悠久の機甲歩兵

竹氏

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ユライア王国と記憶の欠片

第99話 巡る思惑

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 相変わらず油でガッチガチに固めた銀髪に、貴族としての習わしがそうさせるのか黒いコットをきっちりと着込んだ姿で背筋を伸ばして歩いている男。私は反射的に窓から半身を乗り出すと、それに向かって大きく手を振った。貴族としてはしたない真似であることは認めるが、そうでもしないとあの堅物は止まりすらしないのだから。

「クローゼ!」

 私の声に眼鏡を輝かせて振り返った彼は、なんだお前か、とでも言いたげにため息をついた。

「マオリィネ、また平民街をうろついていたのですか」

 貴族ともあろうものが、とでも言いたげな彼だが、むしろチェサピーク家の次男である彼の方が貴族としての位は上であり、平民街をうろついているという意味では人のことは言えないだろうと笑って見せる。

「貴方もでしょう? ここに用事なの?」

「コレクタユニオンにも色々ありましてね。コッペル、お邪魔しますよ」

 扉をくぐったクローゼに慌ててヤスミンが対応するが、彼はそれを軽く手で制し、カウンターに居るハイスラーの元へと直行した。
 どうにも急ぎの用事らしく、普段からやや神経質なクローゼは軽くつま先で地面を叩いている。

「これはチェサピーク様。今日はどういったご用向きでしょうか?」

「ここに組織コレクタリーダーが宿泊しているはずです。取り次いでいただきたい」

 つい耳をそばだててしまったが、聞こえてきた言葉には違和感が満ち満ちていた。
 何せクローゼは王都におけるコレクタユニオンの副支配人であり、組織コレクタの動向を把握していないことはあり得ないはずなのである。

「アマミさんですか? あの方なら一党の方々を連れて、昨晩宿を出られましたが……」

 彼の言葉にハイスラーも不思議そうに首を傾げたが、それを聞いてクローゼはホッと胸を撫でおろした様子だった。

「そうですか……やれやれ無駄な心労を与えてくれる男だ」

「何でアマミが貴方に心労を与えるのかしら?」

 不可解な反応をする幼馴染に首を傾げてみれば、聞き耳を立てるのは感心しませんねと再びお小言を頂いてしまう。
 とはいえクローゼがアマミを疎む理由も思いつかず、私はできるだけ自然な笑顔を作って聞き出す作戦に出た。

「いいじゃない。彼に意中の人でも取られた?」

「違いますよ。大体貴族でない彼が私の縁談と関りを持つなんてあり得ないでしょう?」

「わからないから適当言っただけよ。それで、アマミがここに居ちゃいけないみたいだけど、それが理由で仕事に出したんじゃないの?」

 肩を竦めて再び適当なカマをかけてみる。
 しかし、どの部分が問題だったのかクローゼは突如こちらのテーブルへ近づいてきた。

「仕事に出た、と言いましたか?」

 物凄い圧力にジークルーンがひぃと声をあげる。クローゼは細身長身の男であるが、あのガーラットの血筋がそうさせるのか、戦場に立たない割に纏う武威は本物だ。見慣れているはずの私でさえも、背筋が少し冷たくなる。
 だが妙なのは仕事に出ていることを知らないという部分だ。おかげで表情を引き攣らせながらも、無理矢理な笑みを浮かべてやれた。

「ロガージョの駆除、それも緊急依頼だと聞いたけど?」

「緊急――? 話が噛み合いませんね。最近発見されたロガージョ駆除依頼は集団コレクタ向けの案件でしたし、緊急依頼などここ最近聞いてもいませんが」

「なんですって?」

 違和感のピースが嵌った。
 ヤスミンが聞き間違えたのではと思い視線を投げるも、彼女は髪をブンブンと振ってそれはないと主張する。

「……さっきの言い方だと、まるでアマミがここに戻ってきてはいけないみたいだったけど、何かあったの?」

「当たり前でしょう。彼らの存在は、父上や貴女と共有する目標達成を阻害する、厄介な要因になりかねない」

 真剣に語るクローゼだが、私はそれを一笑に付した。
 私たちの共通目標はキメラリアと人間に平等な権利を与えるという異端的思想だ。無論貴族からは大なり小なり反発を受けており、民衆に流布すれば大きな混乱を招くだろう。
 ただでさえトリシュナー家が仕切る田舎町《アチカ》でさえ、王都よりは扱いがマシというだけで平等には程遠いのだ。圧倒的に人間が多い王都にあっては、女王陛下からの信頼が厚いガーラットにさえ、容易に解決できる問題ではなかった。
 とはいえ、キメラリアの権利向上に対してアマミが邪魔者になるという考えは、今までの経緯から微塵も理解できなかったが。

