悠久の機甲歩兵

竹氏

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テクニカとの邂逅

第115話 擁護者

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 背の高い雑草の隙間から覗いた戦いは、既に一方的な物になっていた。
 最初は人間の方が数で勝っていたのだろうが、機械ゆえの高い反応速度を誇るクラッカーに、素人丸出しの剣では敵うはずもない。数人が纏めて斬りかかったところで、素早くアームに取り付けられた電極を体にぶつけられ、パァンと弾けるような音と共に崩れ落ちていく。
 ただ、その倒れた人体からは明らかに焼けたような臭いが漂い、絶命している様には疑問が残ったが。

「どんな高電流だい……非殺傷兵器スタンガンなんて嘘じゃないか」

「う~……い、今までに見たことは1回だけですけど、あれえげつないですよ。鉄製の武器で斬りかかった人が、真っ黒になってましたもん」

「そりゃそうだろうねぇ」

 本来はただ感電させて動きを封じるためのものだったはずだが、何らかの原因で暴走しているのか、常に最高出力で攻撃することを選択しているらしい。その放電による炸裂音が、耳のいいキメラリアには苦痛らしく、ファティマは大きな耳を押さえ、アポロニアも表情を歪めていた。
 そんな中、あまりの被害にキャラバンらしき一団は、荷物を捨てて散り散りに逃げ出しはじめてしまう。ただ、その判断をするには遅すぎて、クラッカーには散っていく人間全てに対応できるだけの数的優位が生まれていた。
 放置すれば全滅は必至の状態に、僕は自動小銃の照星を覗き込む。
 しかし、発砲するよりも早く、追撃するクラッカーの前に立ちふさがる者があった。

「猪?」

 現れたのは背丈も大きく肩幅も広いキメラリア。腕や足が丸太のようなのはともかくとして、特徴的な鼻と獰猛な牙、そして兜から見える黒茶色の毛に覆われた顔は、まさに猪そのものだった。
 見たことのない姿に僕が首を傾げれば、アポロニアはそこまで珍しくもないと自動小銃を構えたまま軽く説明してくれる。

「キメラリア・シシって奴ッスよ。カラより力が強くて、持久力もケットよりあるから、重装歩兵隊で時々見かけたッス」

「リベレイタでもちょくちょく居ましたね。何度か組手してるの見かけたましたけど、皆すごくガッチリ防御してて、戦い方も慎重な感じでした」

「敵に突進していくような種族かと思ったんだが、そうでもないのか」

 猪と言うからには体当たり、というイメージがあったのだが、どうにも違うらしい。2人には揃って首を傾げられてしまった。

 ――防御型、とでも言うべきなのかな。

 立派な全身鎧を身に纏った猪面の男は、ファティマの言う通り防御を固め、長柄のメイスを振り回してクラッカーを牽制しながら戦闘を繰り広げる。だからと言って攻撃の手が温い訳ではなく、クラッカーのアームに捉えられないでメイスを叩き込むなど、相当に腕が立つらしい。
 それもわざわざ敵を引き付けるようにしている素振りまであることから、どうやら逃げ出したキャラバンの殿を務めるつもりなのだろう。元々援護する予定だった僕は、その心意気を買うことにした。

「アポロ、クラッカーの胴体部分中央を狙って攻撃してくれ。アポロに食いついた奴はファティが迎撃、僕はあのシシに張り付いてる奴を叩く」

「まぁ、放っとくのも寝覚めが悪いッスからね」

「うー……ボク、バチバチは嫌いなんですけど、お仕事だし仕方ありませんね」

 2人ともあまり乗り気ではなさそうだが、それでも僕がトリガに指をかければ、スッと表情を引き締める。
 見た限りクラッカーは機銃が装備されていない民間警備用らしい。であれば、装甲も薄いアルミか強化樹脂程度に過ぎないはず。自動小銃でも斧剣でも、1撃当てれば致命傷だ。
 合図としてアポロニアの肩を軽く叩けば、彼女は僅かに身体を緊張させ、ガチリと自動小銃を鳴らす。

「……1番左の奴から行くッスよ」

「合わせるよ。ファティ、いいね?」

「ボクはいつでも」

 ファティマの返事から一呼吸程。
 草陰から銃声が響き渡り、クラッカーのボディから火花が飛び散った。
 それを合図に僕は背の高い草を掻き分けるように飛び出し、最も近くに居たクラッカーに向けて3発の弾丸を叩き込む。

