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ユライア王国と記憶の欠片
第68話 文明の残り香
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装甲に覆われた室内は殺風景なものだった。
壁面にはボンヤリ光る照明と対人兵器付きの監視カメラ以外に目立った物もなく、本来は車両が並んでいたであろう駐車スペースもがらんどうだ。
恐る恐る中を覗き込んだ現代人3人も、ほとんどが開けた空間であることにいささか拍子抜けしたようである。
「なんにもないですねー」
「あんな分厚い扉があったのに、中身は空っぽッスか?」
「まだわからない」
唯一シューニャだけは興味深そうにその構造を眺めていたが、僕が警備室らしき部屋へ足を向ければそれに続いた。
電気系統はほぼ完全に生きているらしく、ノイズだらけのモニターは施設の状況を映し出している。
その中には各設備の名前も記載されており、その中には自分たちが探すべき倉庫の名前もあった。
『大当たりだ。地下に生きた抗劣化庫がある』
『なんだと!? そいつは朗報だぜ!』
僕が呟くや否や、ダマルは目聡く非常階段を見つけだし、小躍りしながらそれを下っていく。
そんな骸骨の危機感のなさにシューニャは僅かに眉を寄せ、僕へ向き直った。
「消えた人々の謎がわからないのに、放っておいていいの?」
『あぁ、原因はわかったからね』
翡翠の指で警備室のコンソールを叩けば、施設の警備状況が拡大される。
そこで表示されたほとんどの兵装は使用不可となっていたが、そのうちの1つだけが稼働中と表記されていた。
本来それは警備用ではなく基地防衛用に設置される大型兵器である。しかし他の防衛装置の全てが動作しなくなったために、システムが非常時用として権限を獲得したのだろう。
僕はあまりの過剰戦力に肩を竦めたが、一方のシューニャ達はモニターを見て首を傾げるばかりだ。
「よ、読めない……」
「なんか光ってるッスけど、なんスかこれ」
そう言ってアポロニアが画面に触れれば、システムは手動展開モードに切り替わる。
同時に外から何かが動作する音が聞こえたため、犬娘は肩を跳ね上げてその場から離れ、ファティマも尻尾を倍近くまで太くして身構えた。シューニャに至ってはすぐ僕の背中に隠れた程だ。
騒音は地下から砲台がせり上がったためであり、砲がスタンバイ状態に入っただけなので特に危険はない。それを知る僕は皆の反応についつい吹き出してしまった。
「な、何が可笑しいッスか!」
『ごめんごめん。別に何も襲ってきたりはしないから、外を見てごらんよ』
ほらと開いた扉から外を指させば、今までは土に覆われて見えなかった開口部から砲台が姿を現している。
そして安全だと分かれば怒りなどすぐに吹き飛んだらしく、3人はそれを見て声を漏らした。
「おぉー、凄いカラクリですね!」
「地面の下に兵器を埋めるなんて、凄い発想ッスね」
「教えて欲しい、これはどういう兵器?」
『対装甲目標用の収束波光砲台《レーザーターレット》だよ。あれなら人間が消えるのも納得だ』
ヘッドユニットの中で乾いた笑いを浮かべる僕に、アポロニアはイマイチ想像ができないと首を捻った。
「人間が消えるって……どれくらいの威力、というかどういう武器なんッスかね?」
『僕の使う剣みたいな光を飛ばして攻撃するんだ。この間の前哨基地なら、1発で防壁もろとも橋まで吹き飛ばせると思うよ』
うへぇとアポロニアが舌を出し、シューニャも表情を曇らせた。
きっと彼女らの脳内では、木壁を粉砕し橋が崩落する映像が鮮明に流れていることだろう。
「威力がありすぎることだけは理解できた。これが戦争に使われたりしたら大変なことになる」
