悠久の機甲歩兵

竹氏

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ユライア王国と記憶の欠片

第58話 街道酒場再び

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 酒場とは現代において、ドライブインのような役割を担う施設だ。つまりその多くは街道の脇に置かれている。
 この酒場もその御多分に漏れず、周囲に僅かな家屋が並ぶ中にジョッキの模様が入った看板をぶら下げて佇んでいた。
 以前利用したものとは建材の種類は大きく異なるが、店内の配置はそっくりだ。なんなら席数に対して客入りが悪いところまで同じである。
 しかし僕が感じた空気は前回とまったく別物だ。
 店内の人々はちらとこちらを窺うだけで、変わった服だとか女連れだとか、最後にはキメラリアが居るだなどと、とにかく噂話のタネにしてくるだけで突っかかってくるような者も居ない。
 そんな視線に晒されながらカウンターに歩み寄れば、ふくよかな中年女性おばちゃんが木製ジョッキを洗いながら声をかけてきた。

「いらっしゃぁい。食事? それとも宿泊?」

「食料をわけてほしい」

 おばちゃんへ対応したのはシューニャである。昨晩アポロニアが帝国兵から失敬した銅貨を机に数枚並べて見せる。
 するとそれを見た店員がおやという顔を見せた。

「帝国製の銅貨なんて珍しいね。昔はよく見たけど、あんたたちは西から来たのかい?」

「そう。国境を越えてきた」

 周辺の客が反応したのを感じる。
 僕は敵国から越境してきた情報は秘匿すべきだろうと思ったが、店員は別にそれを気にした様子もなくポケットに仕舞いこむ。
 そして注文通りにカウンターの上へ、食材やらパンやらと並べながら世間話を続けた。

「戦争中だってのによくグラデーションゾーンなんて越えてきたね。もしかして訳アリ?」

「何のことはないただの旅人ですよ」

 乾いた笑顔を向けてみれば、店員は何かを見透かすような目で僕を見た。それは客から得られる情報さえも売り物とする、庶民の商魂たくましさだったのだろう。
 しかしこちらとしては、自ら噂を拡大してしまいかねない状況は望ましくない。
 そのため努めて言葉を切りつつ、食材を元ダマル用ドンゴロスへ詰め込んでからファティマへ手渡し、最後に長いバゲットが入った紙袋を僕が抱えて、踵を返した。
 無論それをおばちゃんが止めないはずもなかったが。

「ちょっと待ちなよ旦那ぁ」

「あー……何か?」

「せっかく店に来てくれたんだ、何か飲み食いしてってくれよ。見ての通りこの店じゃ近所の寄り合いみたいで新鮮さもないんだ。旅の話を聞かせてくれりゃ、サービスするからさ」

 そう言われて周囲を見渡せば、確かに以前に立ち寄った酒場と違って旅装の者や商人らしき姿は見えず、服装などから男性労働者がたむろしている雰囲気だ。
 どこかサラリーマンたちが集う居酒屋のようだ、と言いかえてもいい。
 しかし既に目的は果たされ、今日に限ってはダマルをサボらせておくのも癪なため、謹んで遠慮しようと思ったところをアポロニアが遮った。

「いいッスねぇ、サービスしてくれるなら旅の土産話くらい安いもんッスよぉ」

 いきなり何を言い出すのかと思ったが、シューニャが小脇をつついてその真意を呟く。

に関する情報を聞き出したい。酒場なら情報を得られるかもしれないから」

 脇を見れば既にファティマがカウンターに近いテーブルへ陣取り、逃げ場のない包囲網が形成されていた。
 この中年店員がこちらから噂話を聞き出そうという以上、酒場が情報の行き交う場所であることは疑いようもない。電子通信網が皆無である現代において情報が集まる場所は限られており、彼女たちの判断は合理的だった。
 王国に入ったらテクニカを探してみる、というのは、アポロニアが提案した遺跡探しを、最近になってシューニャが発展させたものである。
 コレクタが蒐集した遺物や技術を解析し、それを現代に生かそうとする研究者たちの集団。コレクタユニオンに対する最大最強の庇護の傘にして、解明あるいは開発した技術を売り出し世界中に広める学問の中心地。
 ただの学術機関ではなく技術財閥としての側面と永世中立国としての側面を持ち、国家に対しては様々な技術を売るが敵対者に対しては自らの持つ防衛力で反撃する。
 これが現時点における自分の解釈だ。
 どれもシューニャの受け売りではあるが、その特殊性が故に正確な位置が一般には秘匿されていることが今回の問題となった。

