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ユライア王国と記憶の欠片
第82話 ストリ②
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鋼の足が大地を駆ける。
モニターに映る景色は飛ぶように後ろへ流れ、脚に力を込めれば思った以上に軽快に機体は宙を舞った。
『次、急旋回』
コンクリートで舗装された地面に火花が散らして勢いを殺し、人間と同じような動きで素早く向きを変えて見せる。右へ飛べば左へ、左へ飛べば右へと視線の方向へ身体を向け、思った通りに機体は動いた。
『次、アクロバット』
ジャンプブースターの力で飛び上がる。尾を引く白煙を躍らせながら宙返りをし、体操選手がするように地面に降り立った。
バランサーの負荷値が跳ね上がるのは一瞬のこと、続いて側転、バク転、飛び込み前転と続けてから立ち上がり拳を構えてみせる。
驚くほどに柔軟で、己が手足よりも思ったまま操れる機体に、僕は心を躍らせた。いくら自分用と言っていい調整が施されているとはいえ、予想に寸分違わず動くなど常軌を逸していただろう。
『最後、黒鋼3機との模擬戦闘、はじめ』
アナウンスと同時にエレベーターで3機の黒鋼がせりあがってくる。ギラリと赤いセンサーが光を放ち、接近戦用の装備をこちらに向けて構えた。
対する僕は完全な無手。本来であれば多勢に無勢、加えて武器による不利までくっついた危機的と言える状況だったが、模擬試合という点を無視しても一切恐怖を感じない。
――かかってこい、スクラップにしてやる。
一様に盾と練習用の長剣を構えて突進してくる黒鋼を躱し、まず1機目の足を払ってよろめかせ、続く肘の一撃で頭部ユニットを潰して行動不能へ。
倒れ込むそれを足蹴にしながら2機目の一太刀を躱し、カウンター気味の蹴りをぶつけて盾ごと相手を吹き飛ばす。優れたバランサーシステムに転倒こそ免れたが、素早く追撃して首を目掛けて貫手を放てば行動不能判定が出された。
最後の1機は慎重に盾を構えてこちらの出方を伺っていたが、僕はそれに全力の体当たりをぶつけて姿勢を崩し、無理な反撃に振られた剣を躱し、その右腕を掴まえて力づくの大車で地面に叩きつけてやった。
たかが遠隔操縦のテスト機など、相手にもならない。有人機であったとしてもヴァミリオンなんてカモだろう。それぐらいに圧倒的な性能だった。
後に尖晶と名付けられる玉泉重工製第三世代型マキナの産声が、ここにあがったのである。
■
「教授、お世話になりました」
敬礼して見せれば、サンタクロースのような老爺は鷹揚に頷く。
柔軟な運動性が生んだ格闘性能の高さを元に、ここからは整備性やらコストやらを加味した上で更なる改良が加えられていく。それは自分の役割ではなく玉泉重工の専門家たち、ひいてはリッゲンバッハ教授のような人々の仕事だ。
格闘戦だけならば今のままでも非常に強力な機体であることに間違いはないが、実際戦場で勝敗を握るのは射撃戦闘が主であり、射撃管制システムから搭載されるエーテル機関出力からと課題は多く、実戦投入にはほど遠い。
それでも僕の仕事は終わったのだ。既に新たな命令は下されており、直ちに機甲歩兵特殊部隊へ着任せよのことである。
部屋も完全に引き払っており、後は僅かな荷物と共に迎えの車に乗り込めば、それで研究所での生活は終わりだった。
「キョーイチ……」
弱弱しい声にリッゲンバッハ教授から視線をずらせば、今回一番の功労者であるはずのストリは暗い表情をしていた。
どうした、もっと胸を張れと言ってやりたかったが、あれだけ一緒に過ごしていたのだから寂しくなるも無理はない。なんなら僕の心にも、騒がしい日々が早くも懐かしく思えているくらいだ。
「どうしても、行くんだ」
「僕は兵隊さんだからね。命令があればどこにでも行くよ」
実は試験を終えてから今日まで、何かとストリは僕を引き留めようとしていた。