「――浅いか」

 胴体部の装甲に丸い穴を穿たれたものの、上手く基盤に当たらなかったのだろう。自走ドラム缶と呼ぶべきロボットは、ぐるりと向きを変えると、4つの足を虫のように動かしながらこちらに向かって走り出す。
 しかし、遠距離武装が無い以上、自動小銃を持つこちらの脅威とはなり得ない。おかわりをくれてやる、ともう1発胴体部に撃ち込めば、今度は基盤を貫いたらしく、迫りくる勢いのままに地面へ転がった。
 すると情報共有が成されていたらしい他のクラッカーたちは、その実に古代的なプログラムによって自動小銃を脅威と判断したのだろう。今までキメラリア・シシを包囲するように集まっていた大半が、自分とアポロニアへ向かい行動を開始する。
 そのあまりに突然な方向転換に、猪面の男は僅かに困惑したように見えたが、それでも背中を見せた1機を叩き潰すと、ちょうど自分と目が合った。

「ぬぅ!? 貴殿は――!?」

「まだ来ます!」

 キメラリア・シシは驚いたように目を見開いたものの、こちらの声にすぐメイスを握りなおすと、未だ自身を狙い続けるクラッカーを牽制し始める。
 その冷静で素早い判断は、熟練の戦士のものだろう。僕は心の中で彼の評価を数段引き上げながら続けてトリガを引き、また1つ作動油を噴き出すスクラップをこさえていく。
 クラッカーは1機潰されるごとに、脅威度の判定からか次々とシシから離れ始める。すると自由に動けるようになった重装兵は、これぞ好機と重々しいメイスを振り回した。

「オォォッ!」

 猛烈な鈍器の一撃に薄い装甲は貫かれ、内部でショートが起きたのか派手な炸裂音と共に火花が飛び散る。シシはそれを浴びても怯むことなく、自分に見向きもしなくなった別のクラッカーに躍りかかっていく。
 元々20機にも満たない自動機械は、戦力を大きく分散してしまった上で各個撃破され、間もなく自分の前で動くものは居なくなった。

「クリア。アポロ、そちらの状況は」

『あと1匹ッス! 自分が3、猫が2なんで――あ、このクソ猫ッ!』

 無線機からそんな声が聞こえたかと思うと、間もなくそれは轟音に切り替わり、見れば空中に金属製の腕が舞っていた。どうやら彼女らは、音ばかりでそこまで怖い相手でもないと判断したらしく、撃破数を競っていたようで、これには流石にため息が出た。
 自動小銃を扱うアポロニアはまだしも、接近戦しかできないファティマは、一撃で致命傷になりかねないのだから、率先して突撃するなど危険極まりない。

「2人とも、あとでちょっとお話があります」

『んぇ? 勝負なら引き分けッスよ?』

 違うそうじゃない、と言おうとしてやめた。戦闘を終えたシシが前に居る以上、無線で問答などしているわけにはいかない。
 そんな彼は戦闘中の猛りとは打って変わって、こちらと目が合うと小さく頭を下げた。

「助太刀、感謝する。しかし、貴殿は一体……?」

「通りすがりのコレクタですよ。まぁ、滅多に仕事はしないんですが」

「なるほど……鉄蟹だから手を貸した、ということか」

 どうやらシューニャの言う通り、鉄蟹の駆除を仕事として受けるコレクタは多いらしい。シシは突然の手助けを不審に思っていたようだが、こちらがコレクタだとわかるや、納得した様子で深々と頭を下げた。

「名乗るのが遅れたな。小生はヘルムホルツ、テクニカの擁護者《ヴィンディケイタ》を務めている」

「テクニカ……って、ええ?」

 これには驚いた。ヴィンディケイタというのが何かはわからないが、まさか謎に包まれているテクニカに属する者が巷《ちまた》に居て、それを隠そうともしないとは思わなかったのだ。
 そんな自分の反応は珍しくもなかったのだろう。猪面の男がグッグと喉の奥で笑ったことを見て、僕は軽く咳払いして表情を整えると、小さく頭を下げた。

「いや、失礼しました。コレクタリーダーの天海恭一です。しかし、テクニカで仕事をされる方が、何故こんなところで戦闘を?」

「私は仕事でアチカに向かう途中だったのだが、こやつらがキャラバンを襲っているのを見つけてな。急ぎ助けに入り、商人たちを逃がすまでは上手く行ったが――小生の方が助けられてしまった」

 ヘルムホルツは表情の変化が読み取りにくい強面ながら、情けない話だと低く呟いて静かに目を伏せる。僕はこの静かな男の反応に、どうやら善良な人物らしいと肩の力を抜いた。
 するとやはり彼は武人なのだろう。自分から緊張感が消えたことを察したらしく、ブシュウと大きく息を吐いてチラと自動小銃に目を向ける。