『まぁ、そりゃね』
装甲表面をレーザー減衰被膜が覆っていなければ、マキナだって一撃で屠れる兵器である。
レーザーの特性上、天候や煙など光が通らなくなる状況には弱体化するが、それでも生身の人間を蒸発させるくらいならば容易であり、現代戦に持ち出すような道具ではない。
『これが作動するのは、施設への破壊工作や攻撃、許可のない者が長時間敷地内に留まった場合らしいから、1日経ったら人間が消えたっていうのは、多分2番目の条件に引っ掛かったんだろうね』
モニターの脇に表示された自立制御時の攻撃条件を読み上げて、それを僕はとんでもない命令だと鼻で笑う。
けれど、その言葉にシューニャは僅かによろけて顔を青ざめさせた。
「あ、あの時天候が崩れて町に戻らなかったら、もしも野営してしまっていたら私も消えていた……?」
『それは――まぁ、そうだろうなぁ』
機械は老若男女を問わず種族にも貴賤にも関わらず、そして一切の躊躇いなく平等に撃つ。命令に従うことに、疑いなど持つはずもない。
生きている遺跡がいかに危険か。シューニャが身体を小刻みに震わせて、それをしっかりと理解したようだった。
■
階段を下った先、廊下に並ぶ扉にかけられた札を読んで、僕はふむと頷く。
『輸送第一小隊室……か』
最も手前の部屋を覗き込めば、携帯端末用の充電器が壁面に刺さったままになっていたり、シンクの中に朽ちたスポンジとボロボロになったカップ麺の容器が放置されていたりと、この場所で過ごした人間の残滓が見て取れる。
壁面に掛けられたホワイトボードには作戦図らしきものも描かれていることから、どうやら作戦会議室として利用されていたようだ。
絵は掠れてしまっていて詳細は読み取れそうもないが、誰が作ったのかトラックのミニカーに磁石を付けた物が転がっていたので、輸送小隊というだけあってその経路でも決めていたのかもしれない。
ここに退避した連中はそれなりに長く留まったのだろう。しかし、微かに漂う生活感に僕は僅かな感傷を覚えた。
「……キョウイチ、ここは」
『800年前に使われていた軍隊の施設だよ』
「これが軍の施設ッスか? 砦っていうにはなんというかこう――それっぽくないッス」
『物資集積所だったみたいだから、砦というには少し違うかもしれないね。倉庫としては随分立派なものだけど』
ただの補給基地に強靭な防護シェルターは過剰な設備だ。設置にも維持にも膨大な費用がかかることを思えば、何か重要な役割を担っていたのだろうが、その理由を知る資料は見当たらない。
もう少し部屋を物色してみようかとも思ったが、それはダマルの呼び声に止められた。
「そろそろ手伝えよ。倉庫、開いたぜ」
『あぁ、今行く』
廊下に戻ってみれば、ダマルは保管庫と書かれた大きな扉の前で壁にもたれて待っていた。
許可者以外立ち入り禁止の表記もあるが、今の骨は時の為政者と認識されていることもありセキュリティも咎めない。
カラカラと音をさせながら手招きする骸骨という、あまりにもホラーな雰囲気を醸し出すダマルだが、いざ部屋に入ってみればそれも吹き飛んだ。
『こっちもがらんどう、か』
地上部への大型昇降機を備えた広間は、空の棚が並ぶばかりだった。
僅かにコンテナが残されているものの、部屋の広さから考えれば出涸らしと称するほうがいいだろう。
「ほとんど持ち出されてるっぽいぜ。輸送隊の奴ら、何考えてたんだろうな」
そう言ってダマルが指さしたのは、棚に刻まれた緊急時用という文字だ。
防護シェルターの地下にわざわざ置かれているのだから、普段から動きのある物資でないのは当然だろうが、それをほとんど持ち出したとなれば余程の事態に直面したらしい。
実際800年前に文明文化が滅亡したことを思えば、それは物資を使用するに値する緊急時だったことは間違いない。そして作戦室のホワイトボードから察するに、輸送第一小隊はここの物資をどこかに移動させる命令を受領したようだ。