最初は僕も冗談と捉えて笑っていたのだが、彼女は徐々に熱を帯びていき、どんどんと口調も懇願するようになっていく。ついに出発前日たる昨日には、突如廊下で呼び止められたかと思えば、彼女は募集要項と書かれた一枚のビラをこちらへ突き付けたのである。
『これは……?』
『テストパイロットの応募用紙! 玉泉も人が足りないのよ。テストパイロットになれば、こんな美少女とずーっと一緒に仕事ができちゃうってこと!』
これには流石に唖然とした。それこそ軍人として仕事に不平不満が全くなかったわけではないが、だからといって辞めてしまいたいとまで思ったこともない。
マキナを操ることが好きなのは認めるが、それだけで転職するというのはあまりに突拍子のない話だった。
『僕は職業軍人なんだ。今の仕事を簡単に辞められないし、辞めようと思ってない』
流石にここまで来て誤魔化すわけにもいかず、僕が素直に自分の考えを口にすれば、彼女は途端に不機嫌になって頬を膨らませる。
『なんで? わざわざ危ないことしなくても、マキナに乗れるし暮らしていけるじゃない。それって不合理よ』
『最近は落ち着いてるとはいえ戦争中だ。僕には部下も居るし仲間も居る。簡単に、いち抜けた、なんて言えないよ』
その後もストリはしばらく、ブツブツと呪詛のように文句を呟いていたが、僕はその全てを苦笑いでやり過ごし、彼女の頭をポンポンと撫でてやった。するとどうだ、彼女は鬱陶しげに大きくため息をつくと、こちらをじっと睨みつける。
『キョーイチはズルいよね。そういうとこ』
『なにが?』
『わかんなくていい……あーあ、もうちょっと早く生まれたかったな』
僕が何のことかと首を捻れば、彼女はフンとそっぽを向いてズカズカと歩いて行ってしまった。
何が理由でそんな反応をされたのかわからないが、ともかく一応の納得、あるいは諦めを得られたのだろう。僕は一切の準備を終えて、今門の前に立っていた。
「……また、会えるよね?」
「なんだ珍しい。そんなしおらしいことを言うなんて悪いものでも食べたのかい?」
「う、うっさい!」
いつになくしょげかえっている様子を軽くからかえば、素早く脛にキックが飛んでくる。慌てて僕がそれを躱すと、ストリはフーと大きく息を吐いて舌を出した。
「あーもー、早く行け! キョーイチなんて私の提案断った事、ずーっと後悔しとけばいいんだ!」
「はは、その方がらしくていいな。また遊びに来るよ」
軽く手を振りながら迎えの車に乗り込んでいく僕を、リッゲンバッハ教授は穏やかに見送ってくれて、ストリは何故か少し涙ぐんでいたように思う。一方の自分も2人の姿を目に焼き付けていたのを覚えている。何せ戦場に身を置く兵士である以上、これが最後の別れとなる可能性は十分にあったのだから。
■
研究所の日々から3年。
僕は前線に配置された高月師団所属機甲歩兵特殊部隊、通称夜光中隊の一員として激戦地を転々としており、忙しい日々を過ごしていた。
最初の頃は特殊部隊用に改造された黒鋼C-2型を操って小隊長として戦場を駆け、基本的には夜間に敵基地を奇襲して設備を破壊したり、前線を越えて敵の補給線を破壊したり、とにかく便利屋としてあちこちへ出向いていた。中にはマキナによる高高度降下低高度開傘を敢行して敵の背後を塞ぎ、布陣していた敵自走榴弾砲部隊を撃滅するなんて無茶な作戦に参加させられたりもしている。
何度となく負傷もしたし、リミッター解除状態の戦闘も何度となくやらかしては昇進した笹倉大佐にこっぴどく怒られることも繰り返した。衛生隊から苦情が来ていると苦言を呈されたのも、記憶違いでなければこの時だったように思う。
それでも先進医療と衛生隊や仲間たちに支えられ、僕は前線に立ち続けることができた。
しかしそんな無茶苦茶を軍令部は数字でよくやっていると評価したのだろう。途中運悪く中隊長が戦死してしまったことで、後任として自分に白羽の矢が立ち、異例の早さで大尉に昇進することにもなっていた。
とはいえ激戦を3年も続けていれば必然的に部隊は大きな損害を抱え、部隊の所属する第一軍自体の消耗も限界を超えてしまう。夜光中隊の被害も大きく、途中何人も補充兵が来ては負傷や戦死でまた消えていった。