 ――グランマに聞いとけばよかったなぁ。

 人間は誰しも完璧ではない。実際、シューニャが思いついたのは、バックサイドサークルを出発した後のことだったのだ。
 わざわざグランマの所にもう一度顔を出したいはずもなく、であれば人伝いで聞いていくしかないと結論が出されたのが越境よりも前の事。ならば今回の情報収集は当然と言える。
 それならばと僕も納得してテーブルにつけば、アポロニアは手慣れた様子で店員へ酒を注文した。
 酒場なのだからそれも当然だが、小柄な彼女がそれを注文するのはどこか犯罪的な姿だったが。

「昼間っから酒ってのもどうだいそれ」

「いいじゃないッスかぁ。なんだかんだご主人に捕まって以来、一滴も呑んでないんスよ?」

 酒樽ごと買って帰りたいという犬娘を押しとどめ、時代が違えば価値観は大きく違うといういつも通りの言い訳で倫理観を殺す。
 少し前までは最低限の荷物と寒い懐事情で酒を買う余裕などなく、金子に余裕ができた先のバックサイドサークルにおける買い物では、アポロニアが留守番だったため一切酒に関わらなかったのが原因である。
 何せファティマは酒が嫌いではないにせよ一切の執着がなく、シューニャはまったく興味を示さないため、誰も購入を言い出さなかったのだ。
 そしてアポロニアが酒好きであるというのも、ここで初めて知ったのではどうしようもない。

「いやダメとは言わないけどね。まぁこの際だ、飲みたいだけ飲めばいい」

「にひひ、言質とったッスからね?」

 こちらが許可を出せば、彼女は八重歯を見せて笑う。
 元々比較的小食なアポロニアであるため、多少調子に乗って飲んだところで困りはしないだろうと、僕は肩を竦めた。
 店員が濁った黄色の液体が注がれた木製ジョッキを4つ並べ、さぁ飲めと腰に手を当てて構える。
 それを口元へ運んでみれば、甘い香りが鼻を突いた。

蜂蜜酒ミード?」

「ああ、この辺じゃ養蜂が盛んだからエールやワインよりミードの方がよく飲まれるのさ」

 僕が店員の話に頷いている横で、乾杯すらしない内からアポロニアはジョッキを煽り、かぁーっ! とオッサンのような声を出す。

「うーまいッスねぇ! 酒は命の水ッスよぉ!」

「まっ、そっちのアステリオンが言う通りさ。旦那もじゃんじゃん呑んで喋っておくれよ」

「はは……まぁ控えめに」

 一口含んでみれば、蜂蜜の香りと酸味が合わさった優しい飲み味が舌を流れていく。思ったより酒精は強くなく、アポロニアが一気に飲み干しそうな勢いで煽ったのも頷けるほど飲みやすい酒だ。
 とはいえ飲みやすい酒は危険だと舐めるようにして呑んでいけば、おやと店員が首をかしげる。

「旦那、酒はあんまりかい?」

「いや美味しいし飲みやすい酒なんだが、僕としてはそっちのほうが怖いんでね。ゆっくり楽しませてもらうさ」

「この辺にそんな上品な奴はいないよぉ。金持ってんだったら最悪ぶっ倒れたって、そっちの女たちに引っ張ってもらって上の部屋で寝てくれていいから、勢いよく行きなって! 男だろ!」

 この言葉には何故だか店内の男たちまでもが、そうだそうだと同意する。
 まるで体育会系の悪ノリだが、状況的に心象を悪化させるのは避けたかったため、とにかく手元のジョッキを一気に煽る。
 ジワリと腹の底に暖かい物がたまり、酒が通過した器官も合わせて熱を持つ。いつぶりかわからないアルコールの侵入に体が驚いているようだった。