それは想像というより妄想にすぎず、僕は小さく頭を振って思考を切り離す。
今必要なのは残された僅かな物資を確かめ、使える物を選別することだ。それこそ必要とする補給物資さえあれば、テクニカを探す必要もないのだから。
『昇降機は生きてるのかい?』
「ああ、動かしてみたがとりあえずは問題ねぇ。つっても途中で止まるかも知れねぇし、閉じ込められても管理会社は助けちゃくれねぇだろうがなァ」
『だろうね。だが使わないわけにもいかないし、とりあえず物資を昇降機周りに集めよう』
おうとダマルは頭蓋骨鳴らして頷く。
選別は僕かダマルにしかできないことを思えば、輸送と確認に役割分担した方が早いという判断だ。
重量物はマキナを装備した僕が運び、比較的軽量の物はアポロニアとシューニャが台車に積んで運ぶ。
ファティマは高い身体能力を生かして、手の届かない上段に置かれた荷物を降ろす作業を担当した。それも跳躍で高所に上り、荷物を抱えて飛び降りてくるのだから、安全衛生管理者が見れば発狂確実の光景である。
しかし彼女は危なげなく、鼻歌を口ずさみながら次々と床に下ろしていった。
ダマルはそれらが運ばれてくる昇降機の傍で、延々と集められた物資の選別を進めていく。
やがて重量物を運び終えた僕も選別に加わり、シューニャとファティマが輸送、アポロニアが選別を終えた物を昇降機に乗せていく作業と役割は順次切り替わった。
『二脚銃架《バイポッド》が箱一杯って――あぁ要らなかったから放置されてたのか』
取り付けられる小銃は数丁しかないため、僕は必要分だけを取り分けて、残りはコンテナごと不要品と分類する。
その隣では骨が何かブツブツと文句を言っていた。
「誰だぁ!? このクソでけぇコンテナに回転式拳銃1丁だけ隠した間抜けはよぉ!? 民間向けの趣味品なんてどうやって持ち込んだんだ、ったく……まぁ貰うけど」
ダマルは自らのベルトに変わった形の拳銃を押し込むと、空になったコンテナを蹴っ飛ばし、そこで僕と目があえば大きくため息をついてみせた。
文句を言った割に回収するんじゃないか、という僕の視線に対する言い訳のつもりだったらしい。
根本的に回転式拳銃用の弾丸なんてあるのだろうか、と思えば次に開けた箱の中に1ダースほど軍需品でない拳銃弾のケースが詰まっていたので、それを持ち込んだ兵士が使う前提だったことがよく理解できた。
「ダマル、これは?」
理解できなければ全部持ってこいと言われているシューニャが、シュリンク包装された何らかの部品を台車に乗せてダマルに聞きに行く。
「あん? あぁ、発煙弾か。猫に言って積み込んでもらえ」
「わかった、ファティ?」
「はぁい」
ファティマにとって台車は必要ないらしく、発煙弾が数発入った箱を抱えるとそのまま歩いて行ってしまう。
しかしその隣では、アポロニアが機関銃弾入りのコンテナをえっちらおっちら台車で運ぶ姿も見える。
勿論そこに種族という壁は高く存在するのだろうが、ファティマは少し異常なのではとも思えて1人で苦笑した。
「おい、手ぇ止まってんぞ」
『あぁすまない』
呆けているのをダマルに見咎められ、僕は慌てて引きずり出してきた大きなコンテナを開く。
その中には金属製の長い直方体が鎮座しており、見ようによっては入れ子人形のようである。
とはいえ、その内側に入っている物は容易に想像ができたが。
『おぉ、対戦車誘導弾発射器だ』
「まぁたそんな使い勝手の悪いもんを――って車両用の奴かよ!?」
持っていくのも手間だとダマルはため息をついていたが、僕の手元にある大きな箱の中を覗き込んで驚愕の声を上げた。
歩兵戦闘車や偵察戦闘車の火力向上のため、よく後付けされた武装の1つである。