それでも戦争は終わらず、別戦線の第二軍から師団ごと編入された部隊が壊滅し、無人兵器を大量投入することで糊口を凌いでは、また適当な補充兵を充当してすり減らしていく。
だがそんなことを繰り返していれば、流石に国会で損耗率が問題視されたらしく、ようやく第一軍は余剰の第四軍と交代して後方へ下がり、長期的な再編成を行うこととなったのである。
それでも最初は、多くのマキナを抱える高月師団だけを別軍に合流させるような話も上がっていたらしい。しかしそれに対し高月師団長が、兵たちにも休暇が必要だ、と上層部に噛みついたことで、まとめてショコウノミヤコに戻されることに落ち着いたのである。
結果、自分に与えられたのは1ヶ月に渡る大休暇だった。
世間一般には戦線を心配する声も多かったが、充足率の高い第四軍には更に改良が進んだ黒鋼D-5型が多数配置されていた上、車両機甲師団も充実しており、軍部は支え切れると判断したのだろう。
とはいえ、あまりに長い休暇を僕は完全に持て余した。最初は友人知人に会いに行こうかとも考えたが、親しい友人のほとんどは同僚であり、仕事中には嫌でも顔を突き合わせる連中である。流石にそれらと休暇でまで会いたいということもない。また学生時代の友人連中は散り散りになっており、今では連絡すら繋がらない者が多く突然会いに行くのも難しかった。
僕は数日にわたって考えあぐねたのだが、ふとストリのことを思いだしたのである。思えば会いに行くと言っておきながら、3年に渡って一度も会いに行けなかったため、いい機会かと思えたのだ。そういうお題目があれば、最悪会えなかったとしても、多少は納得できるかと無理矢理予定を決めた。
思えばこのとき、僕はストリに会いたいと無意識に考えていたのだろう。連絡も取らないままで準備を進めながら、懐かしい日々を思い出して笑っていたのだから。
ただ玉泉重工の研究施設はショコウノミヤコから少し離れた盆地に置かれており、休暇とはいえ都市から出るのには軍から厳しい条件の外出許可を取らねばならなかった。
だというのに、何故か僕への許可は2日とかからなかったのだから不思議である。未だに詳しい理由はわからないが、噂には笹倉大隊長から何か強烈なプッシュがあったのだとか。
実際そのおかげかどうかはわからないが、緊急時にすぐ戻ってこれるようと偵察用オートバイの貸し出しまで受けられ、僕はトントン拍子で玉泉重工の研究所へ向かうことができた。
ショコウノミヤコから出発して高速道路を走る事丸1日。サービスエリアで休み休み行けば思いのほか遠く、インターチェンジを降りてから周囲はひたすら雑草の生い茂る空き地が続く。やけに綺麗な舗装の直線の道路を走っていけば、遠く山裾に見え始めた懐かしい白亜の建物は、それこそ3年前と何も変わらない姿で佇んでいる。
僕は守衛に許可証を貰ってオートバイを駐輪場に止めると、慣れ切った調子で受付へと顔を出した。
「ようこそ玉泉重工へ、ご用件はなんでしょう?」
「すみません。リッゲンバッハ教授との面会は可能でしょうか?」
営業スマイルを貼り付けた若い受付嬢は見覚えのない人だった。おかげでこちらが要件を伝えれば、その表情がなんとも不思議そうな物に変わる。ただでさえ、行き交う研究者たちは懐かしげに気さくな挨拶をくれるものだから、どういう立場の軍人なのか測りかねていたのだろう。
「あ、アポイントメント等はございますか? 教授への面会予定は伺っておりませんが」
「天海恭一という兵士が来たと言えばわかると思いますが、お忙しいようでしたらストリ・リッゲンバッハさんに繋いでいただけますか?」
「す、ストリさんですね……わかりました。少々お待ちください」
訝し気な視線を向けられた気もしたが、随分表情筋が鍛えられているのか、受付嬢は笑顔を維持したままヘッドセット越しに話し始める。
だが暫く会話を続けていると彼女は何度か表情を引き攣らせ、承知しましたと通話を終えた時には何故か随分疲労したように見えた。
「えっと……ストリ様との御面会には1時間程お待ちいただく必要がありますが、可能とのことです」
「では、エントランスで待たせてもらいます」
