってから硬直したのだ。
 おかげで彼女は顔を青ざめさせて、僕の後ろへそっと隠れる。

「い、今喋ってたわよね?」

「ハハハ、マオリィネさんは随分ホラーがお好きと見える。まさか骨が喋るわけないじゃないですか」

「でも、さっきカタカタ言いながら動いてたわよ」

「いやいや、見間違いでしょう。そもそも肉もないのにどうやって骨が動く―――」

「ぶぇっきし」

 一瞬、世界から音が消えたように感じた。
 爽やかな風が吹き抜け、空を舞う猛禽類がビブラートのきいた鳴き声を響かせている。

「……くしゃみ、してるけど」

 マオリィネの一言に世界は再び回り始める。
 面倒ごとを増やすのが得意なガシャドクロに対し、僕は軋むようにゆっくりと振り返った。

「僕の、努力を、なんで無駄にするかな君はッ!!」

 頭蓋骨をモニュメントから力一杯引っこ抜く。それでもダマルは悪びれる様子もないため一層質が悪く、マキナを着装していないことが本気で悔やまれたい。

「生理現象、生理現象」

「敵に見つかるくらいなら、生理現象でも抑えるのが軍人だろうに!」

「俺特殊部隊じゃねぇもん。ただの整備兵だもん」

 暖簾に腕押しとばかりにダマルはカタカタと笑う。普段は頼りになるはずの骸骨は、危機感をどこに置き忘れてきたのだろう。これでマオリィネが魔女狩りだなどとでも言いだした日には、僕は真っ先にこの頭蓋骨を打ち砕こうと心に決めた。

「ねぇ……それってまさか、ダマル?」

「おう、ダマルだ。まさかこんなとこで会うたぁビックリだな、御貴族さんよ」

 恐る恐る指をさしたマオリィネに対し、ダマルは僕の掌の上で器用に回転すると、動かせる部位の少なさからカチカチ顎を鳴らして返事をする。
 何を平然と自己紹介などしているのか問い詰めたい心を押さえつつ、僕が引き攣った笑顔でマオリィネに向き直れば、彼女は僅かに青ざめながらゆっくり後退した。

「骸骨、よね?」

「カカカッ! バレちまったらしょうがねえ。見ての通り骨なんだが、喋るし食うし寝るし歌えるぜ。恐れ入ったか?」

「何が恐れ入ったか? だい! あぁ……これはどう説明したらいいかわからないんだが、その800年前は人間だったらしいんだが」

 ダマルの狂言に慌てて取り繕うものの、むしろ骨からしてみれば、僕が秘密事項を口にした事の方が余程不思議だったらしく、ほぉんと微妙な声を上げる。

「なんだ? そっちはもうバラしていいのか? まぁ俺もこいつと同じで800年前に寝かされて、つい去年ぐらいに目が覚めたんだが、そん時にゃもうこんなナリでな。だが心は人間のままだから安心して――おい聞いてっか? おーい?」

 骸骨の釈明に対し、彼女は何故か微笑を湛えたままで一切反応しない。
 それをファティマが不思議そうにちょんちょんと指で突けば、マオリィネは直立した状態を維持したままで後ろ向きに倒れていった。

「失神してますね」

「泡吹かなかっただけでも、貴族の矜持を感じるッス……」

 屋根からようやく降りてきたアポロニアはポリポリと頭を掻き、ファティマはミイラのようになっている彼女を面白そうに木の枝でつつく。そんなどうしようもない光景を前に、玉匣唯一の良心となったシューニャは、頭が痛そうに眉間を押さえていた。

「これ、どうするつもり……」

 鬱蒼とした広場の中にあって、彼女は無表情を曇らせて呟く。
 全てを夢だったと言うことはできるが、あの衝撃ではそう簡単に忘れてはくれないだろう。しかも、自分たちと同行するという部分はなおうやむやにすることが難しいため、僕は1つ腹を括ることに決めた。

「無理矢理でも、信じてもらおう」
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