マキナや主力戦車の高性能化に対抗する目的として開発された物だが、汎用性の高さから何かと便利に使われていた記憶がある。
先の対ミクスチャ戦では、主砲でさえも群体ミクスチャの撃破が難しかったこともあり、この火力向上は素直にありがたい。
唯一の弱点は行進間射撃ができないことだが、先手を取れば有効な火力となれるだろう。
すぐに僕とファティマの手で昇降機へと運び込まれ、同時に別のコンテナから見つかったタンデム弾頭ミサイルと共に持ち上げられていく。
『一応これで全部かな?』
「ん、全部見た」
不用品に分類されたコンテナの山を眺めつつ、シューニャは頷く。
その中で使えそうなのは、玉匣用にチェーンガンの交換砲身と徹甲榴弾が少し、先述のミサイルに発煙弾。マキナ用に、自動修復装甲のリペア材と僅かな部品類、そして突撃銃の弾薬が少々。個人携行火器は回転式拳銃が1丁と自動小銃が2丁、そして弾薬類がコンテナ1つ分程。それ以外は戦闘用ヘルメットやらフラッシュライトなどの装備品が僅かばかり。
どれもありがたい補給ではあったが、最も重要な物が一切見つからなかったことにダマルは肩を落とした。
「なんで誘導弾発射器があんのに、第三世代マキナ用アクチュエーターがねぇんだよォ……ッ!」
その上第一世代用の部品は余るほど出てくるものだから腹立たしい。しかもそれが利用できる甲鉄や素銅は残されていないのだ。
とはいえそれら第一世代型マキナは大型であり、玉匣に搭載することができないことから、結局は無用の長物だったが。
『残り物でもあっただけマシ、と見るべきだろうね』
「宝探しスカベンジャーに贅沢は言えねぇ、か。やりきれねぇぜ」
やりきれないと骸骨は火も点けないままのタバコを咥え、諦めたように鼻孔から息を漏らす。
エレベーターから戻ってきたファティマは、その様子を不思議そうに首を傾げて眺めていた。
壁面にはボンヤリ光る照明と対人兵器付きの監視カメラ以外に目立った物もなく、本来は車両が並んでいたであろう駐車スペースもがらんどうだ。
恐る恐る中を覗き込んだ現代人3人も、ほとんどが開けた空間であることにいささか拍子抜けしたようである。
「なんにもないですねー」
「あんな分厚い扉があったのに、中身は空っぽッスか?」
「まだわからない」
唯一シューニャだけは興味深そうにその構造を眺めていたが、僕が警備室らしき部屋へ足を向ければそれに続いた。
電気系統はほぼ完全に生きているらしく、ノイズだらけのモニターは施設の状況を映し出している。
その中には各設備の名前も記載されており、その中には自分たちが探すべき倉庫の名前もあった。
『大当たりだ。地下に生きた抗劣化庫がある』
『なんだと!? そいつは朗報だぜ!』
僕が呟くや否や、ダマルは目聡く非常階段を見つけだし、小躍りしながらそれを下っていく。
そんな骸骨の危機感のなさにシューニャは僅かに眉を寄せ、僕へ向き直った。
「消えた人々の謎がわからないのに、放っておいていいの?」
『あぁ、原因はわかったからね』
翡翠の指で警備室のコンソールを叩けば、施設の警備状況が拡大される。
そこで表示されたほとんどの兵装は使用不可となっていたが、そのうちの1つだけが稼働中と表記されていた。
本来それは警備用ではなく基地防衛用に設置される大型兵器である。しかし他の防衛装置の全てが動作しなくなったために、システムが非常時用として権限を獲得したのだろう。
僕はあまりの過剰戦力に肩を竦めたが、一方のシューニャ達はモニターを見て首を傾げるばかりだ。
「よ、読めない……」
「なんか光ってるッスけど、なんスかこれ」
そう言ってアポロニアが画面に触れれば、システムは手動展開モードに切り替わる。