ゲストが入れる区画は未だにしっかり覚えており、案内はいらないと言って僕が奥へ進もうとしたところ、受付嬢は何か言いづらそうにこちらを呼び止めた。
「ええっとその……伝言がございます」
「はぁ、何でしょう?」
後で会うというのにわざわざ伝言とは妙である。まさか急ぎで伝えておかねばならないことがあるようには思えず、僕が小首を傾げれば彼女はこれ以上ないくらいの苦笑いを浮かべた。
「大変申し上げにくいのですが、何かストリ様は大変憤慨なさっていて、その、覚悟しとけ、とだけ」
「そ、そうですか」
やはり3年も会いに来なかったことには相当お怒りなのだろう。その姿がハッキリと想像できてしまい、冷や汗が勢いよく背中を伝った。
しかし流石にここへきてやっぱり帰りますとは言えないため、僕はエントランスホール近くのベンチに座って本を開く。無論、内容など頭に入ってくるはずもなく、読んでは戻り、戻っては読みを繰り返した結果1ページそこらしか進まない。
そこへスリッパが床を叩くペタペタという音が近づいてきたのは、伝言通りに時計の長針が1周したころだったように思う。やがてその音は目の前で消えると、手元の本に暗い影が落ちた。
「久しぶり、薄情者の兵隊さん」
モニターに映る景色は飛ぶように後ろへ流れ、脚に力を込めれば思った以上に軽快に機体は宙を舞った。
『次、急旋回』
コンクリートで舗装された地面に火花が散らして勢いを殺し、人間と同じような動きで素早く向きを変えて見せる。右へ飛べば左へ、左へ飛べば右へと視線の方向へ身体を向け、思った通りに機体は動いた。
『次、アクロバット』
ジャンプブースターの力で飛び上がる。尾を引く白煙を躍らせながら宙返りをし、体操選手がするように地面に降り立った。
バランサーの負荷値が跳ね上がるのは一瞬のこと、続いて側転、バク転、飛び込み前転と続けてから立ち上がり拳を構えてみせる。
驚くほどに柔軟で、己が手足よりも思ったまま操れる機体に、僕は心を躍らせた。いくら自分用と言っていい調整が施されているとはいえ、予想に寸分違わず動くなど常軌を逸していただろう。
『最後、黒鋼3機との模擬戦闘、はじめ』
アナウンスと同時にエレベーターで3機の黒鋼がせりあがってくる。ギラリと赤いセンサーが光を放ち、接近戦用の装備をこちらに向けて構えた。
対する僕は完全な無手。本来であれば多勢に無勢、加えて武器による不利までくっついた危機的と言える状況だったが、模擬試合という点を無視しても一切恐怖を感じない。
――かかってこい、スクラップにしてやる。
一様に盾と練習用の長剣を構えて突進してくる黒鋼を躱し、まず1機目の足を払ってよろめかせ、続く肘の一撃で頭部ユニットを潰して行動不能へ。
倒れ込むそれを足蹴にしながら2機目の一太刀を躱し、カウンター気味の蹴りをぶつけて盾ごと相手を吹き飛ばす。優れたバランサーシステムに転倒こそ免れたが、素早く追撃して首を目掛けて貫手を放てば行動不能判定が出された。
最後の1機は慎重に盾を構えてこちらの出方を伺っていたが、僕はそれに全力の体当たりをぶつけて姿勢を崩し、無理な反撃に振られた剣を躱し、その右腕を掴まえて力づくの大車で地面に叩きつけてやった。
たかが遠隔操縦のテスト機など、相手にもならない。有人機であったとしてもヴァミリオンなんてカモだろう。それぐらいに圧倒的な性能だった。
後に尖晶と名付けられる玉泉重工製第三世代型マキナの産声が、ここにあがったのである。
■
「教授、お世話になりました」
敬礼して見せれば、サンタクロースのような老爺は鷹揚に頷く。
柔軟な運動性が生んだ格闘性能の高さを元に、ここからは整備性やらコストやらを加味した上で更なる改良が加えられていく。それは自分の役割ではなく玉泉重工の専門家たち、ひいてはリッゲンバッハ教授のような人々の仕事だ。
格闘戦だけならば今のままでも非常に強力な機体であることに間違いはないが、実際戦場で勝敗を握るのは射撃戦闘が主であり、射撃管制システムから搭載されるエーテル機関出力からと課題は多く、実戦投入にはほど遠い。