「馬鹿言わないで、彼はキメラリアに対して驚くほど平等な思考の持ち主だし、むしろこちら側の人間よ。そもそも流れの組織コレクタ1つで、貴族が揺らぐなんてあり得ないでしょ?」

 軽く髪を払ってあり得ないと私は首を振る。
 それこそ自分がデミであるという情報をばら撒かれてしまえば、トリシュナー家は好ましくない事態に陥るだろう。しかしチェサピークという後ろ盾が崩れる程の衝撃とはなり得ない。何より、あれだけキメラリアに懐かれている男が、自分たちの活動に反発する差別主義者だとはどうにも思えなかった。
 しかし、クローゼは渋い表情を崩さないどころか、一層眉間の皺を深くする。

「……彼を甘く見ない方がいいですよ。何せあの一党だけでミクスチャを撃破した記録があるのですから」

「はぁ? クローゼ、貴方酔ってるんじゃない? そんなことできる人間が居るわけないじゃない、ねぇ?」

 ジークルーンもこれにはコクコクと頷いて同意する。
 ミクスチャは人類に共通する最大の脅威だ。小国を容易く滅ぼすだけの力を持ち、精強な軍隊とテイムドメイルの両方を用いてもなお、大きな犠牲を払わねば止めることもままならない。それを両の手で足りる程度の人数で撃破するなど、吟遊詩人が謳う作り話だとしか思えない。
 だというのに、クローゼは眉1つ動かさないまま、とんでもないことを口にした。

「世迷言ならその方がよかったかもしれません。何せこれをボルドゥ・グランマ・リロイストンが保証しているのです。虚言だと言うのなら、あの怪物を敵に回さねばならなくなる」

「う、嘘でしょ!? あの老婆が――あり得ないわ!」

 これには今までの余裕が一切吹き飛んだ。
 ボルドゥ・グランマ・リロイストンと言えば王都でも名が知れた、コレクタユニオンの前支配人である。彼女は爵位などを持たず、出自も判然としない謎に包まれた存在だが、コレクタユニオンの支配人というだけで王侯貴族とすら対等に言葉を交わす特異存在だった。
 それがアマミという男の偉業を真実だと保証するとなれば、王国では彼を英雄と認めざるを得ない。おかげでいつか組手で打ち負かしてやろうなどと考えていた私は、一瞬で血の気が引いて震え上がった。

「でも、クローゼさん……それがどうして、アマミさんが敵になることに繋がるんですかぁ?」

「そ、そうよ! むしろそれだけ強いなら、こっちの仲間に引き入れるべきじゃない!」

 おずおずと言ったジークルーンの言葉に乗せて、私はクローゼに虚勢の笑みを向ける。実際アマミという存在が急にわからなくなったが、とにかく敵でないと言い張りたかったのだ。
 ただでさえ自分は秘密を握られており、挙句その相手が武勇でも全く敵わない存在となれば、敵対するなど自殺以外の何物でもない。
 しかしクローゼは、敵対する可能性があるとハッキリ述べた。

「これは部外秘ですが、支配人が彼を取り込もうと積極的に動いています。アマミがどのような人間かはともかく、人である以上大なり小なり欲くらいあるでしょう。賄賂こそ受け取らなかったようですが、今後も拒み続けるかはわかりません」

「あの男、そんなことまで……!」

「だから私は事態を悪化させないために、この町を出るようにと忠告したのですが、彼はそれを受け入れなかったようで――敵対の意志があるのやもしれません」

 フリードリヒ・デポールの話はいくつも耳にする。外面だけならば婦女子から人気の高い、甘いマスクの色男というだけだが、私たちからしてみれば目の上のたん瘤だった。
 コレクタユニオンという組織においてリベレイタは大きな戦力だ。特に王国軍がキメラリアを正規兵にすることを嫌っているため、コレクタユニオンと国家の間の戦力差を埋める重要な一因となっている。
 差別的な扱いを受け困窮するキメラリアに慈善的な振りをして近づき、多額の借金と引き換えにリベレイタの首輪をつけるのは、コレクタユニオンの常套手段だ。場所によってはそのやり方も大きく異なるとは聞くが、少なくともフリードリヒはこの施策を強行に推し進めようとしている。その先に目指すのは国家に対しコレクタユニオンの発言力を高め、延いては自分の権力を強めようというのだ。なんなら一部貴族との癒着も取りざたされている。
 対するクローゼはそんな組織を内部からの正常化しようと試みており、支配人とは影ながら対立していた。だがミクスチャを倒すほどの力をフリードリヒが手に入れてしまえば、些細な抵抗は水の泡となってしまう。
 そして図らずも自分の中には、アマミに対する疑念が小さく芽吹いてしまった。それは緊急依頼と称した外出の目的が、フリードリヒ側との接触だったなら、という物だ。
 所詮は仮定に過ぎない話である。しかしやけに現実味を帯びた想像に、私の表情は暗く沈んでいたことだろう。
 だがそんな自分の耳を、甲高い声が貫いた。