同時に外から何かが動作する音が聞こえたため、犬娘は肩を跳ね上げてその場から離れ、ファティマも尻尾を倍近くまで太くして身構えた。シューニャに至ってはすぐ僕の背中に隠れた程だ。
騒音は地下から砲台がせり上がったためであり、砲がスタンバイ状態に入っただけなので特に危険はない。それを知る僕は皆の反応についつい吹き出してしまった。
「な、何が可笑しいッスか!」
『ごめんごめん。別に何も襲ってきたりはしないから、外を見てごらんよ』
ほらと開いた扉から外を指させば、今までは土に覆われて見えなかった開口部から砲台が姿を現している。
そして安全だと分かれば怒りなどすぐに吹き飛んだらしく、3人はそれを見て声を漏らした。
「おぉー、凄いカラクリですね!」
「地面の下に兵器を埋めるなんて、凄い発想ッスね」
「教えて欲しい、これはどういう兵器?」
『対装甲目標用の収束波光砲台《レーザーターレット》だよ。あれなら人間が消えるのも納得だ』
ヘッドユニットの中で乾いた笑いを浮かべる僕に、アポロニアはイマイチ想像ができないと首を捻った。
「人間が消えるって……どれくらいの威力、というかどういう武器なんッスかね?」
『僕の使う剣みたいな光を飛ばして攻撃するんだ。この間の前哨基地なら、1発で防壁もろとも橋まで吹き飛ばせると思うよ』
うへぇとアポロニアが舌を出し、シューニャも表情を曇らせた。
きっと彼女らの脳内では、木壁を粉砕し橋が崩落する映像が鮮明に流れていることだろう。
「威力がありすぎることだけは理解できた。これが戦争に使われたりしたら大変なことになる」
『まぁ、そりゃね』
装甲表面をレーザー減衰被膜が覆っていなければ、マキナだって一撃で屠れる兵器である。
レーザーの特性上、天候や煙など光が通らなくなる状況には弱体化するが、それでも生身の人間を蒸発させるくらいならば容易であり、現代戦に持ち出すような道具ではない。
『これが作動するのは、施設への破壊工作や攻撃、許可のない者が長時間敷地内に留まった場合らしいから、1日経ったら人間が消えたっていうのは、多分2番目の条件に引っ掛かったんだろうね』
モニターの脇に表示された自立制御時の攻撃条件を読み上げて、それを僕はとんでもない命令だと鼻で笑う。
けれど、その言葉にシューニャは僅かによろけて顔を青ざめさせた。
「あ、あの時天候が崩れて町に戻らなかったら、もしも野営してしまっていたら私も消えていた……?」
『それは――まぁ、そうだろうなぁ』
機械は老若男女を問わず種族にも貴賤にも関わらず、そして一切の躊躇いなく平等に撃つ。命令に従うことに、疑いなど持つはずもない。
生きている遺跡がいかに危険か。シューニャが身体を小刻みに震わせて、それをしっかりと理解したようだった。
■
階段を下った先、廊下に並ぶ扉にかけられた札を読んで、僕はふむと頷く。
『輸送第一小隊室……か』
最も手前の部屋を覗き込めば、携帯端末用の充電器が壁面に刺さったままになっていたり、シンクの中に朽ちたスポンジとボロボロになったカップ麺の容器が放置されていたりと、この場所で過ごした人間の残滓が見て取れる。
壁面に掛けられたホワイトボードには作戦図らしきものも描かれていることから、どうやら作戦会議室として利用されていたようだ。
絵は掠れてしまっていて詳細は読み取れそうもないが、誰が作ったのかトラックのミニカーに磁石を付けた物が転がっていたので、輸送小隊というだけあってその経路でも決めていたのかもしれない。
ここに退避した連中はそれなりに長く留まったのだろう。しかし、微かに漂う生活感に僕は僅かな感傷を覚えた。
「……キョウイチ、ここは」
『800年前に使われていた軍隊の施設だよ』
「これが軍の施設ッスか? 砦っていうにはなんというかこう――それっぽくないッス」
『物資集積所だったみたいだから、砦というには少し違うかもしれないね。倉庫としては随分立派なものだけど』