それでも僕の仕事は終わったのだ。既に新たな命令は下されており、直ちに機甲歩兵特殊部隊へ着任せよのことである。
部屋も完全に引き払っており、後は僅かな荷物と共に迎えの車に乗り込めば、それで研究所での生活は終わりだった。
「キョーイチ……」
弱弱しい声にリッゲンバッハ教授から視線をずらせば、今回一番の功労者であるはずのストリは暗い表情をしていた。
どうした、もっと胸を張れと言ってやりたかったが、あれだけ一緒に過ごしていたのだから寂しくなるも無理はない。なんなら僕の心にも、騒がしい日々が早くも懐かしく思えているくらいだ。
「どうしても、行くんだ」
「僕は兵隊さんだからね。命令があればどこにでも行くよ」
実は試験を終えてから今日まで、何かとストリは僕を引き留めようとしていた。
最初は僕も冗談と捉えて笑っていたのだが、彼女は徐々に熱を帯びていき、どんどんと口調も懇願するようになっていく。ついに出発前日たる昨日には、突如廊下で呼び止められたかと思えば、彼女は募集要項と書かれた一枚のビラをこちらへ突き付けたのである。
『これは……?』
『テストパイロットの応募用紙! 玉泉も人が足りないのよ。テストパイロットになれば、こんな美少女とずーっと一緒に仕事ができちゃうってこと!』
これには流石に唖然とした。それこそ軍人として仕事に不平不満が全くなかったわけではないが、だからといって辞めてしまいたいとまで思ったこともない。
マキナを操ることが好きなのは認めるが、それだけで転職するというのはあまりに突拍子のない話だった。
『僕は職業軍人なんだ。今の仕事を簡単に辞められないし、辞めようと思ってない』
流石にここまで来て誤魔化すわけにもいかず、僕が素直に自分の考えを口にすれば、彼女は途端に不機嫌になって頬を膨らませる。
『なんで? わざわざ危ないことしなくても、マキナに乗れるし暮らしていけるじゃない。それって不合理よ』
『最近は落ち着いてるとはいえ戦争中だ。僕には部下も居るし仲間も居る。簡単に、いち抜けた、なんて言えないよ』
その後もストリはしばらく、ブツブツと呪詛のように文句を呟いていたが、僕はその全てを苦笑いでやり過ごし、彼女の頭をポンポンと撫でてやった。するとどうだ、彼女は鬱陶しげに大きくため息をつくと、こちらをじっと睨みつける。
『キョーイチはズルいよね。そういうとこ』
『なにが?』
『わかんなくていい……あーあ、もうちょっと早く生まれたかったな』
僕が何のことかと首を捻れば、彼女はフンとそっぽを向いてズカズカと歩いて行ってしまった。
何が理由でそんな反応をされたのかわからないが、ともかく一応の納得、あるいは諦めを得られたのだろう。僕は一切の準備を終えて、今門の前に立っていた。
「……また、会えるよね?」
「なんだ珍しい。そんなしおらしいことを言うなんて悪いものでも食べたのかい?」
「う、うっさい!」
いつになくしょげかえっている様子を軽くからかえば、素早く脛にキックが飛んでくる。慌てて僕がそれを躱すと、ストリはフーと大きく息を吐いて舌を出した。
「あーもー、早く行け! キョーイチなんて私の提案断った事、ずーっと後悔しとけばいいんだ!」
「はは、その方がらしくていいな。また遊びに来るよ」
軽く手を振りながら迎えの車に乗り込んでいく僕を、リッゲンバッハ教授は穏やかに見送ってくれて、ストリは何故か少し涙ぐんでいたように思う。一方の自分も2人の姿を目に焼き付けていたのを覚えている。何せ戦場に身を置く兵士である以上、これが最後の別れとなる可能性は十分にあったのだから。
■
研究所の日々から3年。
僕は前線に配置された高月師団所属機甲歩兵特殊部隊、通称夜光中隊の一員として激戦地を転々としており、忙しい日々を過ごしていた。
最初の頃は特殊部隊用に改造された黒鋼C-2型を操って小隊長として戦場を駆け、基本的には夜間に敵基地を奇襲して設備を破壊したり、前線を越えて敵の補給線を破壊したり、とにかく便利屋としてあちこちへ出向いていた。中にはマキナによる高高度降下低高度開傘を敢行して敵の背後を塞ぎ、布陣していた敵自走榴弾砲部隊を撃滅するなんて無茶な作戦に参加させられたりもしている。