「アマミさんはそんな人じゃありません!」

 ギョッとして振り向いてみれば、ヤスミンが大きな瞳を潤ませながら拳を握りこんでいた。
 自分たちが相手だからよかったものの、庶民の子に過ぎず、挙句デミである彼女が貴族に物申すなどすれば、それだけで罪に問われかねない。だというのにクローゼから冷徹な視線を向けられても、ヤスミンは一歩も退かずにそれを睨み返して見せた。

「ヤスミンは聞きましたもん! アマミさんはコレクタユニオンに関わりたくないって言ってました!」

「適当なことを言うんじゃありませんよ」

「適当なんかじゃない! シューニャさんが依頼書を持ってきたときに、本当に嫌そうだったもん!」

 何がそこまでさせるのか。顔を真っ赤にして涙を溜めるヤスミンの迫力に、流石のクローゼも飲まれたらしく、困ったように眼鏡を弄りながらこちらに視線を送ってくる。
 それはきっとどうにかしてくれ、という物だったのだろうが、私はむしろヤスミンの話を聞くべきだと感じていた。
 彼女は幼いながら、大人顔負けに情報を聞き出す力を持っている。それもヤスミンを溺愛するハイスラーは、彼女が自分たちに意見することを止めようとしなかったのだ。
 コッペル一家をよく知る私には、これが小さな核心となった。

「ヤスミン、他に何か言っていなかった? どんなことでもいいから、詳しく教えてくれないかしら?」

「マオリィネ、貴女は――」

「黙ってクローゼ。今最新の情報を持っているのはヤスミンよ。この子は嘘を言ってないわ」

 クローゼは子どもの言葉など当てにするなと言うつもりだったのだろうが、私が語気を強めると流石に口を噤む。逆にヤスミンは嬉々として、彼らが出発前に相談していたことをつぶさに語りだした。
 その内容のほとんどは、ただのコレクタが依頼を確認する作業に過ぎない。しかし話が進むにつれ、気がかりな点が浮かび上がった。

「――テクニカを探していた?」

「はい、遺跡とテクニカのうわさを聞きまわってたみたいです。でもアマミさんはコレクタユニオンに行きたくないって言って、代わりにシューニャさんが出掛けてました」

 ふむ、と私は腕を組んで考えた。
 テクニカの情報を握っているのは、国家の重鎮やコレクタユニオンの支配人など権力者に限られた特権であり、庶民で情報を知るものは極めて稀である。そのため庶民からテクニカへ接触するとなれば、コレクタユニオンから推薦を受けるしかない。
 だがこれをフリードリヒが賄賂とすることは考えられない。何せアマミらが何らかの目的でテクニカへ行ってしまえば、彼が手綱を握ることなど絶対に不可能なのだから。
 挙句アマミが支部への出入りさえ嫌っていたとなれば、懐柔されている可能性は非常に低い。これにクローゼは驚愕しつつ、いやしかしと再び表情を曇らせた。

「もしヤスミンの話が事実ならば、あの男は強硬手段に出た可能性が高い」

「強硬手段って……まさか」

「わざわざ緊急依頼まで使って町の外へ誘い出したのです。それも欲で動かない相手となれば、次の手はもっと単純なものになる――」

 クローゼの予想に私は椅子を蹴って立ち上がった。
 アマミは種族に関わらず、高価な服や武器を買い与えるなど仲間をとても大切にしている。そのお人好しな部分を弱味と見て行動に出たとすれば、王都に災禍を招く恐れすらある無謀な行為に感じられ、私は背筋が凍る思いだった。

「ジーク、軍獣を回して。今からでも彼らの応援に向かうわ」

「私も行きましょう。真相はどうであれ、彼がコレクタユニオン全体を敵とみなしてしまえば、結果的に我々は彼と戦わざるを得なくなる」

 私たち揃って頷きあうと、間に合えと願いながら夜鳴鳥亭を飛び出したのである。
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