「はぁ――うん、いけるね」

「そーこなくっちゃ! ね、それで旦那は何で旅をしてるんだい? 帝国から逃げてきたとかそういうのじゃないんだろ?」

 さてこの質問にはどう答えるべきだろう。
 旅をしている最終目的は安住の地を探すためだが、帝国から逃げているというのもまた事実である。
 バックサイドサークルでは帝国軍と正面からぶつかっており、今日未明には偶発的な戦闘とはいえ帝国軍の1部隊を壊滅しており、こちらがどれだけ正当防衛だと叫んだところで帝国からすれば完全に敵であろう。

「まぁ帝国から移住先を求めてね。元居た場所に住めなくなったから、当てのない旅ってところだよ」

「戦争中なんてそんな連中しょっちゅうだけど、やっぱり聞くといたたまれないね」

 苦笑いしながらごめんごめんと後ろ頭を掻く中年女性。今度は周囲から同情の視線が飛んでくる。
 嘘をつくにしても、もう少し明るい内容にすべきだったと反省したが、そこにはシューニャがフォローを入れてくれた。

「でも私たちは運よくコレクタユニオンに所属することができた。彼は組織コレクタのコレクタリーダーにもなっている。最悪ではない」

「そいつは凄いじゃないか! 変な槍をもってるとは思ってたけど、コレクタリーダーとはね! それじゃキメラリアが2人も居るのも、変な趣味じゃなくてリベレイタかい」

「そんなところです」

 変な趣味の内容を聞いてみたい気もしたが、流石に藪蛇だろうと口を噤む。
 コレクタリーダーが凄いように言われることはあまり嬉しくないが、ここへきて初めてあのバッジの価値を理解したような気がした。

「くはっ、おかわりッス! あと肉料理欲しいッス!」

「あ、じゃあボクもおかわりお願いします。肉料理は肉多めで」

 そのリベレイタが一切の遠慮なく食い物を注文するので、これには店員も呆気に取られていた。
 それも僕がポケットから10枚ほどの銅貨を握らせれば、すぐに威勢のいい返事と共に満面の笑みを浮かべて厨房へと歩いていったが。

「若い食欲は恐ろしいな」

「キメラリアたちがおかしいだけ。私はそんなにお腹空いてない」

 今日は遅い朝食だったというのにと、僕が苦笑すればシューニャは若いで一括りにするなと首を振る。
 しばらくしてまた店員が舞い戻り、ミードのおかわりと共に大きなソーセージが乗った皿をテーブルに音を立てておけば、キメラリア2人が歓声とともに目を輝かせた。

「随分キメラリアを可愛がってるんだねぇ」

「家族みたいなものですから」

 店員から追加のミードを受け取り、それを一口含んで息を吐く。
 酒が入れば舌も回るらしい。普段ならハッキリと口にしないようなことを言ったなと、我ながら照れくささを感じて頬を掻いてキメラリア2人へ視線を流した。

「あー……2人とも?」

 そこには天を仰ぐほどにジョッキを煽るアポロニアと、何故かミードを見つめたまま銅像のように固まっているファティマの姿があった。
 これは何かしら余計なことを言ったパターンである。若いねぇという中年店員の声までオマケされれば、いくら心の機微に疎い自分であっても流石に理解が及ぶ。
 ならば、全てをアルコールのせいにしようと再びミードを流し込んだ。

「天然すけこまし」

 そんな僕の魂胆は、シューニャの小さな呟きにたちまち崩壊する。
 危うく口から噴き出しかけたミードを拭って深呼吸を1つ、姿勢を正してシューニャに向き直った。

「こ、この際だからハッキリ言っておきたいんだが――」

 自分は恋愛感情を仲間内に持ち込むつもりはない、と口にしようとして僕はその言葉が喉に詰まった。

「……この際だから、何」

 彼女の凍えるような視線を前に、酒で回っただけの張子の虎的意志は瞬く間に粉砕され、結果小さな咳払いと共に出てきた言葉は、

「それは今朝も言われた」

 という、あまりに情けないものだった。
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