何度となく負傷もしたし、リミッター解除状態の戦闘も何度となくやらかしては昇進した笹倉大佐にこっぴどく怒られることも繰り返した。衛生隊から苦情が来ていると苦言を呈されたのも、記憶違いでなければこの時だったように思う。
それでも先進医療と衛生隊や仲間たちに支えられ、僕は前線に立ち続けることができた。
しかしそんな無茶苦茶を軍令部は数字でよくやっていると評価したのだろう。途中運悪く中隊長が戦死してしまったことで、後任として自分に白羽の矢が立ち、異例の早さで大尉に昇進することにもなっていた。
とはいえ激戦を3年も続けていれば必然的に部隊は大きな損害を抱え、部隊の所属する第一軍自体の消耗も限界を超えてしまう。夜光中隊の被害も大きく、途中何人も補充兵が来ては負傷や戦死でまた消えていった。
それでも戦争は終わらず、別戦線の第二軍から師団ごと編入された部隊が壊滅し、無人兵器を大量投入することで糊口を凌いでは、また適当な補充兵を充当してすり減らしていく。
だがそんなことを繰り返していれば、流石に国会で損耗率が問題視されたらしく、ようやく第一軍は余剰の第四軍と交代して後方へ下がり、長期的な再編成を行うこととなったのである。
それでも最初は、多くのマキナを抱える高月師団だけを別軍に合流させるような話も上がっていたらしい。しかしそれに対し高月師団長が、兵たちにも休暇が必要だ、と上層部に噛みついたことで、まとめてショコウノミヤコに戻されることに落ち着いたのである。
結果、自分に与えられたのは1ヶ月に渡る大休暇だった。
世間一般には戦線を心配する声も多かったが、充足率の高い第四軍には更に改良が進んだ黒鋼D-5型が多数配置されていた上、車両機甲師団も充実しており、軍部は支え切れると判断したのだろう。
とはいえ、あまりに長い休暇を僕は完全に持て余した。最初は友人知人に会いに行こうかとも考えたが、親しい友人のほとんどは同僚であり、仕事中には嫌でも顔を突き合わせる連中である。流石にそれらと休暇でまで会いたいということもない。また学生時代の友人連中は散り散りになっており、今では連絡すら繋がらない者が多く突然会いに行くのも難しかった。
僕は数日にわたって考えあぐねたのだが、ふとストリのことを思いだしたのである。思えば会いに行くと言っておきながら、3年に渡って一度も会いに行けなかったため、いい機会かと思えたのだ。そういうお題目があれば、最悪会えなかったとしても、多少は納得できるかと無理矢理予定を決めた。
思えばこのとき、僕はストリに会いたいと無意識に考えていたのだろう。連絡も取らないままで準備を進めながら、懐かしい日々を思い出して笑っていたのだから。
ただ玉泉重工の研究施設はショコウノミヤコから少し離れた盆地に置かれており、休暇とはいえ都市から出るのには軍から厳しい条件の外出許可を取らねばならなかった。
だというのに、何故か僕への許可は2日とかからなかったのだから不思議である。未だに詳しい理由はわからないが、噂には笹倉大隊長から何か強烈なプッシュがあったのだとか。
実際そのおかげかどうかはわからないが、緊急時にすぐ戻ってこれるようと偵察用オートバイの貸し出しまで受けられ、僕はトントン拍子で玉泉重工の研究所へ向かうことができた。
ショコウノミヤコから出発して高速道路を走る事丸1日。サービスエリアで休み休み行けば思いのほか遠く、インターチェンジを降りてから周囲はひたすら雑草の生い茂る空き地が続く。やけに綺麗な舗装の直線の道路を走っていけば、遠く山裾に見え始めた懐かしい白亜の建物は、それこそ3年前と何も変わらない姿で佇んでいる。
僕は守衛に許可証を貰ってオートバイを駐輪場に止めると、慣れ切った調子で受付へと顔を出した。
「ようこそ玉泉重工へ、ご用件はなんでしょう?」
「すみません。リッゲンバッハ教授との面会は可能でしょうか?」
営業スマイルを貼り付けた若い受付嬢は見覚えのない人だった。おかげでこちらが要件を伝えれば、その表情がなんとも不思議そうな物に変わる。ただでさえ、行き交う研究者たちは懐かしげに気さくな挨拶をくれるものだから、どういう立場の軍人なのか測りかねていたのだろう。