「……見たことのない武器だが、鉄蟹を一撃で屠るとは強力な飛び道具だな。それもリベレイタにまで同じものを持たせるとは」

 彼の視線を追うように振り向けば、いつの間にかファティマとアポロニアが合流してきていた。何故、わざわざ吹き飛ばしたアームや装甲片を持っているのかはわからないが、アポロニアは特に不思議そうでもなく軽くヘルムホルツに応対する。

「うちのリーダーは変わり者で、自分たちに優しいキメラリア好きなんッスよ」

「いや、僕ぁ別にキメラリアが特別好きなんじゃなくて、人間と差別するものじゃないと思ってるだけなんだが」

「それでもおにーさんは十分変わってますけどね」

 背中に擦り寄ってくるファティマからの一言に、僕はぐうの音も出なかった。
 差別的な常識が間違っているとは思う。しかし、それとは関係なく自分は彼女らを身内として大切にしている以上、変わり者という称号を剥がす方法が見当たらないのだ。
 そんな困惑した自分の様子が、ヘルムホルツは可笑しかったのだろう。今度はハッキリわかるように肩を揺らして笑われてしまった。

「グッグッグ、どうやら変わり者で間違いないらしいな。アステリオンはともかく、ケットにそこまで懐かれる人間は、キメラリア好きでなければそう居るまい」

「ヴィンディケイタの旦那が言う通りッスね。アステリオンでもわざわざ嫌いな奴に懐いたりはしないッス」

「いや、まぁそれはそうだろうが――それより、さっき聞きそびれたんですが、ヴィンディケイタとは?」

 僕はなんだか妙に照れ臭くなって、逃げるように必要な情報へと話題を変える。
 すると、ヘルムホルツは少々意外そうな顔をしたものの、重装鎧の胸をドンと叩いてどこか誇らしげに口を開く。

「我らはテクニカの剣であり盾。平穏は望むべくもない時代に置いて、人々を高みへ導く古の技術を再生するのは研究者たちしかない。その中でテクニカという揺り籠を守り、国家と対等に渡り合える力を示すことが、少数精鋭であるヴィンディケイタの務めである」

「少数精鋭……テクニカはコレクタユニオンの上位組織だとばかり思っていましたが」

 国家から一種の治外法権を認められるコレクタユニオンでさえ、あごで使える大組織。それが自分の中にあるテクニカの印象だったが、どうにも想像とは少々異なるらしい。
 それを聞いた猪面の男は、シュウと緩く息を吐いた。

「上位組織というより、共存共栄の存在という方が近い。我らは国家に技術や知識を取引し、その利益でコレクタユニオンに仕事を依頼している」

「そうなんですか? ヴィンディケイタってコレクタユニオンじゃ、偉い人っていう感じでしたけど」

 ファティマは過去にヴィンディケイタを見たことがあったのだろう。それらに対するコレクタユニオンの対応からか、ヘルムホルツの言葉に首を傾げていた。
 ただ、彼はそれもまた不思議ではないと首を振る。

「テクニカに命令権があるのは否定しない。だが、我らは略奪や襲撃など、不要な危険を避けるために身を隠している以上、社会との橋渡し役が必要なのだ。テクニカの研究者たちとて、食料や水、その他生活資材なしでは生きられんからな」

 歪な関係ではあるものの、国家やその他の脅威と対等であるために、テクニカは軍事力を持つと言うことらしい。この小さな独立国とでも言うべき組織は、そのライフラインをコレクタユニオンに依存する一方、コレクタユニオンに存在意義を与えることで存続し続けているのだろう。
 僕が説明に納得したことで、ヘルムホルツは視線を東へ向けた。

「さて、助けてもらった礼をせねばならんが、如何せん旅装には渡せるものが無いのだ。そこでなのだが、よければコレクタユニオンを経由して礼をさせてもらいたい」

「いえ、別に僕はそういうつもりじゃ――むぐ」

 半ば打算的に動いた上に、テクニカに関する追加情報が得られたことは大きく、これ以上何か欲することはないと言おうとしたところで、後ろからファティマに口を押さえられた。
 そして自分に代わり、アポロニアがへらへらしながら前に出る。

「それでいいッスよ旦那。この後、ポロムル? とかっていう町に向かうんで、コレクタユニオン宛に手紙でも一筆書いて貰えれば」

「もちろんだ。アチカについたら正式文書でホウヅクも飛ばそう。ポロムルで1泊するころには支部についているはずだ。あそこの支配人は怠惰な癖に規則は守る難儀な女であるから、手紙だけでは金を払わんだろうしな」

 そう言ってヘルムホルツはガントレットをつけたまま、大きな手で器用に小さな手紙をしたためはじめる。
 ただ、彼の目が手元に落とされた瞬間、こちらを振り返ったアポロニアの顔には、貰えるものは何でも貰っておけ、という言葉がありありと浮かんでいたように思う。
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