ただの補給基地に強靭な防護シェルターは過剰な設備だ。設置にも維持にも膨大な費用がかかることを思えば、何か重要な役割を担っていたのだろうが、その理由を知る資料は見当たらない。
もう少し部屋を物色してみようかとも思ったが、それはダマルの呼び声に止められた。
「そろそろ手伝えよ。倉庫、開いたぜ」
『あぁ、今行く』
廊下に戻ってみれば、ダマルは保管庫と書かれた大きな扉の前で壁にもたれて待っていた。
許可者以外立ち入り禁止の表記もあるが、今の骨は時の為政者と認識されていることもありセキュリティも咎めない。
カラカラと音をさせながら手招きする骸骨という、あまりにもホラーな雰囲気を醸し出すダマルだが、いざ部屋に入ってみればそれも吹き飛んだ。
『こっちもがらんどう、か』
地上部への大型昇降機を備えた広間は、空の棚が並ぶばかりだった。
僅かにコンテナが残されているものの、部屋の広さから考えれば出涸らしと称するほうがいいだろう。
「ほとんど持ち出されてるっぽいぜ。輸送隊の奴ら、何考えてたんだろうな」
そう言ってダマルが指さしたのは、棚に刻まれた緊急時用という文字だ。
防護シェルターの地下にわざわざ置かれているのだから、普段から動きのある物資でないのは当然だろうが、それをほとんど持ち出したとなれば余程の事態に直面したらしい。
実際800年前に文明文化が滅亡したことを思えば、それは物資を使用するに値する緊急時だったことは間違いない。そして作戦室のホワイトボードから察するに、輸送第一小隊はここの物資をどこかに移動させる命令を受領したようだ。
それは想像というより妄想にすぎず、僕は小さく頭を振って思考を切り離す。
今必要なのは残された僅かな物資を確かめ、使える物を選別することだ。それこそ必要とする補給物資さえあれば、テクニカを探す必要もないのだから。
『昇降機は生きてるのかい?』
「ああ、動かしてみたがとりあえずは問題ねぇ。つっても途中で止まるかも知れねぇし、閉じ込められても管理会社は助けちゃくれねぇだろうがなァ」
『だろうね。だが使わないわけにもいかないし、とりあえず物資を昇降機周りに集めよう』
おうとダマルは頭蓋骨鳴らして頷く。
選別は僕かダマルにしかできないことを思えば、輸送と確認に役割分担した方が早いという判断だ。
重量物はマキナを装備した僕が運び、比較的軽量の物はアポロニアとシューニャが台車に積んで運ぶ。
ファティマは高い身体能力を生かして、手の届かない上段に置かれた荷物を降ろす作業を担当した。それも跳躍で高所に上り、荷物を抱えて飛び降りてくるのだから、安全衛生管理者が見れば発狂確実の光景である。
しかし彼女は危なげなく、鼻歌を口ずさみながら次々と床に下ろしていった。
ダマルはそれらが運ばれてくる昇降機の傍で、延々と集められた物資の選別を進めていく。
やがて重量物を運び終えた僕も選別に加わり、シューニャとファティマが輸送、アポロニアが選別を終えた物を昇降機に乗せていく作業と役割は順次切り替わった。
『二脚銃架《バイポッド》が箱一杯って――あぁ要らなかったから放置されてたのか』
取り付けられる小銃は数丁しかないため、僕は必要分だけを取り分けて、残りはコンテナごと不要品と分類する。
その隣では骨が何かブツブツと文句を言っていた。
「誰だぁ!? このクソでけぇコンテナに回転式拳銃1丁だけ隠した間抜けはよぉ!? 民間向けの趣味品なんてどうやって持ち込んだんだ、ったく……まぁ貰うけど」
ダマルは自らのベルトに変わった形の拳銃を押し込むと、空になったコンテナを蹴っ飛ばし、そこで僕と目があえば大きくため息をついてみせた。
文句を言った割に回収するんじゃないか、という僕の視線に対する言い訳のつもりだったらしい。