「あ、アポイントメント等はございますか? 教授への面会予定は伺っておりませんが」
「天海恭一という兵士が来たと言えばわかると思いますが、お忙しいようでしたらストリ・リッゲンバッハさんに繋いでいただけますか?」
「す、ストリさんですね……わかりました。少々お待ちください」
訝し気な視線を向けられた気もしたが、随分表情筋が鍛えられているのか、受付嬢は笑顔を維持したままヘッドセット越しに話し始める。
だが暫く会話を続けていると彼女は何度か表情を引き攣らせ、承知しましたと通話を終えた時には何故か随分疲労したように見えた。
「えっと……ストリ様との御面会には1時間程お待ちいただく必要がありますが、可能とのことです」
「では、エントランスで待たせてもらいます」
ゲストが入れる区画は未だにしっかり覚えており、案内はいらないと言って僕が奥へ進もうとしたところ、受付嬢は何か言いづらそうにこちらを呼び止めた。
「ええっとその……伝言がございます」
「はぁ、何でしょう?」
後で会うというのにわざわざ伝言とは妙である。まさか急ぎで伝えておかねばならないことがあるようには思えず、僕が小首を傾げれば彼女はこれ以上ないくらいの苦笑いを浮かべた。
「大変申し上げにくいのですが、何かストリ様は大変憤慨なさっていて、その、覚悟しとけ、とだけ」
「そ、そうですか」
やはり3年も会いに来なかったことには相当お怒りなのだろう。その姿がハッキリと想像できてしまい、冷や汗が勢いよく背中を伝った。
しかし流石にここへきてやっぱり帰りますとは言えないため、僕はエントランスホール近くのベンチに座って本を開く。無論、内容など頭に入ってくるはずもなく、読んでは戻り、戻っては読みを繰り返した結果1ページそこらしか進まない。
そこへスリッパが床を叩くペタペタという音が近づいてきたのは、伝言通りに時計の長針が1周したころだったように思う。やがてその音は目の前で消えると、手元の本に暗い影が落ちた。
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政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。
「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」
ただ、一人を除いて――
これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、
たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。
武蔵要塞1945 ~ 戦艦武蔵あらため第34特別根拠地隊、沖縄の地で斯く戦えり
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豪華地下室チートで異世界救済!〜僕の地下室がみんなの憩いの場になるまで〜
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理想の家の完成を目前に異世界に転移してしまったごく普通のサラリーマンの翔(しょう)。転移先で手にしたスキルは、なんと「地下室作成」!? 戦闘スキルでも、魔法の才能でもないただの「地下室作り」
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※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しております。
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といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
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