根本的に回転式拳銃用の弾丸なんてあるのだろうか、と思えば次に開けた箱の中に1ダースほど軍需品でない拳銃弾のケースが詰まっていたので、それを持ち込んだ兵士が使う前提だったことがよく理解できた。
「ダマル、これは?」
理解できなければ全部持ってこいと言われているシューニャが、シュリンク包装された何らかの部品を台車に乗せてダマルに聞きに行く。
「あん? あぁ、発煙弾か。猫に言って積み込んでもらえ」
「わかった、ファティ?」
「はぁい」
ファティマにとって台車は必要ないらしく、発煙弾が数発入った箱を抱えるとそのまま歩いて行ってしまう。
しかしその隣では、アポロニアが機関銃弾入りのコンテナをえっちらおっちら台車で運ぶ姿も見える。
勿論そこに種族という壁は高く存在するのだろうが、ファティマは少し異常なのではとも思えて1人で苦笑した。
「おい、手ぇ止まってんぞ」
『あぁすまない』
呆けているのをダマルに見咎められ、僕は慌てて引きずり出してきた大きなコンテナを開く。
その中には金属製の長い直方体が鎮座しており、見ようによっては入れ子人形のようである。
とはいえ、その内側に入っている物は容易に想像ができたが。
『おぉ、対戦車誘導弾発射器だ』
「まぁたそんな使い勝手の悪いもんを――って車両用の奴かよ!?」
持っていくのも手間だとダマルはため息をついていたが、僕の手元にある大きな箱の中を覗き込んで驚愕の声を上げた。
歩兵戦闘車や偵察戦闘車の火力向上のため、よく後付けされた武装の1つである。
マキナや主力戦車の高性能化に対抗する目的として開発された物だが、汎用性の高さから何かと便利に使われていた記憶がある。
先の対ミクスチャ戦では、主砲でさえも群体ミクスチャの撃破が難しかったこともあり、この火力向上は素直にありがたい。
唯一の弱点は行進間射撃ができないことだが、先手を取れば有効な火力となれるだろう。
すぐに僕とファティマの手で昇降機へと運び込まれ、同時に別のコンテナから見つかったタンデム弾頭ミサイルと共に持ち上げられていく。
『一応これで全部かな?』
「ん、全部見た」
不用品に分類されたコンテナの山を眺めつつ、シューニャは頷く。
その中で使えそうなのは、玉匣用にチェーンガンの交換砲身と徹甲榴弾が少し、先述のミサイルに発煙弾。マキナ用に、自動修復装甲のリペア材と僅かな部品類、そして突撃銃の弾薬が少々。個人携行火器は回転式拳銃が1丁と自動小銃が2丁、そして弾薬類がコンテナ1つ分程。それ以外は戦闘用ヘルメットやらフラッシュライトなどの装備品が僅かばかり。
どれもありがたい補給ではあったが、最も重要な物が一切見つからなかったことにダマルは肩を落とした。
「なんで誘導弾発射器があんのに、第三世代マキナ用アクチュエーターがねぇんだよォ……ッ!」
その上第一世代用の部品は余るほど出てくるものだから腹立たしい。しかもそれが利用できる甲鉄や素銅は残されていないのだ。
とはいえそれら第一世代型マキナは大型であり、玉匣に搭載することができないことから、結局は無用の長物だったが。
『残り物でもあっただけマシ、と見るべきだろうね』
「宝探しスカベンジャーに贅沢は言えねぇ、か。やりきれねぇぜ」
やりきれないと骸骨は火も点けないままのタバコを咥え、諦めたように鼻孔から息を漏らす。
エレベーターから戻ってきたファティマは、その様子を不思議そうに首を傾げて眺めていた。
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しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!
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